創設当初は5月に開催され、80年代初頭は天皇賞・春の前哨戦だったアルゼンチン共和国杯。その当時は中山芝2500mの別定戦で、現在とはかなり異なる条件で行なわれていた。
その後、1984年のグレード制導入時にGⅡに格付けされ、東京芝2500mに変更。開催時期も11月3週目に繰り下げられ、97年以降は11月1週に行なわれている。
GIレースの前哨戦と定義されているわけではないものの、アドマイヤジュピタが勝利した07年を境に、後の大物が続々と誕生。スクリーンヒーローとゴールドアクターの親仔は次走GIを勝利し、トーセンジョーダン、シュヴァルグラン、スワーヴリチャードも、ほぼ1年以内にGIを制している。
迎えた2022年は、2年ぶりにフルゲートの18頭立て。ハンデ戦とはいえ、GIで好走実績のある3頭が人気を集め、その中でテーオーロイヤルが1番人気に推された。
ダービーの出走権は得られなかったものの、昨年の青葉賞で4着に好走し、秋に望みを繋いだ本馬。そのとおり、半年の休養を挟んで出走した1勝クラスから4連勝でダイヤモンドSを制し、重賞タイトルを獲得した。前走のオールカマーは5着に敗れるも、外枠が不利になったことは明らか。天皇賞・春3着の実績は上位で、大きな期待を背負っての出走だった。
これに続いたのがキラーアビリティ。なんといっても光るのはホープフルS勝ちの実績で、平地GI馬の出走は、16年のワンアンドオンリー以来となる。春は、皐月賞で13着と大敗したものの、ダービーでは巻き返し6着に好走。こちらも実績は断然で、大きな注目を集めていた。
これら2頭からやや離れた3番人気にヒートオンビート。ここまでの21戦で、3着内が15回もあるという堅実さが持ち味。その反面、勝ち味に遅く、重賞未勝利ではあるものの2着が3回あり、天皇賞・春でもテーオーロイヤルに次ぐ4着と好走した。同じコースで行なわれた目黒記念で2着の実績があり、ラストドラフトとの兄弟対決でも注目を集めていた。
レース概況
ゲートが開くと、ダンディズムが出遅れた一方でキングオブドラゴンが好スタート。さらに坂井騎手が手綱をしごき、先手を切った。
4馬身差の2番手につけたのはアフリカンゴールドで、ブレークアップが3番手。さらに1馬身半差でカントルとテーオーロイヤルが併走し、その1馬身後方をレッドサイオンとヒートオンビート、ディアマンミノルが追走。マイネルファンロン、ハーツイストワール、ラストドラフト、ボスジラが中団を形成し、GI馬のキラーアビリティは後ろから5頭目に控えていた。
前半1000mは1分1秒2のスロー。この時点で、逃げるキングオブドラゴンのリードは6馬身に広がっており、出遅れたダンディズムも離れた最後方を追走。そのため、前から後ろまでの差はおよそ20馬身と縦長の隊列だった。
その後、3コーナー過ぎからキングオブドラゴンがペースを上げるも、隊列に大きな変化は見られない。続く4コーナーで、キングオブドラゴンと2、3番手との差が2馬身に縮まり、中団以下の馬たちもようやく追い上げを開始したところで、最後の直線勝負を迎えた。
直線に入るとすぐ、キングオブドラゴンが急に内側に斜行しラチに激突。この影響をもろに受けたのがテーオーロイヤルとディアマンミノルで、さらに中団を追走していた5、6頭も影響を受けてしまう。入れ替わるようにしてアフリカンゴールドが先頭に立つも、すぐに内からブレークアップがこれをかわし、坂上で1馬身半ほどリードを取る。
追ってきたのは、外からラストドラフト、ヒートオンビート、カントル、ハーツイストワール、テーオーロイヤルの5頭。これらが横一線となって前を捕らえにかかるも、差がどうしても縮まらず、ブレークアップに並びかけることができない。
結局、その差は最後までほとんど詰まらず、押し切りに成功したブレークアップが1着でゴールイン。2着争いを制したのはハーツイストワールで、クビ差の3着にヒートオンビートが入った。
良馬場の勝ちタイムは2分31秒1。前走、条件戦を卒業したばかりのブレークアップが連勝で重賞初制覇。GIに向け、長距離界に新星が誕生した。
各馬短評
1着 ブレークアップ
コツコツと条件戦を勝ち上がってきた馬が、昇級初戦のGⅡをいきなり突破。自身初の連勝で初のタイトルを獲得した。
初戦が9番人気9着、2戦目も12番人気で8着に敗れたとは思えないほど近走は充実。安定して先行でき、折り合いに難がない点も大きい。
今回は、直線のアクシデントをうまく回避し、ノーマークに近い存在だったことも勝因の一つだが、成長力は目を見張るもの。もし次走が得意の中山、特に有馬記念だとしても決して侮れない。
2着 ハーツイストワール
アクシデントで大きな不利を受けた馬の1頭。それでも進路を内に切り替えてしぶとく伸び、接戦の2着争いを制した。不利がなければ勝っていたとまでは言えないが、ブレークアップともう少し接戦になっていたことは間違いない。
東京コースは、これで10戦3勝2着6回と大の得意。既に6歳とベテランの域に入っているものの、今回がまだキャリア17戦目で大事に使われており、ダイヤモンドSや目黒記念など、東京の長距離重賞では常にマークしたい。
3着 ヒートオンビート
こちらは、今回がキャリア22戦目。そのうち2、3着が計12回と、とにかく堅実。それだけに前走の負けは不可解だったが、キレ負けしたのが敗因かもしれない。
最低着順は2021年の京都大賞典8着で、それでも勝ち馬から0秒6差の僅差。2022年は2ヶ月に1度のペースで出走しており、次走は中山金杯あたりだろうか。3連複の軸としては、かなり信頼できる存在。
レース総評
前半1000mは1分1秒2に対し、後半1000mは58秒4。キングオブドラゴンが早目にペースを上げたため、後半1000mのロングスパート戦となった。ただ、道中13秒台まで落ちたラップはなく、なおかつ後半5ハロンはすべて11秒台。それなりにタフなレースだった。
今回を含めた直近10回の勝ちタイムを見ると、スワーヴリチャードが勝った17年が2分30秒0と抜けて速く、それと比較すると、特筆すべき内容ではなかったかもしれない。
その上、ブレークアップのこれまでの戦績や、どちらかといえば地味な血統からも、人気はしなさそうだが、近走の充実ぶりは明らか。決して、侮らないようにしたい。
現に、2走前に好走したジューンSの上位入着馬はその後も活躍しており、1着のヴェラアズールは、続く京都大賞典も連勝。2着ブレークアップを挟んで、3着のレッドヴェロシティは、六社Sでも同馬の3着に敗れたものの、3勝クラスでは実力上位の存在といえる。
さらに、4着馬のプリュムドールも、先日の古都Sを勝利し条件戦を卒業。そのため、ジューンSはお宝レースの可能性があり、休養中の5着ボーンジーニアスが出走してきた際は注目したい。
アルゼンチン共和国杯に話を戻すと、前走、東京芝2400mのレースに出走していた馬が強く、ダービーや青葉賞組はもちろん、条件戦、特に3勝クラスの六社S(2016年までのオクトーバーS)から臨んでくる馬が相性抜群。かつては、スクリーンヒーローとゴールドアクター親仔がこのローテーションでアルゼンチン共和国杯を制し、前者は次走ジャパンCを、後者は有馬記念を勝利している。
他、ジャガーメイルもこのレースではスクリーンヒーローの2着に敗れたものの、1年半後に天皇賞・春を制覇。ムイトオブリガードも、当レースで2着に惜敗した1年後、同じ舞台で雪辱を果たしている。
一方、ブレークアップの血統に目を向けると父はノヴェリストで、これが産駒2頭目の重賞制覇。ラストドラフトが制した19年の京成杯以来、実に4年ぶりだった。
産駒は、気持ちができあがるのが早く、新馬戦に強いのが特徴。ただ、ノヴェリスト自身がやや晩成タイプだったように、実際は肉体ができあがっていない馬が大半で、一度スランプに陥る馬も多い。逆に、そこを乗り越えて本格化した馬は長く活躍し、ヨーロッパ系の種牡馬にしてはダートもこなす。
種付け頭数は年々減少しているが、ブレークアップはもちろんのこと、12日の奥多摩Sに登録しているタイニーロマンス。そして、2月の初音Sを勝利して以来休養しているメイサウザンアワーなど、さらなる活躍が見込める馬が複数いる。
日本にはほとんどいないブランドフォード系の種牡馬で、これを機に、評価が見直されてほしい種牡馬の一頭でもある。
写真:かぼす