[種牡馬・血統紹介]日高の大将軍、キタサンブラック

彼がデビューした2015年の1月、中央競馬はまさに「社台グループ王朝の時代」だった。
ノーザンファームを筆頭とした社台グループの馬が重賞レースでも平場でも圧倒的な勝利数を重ね、特に芝中距離の王道路線では絶対的な支配力を誇っていた。
「血統が絶対的に重要なスポーツ」と言われている競馬という競技において、綺羅星の如く良血繁殖牝馬を有する社台グループが、デビュー前の育成フェーズから圧倒的なノウハウと人材力、そして強大な資金力と育成設備でさらなる飛躍を実現。

そんな「強国」のエリートたちが闊歩していた中で、キタサンブラックは静かにデビュー戦を迎えた。

東京競馬場の芝1800m戦。
単勝オッズは3番人気の7.9倍。
鞍上には、今は亡き関東の名ジョッキー後藤浩輝騎手が跨っていた。

そしてこのレースが伝説の始まりになるという事を、おそらくこの時はまだ誰も気付いてはいなかった。

キタサンブラック
- 2012年 日本産まれ

血統な背景

キタサンブラックは2012年の3月10日、北海道沙流郡日高町のヤナガワ牧場という名門牧場でこの世に生を受けた。

父はあのディープインパクトの全兄で、2004年のスプリングSの覇者であるブラックタイド。
母のシュガーハートは同じヤナガワ牧場の生産馬で、その素質を高く評価されていたが、デビュー前の屈腱炎の発症でレースに出走しないまま繁殖入りしたという経緯を持つ。

そしてオーナーは、あの演歌歌手の北島三郎氏である。

現役時代

今となってはとても信じ難い事だが──キタサンブラックが初めて「一番人気」でレースに出走したのは、4歳10月の京都大賞典が初めてだった。
それまでに菊花賞や天皇賞・春などのG1を含む重賞4勝を上げ、皐月賞・有馬記念などの大レースで3着に好走している実績馬が、である。

それほどまでにこの時期は社台系グループの、とりわけノーザンファームの良血馬が、有力視され人気を集めていたということなのだろう。
ノーザン系の精鋭たちと比べると、これほどの実力と実績を誇っていたキタサンブラックですら、「地味なプロフィールの馬」という評価を受けていたという事になる。

しかしそんな競馬ファンの視線もエリート達から受ける重圧も、キタサンブラックは自身の力でねじ伏せ続けた。

3歳の1月と比較的遅めのデビューだったキタサンブラックだが、2戦目の3歳500万下戦で後に京都新聞杯を勝ち、ダービーで2着となるサトノラーゼンに勝利する。そして3戦目で父が勝利した重賞スプリングSに挑戦し、ディープインパクト産駒の超良血馬であるリアルスティールを凌いで、同レースの親子制覇を果たした。

続くクラシック一冠目の皐月賞ではそのリアルスティールと共に、超良血馬・ドゥラメンテに圧倒され3着。
次いでダービーでは大外枠が響いたせいか14着と大敗したが、これは生涯唯一となる2桁着順だった。

そして秋。
トライアルであるセントライト記念を勝利して臨む、クラシックの最終戦──菊花賞。
一番人気は神戸新聞杯の覇者リアファル。
二番人気は皐月賞2着の後、ダービーで4着、神戸新聞杯でも2着と安定感を見せていた良血リアルスティール。
三番人気はかつてキタサンブラックに敗れたダービーの2着馬サトノラーゼンだった。

キタサンブラックは、五番人気。

実力は間違いないはずの彼がこの人気におさまっていたのは、母父サクラバクシンオーというスプリンターの血を持っている事が大きな理由だった。

「キタサンブラックに、京都の3000mは長い」

おそらくレース前には多くの競馬ファンがその感触を持っていたと思うし、事実キタサンブラックは2400mのダービーでは惨敗していた。

──しかし迎えた、菊花賞の直線。

初G1の栄光を掴むのに充分な余力を残していたキタサンブラックは、再び良血リアルスティールを凌ぎきってクラシック最後の栄冠を手に入れた。
鞍上に名手ルメール騎手を乗せた一番人気のリアファルは、3着だった。

その後グランプリ有馬記念をベテラン横山典弘騎手を背に3着したキタサンブラックは、主戦であった北村宏司騎手の怪我による戦線離脱を機に、天才・武豊騎手とコンビを組むこととなる。

「人馬一体」

キタサンブラックと武豊騎手のレースを見ていると、その言葉が何度も何度も頭を過ぎった。
キタサンブラックの強靭なスピードとスタミナ。
天才ジョッキーの絶妙なペース配分と仕掛け。
後続の他馬が、追いつけそうで追いつけない。
手が届きそうで、届かない……。

このコンビはそんなレース運びで、レースのはじめから終わりまでを完全に支配していた。

気が付けば20戦12勝(うちG1・7勝含む重賞10勝)の生涯戦績。
獲得賞金は世紀末覇王・テイエムオペラオーを超えて、当時の歴代1位となる18億7,684万円。

2016年と2017年に2年連続で年度代表馬に選出され、2020年にはJRAの顕彰馬となり、規格外の名馬キタサンブラックは、名実ともに伝説となった。

あの静かに迎えたデビュー戦から、僅か5年余りの事だった。

種牡馬としてのキタサンブラック

キタサンブラックの種牡馬としての評価は、実に悩ましい。

並居る良血馬達との一線級の戦いを続けながら、大きな怪我をすることもなく無事に競走生活を終えたタフさ、ほとんど凡走することなく優れた戦績を収めた安定性は、種牡馬としても高く評価すべき点だと考える。

しかし一方で、種牡馬としてもやはりキタサンブラックの「地味な血統背景」はネックとして考えられている向きもある。

父ブラックタイドは全弟にディープインパクトがいる血統ではあるものの、キタサンブラック以外に超一流クラスの競走馬は出せていない。また母父のサクラバクシンオーも、自身は種牡馬としてほとんどの産駒がスプリンターに偏っている上に、母の父としてもハクサンムーンやキタサンミカヅキなど、やはり獲得賞金の上位馬はスプリンターが多い傾向にある。

では、キタサンブラックにスピードとスタミナを与え、そして産駒に彼の才能を受け継ぐキーとなる血は何か。
その答えは「フランスの名馬リファール」にあると考える。

リファールの系統の馬の特徴として、スピードの豊かさと配合相手のスタミナを活かした距離適正の幅広さ、そして競り合ったときの粘り強さと重馬場を苦にしないパワーと精神力の強さが挙げられる。

それらの特徴は、まさに現役時代のキタサンブラックのレースぶりそのものである。

このリファールの血を、キタサンブラックは「父母父父」と「母母母父」というスタミナの供給源となる位置でクロスされる形で保持している。

現段階ではあくまでも仮説となってしまうが、母方にリファールの血を持った馬との配合から、第2のキタサンブラックが現れる可能性が高いのではないかと思う。
そしてその産駒はおそらく父と同様に先行力を活かしてレースを支配し、直線で驚異的な粘りを発揮する万能の競走馬であろう。

キタサンブラックは、いつもレース前の懸念と不安を嘲笑うかのような驚異的な強さで、数々のレースを支配した。
何度も何度も、ファンの期待に応え続けてきた。
種牡馬としても、おそらくはファンの期待に応えてくれるだろう。
不安を感じていたのが嘘だったかのような強さで。

そして彼が掴めなかった皐月賞やダービー、宝塚記念といったG1レースのタイトルを目指していくことになる。
父と同じように、良血馬たちの猛追を凌ぎきって……。

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