サリオスの「謎」
サリオスは、「研究に値する」と言っても良いくらい、謎の多い馬だったように思う。
2019年6月の府中に登場して、2022年秋のマイルチャンピオンシップまで15戦。常にレース後の課題を撒き散らし、そして私の疑問の答えを回収できないまま、サリオスは去って行った。
もちろん私も含めて、サリオスには多くのファンがついていた。同期のライバル、コントレイルが完璧な振る舞いをする馬だっただけに、粗削り感のあるサリオスを応援する「アンチ・コントレイル派」がサリオスのディープなファンとなっていく。そして、無観客の競馬場で開催された皐月賞と東京優駿。サリオスはコントレイルの勢いを止めることが出来ず、屈辱の2連敗を喫する。
特に皐月賞のゴール前は、ほぼ互角のたたき合いを見せただけに、古馬になって2000mなら…と、サリオス推したちはリベンジを誓った。しかし、翌年の大阪杯でコントレイルと再戦したが、再び返り討ちに遭う(コントレイル3着、サリオス5着)。
負ければ負けるほど、サリオス推したちは、彼をどんどん好きになっていく。そして、サリオスに名馬の蹄跡を刻んでもらおうと、ファンの間で「サリオス適性距離論争」が始まる。
サリオスが出走したレースは、1200m~2400m。15戦5勝の成績で、1600mで3勝、1800mで2勝を記録している。競走成績だけを見れば、「サリオスは、ある程度距離の融通が利くマイラー」という結論に至る。しかし、古馬になって2000mのレースに出走したのは大阪杯の1回限り。しかも馬場コンディションは雨の重馬場、右回りの阪神競馬場でのこと。良馬場で府中の左回りの2000mなら充分に対応できる。いや最も適性のある距離ではないだろうか…と、ファンたちは考える。サリオスが3歳で毎日王冠を制した秋、5歳になった2つ上の姉サラキアが、エリザベス女王杯、有馬記念を驚異の末脚で連続2着したのを見て、更に「サリオス2000m主戦説」を深めて行った。
しかし古馬になったサリオスは、2000mではなくマイル中心のローテーションで蹄跡が組まれていった──。
「栗毛の牛?」
サリオスとの初めての出会いは、2019年6月2日の新馬戦。
2020年のクラッシック戦線に向けた2歳戦スタートの1週目、安田記念デーのパドックにサリオスが登場した。マイル戦とあって、父ダイワメジャー母ラドラーダの良血、アブソルティスモが1倍台での1番人気。2番人気のサリオスは、534キロの巨体を揺らしながらパドックを周回する。その姿は、どうみても「栗毛の牛」。調教での動きは良かったものの、マイル戦に対応できる瞬発力があるのかどうか…。ゆったりと牛のように歩くサリオスに一抹の不安が漂う。
レーン騎手を背にスタートを切ったサリオスは、決して「栗毛の牛」では無かった。
好スタートからスムーズに先頭に立ったアブソルティスモに対して、スタート直後は後方からの追走になったサリオス。しかし、4コーナーでアブソルティスモを射程圏に入れると、大外から瞬殺で交わし、2馬身の差をつけてフィニッシュした。その豪快な末脚は、2歳戦スタート第1週目にして、早くもクラッシック候補登場と話題になる。前半のもたつきが、逆に距離が伸びて本領発揮する期待感を膨らませた。
夏を無事に過ごしたサリオスは、マイルの重賞サウジアラビアロイヤルカップ(G3)に駒を進める。当日の馬体重は+6キロの540キロで、その馬体は「栗毛の牛」ぶりに磨きがかかる。しかし、その立派な馬体には更なる瞬発力とスピードが蓄えられていた。
新馬戦とは異なり、石橋騎手を背にスタートと同時に三番手につけたサリオスは、逃げるアブソルティスモを楽に追走する。そして直線でアブソルティスモを捕まえると、外から伸びてきたクラヴァシュドールと叩き合いとなり、最後は1馬身1/4突き放して優勝した。優勝タイムは1分32秒7。新馬戦よりも4.4秒短縮し、アブソルティスモ(3着)とは4馬身3/4の差をつけていた。
サリオスの戴冠、朝日杯フューチュリティステークス
「サリオスは距離が延びると、もっとパフォーマンスを発揮するはず」
サリオス推したちは、誰もがそれを唱えていた。マイルで2連勝したが、次は距離を延ばして暮れのホープフルステークスに行って欲しい。東スポ杯2歳ステークスで、コントレイルとかいう怪物級が出てきたと話題になると、ますます暮れの2000mでの対戦を望んだ。
しかし、サリオスが選んだのはマイルのG1、朝日杯フューチュリティステークス。選択された舞台に不満は無いけれど、サリオスを応援する人々が期待した「距離が伸びての走り」は、翌年へ先送りとなった。
朝日杯フューチュリティステークスでのサリオスが、出走15戦の中で、最も安定した強さを見せたレースとなったことは、ファンの誰もが認めるところだろう。ムーア騎手のパーフェクトなアテンドで、スタートからゴールまで強さだけが目立った朝日杯フューチュリティステークス。スタートから好位に付け、スミヨン騎手・レッドベルジュール、武豊騎手・タガノビューティを後ろに置いた展開で、直線入口で早くも先頭に並ぶ。直線でムーア騎手からGOサインが出ると一気に後続を突き放した。
3戦目にしてG1のタイトルを手に入れたサリオスは、コントレイルのホープフルステークスの結果を見る形で、2歳戦を終了した。
サリオスが現役を終えて振り返ってみれば、デビューからマイル戦3連勝でG1馬になる過程を見て、マイルが適性だったという結論が出るのかも知れない。
しかし3歳になったばかりのサリオスに、ファンは大きな夢をいっぱいに背負わせた。コントレイルに負けるわけがない。ホープフルステークスに出ていれば勝っているはずだ。もちろん皐月賞の◎はサリオス以外考えられない…。
結果はコントレイルに完敗し屈辱の春を終えたサリオス推しの面々は、秋を迎えサリオスが毎日王冠を制覇すると、再び2000mチャレンジを夢見て盛り上がる。馬体を更に成長させ、「栗毛の牛」スタイルに磨きをかけたサリオス。今ならアーモンドアイと戦っても勝てるのでは…という妄想を抱く。
しかし、陣営の選んだのはマイル路線。天皇賞には目もくれず、グランアレグリアの出走するマイルチャンピオンシップへのチャレンジ。2番人気に支持されながらも0秒4差の5着。大外枠&スタートの出遅れを考えれば、3歳馬として良くがんばったと言える結果だった。
マイル路線を突き進んだサリオス
古馬になったサリオスは、初戦こそ2000mの大阪杯を使ったものの、以降は7戦中5戦がマイル戦。安田記念、マイルチャンピオンシップを連続着外に敗れた結果を見て、ファンの不満が沸々と湧きだす。しかし暮れの香港マイルでの「栗毛の牛」が逃げる姿を見て、一斉に黙ってしまう。香港のマイル王ゴールデンシックスティ相手に、残り150m前まで先頭をキープし、ゴールデンシックスティと叩き合ったシーンを目にしたサリオス推したちは、サリオスのマイル適性に関して認めざるを得なくなった(結果はゴールデンシックスティから1馬身1/4、クビ差の3着)。
5歳になったサリオスは、初戦の高松宮記念(8着)を経て安田記念に出走。ソングライン、シュネルマイスターとゴール前での壮絶なデッドヒートを繰り広げ、クビ、アタマ差の3着。「マイルのサリオス」のポジションが確立され、「2000m適性論」は封印されてしまう。
「果たして、サリオスの適性距離は本当にマイルなのか?」
秋初戦の毎日王冠で、残り200mから鋭い差し脚を繰り出し、ジャスティンカフェ、ダノンザキッド以下を差し切ったサリオス。それを見た一部のファンは、天皇賞(秋)でのイクイノックスとの対戦を夢見た。しかし陣営は迷うことなく、サリオスをマイルチャンピオンシップに出走させることを発表。予定通り11月の阪神で開催されるマイルG1へ向かった。
結果的には、サリオスの引退レースとなった2022年マイルチャンピオンシップ。パドックに登場したサリオスは、究極の仕上がりに見える。1番人気ソダシ2番人気シュネルマイスターに次いで3番人気のサリオスは、ここでマイルG1を制覇し、「サリオスの適正距離=マイル」が証明される予感さえした。
しかし、結果は直線で全く反応せず、セリフォスが先頭ゴールする1.1秒後に14着で、サリオスはゴール板を通過する。
これは、次走の香港マイルに向けたムーア騎手の「試乗」だったのか…?
香港マイルで感動的な有終の美を飾るための「演出」だったのか…?
サリオスのマイル戦大敗の謎が深まる。
しかし、それらを検証する術が突如奪われる。サリオスの香港マイル出走は、ドクターストップにより幻となり、レースを前に現役引退が発表された。
サリオスの残した「もしも…?」
サリオス推しのファンによる「サリオスの適性距離論」の検証は、サリオスの子供たちに託されることとなった。
2024年春、サリオスの子供たち誕生のニュースが届いた。
2025年には、各クラブの1歳募集や、セリ会場で、サリオスの子供たちを見る機会が増えるだろう。
そしてサリオスの子供たちのデビューは2026年の6月。サリオス推しの人々の「サリオス適性距離論」が再燃し、一喜一憂する日が再びやって来る。
サリオスは、実に不可思議な馬だったと思う。彼が駆け抜けた3年5カ月、私も含むサリオス推したちに、ハラハラする楽しい時間を作ってくれた。同時にたくさんの謎を、私たちに残して去って行った。
”もしも…”3歳の秋、天皇賞(秋)でアーモンドアイと対戦していたら?
”もしも…?”5歳の秋、天皇賞(秋)でイクイノックスと対戦していたら?
府中2000mの舞台で、サリオスはどんな輝きを見せてくれただろうか?
サリオスの「もしも…?」は、次世代に託されていく。
Photo by I.Natsume