[連載・馬主は語る]過去も未来も変わらないが、解釈は変わる(シーズン3-19)

エコロテッチャンがOROスプリントオープンに滑り込みで出走できることになり、僕は盛岡競馬場に向かいました。もしかすると、これがテッチャンと僕にとって最後のレースになるかもしれないと感じたからです。繁殖を控えたテッチャン自身にとって文字どおりラストランになるかもしれず、また僕がテッチャンの走りを生で観ることができるのも最後になるかもしれない、という両方の意味です。往復6時間以上、交通費3万円以上をかけても行きたい、実は明日からミックスセールのために北海道に旅立つことになっていますが、たとえ日帰り弾丸ツアーであっても応援に行くべきだと感じたのです。

そのとき、ふと、昨年も全く同じローテーションであったと思い出しました。盛岡から日帰りした翌日からノーザンファームミックスセール、そしてジェイエス繁殖馬セールに行ってスパツィアーレを手に入れたのでした。もうあれから1年経ったことに驚きを隠せません。今年(2023年)こそは頑張ろうと思って「馬体は語る2」と「パドックの教科書」の2冊を出版しましたが、それでも振り返ってみると何もせずに春夏秋冬が巡ってしまったように思えます。そして、盛岡競馬場に行ってミックスセール、ジェイエスセールと昨年と同じことを繰り返して、まるでタイムループしているようにも感じられます。盛岡競馬場に到着すると、山の上の競馬場だけあって肌寒く、周りの山々は美しく紅葉して秋の気配です。

「無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。自然とは、何と粋なはからいをするのだろうと思います。一年に一度、名残り惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません」

──『旅をする木』星野道夫より引用

これだけあっという間に1年が過ぎてしまうのだとしたら、僕はあと何回このタイムループを経験することができるのでしょうか。歳を取れば取るほど1年は短く感じると小さい頃、大人から聞かされていましたが、今はその意味がはっきりと分かります。タイムループものの映画や小説の中のように、今年の僕の人生は見事にタイムループしたのです。それは僕自身が何も変わっていないということでもあります。変わりたいと思っていても変われないもどかしさ。そのような気持ちも含め、一年に一度、名残惜しく過ぎていくものとの巡り合いを大切に味わいたいと願います。

雨といえば、昨年これぐらいの時期に盛岡に来たときも雨が降り、芝からダートへと馬場が変更になったことがありました。芝を求めて盛岡競馬場に来たエコロテッチャンが、なかなか芝の番組がない中、ようやく適した舞台で走れると思った途端、雨でダート戦に変わってしまう虚しさ。この虚無感さえもタイムループして、今年はさらに酷いことに、レース4日前に岩手競馬から正式に以下のようなお知らせがありました。

百歩譲って、前日から降り続いた雨のせいで当日ダート戦に変更になるのは許せるとして、もう今シーズンは残りの芝レースを全てダートにしてしまうというお知らせに、僕は開いた口がふさがりませんでした。予算や人手の関係があると言われても、競馬場の主催者にとって、決められた条件でレースを行うことは極めて重要なのではないでしょうか。安全に配慮しなくても良いと言っているのではなく、どこにお金と人手をかけるべきかと言われたら、競馬が行われる馬場等の環境整備が最優先のはずです。中央競馬のように大きな予算をかけて馬場を良くしすぎる必要はありません。ただ単に、芝のレースを芝で行えるようにするのが主催者の仕事だと僕は思うのです。馬主に補助金を出して良い馬を岩手競馬に入れてもらうことも良いのですが、まずは馬場の維持にお金と人手をかけるべきではないでしょうか。そんなこと言っても決まったことは仕方ないのですが、言わないで泣き寝入りするのではなく、僕はここに書いておきます。芝でこそ能力を発揮できる馬の馬主が、芝の状態が悪いからダートに変更しますと言われて、はいそうですかとはならないですよね。昨年だけの話ではなく、今年も毎年同じことが起こったのですから、まさにタイムループです。

馬主席に到着すると、まだ上手獣医師はおらず、かといって本日のメインレースであるOROターフスプリントは間近に迫っていますので、僕はコーヒーを一杯飲み、パドックへと降りていくことにしました。ちょうどそのとき上手先生から電話があり、階下で待ち合わせすることに。久しぶりに会う上手先生は前回会ったときと比べものにならないほど痩せて(52kg!)、「ここにくるまで50分歩いてきました!」とダイエットに励んでいるようです。聞くところによると、食事制限もいまだに続けているようで、プロテインバーなどを主食にして炭水化物を取らないようにしているそう。僕も健康診断をするといつも尿酸値と中性脂肪の値が高いと注意されますので、運動をして体重を減らさなければならないのですが、さすがに上手先生のようにストイックに食事制限をすることはできそうもありません。お酒が飲めない僕にとって、美食は唯一の贅沢と言ってもよいからです。

そんなことはさておき、今年から馬主専用のパドックブースに入ることができるようになり、僕たちはせっかくなので内側からパドックを見ることにしました。中央競馬のG1レースのように、パドックの中に馬主が入れるわけではありませんから、それほど特別感はありません。一般の競馬ファンが左からしか見れないものを、馬主は右からも見れるというだけのことです。1番の馬が姿を現すと、順番に出走馬たちが周回し始めます。エコロテッチャンは10番目です。

「テッチャンをどうしようか悩んでいるのですよ」と上手獣医師が切り出しました。僕の中では今シーズンで引退するものだと思っていましたので、彼が何を悩んでいるのか瞬時に理解できませんでしたが、「来年も走らせるか、それとも繁殖入りするのか。テッチャンは全然衰えていませんし、今の状態を考えると来年もまた走ってくれると思うのですよね」と上手獣医師は言います。そう言われてみると、また来年もテッチャンは夏ごろから調子を上げて、ちょうど今頃は芝の短距離重賞に挑戦できるかもしれません。そして喜び勇んだところでまたダート戦に変更になって…という未来まで見えるようです(笑)。

エコロテッチャンは冬場に調子を落とし、夏から秋にかけて調子を上げていく、典型的な牝馬のバイオリズムを辿る馬です。冬場は水沢競馬場の重いダート戦しかないという条件上の理由も成績の悪さにつながっていますが、それも含めて、半年は凡走を繰り返して、残りの半年は走って1勝か2勝を挙げてくれるはずです。波の高さの幅が大きい小さいはあっても、全てのサラブレッドは体調のアップダウンがあり、牡馬と牝馬で得意とする季節が異なるのです。今は良くても、なぜか寒くなってから体調は下降線を辿ってしまいます。こればかりは自然の摂理ですから、抗いようがありません。

エコロテッチャンにとって、競走馬としての未来はある程度見えてしまうとしても、繁殖牝馬としてはどうなるのか神のみぞ知るところ。テッチャンは持ち前のスピードはありますから、あとは種牡馬の力を借りて馬体のサイズをアップしてもらえると、子どもたちはテッチャンの果たせなかった夢を叶えられるかもしれません。余力十分の今、競走馬を引退して、繁殖牝馬としての未来に賭ける方が良いのではないでしょうか。

そんな話を上手獣医師としていると、彼も察してくれたのか、もしくは同じように考えていたのか分かりませんが、いつの間にか隣に座っていた永田調教師に「テッチャンは引退させて、来年は繁殖牝馬にします!」と宣言されました。さっきまで悩んでいると言っていたのに、この人は判断が早いと感心しました。

テッチャンが目の前に現れたとき、僕はアレっと思いました。今日はずいぶんと落ち着いているではないですか。まだパドックに登場してきたばかりだからかもしれないと思い、しばらく周回を見守ってみても、やはりちゃんと歩けています。リズムはやや速いのですが、チャカつくという面は全くありません。ジョッキーが跨ってからも、急激に入れ込んだりすることもなく、自分を保つことができています。トモの筋肉もパンと張って、448kgには思えないほど大きく見せますし、筋肉のメリハリは豊富です。これまでテッチャンのパドックを見て良いと思ったことは一度もありませんが、ひいき目なしに見ても、今日のパドックは悪くありません。僕がパドック解説を担当しているとすれば、5番手ぐらいで推奨したかもしれませんね。

思い返してみると、最近のエコロテッチャンのパドックを見ていなかったため、僕が比較しているのは岩手に移籍してきた当時のテッチャンであり、最近だとしても昨年のヴィーナススプリント時のテッチャンです。しばらく見ていない間に、少しずつ変わっていったのでしょう。ビフォアアフターのように見たことで、エコロテッチャンがこの1年間をかけて大きく成長したことを知りました。永田調教師と上手獣医師がタッグを組んで、僕が知らない間にエコロテッチャンを大きく育ててくれていたのです。そんな彼らの苦労も知らず、僕は知ったかをして、テッチャンの競走馬としての未来は見えるなどと言ってしまったことを、少し恥ずかしく思いました。「それでは、ウイナーズサークルで」と言葉を交わし、僕たちは永田調教師と別れました。

向こう正面でスタートは切られました。やはりエコロテッチャンはダート戦のスタートダッシュでは空回りしてしまい、先行集団についていくことができません。それでも、前走よりも遅れずに追走している姿は遠目ながらも確認できます。もしかしたら、最後の直線で目の覚めるような末脚を使って追い込んでくるかもしれない、重賞レースを勝利で飾って華々しく引退していくエコロテッチャンの姿を一瞬だけ想像しましたが、現実はそんなに甘くありませんでした。直線に向いたところで抜け出した川崎競馬からの遠征馬2頭がほとんど持ったままゴールに入ろうとしている中、テッチャンは馬群の後方でもがいています。「テッチャン!」と声を出すまでもなく、エコロテッチャンは10番手で入線しました。

最終レースが終わり、辺りは真っ暗になった中、永田調教師に迎えに来てもらって、僕たちは厩舎に立ち寄りました。レースを終えたテッチャンは飼い葉を食べています。1年ぶりの対面。相変わらずテッチャンは鼻づらがシュッとした美形です。永田調教師いわく、昨年は耳を絞ったり噛みつかれたりしたけれど、今年は調子が良いからなのか、性格も穏やかになって可愛いのですとのこと。今年は永田調教師自ら跨って、調教をつけてくれていますから、昨年よりもさらに愛着が湧いているのかもしれません。もしかすると、永田調教師は誰よりもテッチャンとの別れを惜しみ、もう1年やってみたいと思っているのかもしれない。僕は人知れず、テッチャンを引退する方向に進めてしまったことを少し後悔していました。帰りは永田調教師に盛岡駅まで送ってもらいました。

僕はふと、SF作家であるテッド・チャンの第2作「息吹」の冒頭に収められている短編「商人と錬金術師の門」の話を思い出しました。主人公である商人は、錬金術師のパシャラートがつくった、くぐると未来に行くことも、過去に戻ることもできる<歳月の門>を披露されます。20年後の自分の姿を見に行くことも可能ですし、過去の自分に会うこともできるのです。ただし、起こった事実は変わることはなく、未来を変えることもできません。商人はそれを承知しつつも、過去のある時に戻ることにしました。

結婚してからまだ1年も経たない頃、彼と妻は奴隷の交易をめぐって口論をしました。彼は妻に対し、思い出すだけでも恥ずかしい辛辣な言葉を投げかけました。その後、彼が旅に出て数日後に、礼拝堂の壁が倒壊し、妻は下敷きになって亡くなってしまいます。彼は自分を責め続け、買い入れた奴隷は解放し、二度と妻をめとることもありませんでした。彼は過去に戻り、礼拝堂の壁が倒壊する前に旅から帰ってきて、妻を救おうと考えたのです。起こった事実は変えられないと言われていても、心のどこかではもしかすると、と思っていました。錬金術師にはその目的のことは内緒で過去に戻ってみたのです。

しかし、過去に戻ってみても、やはり彼は妻を救うことができませんでした。結局、旅から戻ってくるのが間に合わなかったのです。礼拝堂の壁が倒壊した現場に彼が立ち尽くしていると、妻の最期を看取ったという者がやってきて、妻から預かったという伝言を教えてくれたのです。「死の間際に思っていたのはあなたのことだった。短い一生だったけれど、あなたと過ごした時間のおかげでしあわせな人生だった」と。彼はその言葉を聞いて、解放の涙を流しました。

「過去と未来は同じものであり、わたしたちはどちらも変えられず、ただ、もっともよく知ることができるだけなのです。過去への旅はなにひとつ変えませんでしたが、私が学んだことはすべてを変えました。そして、こうでしかありえなかったのだということを理解しました。」

──息吹 (ハヤカワ文庫SF) テッド・チャンより引用

もし過去に戻れても、未来が予見できたとしても、どちらも変えることはできないのです。ただ、解釈が変わるだけなのです。商人の場合は妻が息を引き取ったという事実は変えられませんでしたが、過去に戻ってみたことで、喧嘩別れして悪い感情のまま別れてしまったという後悔ばかりだったのが、妻は死ぬ直前も自分を愛してくれていたとことを知り、見かたが180度変わったのです。同じ事実であっても、解釈が異なれば、過去は変わるのです。それは僕たちの人生も同じではないでしょうか。解釈が変わることで、僕たちの過去や現在、そして未来という人生の意味も大きく変わるはずです。

盛岡に来て良かったと僕は思いました。これで盛岡競馬場に来るのは4度目になりますが、一度もエコロテッチャンの勝利に立ち会えたことはありません。志村厩務員と永田調教師、そして上手獣医師と一緒に口取りをしたいという願いはついに叶いませんでした。重賞レースのような大舞台を狙ってやってくるからこそ、テッチャンが凡走するのを見て、現実を受け止めて帰ることが多かったでしょう。取れ高がほとんどない旅と言えばそのとおりです。それでも、今回は少し趣が異なりました。なぜかというと、テッチャンが肉体的にも精神的にも大きく成長していたことを目の前で見て、実感したからです。永田調教師や上手獣医師の複雑な想いも察することができました。もし盛岡に来ていなければ、仕事の合間にレースだけを見て、やっぱりダート戦の流れについていけず凡走したという事実だけを知って終わりになっていたはずです。今シーズンで引退して繁殖入りするのは妥当な判断だと迷いもなかったに違いありません。エコロテッチャンが負けたという事実には変わりありませんし、今シーズンで引退して繁殖に上がるという事実も変わらないかもしれませんが、盛岡に来たことで僕の解釈は大きく変わったのです。

(次回へ続く→)

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