[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]嫁いでくれない娘たち(シーズン1-28)

数日後、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんから、セカンドオピニオン的に撮ったレントゲン写真が送られてきました。「下の写真が分かりやすいと思います」と言われましたが、僕にとってはどのあたりが大きな骨片なのか見分けがつきません。単に勉強不足だからなのですが、馬の肢のレントゲン写真を何枚も見ている獣医師や関係者でなければ、分からないというのが実際ではないでしょうか。そもそも正常な状態を知らなければ、悪い状態も分かりようがなく、いろいろとネットで調べてみたものの、いまいちピンと来ません。

だからこそかもしれませんが、今の僕にはダートムーアの23がそれほど厳しい状況であることが飲み込めない部分があるのです。ひと晩おいて、冷静になってみたときに、悲観と楽観が入り混じりになっている内面に気づきます。調べてみたらたまたま骨片が飛んでいたり、ボーンシストになっているのが見つかっただけで、逆に何も知らなければ、そのまま育成を進め、レースに出走し、何ごともなく走り続けることができた未来もありうるのです。

たしかにリスクはあるかもしれませんが、こればかりはやってみないと分かりません。現時点ですでに脚元が腫れていたり、痛がっていたりするのであれば話は違いますが、何の症状も出てはいないのです。僕たち人間を含めて生物の身体は実に神秘的であり、うまくできていて、どこかに不具合が生じればそこを補ったり、全体のバランスを変えてみたりして、整うように働きかけが行われるものです。そう、福ちゃんも最初は片目が見えなくて心配しましたが、今のところ何の不安も事故も怪我もなく、他の馬たちと同じように走って、飲んで、食べて生きています。

もちろん、サラブレッドの前肢には特に負荷がかかりやすく、人を乗せて走るようになると前肢の球節部の種子骨を痛めてしまう確率は高いという科学的な見地も、多くの馬たちを育成してきた木村さんの経験則も理解できますが、そうはならない確率も十分にあるということは肝に銘じておいた方が良いでしょう。

もし自分が馬主としてセリに立つ場合、皆に敬遠されるような馬は安く買える可能性が高いため、値段と確率のバランスを考えて購入するという判断もあります。0か1の考え方だと、走るお買い得な馬を逃してしまうはずです。もしかすると、レポジトリの写真など見ないで馬を買う馬主さんと、良い縁があるかもしれません。

無知ゆえの楽観を決め込んでいることは自分でも分かっています。ただ、そうでもしないと、セレクションセールまでの3週間をどんな顔をして過ごせばよいのか、僕には見当がつかなかったのです。誰も手を挙げず、誰にも競られることなく、シーンとした静寂が流れ、主取りになって寂しげに帰ってくるダートムーアの23の姿を想像してしまいます。そうした生産者として最も屈辱的な瞬間を味わうことになることがほぼ確実な中、胸を張ってセレクションセールに向かうためには、現実を歪曲して捉えるしか術はありませんでした。

Photo by S.Degoshi

動画撮影は予定どおり行ってもらうことにしました。どうせ主取りになるのだから、本来は動画などアップしても仕方ないのです。お金の無駄遣いにしかすぎません。頭では分かっているのですが、僕は自分自身を暗示にかける意味でも、福ちゃんの写真を毎月撮影してもらっている出越さんに頼んで、浦河のNO,9ホーストレーニングメソドまで足を運んでもらいました。翌日、撮影してもらったダートムーアの23のウォーキング動画を編集し、「片目のサラブレッド福ちゃんのPerfect Days」のチャンネルにアップしました。たくさんの応援のメッセージが届きました。嬉しかった反面、後ろめたい気持ちでいっぱいでした。すいません、せっかくダートムーアの23を応援してもらっても、おそらく彼女は買い手がつかずに帰ってくることが半ば決まっていたのです。

YouTubeやX等でレポジトリの写真のことを公表するかどうか迷いました。知らずに手を挙げてしまって、あとからクレームになるのは嫌だったのと、もし手を挙げるならば、骨片やボーンシストを込みで、それでもダートムーアの23を育てたいと思ってくれる馬主さんに買ってもらいたかったからです。

少し考えた結果、わざわざSNSで不特定多数に向けて公表することはないと結論づけました。必要であればセレクションセール開催中にレポジトリの写真を見てもらえば良い話ですし、わざわざネガティブに捉えられる情報を拡散するメリットはないと考えたからです。前述したように、知らなければ大した問題にならず進めていけたはずなのに、人間は知ってしまうとネガティブに引っ張られてしまう傾向があります。わざわざ自分の娘の価値を下げるようなことを公表してどうする。隠すわけではなく、余計なことは言わないと心に決めました。

その後のことは考えたくありませんでした。骨片を取り除く手術をしてオータムセールを目指すにしても、一か八かです。手術で靭帯を傷つけてしまうと競走生命すら危うくなりますし、かといって骨片を取り除かずに他のセリに出しても結果は同じでしょう。安い馬代金であれば、誰かが買ってくださるかもしれませんが、ここまで時間とお金をかけて育ててきた娘のような存在を叩き売りするのは気が引けます。かといって、自分で走らせるとしても、育成の費用が月々30万円程度はかかりますし、デビューするまでに球節に炎症が起こったりして頓挫してしまうかもしれません。

そもそも福ちゃんを自分で走らせて、繁殖牝馬にすることが決まっている中で、これ以上の経費がかかってくると僕自身が破産してしまいます。ダートムーアとスパツィアーレの預託料、福ちゃんの預託料、来年生まれてくるダートムーアの25とスパツィアーレの25の預託料、そこにダートムーアの23の育成費用と厩舎への預託料、さらに来年からは福ちゃんの育成費用までが乗っかってくるのです。単純に計算しても月々100万円コース。いつまで経っても娘たちが嫁いで家を出ていってくれない父親のような悩みですね(笑)。それほどまでに碧雲牧場の居心地が良いのでしょうか。

(次回へ続く→)

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