──就職なんかしたくないなぁ。
1998年の春、大学生だった私は就職活動の真っ只中だった。
1990年初頭にバブルは崩壊し、山一証券が破綻したのが前年の1997年。
世にいう「就職氷河期」だった。
この年のオークスは、桜花賞の上位3頭、ファレノプシス、ロンドンブリッジ、エアデジャヴーをはじめ、阪神3歳牝馬S勝ちのアインブライド、報知杯4歳牝馬特別勝ちのマックスキャンドゥなど素質馬たちが揃っていた。
その中で、私は別路線組のエリモエクセルに目をつけていた。
エリモエクセルは同期の馬たちから随分遅れて1998年の1月にデビューした。
新馬戦は勝ったものの、2戦目はダートの自己条件戦を使って3着。
桜花賞トライアルの報知杯4歳牝馬特別に格上挑戦で出走したものの6着。
桜花賞を断念して向かった忘れな草賞で勝利し、ギリギリでオークスへの切符を手にしていた。
私の就職活動も、うまくいっていなかった。
そもそも働きたくないのだから、活動にも力が入らない。
ろくに企業研究をすることもなく、名前を聞いたことがある大企業だけを幾つか受けていた。
初めての試験は、大手航空会社のグループディスカッションだった。
周りの学生たちに気圧され、まともに発言することができずに不合格。
出鼻をくじかれ、就職活動への意欲がますます無くなっていった。
周りの同級生の中には、入念に自己分析をし、練りに練った志望動機で手当たり次第に試験をうけ、内定をどんどん取ってくる人間もいた。
私はそんな“就活エリート”とは遠く離れた存在だった。
唯一の気がかりは九州の田舎にいる両親で、4年間の学費も下宿代も出してくれた両親だけは少なからず期待をしてくれているだろうし、就職を決めて安心させたいという気持ちはあった。
就職へのモチベーションは、ギリギリそこにだけ残っていた。
私と比べるべくもないのだが、エリモエクセルもまた、生まれ故郷「えりも農場」の期待を一身に背負っていた。
前年に牧場の先輩にあたるエリモシックがエリザベス女王杯を制して歓喜に沸いた「えりも農場」だったが、年明けの日経新春杯を勝利したエリモダンディーが骨折。
まもなくして天国に旅立ってしまった。
直後に、看板馬のエリモシックも引退。
牧場の勢いを取り戻すにはエリモエクセルの勝利が必要だった。
私と言えば、内定がひとつも取れずに時間だけが過ぎていた。
面接を上手にこなそうと、表面上取り繕ってみるのだが、全くうまくいかない。
途中から自分を飾ることをやめた。
ありのままの自分をさらけ出して内定もらえなければ仕方ないと割り切ってみた。
──あなたがこの会社に入ってやりたいことは何ですか?
私はそれを全て大好きな「競馬」に結び付けて答えた。
半ばやけくそだったのだが、不思議なことに競馬を軸に志望動機を考えるとどんな業界でもやりたいことが見つかるのだった。
ただ、ほとんどの面接では、面接官に怪訝な顔や呆れた顔をされた。
そんな中、なぜか1社だけ、私に関心を持ってくれる企業があった。
ハナから受かるなんて思ってもいないような、日本を代表する大企業だった。
やがてその会社から内々定の打診があった。
しかし、そもそも働くことにモチベーションが湧いていない私はどうも乗り気になれず、先輩社員から「内定受けてくれるよな?」と問われても「まだほかの会社と迷っています」と返していた。
嘘だった。
既に他の企業は全て落ちていた。
そしてオークスが行われる日、内々定をもらった学生を集めた1泊2日の懇親旅行という名の、企業による学生の“囲い込み”を受けることになった。
旅の道中、しつこく勧誘してくる先輩たち。
「ほかの企業に行くなよ、うちにこいよ」
周りの学生たちは意気揚々と返事をしていた。
私は相変わらず答えをはぐらかしていた。
それでもしつこく聞いてくるので、とうとう面倒臭くなって、私はこう言い放った。
「今日のオークスで馬券が当たったら内定受けますよ」
なぜそんなこと言ったのか、実は今でもよくわからない。
就職活動の開始も遅くて上手くいかず、何とか1社だけひっかかった自分と、デビューが遅くて何とか本番に間に合ったエリモエクセルを重ね合わせていたのかもしれない。
馬券はエリモエクセルの単勝を5,000円買っていた。
この時エリモエクセルは7番人気。内心、勝つのは難しそうだなと思っていた。
宿泊先に向かう電車のなかで発走時刻をむかえた。
私は一人、先輩社員と学生たちとの輪から離れて隣の車両に移動し、慌ててイヤホンを耳に突っ込んだ。
レースはすでに直線を迎えていた。
──先頭は内でロンドンブリッジ!
芦毛の馬体のラティールがスーッと上がってくる!
そしてエガオヲミセテ。この3頭があがってくるなか、外を通ってマックスキャンドゥが上がってくる!
先頭はロンドンか、外を通ってラティール! ラティールが伸びてきた!
そろそろラスト200Mに差し掛かる頃だ。
エリモエクセルは不発か……そう思った次の瞬間だった。
──外を通ってエリモエクセル!
きたっ!
イヤホンを突っ込んだ耳から全身に興奮が伝わる。
──エリモエクセル先頭に立った!さらにその外を通ってファレノプシスも上がって来ている!
桜花賞馬だ。やはりきたか……。
ファレノプシスに差されてしまうのだろう。
いや、こうなったらエリモエクセルが何とか凌いでくれないか……。
頭を垂れて、複雑な気持ちで実況の続きを待った。
──ファレノプシスもエアデジャヴーもまとめて一気に上がってきた!
先頭はエリモ! 先頭はエリモ! 外を通ってエアデジャヴーが2番手!
残れ、残ってくれ……。
──1着でゴールは、6番のエリモエクセル!エリモエクセルです!
……勝ってもうた。
嘘のような本当の話だが、私はこれで入社を決めた。
もともと何をやりたいかも定まらず、働きたいとも思っていない私にとって、背中を押してくれる良いきっかけだったのかもしれない。
顔を上げると、隣の車両では相変わらず先輩社員と学生たちが楽しそうにしゃべっていた。
あれから20年以上が経った。
私は今、その会社で部長をしている。
人生分からないものだ。
今では就職活動をしている学生を面接することもある。
自分の時と比べると雲泥の差で、自己分析も志望動機もしっかりしているし受け答えも隙がない。
逆に言えば、面接していてあまり面白くはない。
ただ、たまに学生からこういう質問を受ける。
「〇〇さんは、なぜこの会社に入ったんですか?」
その時に、私が決断した過程を包み隠さず話すと、驚きとともにホッとした表情をみせる学生が多い。
きっと気持ちが張っているんだろう、少なからず飾った自分に疲れも感じていることだろう。
だからこそ、建前の世界に本音を持ち込んでくる大人に少しだけ安心感を覚えるのかもしれない。
私はそんな学生の表情をみると、何とも言えず温かい気持ちになる。
エリモエクセルがくれた私のサラリーマン人生はまだまだ続く。
毎年オークスの時期が来るたびにイヤホンに飛び込んできた実況の声を思い出している。
──外からエリモエクセル!
写真:かず