[阪急杯]最高で最後の勝利の美酒 - 2006年・ブルーショットガン

寒さが一層厳しくなる2月末。
競馬界ではフェブラリーSを終え、いよいよクラシックトライアルを目前に控え、春の息吹を感じる時期である。そしてそれ同時に、多くの勲章を手にしてきた人たちが競馬界を去る季節でもある。

時に劇的に、時に静かに──これまで競馬に携わってきた競馬人が、現役生活に別れを告げる。

時は2006年、2月26日。
1人の名手が鞭を置く日と定め、阪神競馬場で最後の騎乗を行っていた。

阪神11R、その騎手──松永幹夫騎手の騎乗馬は、ブルーショットガン。

2006年、2月26日。

中山では先んじて中山記念が行われ、バランスオブゲームが並み居る強豪たちを抑えてG2・5勝目を挙げた。
10分後、阪神競馬場、G3阪急杯。この年から距離が1400mに戻ったものの、1か月後に行われる春の短距離王決定戦・高松宮記念への重要な前哨戦としての位置づけは変わることなく、スピード王の座を狙う実力馬が多数出走してきていた。

そのなかでブルーショットガンと松永幹夫騎手は、15頭中11番人気と伏兵評価に収まっていた。

このレースがオープン復帰後3戦目。競走成績を見ても安定とは程遠い大味な競走成績の同馬にとっては、この評価も妥当と言えた。

一方、そのほかの出走メンバーは、上位人気に推されて不思議ではない実績馬がズラリと並ぶ。

1番人気のオレハマッテルゼは重賞勝ちこそないものの、前走の東京新聞杯と前年の京王杯SCでそれぞれ2着。さらにキャピタルSでペールギュントやフォーカルポイントなどの重賞勝ち馬を下し、いよいよ充実期を迎えたように見えていた。

2番人気のコスモサンビームは前走のスワンSで劇的な復活を遂げ、3番人気のコスモシンドラーは連勝中の新星。「コスモ軍団」の上位2頭も高松宮記念への重要な1戦となることは間違いなかった。さらに続く4番人気ビッグプラネットは前年阪神競馬場で行われたアーリントンCを無敗で制し、前走の京都金杯でそれ以来となる重賞2勝目を挙げていたし、5番人気ローエングリンは言わずもがな、G1戦線に欠かせない主役級の活躍を長年にわたって続けていた。

伏兵評価の馬達も、NHKマイルC勝ち馬ウインクリューガー、成績こそ安定しないものの着差はわずかなことが多い実力派スナークスズラン、穴党に大きな魅力を感じさせるタマモホットプレイなど個性的な馬達が揃っていた。

だが、ブルーショットガンもまた、一流のライバルたちを相手に戦ってきた馬だった。

これまでに走ってきたレースの勝ち馬をざっと並べると、そうそうたる短距離界の主役たちがずらりと顔を並べる。サニングデール、ビリーヴ、デュランダルにシーイズトウショウ……。確かな実力馬達と肩を並べて走ってきたその経験が、ブルーショットガンには蓄積されていたのである。

そしてその経験に加えて、この日を最後に鞭を置く名手が、更なる力を彼に与えたのだった──。


午前中までやむ事がなかった雨で、馬場状態は不良にまで落ち込んだ阪神競馬場。

ゲートが開くと、ニシノデュー、グランリーオ、ビッグプラネットらがハナを叩こうとスタートを決め、手綱がしごかれる。

しかし彼らが激しく先頭を主張する一方、楽な行きっぷりでローエングリンが内から先頭に立つ。スピードに勝る短距離馬が多いとはいえ、彼のロケットスタートはここでも一歩抜けていた。

先頭集団から少し引いた5番手にオレハマッテルゼがつけ、そのすぐ後ろに松永幹夫騎手とブルーショットガン。コスモシンドラーとコスモサンビームは中団馬群に位置し、末脚に賭けるタマモホットプレイやウインクリューガーも後方からレースを進めていた。

3コーナー手前、馬群は前を行くローエングリンを中心とした先行集団と、それ以外の後方待機勢へと完全に2分されていた。

不良馬場の600m通過タイムは34.6。時計がかかることを考えればやや早目のペースに、先頭を主張した各馬は既に手応えが怪しくなりつつあった。

そんなことを意にも介さず、ローエングリンただ1頭が4コーナーを涼しい顔で回ってくる。
改修前の阪神の直線は短い。このままの逃げ切りも十分に考えられる。

直線に向いてもローエングリンは失速せず、先行集団から脱落しなかったスナークスズランとオレハマッテルゼが懸命に追うが、なかなかその差は詰まらない。

阪神の坂に差し掛かると、その差はまだ覆らないものの、1完歩ずつスナークスズラン・オレハマッテルゼがじりじりと詰めてきていた。後方勢に伸びは見られない。ウインクリューガーもタマモホットプレイも、いつもの切れ味はなく馬群に沈んだ。コスモサンビームが急性心不全により競走中止してしまうなか、レースは終盤を迎えた。

このまま、前3頭での決着になるかと思われた。

「外からブルーショットガンとコスモシンドラーが伸びてくる!」

──否、このままでは決まらなかった。

後方待機のコスモシンドラーと、外から馬群を切り裂いて伸びてきたブルーショットガンが、みるみるうちに先頭との差を詰めてゆく。

これが最後の重賞騎乗になる松永幹夫騎手の右鞭に応えて、11番人気の穴馬がとてつもない末脚を繰り出した。それはまるで、自身の名前に由来する「散弾銃」のようだった。前を行く各馬を射程圏にとらえると、1頭1頭を狩るように伸びてゆく。

内で粘るローエングリンも、交わしにかかったスナークスズランもオレハマッテルゼも一瞬のうちに交わし去ると、後ろから迫ってきたコスモシンドラーにも前を譲ることは無くそのままゴールイン。

ゴール後、松永幹夫騎手は相棒の走りをたたえ、笑顔でブルーショットガンの肩を叩いた。

通算1399勝目、重賞54勝目。前年、2005年の天覧競馬でヘヴンリーロマンスとともに勝利を挙げたヘヴンリーロマンス以来となる重賞勝利。そして、騎手として最後の重賞制覇となった。

騎手生活最後となる日に大きなプレゼントを、ブルーショットガンは届けた。


この次の阪神12Rでフィールドルージュに騎乗し、見事1400勝を達成して鞭を置いた松永幹夫騎手はその後、調教師としてレッドディザイアやラッキーライラックなど、多くの名馬を送り出し、名伯楽として2022年現在も我々競馬ファンにとってなじみの深い方になっている。

ブルーショットガンはその後、勝利を挙げることなく引退。2010年から4年間、思い出深い阪神競馬場で誘導馬として活動した後はあきた乗馬クラブへ移籍し、多くの人に愛され、2021年8月、22歳でこの世を去った。

通算成績は68戦7勝。大きなけがもなく、無事に競走馬生涯、そして天寿を全うした彼の、一世一代、乾坤一擲の魂の走りを見せてくれた阪急杯は、今も多くの人の記憶に残り続けている。

写真:Hiroya Kaneko

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