
競走馬のキャリアは、しばしば「結果」で語られがちだ。勝った、負けた、重賞を獲った、惜敗した──。しかし、時にはそんな単純な記録の積み重ねでは、語り尽くせない馬が登場することがある。その馬の歩みは、いつも「人の心」とともにあった。彼を取り巻くファンの心が、そして騎乗した騎手の、世話をしていた厩務員さんの愛情が、その馬の走りを特別なものに育てていったのだと思う。
2018年8月から2025年5月までの約7年間、北海道以外の全国8つの競馬場で49戦を駆け抜けた黒鹿毛の牡馬。カラテの物語である。

デビュー当時のカラテは、決して派手な存在ではなかった。ユニークな名前の馬として注目されたものの、新馬戦から6戦、掲示板に載ることも出来ず凡走を繰り返す。ようやく8戦目、春の小倉で未勝利戦に勝利するが、6番人気での勝ち上がり。決して…認められた1勝とは言い難かった。それでも未勝利を脱出したカラテは、皐月賞トライアル、スプリングステークスに挑戦する。結果は、ブービー入線のリバーシブルレーンから、更に7馬身離された16頭中の最下位…。先行したもののバテてしまい、最後の直線のスタンド前を後退しながらゴールに飛び込んだ。
身の丈を知ったカラテは、1勝クラスから再スタートするが、ここでもカラテの強みを発揮することなく、いつの間にか4歳の春を迎えていた。
■カラテの転機 菅原明良騎手との出会い
カラテの競走生活に転機が訪れたのは、菅原明良騎手との出会いだった。4歳の初夏、府中の八丈島特別での勝利は、菅原明良騎手が手綱を取る。不良馬場の中で中団からじわりと伸び、最後は大外から差し切るという「カラテらしい」粘りの走りで勝利した。当時はまだ経験の浅かった菅原明良騎手だったが、二人は、どこか似ていたのかもしれない。
派手さよりも誠実さ、器用さよりも真っ直ぐさ──。
若い騎手の真っ直ぐな気持ちと、地味ながらも芯の強い馬──。
お互いのそんな気質が、レースのたびに少しずつ噛み合っていった。この頃からファンたちも、二人のコンビに「何かが始まる予感」を感じていた。
「この馬は、もっとやれる」
「この馬の良さを引き出したい」
そんな思いが、若い騎手の手綱から滲み出ていた。そして、菅原明良騎手の思いにカラテは応えた。

4歳の暮れの中山で平場の2勝クラスに勝利すると、年明けの若潮ステークスも勝利し、連勝でオープンクラスに昇格する。
そして、オープン馬として迎えた2021年の東京新聞杯(GIII)。約2年ぶりの重賞挑戦、鞍上はもちろん菅原明良騎手。5番人気で挑んだカラテは、直線で内から力強く抜け出し、先に抜け出したカテドラルをクビ差抑えて見事に重賞初制覇を果たした。ゴール後、菅原明良騎手は派手なガッツポーズで喜びを爆発させ、何度も何度も、カラテのたてがみを撫でていた。
「あのカラテと明良が、重賞に勝った…!」
ファンが互いに顔を見合わせ手を取り合う、そんな“喜びの瞬間”。
カラテが積み重ねてきた努力の結晶が実を結んだ。菅原明良騎手の手綱に応えるように、最後まで脚を止めず、真っ直ぐにゴールへ向かった姿は、美しいゴールシーンだった。
菅原明良騎手にとっても、記念すべき重賞初制覇。彼のプロフィール内の初重賞勝利の欄にカラテの名前が刻まれた。
■カラテのベストレース、新潟大賞典
重賞ウイナーとなったカラテは、ここから26戦、重賞レース中心に出走し続ける。菅原明良騎手とのコンビで12戦、安田記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップにも挑戦し、息の長い活躍を続けた。

カラテのベストレースといえば7歳時に出走した新潟大賞典だろう。前年夏の新潟記念を菅原明良騎手とのコンビで重賞2勝目を挙げたカラテは、2023年の新潟大賞典に出走する。GW最終日の新潟競馬場は、雨が降り続く不良馬場。馬場の悪い内の2番枠、トップハンデの59キロを背負ったカラテは、年齢も考えれば厳しい戦いになることが想定された。
スタートと同時に、先頭集団の内側を追走する。4歳馬、56キロのセイウンハーデスは快調に先頭を行く。3コーナーを回ってもセイウンハーデスの脚色は衰えることなく飛ばして行く。そして、4コーナー。800mの長い直線を逃げるセイウンハーデスにショウナンマグマが並びかける。カラテと菅原明良騎手は、馬場の悪い内を泥んこになって先頭集団を追う。残り400mになると、セイウンハーデスがさらに加速し、二番手以下をどんどん離して行く。逃げ切り濃厚と思われたその背後に、内からカラテが忍び寄る。
「内からカラテが並びかけ、セイウンハーデスとの一騎打ちになった!」
スローモーションのように二頭がゴールに向かっている。絶叫する実況の声。菅原明良騎手の白い帽子を泥だらけにして、カラテの背中で動いている。そして並んでいた二頭が分離した。
「今度は、カラテが内から先頭に立った!」
年齢を重ねても衰えない“しぶとさ”を見せつけ、3/4馬身の差をつけて3つ目の重賞タイトルを手にした。
苦しい展開でも、最後まで脚を止めない…そんな彼の姿を誇りに思い、頑張ろうとする自分たちの姿を重ねたくなるような馬だった。そして、菅原明良騎手とのコンビが見せた「信頼の走り」は、ファンたちの心をいつまでも温め続けた。
■引退、そして誘導馬としての再スタート
2025年7月、9歳になったカラテは49戦8勝のキャリアに幕を下ろした。
その後、彼が選んだのは「誘導馬」という第二のステージ。この知らせを聞いたとき、多くのファンが「カラテらしい」と微笑んだはずである。
カラテは府中競馬場の誘導馬として、11月の開催から登場している。この時は午前中だけの登場だったが、いずれ特別レースの誘導馬としても登場するだろう。レース前のパドックで、凛と立つカラテの姿。現役時代のような緊張感ではなく、どこか穏やかで、優しい表情。競走馬としての激しい日々を終え、今度は若い馬たちを導く立場になったカラテ。その姿は、彼の誠実な性格そのものが形になったようで、見ているだけでほのぼのとするはずだ。
■カラテという名の物語
カラテの歩みを振り返るとき、どうしても胸の奥がじんわりと熱くなる。
勝ち負けだけでは語れない、ひとつの馬と、それを支えた人々の物語。そして、ファンたちが寄り添い続けた「誠実な走り」の記憶。
カラテの現役生活は、決して華々しいだけの道ではなかった。だからこそ、彼の物語は多くの人の心に深く刻まれている。それは、カラテが戦績以上に「人間味」のある馬だったからなのかもしれない。
もし、府中競馬場で誘導馬のカラテを見かけたなら、少しだけ足を止めて見て欲しい。
あの頃と変わらない、真っ直ぐで優しい光が、きっと彼の瞳に宿っているはずだから…。

Photo by I.Natsume
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