[連載・馬主は語る]岩手か南関東か、それが問題だ(シーズン1-13)

次のステップは、自分の馬をどこの競馬場で走らせ、どこの厩舎に預けるかという問題です。馬を買ってから考えるようでは遅いので、同時並行もしくは先に進めておくべきです。たずさわる人間を含めた環境によって馬の人生は大きく変わると僕は考えていますし、自分の大切な馬を預かってもらう調教師や厩舎とは良い関係を築いていきたいと願います。良い関係とは、彼らのプロフェッショナルとしての経験や技術を尊敬・信頼しつつ、自分の意見や考え方も聞いてもらえて、互いに対等な話し合いができるフラットなそれです。

オーストラリアで馬主をしている経験からも、馬を中心にした、馬主と調教師や厩舎スタッフ間の信頼関係ほど重要なものはありませんし、その相互のかかわりの中にこそ、馬主として競馬にたずさわる喜びも生まれると思います。大金を払っているのに、馬のことであーだこーだと人間同士で揉めることほど無意味なことはありませんよね。周りの人たちの関係が良いほど、馬も幸せになれるはずです。藤澤和雄調教師のおっしゃるように、「Happy people make happy horse」ですから。

まずどこの競馬場で走らせるか問題は、主に預託費と賞金・出走手当等のバランスを見極めることが大切です。各地方競馬場のおおよその預託費(厩舎ごとに若干の違いあり)と1着賞金(最も多い平場の下級レースを下限としています)、そして出走手当は以下のとおりです。出走手当には出走報奨金、着外手当、重賞着外手当などの種類があり、主催(競馬場)によってルールが異なります。

もちろん預託費にも大きなバラつきがあり、賞金や出走手当もピンキリですが、預託費が高い競馬場であるほど出走手当も充実している傾向があります。そこでよく用いられるのが、月に何走すると預託費をペイできるのかという計算法です。馬が走るかどうかは神のみぞ知るところであり、馬を買う前から打算的な話をするのもなんですが、賞金を全くカウントに入れずにソロバンを弾いてみることも必要です。

たとえば、川崎競馬場を例に取ると、預託費がおおよそ30~36万円と地方競馬としては高額な部類に入りますが、出走手当も11万円以上となかなかです。預託料を最低ラインの30万円、地元の騎手に騎乗してもらうと約15万円というプラスアルファの出走手当を基本として計算してみると、月に2回レースに出走することでプラスマイナスゼロになります。とはいえ、サラブレッドは生き物ですから、そんなに機械的に走り続けることは困難です。体調を崩したり、怪我をしてしまったり、僕たちの思うようにならなくて普通です。月に2走できることもあるかもしれませんし、1走もできないこともあるはず。

どこにラインを引くかは難しいところですが、悲観的に見積もって月1走、つまり年間で12走すると仮定して計算してみましょう。出走手当は、15万円×12走ですから180万円になります。対して預託料は30万円×12か月で360万円。つまり、馬が全く賞金を稼いでくれなかったとすれば、年間180万円、月にすると15万円のマイナスになるということです。

もっと単純に計算すると、月の預託費から出走手当を引いた数字が悲観的なシナリオということです。つまり、愛馬が全く走らなかったときに、月15万円を払い続けられる甲斐性があるかどうかが、川崎競馬場に馬を預ける条件となるのです。

この計算方法を他の競馬場に当てはめてみると、岩手競馬場であれば預託費が月18万円で、出走手当が8万円なので、月10万円ぐらいの甲斐性があれば大丈夫です。他の競馬場も大きくは変わりません。競馬場ごとに預託費と出走手当の金額に差はあっても、どの競馬場も大体、月10~15万円のランニングコストがかかると考えれば大きく外れないはずです。もちろん、その他の報奨金等が入ってくることもありますし、逆に装蹄費や治療代など出ていくお金も少なくないはず。そして何より、馬が走って賞金を稼いできてくれるかもしれません。

考えるべきは、その馬を買うときの馬代金と競馬場の賞金、そして馬の能力と競馬場の競走のレベルなのではないでしょうか。極端なことを言うと、1億円の馬を一般的な賞金額の地方競馬で走らせたとして、それなりに勝ち続けたとしても馬代金を回収することは至難の業です。また、その競馬場の賞金の高さと競走レベル(他馬の強さ)は相関関係にありますので、たとえばあまり能力のない馬を大井競馬場で走らせても賞金が稼げない状況に陥ります。馬代金が高ければ能力の高い馬を手に入れられるとは限りませんが、俯瞰的に見て、血統が良くて馬体も良い馬を高額で買ったならば大井競馬場に代表される南関東の競馬場で走らせることを検討し、その逆も然りということなのではないでしょうか。表現は難しいのですが、身の丈にあった競馬場を選ぶべきということです。愛馬の可能性を信じないということではなく、あまり過度な期待を寄せすぎてしまうと、勝ち負けにならずに競馬がつまらないだけではなく、馬代金を回収できる見込みは到底ないという状況に陥ってしまうということです。

どこの競馬場が競走レベルに対して賞金が高くて穴場だとか、そういうニッチな話もありますが、強い馬は賞金の高いレースを目指して移籍しますので、長い目でみると場はならされていくはずです。自分の馬の能力の見極めが舞台選びには重要ですし、もし走らせたい競馬場が決まっているならば、そこに見合った馬代金と能力、血統の馬を購入すると良いと思います。

僕の場合は、東京の町田市に住んでいますので、南関東の競馬場の中でも大井競馬場か川崎競馬場が近く、愛馬の出走時に気軽に観に行くことができそうです。浦和競馬場は許容範囲で、船橋競馬場は少し遠いかなという感じです。心情的には、岩手競馬の永田厩舎に預けたいのですが、片道3時間ぐらいかかるため、最初の頃は足を運んでいても、次第に足が遠のいてしまいそうな気もします。現地に行って、愛馬の走りを生で観れたり、お世話になっている厩舎の方々と直接話したりすることができないのであれば、オーストラリアで馬主をするのと大して変わらないことになります。南関東か岩手か。ハムレットの「To be or not to be,That is the question.(生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ)」と同じぐらい、僕にとっては難しい選択です。

(次回へ続く→)

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