真冬の府中に突如光臨した"太陽神" - 2019年フェブラリーS 、インティ破竹の7連勝逃げ切り勝ち

"太陽神"インティ

──まず、はじめに自己紹介させていただくと、筆者はかなりの寒がりである。真冬の肌着はヒートテック超極暖、ズボンの下にタイツ(もちろんヒートテック)は欠かさず、ホッカイロを背中とお腹に貼り付けないと外出できない。競馬を現地観戦することを生きがいとしている筆者でも、2月の東京開催はほぼ自宅観戦である。しかし、最終週の日曜日だけは極寒だろうが悪天候だろうが、東京競馬場へ向かう。待ちに待った年明け最初の中央GI、フェブラリーSが行われるからだ。

2019年2月17日、例外なく筆者は東京競馬場へと足を運んでいた。この日は幸いにも快晴で、手がかじかむ程の寒さだった記憶はない(調べたら当時15時頃の府中の気温は10℃前後だった)。

この年のフェブラリーSは、1頭の超新星が注目を集めていた。デビュー2戦目以降、破竹の6連勝で一気に東海Sまで楽勝したインティ(由来:太陽神)である。初の東京競馬場、それもGIの晴れ舞台に光臨するのであれば、雲ひとつない快晴となったのは必然だったのかもしれない。

連勝街道を駆け登る

インティの父は米国でダートGIを3勝したケイムホーム、母は中央でダートを3勝したキティで、ダートでの活躍が期待されていたが、体質が弱くデビューは3歳の2017年4月だった。不良馬場のデビュー戦こそ9着だったものの、2戦目は一変して1.2差の圧勝。さらに500万(現1勝)クラスも0.7差の圧勝を見せたが、故障で約1年の休養期間に突入する。

翌2018年の7月に再び500万クラス(当時は降級制度あり)で復帰することになるが、ここで武豊騎手と出会うことになる。休み明けにも関わらず、0.7差の圧勝で周囲を驚かせると、さらに1000万クラスでも1.6差の圧勝。筆者もこのあたりで、その存在を認識したように記憶している。

勢いは留まることを知らず、1600万クラスの観月橋Sでも0.8秒差をつけて圧勝し、世間でも超新星として囁かれるようになった。

年が明けて2019年、オープン入りしたインティはいきなりGⅡの別定戦である東海Sへと歩を進めた。相手強化だけでなく、左回り(中京で勝ち実績はあったが手前を替えなかった)への不安を陣営が挙げていたが、ファンは単勝オッズ1.5倍の1番人気に支持する。

東海Sでは前走・名古屋GPで重賞初勝利を挙げ、後にチャンピオンズC等を制しダート界の王者に君臨するチュウワウィザードや、JBCレディスCを制しチャンピオンズCでも4着に入っていたアンジュデジールといった強豪が揃っていたが、インティは悠々と逃げ、唯一食い下がったチュウワウィザードを2馬身離して勝利。その後ろは、なんと7馬身も離れされていた。

そうしてインティは、故障から復帰してからわずか半年で、500万クラスから4連勝で一気にフェブラリーSの舞台へと駆け登ったのである。

頂上決戦フェブラリーS

2019年のフェブラリーSは頂上決戦の呼ぶにふさわしい豪華メンバーが出揃っていた。

2017年のフェブラリーSの他、同年のチャンピオンズC、2018年のかしわ記念、帝王賞を制し、ダートグレード競走の中心に君臨していたゴールドドリーム。

3歳にして、ゴールドドリームを下して東京大賞典を勝利し、後に同レース4連覇の偉業を成し遂げることになる4歳馬のオメガパフューム。

カペラSと根岸Sを連勝し短距離路線で磨き上げた末脚を武器に、JRA女性騎手として初のGI騎乗となる藤田菜七子騎手とのコンビが話題となったコパノキッキング。

他にも中距離路線で活躍していたサンライズソア、東京コースが得意なサンライズノヴァ、ディフェンディングチャンピオンのノンコノユメ、3年前の覇者のモーニン等、前走初めて重賞制覇をしたインティにとってはかなりの相手強化となっていた。

そんな中でもインティの才能と勢いを信じる者は多く、単勝オッズ1番人気に支持された。

人気を集めたインティだったが、不安要素がないわけではなかった。

1800mでスピードを武器に逃げ・先行で押し切ってきたインティのスピードは、果たして。1600mへの距離短縮でも通じるのか──。スピード自慢の短距離馬もいる中で前に行けるのか、その点はやってみないとわからない…とレース前に不安視する声は少なくなかった。

まさに"光速"の逃げ

レースの発走時刻を向かえ、ファンファーレが鳴り響くとゲートインが完了した。注目はインティが前に行けるかどうか、その1点だった。向こう正面からのスタートなので、ファンの視線はターフビジョンに集まった。

ゲートが開くとサンライズソアが好発を決め1馬身程前に出たが、インティもまずまずのスタート。武豊騎手が促すと加速し、砂コースに入るところで先頭に立った。そのままインティが1馬身~1馬身半のリードを取ったところで隊列が定まる。この時点で「勝負あった」と感じたファンが多かったのではなかろうか。

ちなみに当時の筆者の本命は、ゴールドドリーム。差し馬を本命にした時の武豊騎手の逃げ程恐ろしいものはなく、あまりにも落ち着いたペース・展開と馬群の先頭で映える名手の美しいフォームが、筆者の不安を煽った。

3コーナーから4コーナーを回ると各馬手が動き始めるが、武豊騎手の腕は動かない。余裕たっぷりで、インティは馬なりのまま最後の直線へと向かった。

インティがスパートをかける。
2番手以降の先行馬たちを置き去りにし、リードは3馬身・4馬身と開こうとしていた。

そんな中、唯一食い下がろうと末脚を伸ばしてきたのがゴールドドリームとルメール騎手だった。

必死に追いすがるゴールドドリームだが、インティの勢いは止まらない。坂を登ったあたりでようやくゴールドドリームの末脚も爆発したものの、時すでに遅し、クビ差まで迫ったところでゴール板を通過した。

"太陽神"光臨

ダート界の新たな王者と武豊騎手の輝かしいウイニングランに、真冬の府中に集結したファンたちは興奮した。

東京競馬場で武豊騎手がウイニングランをするのは、キタサンブラックの天皇賞・秋以来。
千両役者の美しきウイニングランを見ていると、真冬の寒さすら忘れてしまった。

例年なら馬が引き上げていくと、足早にファンたちも暖を取りにスタンド、もしくは駅へと引き上げていくものだが、この年は多くのファンがそのまま本馬場に残り、表彰式と勝利ジョッキーインタビューを待ちわびた。

インタビューで武豊騎手は「強かった」「ここまでになってくれて嬉しい」とそのレースぶりと成長を喜んだ。

陽はまた昇る

インティの勝利は、このフェブラリーSが最後となった。

かしわ記念2着、チャンピオンズCで2年連続3着など、層の厚いダート戦線で息の長い活躍をしていたが、2022年5月のかしわ記念をラストランに競走生活を引退した。

引退後は種牡馬入りが決定し、2023年の優駿スタリオンステーションでの展示会でもその姿を披露したというニュースが舞い込んできた。2023年にはなんと75頭もの種付け頭数を集めたとのことで、馬産地におけるその期待の大きさが数値にも表れている。

その競走生活は輝かしく光のような速さで頂点に達し、静かに沈んでいくまさに太陽のようなものだったが、今度はその産駒たちがきっとインティのような太陽を輝かせてくれるだろう。

写真:ムラマシ

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