諦めなかった者の頭上に、星は瞬く。不屈のファイター、ステラヴェローチェ

「頑張ること」

それがどれだけ難しいことか、嫌というほど思い知らされてきた。

諦めずに続ければ、ここでもうひと踏ん張りできれば…。わかっていても、進めない時がある。もう限界だと、辞めてしまう時がある。外的要因で、これまで自分が積み上げてきたものを崩さなければならない時だってある。頑張り続けることは簡単じゃない。

だが、何度挫折しようと結果を残すことができたのなら、それは生涯忘れられない、かけがえのない財産になる。

競馬の世界でも、それはきっと変わらない。変わらないからこそ、我々は馬に想いを馳せ、声援を送り、結果に一喜一憂するのだろう。勝った馬には惜しみない祝福を送り、負けた馬には次こそはの期待と激励の言葉をかける。

そんな言葉をかけ続けられ、走り抜いた1頭が先日、ターフに別れを告げた。ステラヴェローチェである。

■夜鷹の様に高く 空を駆けていけたら

ステラヴェローチェは常に、同期の背中を追う存在であった。新馬戦、サウジアラビアロイヤルCと連勝した後は、善戦どまりのレースが続く。中団やや後ろから進める彼のレースぶりは、抜け出した同期のライバルにいつも『あと一歩』届かない。朝日杯FSのグレナディアガーズ、共同通信杯・皐月賞のエフフォーリア。日本ダービーは前を行くシャフリヤールとエフフォーリアが熾烈なデッドヒートを繰り広げる中、上り最速の末脚を繰り出したものの2頭には及ばなかった。

秋になると、トライアルの神戸新聞杯でシャフリヤール撃破。約1年ぶりの勝ち星を手にする。皐月賞・ダービーで連続3着の悔しさをここから晴らすかと思える勝利だった。

──しかし、本番の菊花賞ではタイトルホルダーが遥か前方にいた。古馬との初対戦となった有馬記念でも、歴戦の猛者に怯まず立ち向かいながらまたもエフフォーリアの後塵を拝す。

年明けすぐに臨んだ日経新春杯は、クラシックでは先着したヨーホーレイクに差し切られた。

デビュー以降、ステラヴェローチェはここまで掲示板を一度も外していない。実力は確かである。なのに、どうしてか勝ち切れない──。

栄冠はすぐそこまで来ていて、それを手にする能力はあるのに、届かない。同期の天才たちに負けず劣らずの力はあれど、運が向いてこない。初の海外レースとなったドバイ遠征は生涯初めて掲示板を外す9着に終わった。異国の地だから仕方ないと思ったのもつかの間、帰国後に屈腱炎を発症。運がないの一言では済まされない厳しさが、彼を襲った。

彼の休養中、エフフォーリアは不調に見舞われ引退したが、タイトルホルダーは前人未到の"仁川三冠"を成し遂げた。シャフリヤールもドバイを勝ち、アメリカのブリーダーズCで3着に入った。クラシックで共に戦った仲間たちが、日本で、世界で活躍していく姿を見て何を思ったのだろう。このままじゃ終われないと思ったか、まだまだ負けられないと思ったかは彼のみぞ知るところだが、ステラヴェローチェは諦めずに療養し、確かにターフに帰ってきた。

1年7か月の時を経て、富士Sに出走した彼の人気は8番人気。とはいえ、2歳時に勝ったサウジアラビアロイヤルCと同舞台ということに加え、鞍上も前走まで手綱を取ったミルコ・デムーロ騎手で、復帰戦から期待できる陣容。復活を願うファンは少なくなかったはずだ。スタートからやや口を割りながら先団につける行きっぷりは、結果は8着だったもののもしかしてと思わせる走りにも見えた。

だが、次走に選んだダートの武蔵野Sでは全くいいところがなく最下位に終わると、評価は一変する。ここまで一貫して芝を使われてきた同馬が、初めて砂を使ったことに「やはり脚元がよくないのか」「もう終わってしまったのか」という感情を抱き、「復活はないかもしれない」と思い始めるファンもいたことだろう。

──そしてそのまま、ステラヴェローチェは再び休養へ。休養が明けてから真価を見せることがないまま、5歳シーズンを終えた。

■星が鳴いている

年が明けた3月3日、ステラヴェローチェはリステッド競走の大阪城Sに出走するため、阪神競馬場へ。重賞以外を走るのは、実に新馬戦以来13戦ぶりのことだった。

だがメンバーはコントレイルと菊花賞を叩き合ったアリストテレスや、牝馬クラシック戦線でも好走を遂げたピンハイ、さらには同期の重賞馬グラティアスに2年前の京成杯馬オニャンコポンと、重賞に匹敵する好メンバーが顔を揃えた。

実績的にはクラシック三冠で全て掲示板入りを果たし、有馬記念でも4着したステラヴェローチェが抜けているといっても良い。しかし前走の不振ぶりや長期休養明け以降、以前までの安定感が無くなっていたことなどを理由に5番人気の評価に落ち着く。競馬ファンは正直だ。厳しいと思えば評価を下げ、無理だと思えば買わない。ここ2戦の走りを見て、もう全盛期にはないと判断した人は多かっただろう。

だがそれでも、走るのは馬。人間からの評価などいざ知らず、彼らは駆け出す。ステラヴェローチェはここも変わらず出たなりに好位置を取った。

初コンビの酒井学騎手がやや手綱を引っ張り、いつも通り前へ行きたがるしぐさを若干見せたがすぐに落ち着き3番手に。

逃げたショウナンマグマが刻むラップは、スタート後しばらくスパイラルノヴァと先頭争いをしたこともあり、開幕2週目の阪神ということを加味してもやや速い流れ。それを察したかデビットバローズと岩田望来騎手は、先頭集団から下げて単独の4番手に馬を誘導した。

クラシックをともに走り抜いてきたグラティアスはその後ろの5番手から進め、かつて三冠ロードで両者が戦った時とは真逆の位置取りでレースを進める。

1000m通過58.5秒というタイムだけ見れば、後方有利に見える流れ。だがしかし高速馬場となっていたこの日の阪神は先行有利で、前半いかにして前目で進められるかが一つの鍵となっていたレース。そしてステラヴェローチェは、まさに絶好といえるポジションを取っていた。

酒井騎手はインのポケットで確かに脚を溜め、手ごたえ十分に4角でラチを離れ、ショウナンマグマとスパイラルノヴァの間を突く進路を選択。そして、彼らの前に、誰にも塞がれない道ができる。

内回りとの合流地点、各馬の鞍上が一斉に相棒へGOサインを送る中、酒井騎手は未だに手綱を持ったままだった。逃げるショウナンマグマの背後に外から迫ると、その上体を沈み込ませて合図を送る。瞬間、ステラヴェローチェの末脚に火が点いた。ここまで射程圏内に入れていたショウナンマグマをとらえて先頭に躍り出た。

その外から、デビットバローズが迫る。こちらも道中引きすぎず、それでいて先頭集団から離され過ぎない最適の位置につけた岩田望来騎手の好判断が、この最後の直線で活きる。更に内からはオニャンコポン。ショウナンマグマも簡単には後退せず懸命に粘る。上位争いは完全にこの4頭に絞られた。かつてクラシック戦線を盛り上げたもの。クラシックには縁がなくとも、着実にOPクラスまで上り詰めたもの。彼らの想いが、坂の頂上でぶつかり合う。

その坂を上り切り、先頭で抜け出してきたのはステラヴェローチェだった。

だがデビットバローズも譲らない。ここでステラヴェローチェを下せば、いよいよ春の重賞戦線に主役として挑める。これはいわば、その道程への挑戦権。残り100m、2頭の馬体が抜け出し競り合う。ショウナンマグマとオニャンコポンはやや離され、後続勢の追込みに耐えて3着を守れるかが焦点になっており、ファンの多くの目は完全に前を行く2頭に向けられた。

脚色は外のデビットバローズのほうがいい。しかしステラヴェローチェは、最後の決勝戦手前、何かに押されるようにグイっと伸びて抜け出した。強いと言われた21年クラシック世代で、第一線を張り続けていた闘争心がそうさせたのか、はたまたちょうど2年前の3月2日、早逝した前オーナーである大野剛嗣氏の魂が後押ししたのか…ともかくその一完歩が決め手となり、デビットバローズをアタマ差抑えてゴール坂を一番に駆け抜けたのはステラヴェローチェ。2021年の神戸新聞杯以来、およそ2年6か月ぶりとなる復活劇を決めて見せた。

そしてこのレース以後、ステラヴェローチェは秘めたる力が再度蘇ったかのような走りを見せる。大阪杯は3歳時を彷彿とさせる追込で4着に入ると、安田記念では香港から遠征してきたロマンチックウォリアー相手に全く物怖じせずに競り合った。札幌記念で3着に入った時は「もどかしさまで蘇ってきた」と思われたが、そこまでだった。

この後は2走して着外。10月末の天皇賞・秋で、同じ馬主の後輩であるアルテヴェローチェを、かつての自身を彷彿とさせる大外一気でサウジアラビアロイヤルC制覇に導いた佐々木大輔騎手を背に9着と敗れた後、2度目の屈腱炎を発症。引退することが決まった。

■星は輝いている

強かった2021世代。エフフォーリアにタイトルホルダーは惜しまれつつターフを去り、この世代のダービー馬であるシャフリヤールは世界を転戦し国内で走ることは少なくなった。ディヴァインラヴやオーソクレースなど、菊花賞で叩き合ったライバルたちも既に引退。だがそんな中でステラヴェローチェは、世代の代表馬として常に戦い続けた。勝ち切れず、何度も悔し涙を飲んだままクラシックを終わろうと、競走馬にとって不治の病ともいわれる屈腱炎にかかり、どんなに苦しい状況になろうとも、決して諦めることなく頑張り続け、復活の勝利劇を飾って最前線に戻ってきた。

思えば彼の父、バゴが残した産駒には10か月の休養後にJpn1を5着し、クイーン賞で復活の重賞制覇を飾ったトロワボヌールや、連勝でのOP入り後、7連敗しながらもプロキオンSで2着したトップウィナーなど、どんなに成績が落ち込もうとふとした時に復活を遂げる子供たちが多い。ステラヴェローチェは、そんなバゴ産駒の結晶ともいえる存在ではないだろうか。

だからこそ彼の蹄跡は、私たちにこう伝えてくれている。

「諦めずに頑張った者には、きっといいことがある」と。不屈のファイター、ステラヴェローチェの姿は、これからも私たちに多くのことを学ばせてくれる。

写真:だいゆい、はまやん

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