[重賞回顧]激しい叩き合いを制したヘデントールが、長距離界の頂点を極めるGⅠ初制覇!~2025年・天皇賞(春)~

昭和元年から数えて100年目にあたる2025年は、京都競馬場にとっても記念すべき開設100周年。現在の京都競馬場、いわゆる淀競馬場は三代目で、初代は1907年、現在の京都市下京区に新設(島原競馬場)され、火事で消失した後は須知町(現・京丹波町)に場所を移した。

その京都競馬場でおこなわれるレースの中でもひときわ格式高く、長い歴史と伝統を誇るのが天皇賞(春)である。古馬最高の栄誉を懸けて争われるこのレースは、国内最長距離のGⅠ。格式とともに重厚さも兼ね備え、競馬界最高の栄誉といわれる日本ダービーより、天皇盾獲得に思いを馳せる関係者は決して少なくない。

ただ、そんな記念すべき年におこなわれる天皇賞(春)は、主役不在の混戦。最終的に4頭が単勝オッズ10倍を切り、そのうちの3頭に人気が集まる中、1番人気に推されたのはヘデントールだった。

ここまで8戦7連対と安定した走りを続けるヘデントールは、2度目の重賞挑戦となった菊花賞で2着に好走。さらに、年明け初戦のダイヤモンドSを4馬身差で完勝し、重賞初制覇を成し遂げた。

それ以来、2ヶ月半ぶりの実戦となる今回は、日本でもお馴染みダミアン・レーン騎手とのコンビが実現。一気に長距離路線の頂点を極めるか、大きな注目を集めていた。

これに続いたのがサンライズアース。

デビュー2連勝で皐月賞に臨むも12着に終わったサンライズアースは、続くダービーで4着と好走。その後、8ヶ月の休養をはさんで出走した日経新春杯こそ大敗を喫したものの、3勝クラス2着から臨んだ阪神大賞典を6馬身差で圧勝し、重賞初制覇を成し遂げた。

今回は、ビッグレースで初めて人気を背負う立場となるも、大舞台に強い池添謙一騎手が前走に続いて騎乗。GⅠ初制覇はもちろん、展開の鍵を握る存在としても注目を集めていた。

そして、僅かの差で3番人気となったのがジャスティンパレスだった。

2歳時にホープフルSで2着と好走するも、春二冠で結果が出なかったジャスティンパレスは、秋初戦の神戸新聞杯を完勝。重賞初制覇を成し遂げると、菊花賞でも3着と好走し、さらに年明け初戦の阪神大賞典と天皇賞(春)を連勝してGⅠウイナーの仲間入りを果たした。

以後、GⅠに9戦連続出走して勝利こそないものの、そのうち7戦で掲示板を確保と堅実。今回は実績ナンバーワンの存在で、レース史上2頭目の隔年制覇が懸かっていた。

以下、重賞勝ちこそないものの、菊花賞でヘデントールとタイム差なしの接戦を演じたショウナンラプンタ。前年の2着馬で、続くGⅠ宝塚記念を制したブローザホーン。初の海外遠征となった前走のレッドシーターフハンデキャップで2度目の重賞制覇を飾ったビザンチンドリームの順で、人気は続いた。

レース概況

ゲートが開くと、ヘデントールが好スタート。しかし、プラダリアがすぐさまこれを制していこうとするところ、内からジャンカズマが交わし先頭に立った。

3番手につけたのはマイネルエンペラーで、その後ろをアラタとサンライズアースが併走。4馬身差の6番手にヘデントールとリミットバスターがつけ、ハヤテノフクノスケを挟んだ中団やや後ろに、シュヴァリエローズ、ブローザホーン、ショウナンラプンタが位置。一方、ジャスティンパレスはワープスピード、ウインエアフォルクとともに後方に控え、ビザンチンドリームは最後方からレースを進めた。

1周目の坂を下りホームストレッチに入ったところで、最初の1000m通過は1分0秒7と、やや遅い流れ。先頭から最後方までは14、5馬身と、長距離戦にしてはさほど縦長の隊列にはならなかった。

その後、レースが動いたのは向正面に入ってから。まず、サンライズアース鞍上の池添騎手が手綱を押して1つポジションを上げ、さらに前を窺うと、すかさずマイネルエンペラーも仕掛けてジャンカズマを交わし、早くも先頭に躍り出た。

一方、中団以下ではショウナンラプンタが徐々に位置をあげ、シュヴァリエローズとジャスティンパレスのディープインパクト産駒2頭も坂の途中でスパート。中でも、ジャスティンパレスが一気に3番手までポジションを上げると、坂の頂上付近でようやくヘデントールも動きはじめる。そして、4コーナーで前は10頭が一団となる中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に入ると、マイネルエンペラーが後続を振り切りにかかるも、内回りとの合流点を過ぎたところでサンライズアースとショウナンラプンタがこれを交わし、その後、ショウナンラプンタが単独先頭に立った。

しかし、それも束の間。外から勢いよく末脚を伸ばしたヘデントールとビザンチンドリームがこれに襲いかかり、そこから2頭のマッチレースとなるも、先に抜け出していたヘデントールが最後まで先頭を譲らず1着ゴールイン。惜しくもアタマ差届かなかったビザンチンドリームが2着となり、3馬身離れた3着にショウナンラプンタが入った。

良馬場の勝ち時計は3分14秒0。ダイヤモンドSから直行してきたヘデントールが、連勝でGⅠ初制覇。前日から短期免許での騎乗を開始したレーン騎手はJRAのGⅠ6勝目で、馬主のキャロットファームは史上3例目の八大競走完全制覇となった。

各馬短評

1着 ヘデントール

好スタートから6番手まで下げてインを確保すると、2周目でライバルたちが仕掛ける中、これらから二呼吸ほどおいてスパート。好スタートと、初騎乗ながら相棒を信じていたレーン騎手の絶妙な仕掛けのタイミングが、最後のアタマ差を生み出した。

これで9戦8連対と、安定感も持ち味の一つ。母父がステイゴールドということもあり、次走が宝塚記念でも、再び好走が期待できる。

2着 ビザンチンドリーム

上がり最速の末脚でヘデントールを追い詰めるも、僅かアタマ差及ばなかった。

その勝ち馬とは対照的に、スタート後すぐ隣の馬と接触して後方からの競馬を余儀なくされたこと。2周目4コーナーの出口で、僅か数秒間、進路がなくなったことが最後の微差に繋がった。ただ、これらは鞍上の判断ミスではなく、他馬ありきのこと。8枠からスタートした距離損も考えれば、限りなく100点に近い内容だった。

3000m以上のレースでは常に見せ場を作り、今回も菊花賞も上がり最速。長距離戦に自身の居場所を見つけ、距離は長ければ長いほど良さそうだが、瞬発力勝負にならなければ有馬記念でも好勝負は可能かもしれない。

3着 ショウナンラプンタ

スタート直後は後方に構えていたものの、スタンド前で少しいきたがったか、中団まで上昇。そこからは、ヘデントールをマークするような位置につけた。その後、向正面から徐々に進出を開始。4コーナーを楽な手応えで回ってきたときは一瞬やったかと思わせたが、2頭との追い比べで劣ってしまった。

母方がアメリカ血統で、おそらく3000m以上だと長く、逆に2000mから2200mだと少し短いため、2600mから2800mあたりがベスト。ただ、JRAにこの距離帯の重賞はなく、また瞬発力にもやや欠けるため、相手なりに走る反面、勝ちきれないレースが続くかもしれない。

レース総評

レース当週は、金曜の未明から昼頃まで22ミリの雨を観測。その後は晴れて土曜朝は稍重でスタートし、クッション値は9.8だった。

詳しい馬場の状態に関しては、前週の開催による目立った傷みはなく、雨の水分も順調に抜け、14時前に良へと回復。芝が蹴り上げられるシーンも見られたがレースに支障はなく、天皇賞当日、日曜朝のクッション値は10.6だった。

また、タイムは水準より速かったものの、かつて春の開催でみられた超高速馬場というほどではなく、2日間におこなわれた芝のレースで1、2枠に入った馬の勝利はなかった。

そんなコンディションの中おこなわれた天皇賞(春)を1000m毎に区切ると、最初の1000mは1分0秒7で、続く1000mが1分1秒5。そして、次の1000mは1分0秒1で、最後の1ハロンは11秒7=3分14秒0だった。

得てして「速→緩→速」のラップ構成になることが多い長距離戦だが、今回のラップを見ると、最初の1ハロン13秒0と8ハロン目の12秒9を除けば、あとはすべて12秒5以下で推移。さらに、最後の3ハロンに至っては、12秒2-11秒8-11秒7と加速ラップで、底力とともに瞬発力も要求され、総合力が問われた。

また、ほぼ一定のペースで進んだため、逃げ、先行馬は息を入れるところがなく、隊列もそこまで縦長にならなかったため差し馬が台頭。やや順番は違ったものの、結果的に人気馬や実績馬がほぼ上位を占め、8着と9着の間には7馬身。11着と12着の間には大差がついた。

勝ったヘデントールは父がルーラーシップで、産駒5頭目のGⅠウイナーとなった。ルーラーシップといえば、父キングカメハメハ、母エアグルーヴという日本競馬史上最高クラスの良血馬であり、社台スタリオンステーションで繋養されているものの、GⅠ馬5頭中3頭は下河辺牧場の生産(キセキ、ドルチェモア、ソウルラッシュ)。ノーザンファーム生産でJRAのGⅠを制したのは、ヘデントールが初めてだった。ただ、2019年の豪州のGⅠコーフィールドCを勝利したメールドグラースは、ノーザンファームの生産馬。そのメールドグラースが新潟大賞典、鳴尾記念、コーフィールドCを勝利した際に騎乗していたのは、偶然か必然かレーン騎手である。

一方、母の父はステイゴールドで、母父としてのJRA・GⅠ制覇は初めて(交流GⅠはアランバローズが全日本2歳優駿を勝利)。種牡馬として数多くの名馬を送り出したステイゴールドは典型的なコルトサイアー(活躍馬が牡馬に偏る種牡馬)といわれ、GⅠを制した牝馬はレッドリヴェールとアドマイヤリードだけ。そのせいか、母父としてのGⅠ制覇にやや時間がかかったものの、今後も活躍馬は誕生するだろう。

また、ルーラーシップ×ステイゴールドという、一見するとキレ負けしそうな血統のヘデントールが、瞬発力も求められた今回のレースを勝利することができたのは、もちろん美浦トレセンやノーザンファーム天栄でおこなっている日頃のトレーニングの賜物だが、二代母エンシェントヒルの存在も非常に大きいのではないだろうか。

現役時のエンシェントヒルは重賞未勝利に終わったものの、牡馬に混じってダートのオープンを4勝した名牝。先行有利といわれるダート戦で鋭い末脚を武器に追込み、何度も勝利を手にしてきた異色の名馬だった。ヘデントール自身、中距離重賞に出走したのは青葉賞の一度だけで、その時は8着に敗れたものの、おそらく一介のステイヤーではないと推測できるのは、エンシェントヒルの影響が小さくないから。また父、母父ともかなりの晩成で、いっそう未来は明るいように思える。

ただ、今後懸念されるのは、ルーラーシップのメンタル面。競走生活晩年のルーラーシップが大出遅れを繰り返したように、産駒のキセキやダンビュライトもまた、年を重ねるにつれやや気難しい面を見せるようになった。初年度産駒が誕生してから既に10年以上が経過し、育成のノウハウや産駒の傾向が以前より蓄積されているため、この心配も杞憂に終わりそうだが、それさえクリアすれば、長距離に限らず中距離のビッグレースでも十分活躍できるだろう。

また、京都競馬場がリニューアルオープンした2023年以降、とりわけ2024年と今回の天皇賞(春)1着馬の近走レースの傾向がやや変化してきた。

具体的には、グレード制導入後のダイヤモンドSやステイヤーズSの覇者が、その後GⅠ馬へ上り詰めたケースはほとんどなかったが(前者はイングランディーレのみ。後者はメジロブライトのみ。これらのレース出走以前にGⅠを勝っていた馬は除く)、2024年の覇者テーオーロイヤルはこれら2レースで連対し、ヘデントールもダイヤモンドSを優勝。ダイヤモンドSから直行で天皇賞(春)を制したのは、グレード制導入以降ヘデントールが初めてである。

一方、血統面でも、3000m以上のGⅠで圧倒的に強かったのはサンデーサイレンス系、特にディープインパクト直仔だったが、近年はミスタープロスペクター系、中でもキングカメハメハ系種牡馬の産駒が躍動。また、勝ち切れていないものの、2年連続で2着馬はエピファネイアの産駒、3着馬はディープインパクトの後継種牡馬キズナの産駒だった。

写真:すずメ

あなたにおすすめの記事