2023年の皐月賞は、11年ぶりにGI馬不在の大混戦。その11年前は、ゴールドシップがいわゆる「ゴルシ・ワープ」を繰り出す衝撃的なレースで勝利したが、当時と同じく馬場が渋り、重賞2勝馬さえ不在のメンバー構成。初対戦の馬も多く実力比較が困難な上、現4歳世代がラストクロップのキングカメハメハ産駒はもちろん、ディープインパクトやハーツクライの産駒も出走せず、混戦にいっそうの拍車をかけていた。
単勝人気も割れに割れ、出走18頭中、実に半数の9頭が20倍を切り、10倍を切ったのが6頭。その中で、1番人気に推されたのはファントムシーフだった。
新馬戦と野路菊Sを連勝し、早くからクラシック候補の呼び声高かった本馬。前残りの展開に泣いたホープフルSは4着に敗れたものの、前走の共同通信杯できっちりと巻き返し、重賞初制覇を成し遂げた。近年、同レースからは多数の皐月賞馬が誕生しており、必勝ともいうべきローテーションで臨む一戦。大きな注目を集めていた。
これに続いたのがソールオリエンス。クビ差の辛勝だったデビュー戦から一転。2ヶ月ぶりの実戦となった前走の京成杯は、4コーナーで外に膨れる荒削りな面を見せながらも上がり最速の末脚を繰り出し、2着に2馬身半差をつけて完勝した。父キタサンブラックの代表産駒イクイノックスは、先日のワールドベストレースホースランキングで1位に輝いたばかり。次世代のスター候補として、期待を背負っていた。
3番人気に推されたのが、こちらもデビューから無敗のベラジオオペラ。出世レースのセントポーリア賞に続いて、前走はトライアルのスプリングSを完勝し、デビューからの連勝を3に伸ばした。3代母エアデジャヴーの半弟エアシャカールは2000年の皐月賞馬で、エアデジャヴー自身や、その初仔エアシェイディも中山の重賞を勝つなど、一族のコース相性は抜群。無傷のクラシック制覇が期待されていた。
以下、未勝利戦からの3連勝できさらぎ賞を制したフリームファクシ。弥生賞ディープインパクト記念を勝ったタスティエーラ。共同通信杯で出遅れながら2着に好走し、父ドゥラメンテと同じ臨戦過程で挑むタッチウッドの順に、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、ワンダイレクトとトップナイフが出遅れ。後方からの競馬を余儀なくされた。
一方、前は公約どおりグラニットがハナを切り、同枠のベラジオオペラや、タッチウッドとダノンダッチダウンなど、4番手につけたグリューネグリーン以外は、外枠勢が先団を形成した。
中団は、タスティエーラ、ホウオウビスケッツ、ラスハンメル、メタルスピードと続いて、その1馬身後ろをフリームファクシとファントムシーフが併走。そして、2番人気のソールオリエンスは、後ろから4番手の外目を追走していた。
前半1000m通過は58秒5で、馬場を考えればかなりのハイペース。先頭から最後方のマイネルラウレアまでは15、6馬身の差だったが、3コーナーに入るまで、隊列は大きく変わらなかった。
その後、残り600mを切ったところで、苦しくなったグラニットをかわしタッチウッドが単独先頭へ。ほぼ同じタイミングでベラジオオペラも後退し、かわってタスティエーラが4番手まで進出。さらに、続く4コーナーで、中団以下に控えていた馬たちもようやく前との差を詰めようとし、レースは最後の直線勝負を迎えた。
直線に入るとすぐ、今度はタッチウッドが苦しくなって失速。馬場の中央からタスティエーラが先頭に立ち、2番手にショウナンバシットとメタルスピード。さらに、ファントムシーフとシャザーンが前の3頭を追った。
しかし、坂を駆け上がっても、タスティエーラとこれら4頭の差はなかなか縮まらず、タスティエーラの勝利は目前と思われたその刹那。大外から凄まじい末脚を繰り出したソールオリエンスが2番手以下の各馬を一気にかわしさると、瞬く間にタスティエーラも捕らえ、逆に1馬身1/4突き抜け先頭でゴールイン。2着にタスティエーラが入り、そこから1馬身3/4差3着にファントムシーフが続いた。
重馬場の勝ちタイムは2分0秒6。衝撃の末脚を繰り出したソールオリエンスが、4ヶ月ぶりの実戦をものともせずビッグタイトルを獲得。デビュー3戦目の皐月賞勝利は、2歳戦がおこなわれるようになった1946年以降ではレース史上最少キャリアで、騎乗した横山武史騎手は2年ぶり2度目の当レース制覇。また、管理する手塚貴久調教師は皐月賞初制覇で、6年連続のGI勝利となった。
各馬短評
1着 ソールオリエンス
展開の利はあったものの、この日の馬場では不利と思われる最内枠を克服しての勝利に大きな価値がある。直線で繰り出した末脚は、驚異というよりも脅威。2015年のドゥラメンテに匹敵する、皐月賞史上最大レベルの衝撃度だった。
前走に続き、4コーナーを逆手前で回るなど幼い面はあるがポテンシャルは計り知れず、ダービーは、ここまでペースが速くならないかもしれないが、東京の長い直線で、自慢の末脚はさらに活きるのではないだろうか。
2着 タスティエーラ
先行集団を前に見て6番手に位置し、スパートのタイミングもバッチリ。これ以上は望めない完璧な競馬だったが、あまりにも勝ち馬が強すぎた。
直近2年の弥生賞ディープインパクト記念勝ち馬は、いずれも菊花賞を勝利しているが、タスティエーラは、道悪得意の中距離馬だったサトノクラウンに似たタイプ。その父が制した香港のGIや宝塚記念、また小回りでおこなわれるレースなど。瞬発力よりも持久力が要求される、特に非根幹距離(4で割れない距離)のレースで注目したい。
3着 ファントムシーフ
レース後、騎乗したルメール騎手は「少し後ろだったが良いポジションだった」と、コメント。ただ、切れる脚がそこまでないだけに、本当はタスティエーラの位置が欲しかったのではないかと推測するが、どうだろうか。また、向正面で後ろ脚を落鉄するアクシデントもあり、直線に入ってすぐ、進路が一瞬なくなったことも影響した。
牡馬の三冠レースで、サンデーサイレンスの血をまったく持たない馬が1番人気に推されたのは、2015年の皐月賞で1番人気に推されたサトノクラウン以来(6着)。さらにその前となると、2008年の菊花賞オウケンブルースリ(1着)まで遡る。
気の早い話になってしまうが、非常に魅力的な血統の持ち主で、なんとかビッグタイトルを獲得し、ハービンジャーの後継種牡馬になって欲しい1頭。狙い目としては、タスティエーラと同じく、瞬発力よりも持久力が要求されるレースだろうか。
レース総評
前半1000m通過は58秒5で、同後半が62秒1とかなりの前傾ラップ=2分0秒6。馬場状態も重で、2023年の牡馬クラシックは、第一戦から非常にタフなレースとなった。
牡・牝馬のクラシック第1弾は、奇しくも衝撃の末脚を繰り出した馬が2週続けて勝利を収めたが、共通しているのは、鞍上が馬の強さを十分に把握し、信頼していたということ。序盤は、後方からの競馬になっても決して焦らず、馬のリズムを重視。それにより、素晴らしい末脚を引き出すことに成功し、直線入口では絶望的と思われた差でも、最後はきっちりと前を捕らえ、最高の結果をもたらしている。
殊勲の横山武史騎手は、これが2年ぶりのGI制覇。その2021年は、人馬ともGI初制覇となったエフフォーリアの皐月賞を皮切りに、年末のホープフルSまで一気に5つのビッグタイトルを獲得し、関東のトップジョッキーへと上り詰めた。
ところが、エフフォーリアの失速と重なるように、一転して2022年はGIを勝つことができなかった。さらに、ちょうど2ヶ月前。電撃引退が発表されたエフフォーリアの退厩に立ち会った際は、人目もはばからず号泣。辛い別れを経験したが、それが決して無駄ではなかったことを、GI初制覇を成し遂げた舞台で証明してみせた。
ソールオリエンスの血統に注目すると、まず母の父がモチヴェイターで、父としての代表産駒は凱旋門賞を連覇したトレヴだが、日本では母父として素晴らしい実績。数少ない中から、GI3勝のタイトルホルダーや、その半姉メロディーレーンに、2021年のエリザベス女王杯2着馬ステラリアを輩出。
さらに、残念ながら皐月賞の2日前に引退。海外で種牡馬入りが予定されているヴァンドギャルドも、2020年の富士Sを勝ち、ドバイターフで2、3着が一度ずつ。ディープインパクト産駒の同馬は、ソールオリエンスの半兄にあたる。
一方、父はキタサンブラックで、年度代表馬のイクイノックスから2世代続けてGI馬を輩出。先週の桜花賞は、産駒のコナコーストがあと一歩のところで惜敗したが、ソールオリエンスが、産駒初となるクラシックのタイトルを父にプレゼントした。
また、キタサンブラック自身は、皐月賞でドゥラメンテの鬼脚に屈し3着に敗れたが、今回はソールオリエンスが鬼脚を発揮し、ドゥラメンテ産駒のタッチウッドや、そのレースで1番人気だったサトノクラウンの産駒タスティエーラを撃破。父の雪辱を果たす格好となった。
冒頭で書いたとおり、今回の皐月賞には、2010年代を引っ張ったスーパーサイアー、ディープインパクト、キングカメハメハ、ハーツクライの産駒が1頭も出走しなかった。そのため、下馬評が大混戦だったのもある意味当然で、おそらく数年後「2023年のクラシックが転換点だった」といわれるのではないだろうか。
この先おこなわれるクラシックの行方はもちろん、戦国時代に突入したリーディングサイアー争いからも、ますます目が離せない。
写真:水面