マチカネフクキタル~「待ちかねた福」を掴んだ、衝撃の末脚~

私がまだ幼い頃、はじめて自分から競馬メディアを探して見た動画は、サイレンススズカの特集動画だった。新馬戦の勝ちっぷり、弥生賞でのゲートくぐり、プリンシパルSの勝利で駒を進めたダービーでの敗戦を経て見た、神戸新聞杯。

直線で大きく突き放し、セーフティリードを広げる彼に魅了され始めていた私は「ああ、かっこいいなあスズカ」と、先頭を行く栗毛の馬体1頭を注視していたのだが──。
突如、その真横に現れた赤と青の3本線の勝負服。
瞬く間にサイレンススズカを交わし、突き抜けての重賞制覇を成し遂げた。

開いた口が塞がらないという言葉通り、口をあんぐり開けて画面を見つめていたのを今でも覚えている。

後の伝説的名馬をひとのみにし、阪神の直線を駆け抜けたマチカネフクキタル。

その名の通り「待ちかねた福」を掴んだ馬である。

福、うまれる。

アメリカ生まれのフランス馬という種牡馬・クリスタルグリッターズ。マチカネフクキタルが誕生した1994年時点では、OPクラスでそれなりに頑張っていたアルファキュートやドミナスクリスタルが産駒に目立つ程度で、そこまでの評価を受けている種牡馬ではなかった。

一方、母系は日本生粋の名牝系であるシラオキ系で、古くからトウショウ牧場が大事に培ってきた血を持つ。そんな彼は栗東の二分久男師に見定められ、購入した細川益男氏から「笑う門には福来る」に由来する「マチカネフクキタル」という名を貰い、入厩した。

ダートのデビュー戦では後の桜花賞馬キョウエイマーチに大差でちぎられ3着となるが、折り返しの新馬戦で初芝への適応も十分に見せる4着。3戦目のダートで勝ち上がると再び芝に向かい、君子蘭賞2着を挟んでムーニーバレーRC賞を鋭い末脚で勝利する。

この勝ち方でダービーを目指せる馬と予感した陣営は、そのままダービー最終トライアルであるプリンシパルSへ出走することを決定。皐月賞からランニングゲイル・エアガッツが参戦し、更に調教再審査をクリアしたサイレンススズカが立ちはだかったここでも、好位追走からしっかり脚を伸ばし、見事出走権利内に滑り込む2着と好走した。

皐月賞当日にはダートの1勝馬だった馬が、1か月後には勇躍、ダービーへと乗り込む優駿となっていたのだ。

そのダービー。皐月賞に続く圧巻の逃げ切りを見せたサニーブライアンが実力証明の2冠を達成する裏で7着に敗れるが、2着争いにはしっかり最後まで加わり、2着シルクジャスティスとのタイム差は僅か0.3秒。
この後のクラシック戦線でも十分戦っていける力はあることを見せつけた。

夏の福島で1勝し、秋はそのまま神戸新聞杯へ。
このレースから、彼の凄まじい連勝街道が幕を開けることとなる。

福、覗かせる。

夏の間に、牡馬クラシック路線は一転して混戦模様に突入していた。

2冠馬サニーブライアンに骨折が判明し、更に好走を重ねていたランニングゲイルも放牧中に骨膜炎を発症。両頭とも菊花賞の出走は断念せざるを得ない状況となり、3冠、または零細血統の大逆転を夢見ていたファンは失意の中にいた。

そんな状況下で開催された東のセントライト記念に先んじてのトライアル競走、神戸新聞杯。

ここでの1番人気はサイレンススズカだった。
抑える競馬を教えてきたことが災いして大敗したダービー。それを踏まえ、ここでは上村騎手・橋田師共に「馬に任せて好きなように行かせよう」と意見が一致していたという。その非凡なスピードは夏を経て更に成長しているという評価もあり、ダービーの着順は散々ながらも、1番人気に支持されていた。

そう差のない2番人気の支持を受けたのがマチカネフクキタルで、ダービー2着のシルクジャスティスが3番人気。後は大きくオッズが離れていた構成から、まずはこの3頭が菊への権利を掴むのだろうというのが大方の予想であった。

ゲートが開くと、サイレンススズカが快調に飛ばす。
前半1000mを59秒3というラップで通過。後々のオーバーラップぶりから考えるとやや遅く見えてしまうが、それでも通常の2000m戦よりは遥かに速いのは間違いない。そして翌年飛躍する片鱗を見せるかのように、直線入り口でもまだまだ後続とはセーフティリード。200m地点でも後続に5馬身近い差がついていた。

大器が、遂に逃げという戦法で花開いたか──。

そう思うファンの目線が逃げ切りを図る彼に向かう傍らで、大外から伸びあぐねるシルクジャスティスらを尻目に、1頭だけ桁外れな勢いで脚を伸ばしていた。

それこそ、周りが止まって見えるほどの強烈な末脚を。
そしてその馬体は、すぐにファンが注視していた視界に割って入ってきた。

一瞬勝利を確信して立ち上がった上村騎手が再び追い出したが、時すでに遅し。

4コーナーで最後方、しかもサイレンススズカからは10馬身近い差があったはずの馬が、先頭を交わしてからゴール板まで50m程の距離しかなかったにもかかわらず1馬身抜け出すという、並の馬であれば絶対にできない離れ業をやってのけてしまった。

重賞初制覇を果たした同馬は、もう1つのトライアル京都新聞杯(当時は神戸新聞杯から菊花賞までの間隔が1か月半近くあったため、1か月後の京都新聞杯も挟む馬が多かった)へと臨む。

神戸新聞杯での勝ち方が評価されたか、ダービー1番人気のメジロブライト、セントライト記念から転戦してきたエアガッツらを抑えて、マチカネフクキタルは1番人気に推されていた。

1コーナーで受けた不利で後脚を落鉄する不利を受けたが、直線に向くと今度は馬場の真ん中に突っ込んで再度の切れ味を見せると一気の差し切り。外に回したメジロブライトの末脚が劣っていたわけでも、先団につけて抜け出しを図ったパルスビートの行き脚が鈍ったわけでも全くない。ただ1頭、次元が違いすぎるような驚異的末脚だった……というほか、ないだろう。

南井克己騎手のアクションに最大限応え、内々から外の有力各馬をまとめて斬り捨ててのトライアル連勝。
最後の1冠、菊花賞に堂々主役候補として駒を進めるにはふさわしい実力をつけていた。

福、来る。

神戸新聞杯2着のサイレンススズカが天皇賞秋へと出走し、1000m通過58秒5のハイペースながら3着争いに割って入る6着。そして牝馬エアグルーヴによる天皇賞制覇の偉業が成し遂げられた翌週──菊花賞の日が、やってきた。

マチカネフクキタルは、衝撃的な連勝をあげながらも3番人気だった。
その理由の1つに、彼の血がついて回っていたことだろう。

上述したように彼の血筋は天馬トウショウボーイを含むシラオキ系。トウショウボーイは菊花賞でテンポイントに置いていかれて3着や、東京3200m時代の天皇賞で大敗を喫している。これだけなら彼の息子で3冠馬のミスターシービーはどうなるんだとなるが、加えて父クリスタルグリッターズの子供達の長距離実績は皆無に等しく、もって京都新聞杯くらいまでという見方が強かった。

『血統』というのは予想に重要なファクターであるが、時としてこのように我々の心を揺らす悪魔的存在となることもあるのは間違いない。実績だけ見れば1番人気に支持されてもおかしくないにもかかわらず3番人気だったという事実が、それを物語っている。

そして上位人気2頭は、彼がそれぞれトライアルで下した2頭。

1番人気は神戸新聞杯後、古馬混合の京都大賞典でオークス馬ダンスパートナーを下したことから再度の評価を受けたシルクジャスティス。

2番人気にメジロ牧場からのクラシック候補、あのメジロライアンの息子メジロブライト。皐月賞、ダービーと1番人気に支持されながらも苦杯を舐めさせられた春クラシック。最後の1冠を何としても掴むため……そして3冠すべて善戦に終わった父の無念を晴らすべく、万全を期して臨んできた。

ほかにも、皐月賞2着のシルクライトニング、シルクジャスティスを兄貴分と慕いながらクラシック路線で善戦を続けていたエリモダンディーら春の実績馬組や、熊沢重文騎手を振り落とすなどの破天荒ぶりを見せつけながら成長を遂げてきた上がり馬ステイゴールド、古馬相手の重賞2戦で複勝圏を外さない堅実ぶりを見せていたパルスビートなど、まさに最後の1冠にふさわしく、2冠馬不在ながら春の実績馬、そして夏の上り馬が顔を合わせたメンバーが揃っていた。

坂の頂上付近から、菊絵巻のスタートは切られた。

メジロブライトが出負けしたが、いつも通りのそのスタートにスタンドから悲鳴が上がることもなく、そのまま後方待機へ。それに合わせるようにシルクジャスティスと藤田伸二騎手も後方へ手綱を絞っていった。

しかし先頭争いに目を移すと、なんとここまで後方待機の策を取っていたマチカネフクキタルがトウジントルネードとテイエムトップダンの先頭争いに割って入らんとばかりに首を上げて前に行きたがる仕草を見せていた。南井騎手がなだめなんとか3番手に落ち着いたが、ここ2走とは打って変わっての先行策に歓声が上がる。

スタンド前でおおよその態勢は決まり、人気各馬はダービー同様後方からレースを進める中、ただ1頭マチカネフクキタルだけが先行集団にいた。

そしてレースが動き出したのはやはり京都競馬場坂の下り、2周目の3コーナーだった。

切れ味勝負で前走マチカネフクキタルに屈したメジロブライトが外から捲り、それをマークする形でシルクライトニングが仕掛けたのと同時に、馬群が一気に団子状態へ。その動きに若干取り残された格好となったシルクジャスティスは最後の末脚を信じて、僚馬エリモダンディーと共に馬群を割く瞬間を見定める。

マチカネフクキタルはペースの上がった集団に飲まれポジションを下げながらも、内でじっと動かないでいた。

──前さえ開けば、全て差し切れる。

南井騎手が実際にそう感じていたかは分からないが、豪腕と豪脚の人馬一体のコンビは前が開くその一瞬に備えて脚を溜めていた。

歓声が上がる直線、内回りとの合流地点でロングスパートをかけたメジロブライトが大外から先頭へ並びかけ、それに併せに行ったダイワオーシュウが馬群の中から外へと出した、その時。

真ん中から馬群を切り裂く黒い帽子。
溜めに溜めた豪脚が炸裂し、外で繰り広げられる叩き合いなど向こうに回して抜け出した。

南井騎手の左鞭が1発、2発と連打され、激しく入る。

それに呼応するように、マチカネフクキタルの脚が更に伸びる。

この秋3回目、再び次元の違う脚を繰り出した彼らに抵抗できる馬など、ただの1頭も存在しなかった。

「福が来た京都! またまた福が来た! 神戸、そして京都に続いて菊の舞台でも福が来た!」

戦前囁かれていた中距離馬血統、上位2頭の成長には勝てないとの評価など歯牙にもかけない。
杉本清アナウンサーの実況通り、最後の1冠制覇──そして馬主である細川益男氏、生産者の信成牧場にも、初のG1制覇という『福』を呼び寄せた。

トライアルで下した人気両頭を再度負かし、上り3ハロンは2回のトライアルを大幅に上回る33.9。これ以後の菊花賞でもこの上がりと同等、もしくは上回る数字を持つのはディープインパクト、ソングオブウインド、フィエールマンの3頭のみ(2021年4月現在)だというの、だから恐ろしい。

果たしてもしサニーブライアンが出ていたとしても、この上がりを抑えることはできていたのだろうか──。

「上がり馬」の真骨頂、そして怖さを我々に見せつけたマチカネフクキタル。

森秀行調教師に20世紀の最強馬と言わしめているほどの勝ちっぷりは「最も強い馬が勝つ」という菊花賞の文言通り、誰しもが認める強さとなった。

福、繋ぐ。

そんな彼であったが、古馬以後は競走馬の生命線である蹄が蝕まれることが多くなり、順調にレースを使うことができなくなった。

治療を続けながら2000年まで懸命に走り、現役を続けたが、2着2回が最高。

かつての豪脚は蘇ることなく、最後はテイエムオペラオーとメイショウドトウの死闘をはるか後方の8着で見届けながら競走馬としての現役を終えた。

残念ながら後継に恵まれず、希少なクリスタルグリッターズの血を繋ぐことはできなかったが、種牡馬引退後は5歳上のマチカネタンホイザと共に山梨県小須田牧場にて功労馬として繋養され、2020年7月31日、眠るように息を引き取ったという。

昨今のウマ娘ブームにより、再度注目を浴びている同馬。
どうやら『物凄い属性過多キャラで占い好き』というキャラ設定らしいが、まだレースを見たことがない方は是非、彼の歩んできた3歳時の蹄跡をなぞってみてほしい。

マチカネフクキタルの持ち歌にある『時さえも止まってしまうようなスピード』は、確かに見せてくれていたのだから。

写真:かず

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