[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]すべての見えない光(シーズン1-58)

福ちゃんが1歳の誕生日を迎えました。福ちゃんの誕生日は正確に言うと2月29日ですから、4年に1度しか訪れないことになります。福ちゃんが大人になったら、「私は4年に1歳しか歳を取らないので、そこのところよろしく」なんて言いそうですが(笑)、せっかくですから僕たちは、2月28日と3月1日の両日を誕生日にすることにしました。2日間にわたってお祝いしてもらえるのですから幸せですね。

左目が見えないという報告を慈さんから受け、翌日、あわてて飛行機に飛び乗ってから、はや1年が経ったのです。初めて外の世界に出た日、雪に向かって突進してしまったことや、その後、すぐにお母さんと一緒に走り始めたことなど、昨日のことのように鮮やかに思い出されます。理恵さんをはじめとして、碧雲牧場の皆さんの力を借りて、YouTubeチャンネル「片目のサラブレッド福ちゃんのPerfect Days」をスタートさせ、視聴者の皆さまと一緒に福ちゃんの成長を見守ってきました。最初はどんな障害が待ち構えているかと心配ばかりでしたが、福ちゃんは僕たちの不安や心配などどこ吹く風と言わんばかりに、他の馬たちと同様もしくはより健康に、こちらが拍子抜けするぐらい、何ごともなく順調に育ってくれました。

福ちゃんたちが放牧地で幸せな日々を過ごしている裏では、お姉さんのダートムーアの23がセレクションセールやオータムセールで主取りになったり、スパツィアーレの23がサマーセールで売れたものの病死してしまったり、この連載でも包み隠さず綴ってきたように、僕の生産事業は決して無事とも順調とも言えません。それでも、毎日変わらない、日々成長する福ちゃんの姿に励まされ、ここまでやってくることができました。仕事の合間や時間外でも、福ちゃんにまつわる動画を撮影してくれて、僕に送り続けてくれた碧雲牧場の皆さんには感謝しかありません。僕と福ちゃんの恩人は間違いなく碧雲牧場の皆さんです。

福ちゃんの誕生日を記念して、たてがみ入りのお守りを作りました。以前から、YouTubeチャンネルのコメント欄でも「福ちゃんのたてがみがほしい」という声が多くあり、その気持ちに応えたいと思っていました。ただたてがみを切って送るだけでは芸がないので、福ちゃんの福をおすそ分けするという意味で、たてがみ入りのお守りを販売してはどうだろうかというアイデアに至りました。

福ちゃんの誕生日に間に合わせるため、クリスマスイブに北海道に旅立ち、寒い中なのに福ちゃんには申し訳ないのですが、前髪とたてがみをカットさせてもらいました。東京に戻ってからは、福ちゃんのたてがみを綺麗にシャンプーし(そのままが欲しいと思う方もいるかもしれませんが、さすがに衛生的に問題があるかと思い)、小さな透明袋にピンセットで取り分けました。さらに300個限定ということで、本物の福ちゃんのたてがみであることの証明として、1~300までの数字を振ったシリアルナンバーも同封することにしました。福ちゃんがムーア母と仲睦まじくしているシーンを使ってお守りをデザインし、たてがみとシリアルナンバーをお守りの中に入れて、紐を結んでもらいました。思っていた以上の時間と手間がかかって、福ちゃんのたてがみ入りお守りが完成しました。

しかし、ひとつだけ問題が発生したのです。お守りの中に福ちゃんのたてがみとシリアルナンバーが入っているか確かめたくて、一度紐を緩めてしまうと、元どおりの綺麗な形に戻すことが難しいのです。僕の手先が不器用なこともたしかですが、手先が器用な女性にやってみてもらっても、やはり完全な状態には戻せません。福ちゃんのたてがみがお守りの中に入っているのは分かるけど、開けられないとすると実際に目に見えないし、手に取ることもできないという矛盾が生じてしまいます。僕だったら、どうしても見てみたくなって開けてしまい、結局元どおりにならず悔しい思いをしてしまいそうです。それを未然に防ぐため、中に入っているたてがみの少量のサンプル(同じ量にするにはさすがに足りませんでした)をつくって同封しようということに。そのためには、もう一度、福ちゃんのたてがみを300個の透明袋に取り分ける必要が出てきます。これはこれで地味に大変な作業でした。

なんとか誕生日に間に合い、2月28日に発売することができたのです。これまでポストカードやカレンダー、マグカップ、エコバックと実用的なものを届けてきましたが、今回のお守りは実用的かどうかと言われたら実用的ではありません。いくら福ちゃんのたてがみが入っているとしても、もしかするとあまり人気がなく、買い手が少ないかもしれないという思いもよぎりました。ところが、そんな心配をよそに、誕生日前夜祭のプレミアム配信にはいつもより多くの福ちゃんサポーターが集まり、その日のうちにたくさんの購入申し込みがありました。翌日の配信を含め、2日間で100名以上の人たちが福ちゃんのお守りを買ってくれたのです。1歳の誕生日祝いとして買ってくれた人も多かったのではないでしょうか。お守りが必要かどうかではなく、福ちゃんに対するプレゼント(贈り物)としてお守りを買ってくださったのです。

福ちゃんを応援してくださる方々に向けて心の中で手を合わせつつ、同時に僕は注目されていることへの責任の重さを感じ始めていました。この1年間、ただ福ちゃんが碧雲牧場で無事に生きていてくれるだけで良かったのですが、今年は訳が違ってきます。競走馬として走る準備を始め、ゆくゆくはレースに出て結果を出さなければいけません。

秋になれば、今一緒に過ごしているミーちゃんやマンちゃん、サバちゃんが1頭ずつセリや育成に向けて牧場を出てゆきます。馬は集団動物であり、1頭だけでは生活できないため、おそらく最後に残された福ちゃんもほどなくして碧雲牧場を出ることを迫られるはずです。競走馬になるべく育成牧場でトレーニングを開始するため、環境は一変します。福ちゃんにとって良い環境があるのかどうか、福ちゃんは人を背中に乗せて走ることができるのかどうか、福ちゃんは見えない左目をカバーしながらトレーニングについていけるのかどうか、などなど。これまでの福ちゃんの立ち振る舞いを見るにつけ、僕自身は楽観しているのですが、どうしても親心なのか先回りして心配してしまいます。

福ちゃんは小眼球症を患っている以外は普通の馬と同じであり、先回りして心配したり、逆に多くを求めすぎたり、それによって責任を感じたりすることはないと頭では分かっています。それでも先回りし、期待して、プレッシャーを感じてしまうのです。まだ生まれて1年のサラブレッドにもかかわらず、ここまで様々な感情や経験を与えてもらえて、僕にとって福ちゃんはまさに福子だと思います。

福ちゃんの誕生をきっかけにして、多くの人たちを巻き込みながら、僕たちの物語は大きく動き始めました。碧雲牧場の皆さま、福ちゃんを応援してくださる人々、大狩部牧場の下村社長、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんなど、とても偶然とは思えない目には見えない何かが、僕たちをつなげ、どこかへと運んで行こうとしているのです。

1930~40年代のフランスのサン・マロという町を舞台に描かれた、「すべての見えない光」という小説があります。面白いタイトルですよね。ドイツ軍がフランスへと侵略してくる戦時中、同じラジオ番組を隠れながら聴いていたフランスの盲目の少女マリーとドイツの孤児院で育った少年ヴェルナーが、奇跡的に巡り会う運命のストーリーです。

ふたりが隠れて耳を傾けていたラジオ番組の中で(戦争当時はラジオを聴くことは禁止されていました)、こんな言葉がありました。

「日食や月食、オーロラや波長。目に見える光のことを、我々はなんと呼んでいるかな?色と呼んでいるね。だが、電磁波のスペクトルは、ゼロから無限まで広がっているから、数学的に言えば、光はすべて目に見えないのだよ」

ヴェルナーは、屋根裏部屋でしゃがんでは想像する。ラジオの電波は、長さ1・6キロもあるハープの弦で、ツォルフェアアインの上空で曲がり、振動し、森や都市、壁を抜けて飛んでいる。真夜中になると、彼はユッタと一緒に電離層を探り、あのよく通る、おおらかな声を探す。それが見つかると、ヴェルナーは別世界に送り込まれたような気分になる。偉大な発見が可能な場所。炭鉱町の孤児が、この世の核心となる謎を解くことができる秘密の場所に。

──「すべての見えない光」アンソニー ドーア著より引用

光とは波であり、電磁波です。実は赤外線や紫外線、X線、ガンマ(y)線など、ほとんどの光は目に見えないのです。私たちが光だと捉えている可視光線は、光のほんの一部にすぎません。たとえばインターネットや電話などは光であり、小説の中でマリーとヴェルナーをつなげたラジオも光です。

上手く表現するのが難しいのですが、僕たちは生きている場所は離れていても、目に見えない光によってつながり、気がつかない中で大きく影響を及ぼし合っているのです。福ちゃんや僕たちは、まだ会ったこともない人たちからの光によって救われました。たとえば、YouTubeチャンネルやX、当連載を見て、コメントをくださったり、グッズを買ってくれたりなどのやりとりを通して、支えてくれている人たちがたくさんいます。比喩ではなく、見えない光によっても僕たちはつながっているのです。

福ちゃんは左目の眼球が生まれつき小さく、可視光線を感じることができませんが、それは些細なことに過ぎません。皆さんの気持ちが光となり、すべての見えない光が、福ちゃんと僕たちにちゃんと届いているのです。

(次回へ続く→)

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