高速馬場なら負けられないマテラスカイ - 2020年クラスターC

梅雨入りを控えた6月のある日、マテラスカイの死亡が報じられた。

理由は結腸捻転とのこと。突然の知らせに筆者も驚きを隠せなかった。

同馬は日本のダート競馬史において、間違いなく大きな功績を残した一頭である。手にしたタイトルはGIII/JpnIIIの2つだけだが、長らく“難攻不落”ともいわれたダート短距離の海外GⅠで、幾度となく見せ場を作ったのは大きい。また、近年は世界のダート競走でも日本馬が快進撃を見せているが、その先駆者となった存在でもある。

戦績を振り返れば、3歳の暮れまではよくいる条件馬に過ぎず。だが、4歳春に1000万下、1600万下を連勝すると、果敢にもドバイゴールデンシャヒーンに参戦。2歳時以来の重賞挑戦で、ダートでは初めて。もちろん海外遠征も初と、決して楽ではない条件ながら、5着といきなり健闘した。

余談にはなるが、重賞実績が無いにもかかわらず、同レースに選出されたのは、森秀行調教師がレース内容を収めたビデオを主催者に送ったからとも聞く。トレーナーの積極的なアプローチが成果を呼び、マテラスカイの知名度をあげ、今後を決めたのだ。

帰国後は降級して再び自己条件を快勝したのち、プロキオンSを日本レコードで制して初タイトル獲得。その後はJBCスプリント2着、翌年のドバイゴールデンシャヒーンで2着に入るなど、実力、実績、人気を着実に積み上げていった。すでに世界レベルの脚力を持っており、史上初の米国ダートGⅠ制覇に期待する声も多くあった。

だが、そんな彼にも苦手条件が存在した。それは地方馬場への対応である。日本のダートは「砂」と言われるが、アメリカのそれは「土」。さらに中央競馬に比べて地方競馬は砂質や砂厚の関係から時計がかかり、スピードに勝ったマテラスカイにとっては、良さが生きづらい馬場だったのだ。現に東京盃4着、兵庫ゴールドトロフィー5着、北海道スプリントCは2着。世界のGⅠでも好走していながら、地方競馬のレースでは期待に応えられていなかった。

地方での初タイトルは、2020年のクラスターCである。舞台となった盛岡競馬場はコースが広く、コーナーも緩く、スピード重視の競馬場。特に同年は砂厚の関係からか、高速決着になることが多く、レコード並みの時計が頻出していた。

そうなればマテラスカイにはもってこいの条件だ。6枠9番から好スタートを切ったマテラスカイは内からヒロシゲゴールドを行かせて、楽に2番手から。4コーナーを手応えよく回ってくると、武豊騎手の右ムチが2発、3発。着差は半馬身差だったが、鞍上にとっては会心の勝利だったのだろう。武豊騎手は小さく握りこぶしをつくりながらゴール板を通過した。時計は1分8秒5。良馬場ではあったが、再び日本レコード(当時)を叩きだしたのだった。

結局、重賞タイトルはプロキオンS、クラスターCの2つにとどまったが、ポテンシャルは「重賞2勝」に収まらないことは多くのファン、関係者が理解していたはすだ。それゆえに種牡馬としても期待され、3年間でそれぞれ128頭、134頭、95頭の繁殖牝馬と交配されていた。自身の産駒デビューを見届ける前に急逝してしまったのは、なんともさみしい。

日本レコードはその後、ハコダテブショウのながつきSで更新されたものの、盛岡競馬場のレコード記録にいまも燦然と輝く「1分8秒5 マテラスカイ」の文字。残されたのはわずか3世代だが、その記録を上回るのは、マテラスカイ産駒であって欲しいと、現役時代を知る筆者は願うばかりである。

写真:@pfmpspsm

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