先日、引っ越しの為に家の整理をしていたら一枚の紙切れを見つけた。
出走馬が確定した段階の競馬新聞のゲラと言った所か。
そこに並ぶ懐かしい騎手や調教師の名前、アラブ系と言う言葉。
これらを手掛かりに調べるとこれは1999年6月28日に行われたアラブ系A級ルビー特別の出走馬だとわかった。
今から22年前の、重賞でもないレースの出馬表が、なぜ手元に残っているのか──。
実はこの出馬表、メモ用紙なのだ。
この出馬表が手元に残っている理由、それはこの裏に書かれた金沢を代表する一頭の馬に関する情報が書かれていたからだった。
このメモ用紙をもらった頃、恐らく2000年頃だが私は関西のとある大学の文芸部に所属し、競馬をテーマに小説を書いていた。書き出した当初は中央競馬をテーマに書いていたが、書いている内に地元金沢競馬をテーマに書きたいな、と思うようになった。
しかし、ネットが今ほど発達していなかったこの頃金沢競馬の全国的な知名度は低い。競馬ファンでも金沢に競馬場がある事すら知らない人が結構いるくらいに低かった。
そんな競馬場をテーマにして読む人に刺さるテーマは何か。考えていると一頭の馬が思い浮かんだ。
その馬はハヤテサカエオー。
父アレミロード、母ダイナブラッサム。
1992年に金沢でデビューし、99年に引退するまでに68戦27勝。ほぼ金沢だけで1億2000万円以上の賞金を得た。
96年には百万石賞、白山大賞典、北國王冠を制して金沢四大重賞全制覇に王手をかけるも中日杯ではなく東京大賞典に挑み(15頭中11着)、引退時には引退式が行われてその模様が地元紙に載ると言うまさに金沢競馬全盛期を駆け抜けた金沢の名馬だった。
そんなハヤテサカエオーをテーマにしようとしたのはこの実績もそうだが、彼の事をよく知る立場の人が父親と言う同級生の幼馴染がいたのだ。
その幼馴染を介してハヤテサカエオーの事を聞いてきてもらい、その時に聞いたネタが書かれていたのがこのメモ用紙なのだ。
金沢競馬の全盛期にトップに君臨し、金沢の中央交流MRO金賞で中央の準OP馬相手に僅差2着に迫る程の実力馬とはどんな馬か。
メモの文頭に少し大きめの文字でこう書かれていた。
「夏に弱い」
成績表を見てみるとデビューは旧年齢の3歳11月。4歳時は8月、9月でもしっかりと走って3勝2着2回と結果を残している。
しかし、この時にダメージが大きいと分かったのか古馬になってからは8月1走、9月全休、あるいは8月9月全休と徹底的に夏を避けるローテ―が組まれ続けている。
ちなみにその8月の1走は重賞のスプリンターズカップ(金沢スプリントカップの前身)だったが2回出走していずれも着外。96年に同レースを制しているがこの年は7月開催と盛夏に本当に弱かったのだろう。
地方の強豪馬はダートの猛者で猛々しくてタフネス、と言うイメージを持たれそうだが彼に関しては、
「賢くておとなしい馬」
だった。68戦も走れば十分にタフだろう、と言われるだろうがそこまで走る事が出来たのには秘訣があった。
「普通の馬なら具合が悪くても我慢してしまって故障に繋がる事があるが、ハヤテサカエオーは具合が悪いと大げさに振る舞ってアピールした。だからすぐに休ませる事が出来た」
並みの馬なら故障する所を未然に防ぎこれが68戦もの戦績を残し、長く現役を続ける要因となった。
無事是名馬、と言われるがハヤテサカエオーは自分で無事を作り出す名馬だったようだ。
さらにこんなことも。
「具合が悪いと振る舞って2、3回レントゲン撮って調べたけど具合が悪い所がわからない時もあった」
そんな人間が気付かない僅かな違和感もアピールするほど体調に気遣いのできる馬だった。
……よもや仮病を駆使して休養を得ていた訳ではあるまい。
いずれにせよハヤテサカエオーの賢さは相当な物でまさに名馬の域にあったのだろう。
このメモから当初の目論見通りに小説を書く事はなかった。
当時の自分にはここから話を膨らませて作品にする技量がなかったからか、他にテーマを見つけたからか、今となっては理由はわからない。
ただ、レースではなく馬の日常的な事や裏話を聞いてそれを元に書いて金沢競馬を紹介しようとする試み。
このメモをもらった数年後、それと似たような事をフリーペーパー「遊駿+」で始めて15年も付き合う事になろうとは無論、思ってもいなかった。
余談。
このメモに気になる一文があった。
「富山の祭りの馬に使われたこともあった」
ハヤテサカエオーは引退後富山県射水市の下村加茂神社の神馬になったのでそう言う事なのだろう、と思うが。
このメモを書かれたのはおそらく引退からそれほど日が経っていない頃。
まさか、現役期間中に……?
コロナが収まったら幼馴染に問い詰めてみるか。
ハヤテサカエオーも1996年に勝利した重賞百万石賞は6月15日(火)開催。
「遊駿+」第46号(百万石賞号)は金沢競馬場にありますが、こちらでもご覧になれます(PDFファイル)。