[海外競馬・初心者向け]イギリス・アイルランドの障害競馬を徹底解説! その魅力とは?

平地競馬が主流とも言える日本。そのため、日本の競馬ファンの多くは、"海外競馬"と聞くとまず平地競馬を思い浮かべるのではないでしょうか。ただ、日本とはやや異なり、イギリス・アイルランドを中心としたヨーロッパでは、平地競馬と同じくらい"障害競馬"が人気なのです。

日本の海外競馬ファンでも意外と触れる機会が無い、障害競馬。今回は、そんな「よく分からない」を無くすためにも、ステップを踏みながら段階的にイギリス・アイルランドの障害競馬を紹介していきたいと思います。読み終える頃にはきっと"入門"を終えている…はずです。用語も一つ一つ解説しているので、辞書的な役割でもお役立てください。


STEP1 ナショナルハント(=障害競馬)のシーズンと種類について

イギリスでは障害競馬のことを"ナショナルハント(National Hunt)"と呼びます。今回の記事では"障害競馬"で表記を統一しますが、ご自身で海外の競馬サイトなどを探す場合は、まず"National Hunt"で探してみてください。

障害競馬のメインシーズンは、おおよそ10月から3月までとなります。
それ以外の時期でも開催していますが、シーズンはこの時期です。
勘の良い方はお気づきになったかもしれませんが、ヨーロッパにおける平地競馬のシーズンが終わると同時に、障害競馬のシーズンが始まるということです。つまり、両方を知っておけば、一年中ずっと海外競馬を楽しめるのでお得なわけです! 因みに、障害競馬のシーズンは年を跨ぐため、"23/24シーズン"といった表記になります。

日本の障害競馬と大きくことなるポイントのひとつが"ゲートが存在しない=スタンディングスタート"であることでしょう。出走各馬がスタート地点に集められ、スターターが旗を振ると走り始めます。ここでの位置取りは当然大事なのですが、あまりに熾烈すぎると(発走できないので)スターターから怒られます。

次に、障害競馬の種類を紹介していきましょう。
海外には、日本と違って障害競馬の中でもレースの種類があります。当然、レースの特徴や出走馬も異なるので、それぞれのイメージを掴んでおくのが第一歩と言えます。

1.ハードル(Hurdle)

ハードルと呼ばれる、1.1m程度の障害物を飛び越えるレースです。
比較的飛び越えやすいことが特徴で、"軽快に飛び越える高速レース"になる傾向にあります。
若い競走馬が走っていることが多く、経験を積むと後述のチェイスに転向する馬もいますが、中にはハードルで活躍し続ける馬もいます。
距離も短距離・長距離のように区別されており、各路線にビッグレースが設定されています。

2.スティープルチェイス(Steeplechase)

フェンスと呼ばれる、大きな置き障害を飛び越えるレースです。チェイス(Chase)と表記されることも多いです。

チェイスの中でも非常に険しい、エントリー競馬場のグランドナショナルコース(1)
チェイスの中でも非常に険しい、エントリー競馬場のグランドナショナルコース(2)

これぞ障害競馬と言った"迫力のある消耗戦が繰り広げられるレース"で、過酷な長距離戦も組まれます。チェイスに参戦する馬(俗にチェイサーとも呼ばれます)は、ハードルで経験を積んだ馬が殆ど。スタミナ自慢、ジャンプ自慢が集まります。
日本でも有名なグランドナショナルも、チェイスに分類されます。こちらはチェイスの中でも屈指の超長距離・過酷な一戦と言えるでしょう。

チェイスの中でも非常に険しい、エントリー競馬場のグランドナショナルコース(3)
3.ナショナルハントフラットレース(National Hunt flat race)

一般的にバンパー(Bumper)とも呼ばれる、"障害競馬なのに障害を飛ばない(!)"レースです。
──では、何故こんなレースがあるのでしょうか。
狙いは、経験の浅い競走馬に競馬に慣れてもらうことにあります。そのため、距離は実際の障害レースと同じく長距離を走ります。ですから、未来の活躍馬が走るのもバンパーレースの魅力のひとつ。ここで経験を詰んだ競走馬が巣立っていき、ハードルで障害デビューを飾ることになります。なお、平地競馬でデビュー済みの馬はこのレースを走ることはありません。

おまけ1. ポイントトゥポイント(Point-to-point)

こちらはイギリスやアイルランドで盛んに行われている、アマチュア騎手が参加する障害レースです。地元の愛好家に愛されているレースで、参加する競走馬は主にデビュー前や経験の浅い障害競走馬となります。ここで経験を積んでから出世する馬も多く、未来の活躍馬を育成する舞台にもなっています。そして同時に、競走馬だけでなく未来のジョッキーを育てる場所でもあります。

おまけ2. クロスカントリーレース(Cross Country Race)

こちらは、イギリス国内でも行われているものの、主流とは呼べないため"おまけ"に分類しました。チェイスよりもさらに長距離を走り、自然を活かしたコースで行われます。
フランスやチェコなどでも行われていて、過酷なレースとして日本でも有名なチェコの"ヴェルカパルドゥビツカ"も、このクロスカントリーレースに分類されます。

STEP2 障害競馬の区分けとは?

ここまで、海外の障害競馬における基本的な項目と3つの主要な形式をご紹介してきました。続いては、実際に行われているレースがどんな区分けで、どうした意味合いを持っているのか、イギリス競馬を軸にして見ていきましょう。

メイドン(Maiden)

こちらは"そのレースで未勝利"(ハードルならハードルで未勝利)の馬が出走します。
平地競馬にも同じ名前のレースが行われていますが、ほぼ同じ役割ですね。
日本の未勝利戦と同様、その日の早い段階で組まれることが多いです。

ノーヴィス(Novices)

こちらも初心者向けのレースで、"シーズン開幕前、その分野で勝利を挙げていなかった競走馬が対象"のレースです。
具体例をあげると、前のシーズンでハードル戦を勝っていない馬は、そのシーズンいっぱいハードル戦のノーヴィスを走る資格があります。仮にそのシーズンにハードル戦で何勝挙げようと、そのシーズン内ならば走ることができるのです。
あくまで"その分野"なので、ハードルからチェイスに転向した場合、再びチェイスのノーヴィスレースに出走する権利が得られます。つまり、転向してまもない未来の活躍馬が走っているレースとも言えます。
「ノーヴィス」のG1も行われており、転向まもない新鋭たちがレベルの高い争いを繰り広げています。

ジュニア(Junior National Hunt)/ジュヴェナイル(Juvenile)

シーズン開幕時点(つまり10月の時点)で3歳だった競走馬が出走できる、"若馬の世代限定のハードルレース"が、このジュニア/ジュヴェナイルです。
こちらも未来の活躍馬を育成するために組まれているレースで、8歳まで平気で走るような障害競走馬にとってはかなり若い『3歳・4歳限定』という点がポイント。
「地元産の競走馬を支援する」「早い段階から競走馬としての基礎を固める」のような支援策という意図もあり、近年、注目を集めているレースです。
平地レース、バンパー、ポイントトゥポイント、他国からの移籍などが障害競走馬デビューの第一歩として多い中、このジュニア・ジュヴェナイル(世代限定戦)で第一歩を踏み出す馬も今後増えてくるかもしれません。
また、この「ジュヴェナイル」もG1レースが行われており、世代限定戦のハードルG1が存在します(トライアンフハードルなど)。

クラス(Class)

レーティングで分類された条件戦のことを指します。
こちらは「クラス1」のように数字で分類分けされ、数字が低いほうが位の高いレースです。

G1/G2/G3/プレミアハンデキャップ(Premier Handicap)

レースのグレードであり、平地競馬と同様にG1が最高峰です。
チェイス・ハードル・バンパー、それぞれで組まれています。
平地競馬と異なる点は、プレミアハンデの存在です。「グランドナショナルはハンデ戦のためにG3止まりだった」というエピソードは、詳しい競馬ファンなら知っているかもしれませんが、そのような事情を解消するためにプレミアハンデというグレードが22/23シーズンから導入されました。これによりイギリス国内では以前のG3がほぼ置き換えられ、"ハンデ戦のビッグレース"を表す格付けとなりました。

STEP3 これだけは見ておきたい、2つの開催とは?

ここまでは、出馬表を見た時にどんなレースなのか分かるよう、システムを説明してきました。単語の説明が続いてしまいましたが、次は抑えておきたい開催を2つピックアップします!
どちらも障害競馬ファンが熱く盛り上がる開催です。ぜひ、みんなで盛り上がりましょう!

チェルトナム・フェスティバル

毎年3月、チェルトナム競馬場で行われる4日間の祭典です。
シーズン終盤、総決算となるG1レースが14レース組まれる他、どのレースも大いに盛り上がり ます。特に注目は、最終日を飾る"G1・チェルトナムゴールドカップ"。こちらは、チェイスのチャンピオンを決めるレースです。
また、初日にはハードル王座を決める"G1・チャンピオンハードル"が、2日目には短距離チェイスの王座決定戦"G1・クイーンマザーチャンピオンチェイス"が行われます。あらゆる路線のチャンピオンを決める4日間で、一度見始めればきっと障害競馬の虜になるはずです。

グランドナショナル・ミーティング

こちらは毎年4月、エイントリー競馬場で行われる3日間の名物開催となります。
なんと言っても注目は、イギリスの国民的レース"グランドナショナル"。チェイスの中でも選ばれたステイヤー、スタミナ自慢のみが挑戦できる過酷なレースです。

毎年、日本でもレース映像が話題になるのでご存じの方も多いかもしれませんが、30頭を超える馬が一斉に第一障害へと向かう様子は、このレースでしか見られません。

馬券も大変よく売れ、ブックメーカーの稼ぎ時としても有名です。人気馬が勝てば大損、穴馬が勝てば大儲けなので、結果に一喜一憂する姿も、チェルトナム・フェスティバルと並んで恒例の光景です。
余談ですが、2023年のこのレース勝ち馬はウインドインハーヘアの末裔です。意外なところで日本と縁があったりするものですね。

STEP4 少し気になる、ナショナルハントのQ & A

さて、最後のステップでは、障害競馬を見ていると浮かびそうな素朴な疑問に答えていきたいと思います。「実はサラブレッドじゃない馬が走っている!」「懐かしの血統が走っている!」といった気になる情報もあるので、ぜひ最後までお付き合いください。

Q.障害競馬は、 どんな血統の馬が走っているの? 種牡馬入りはするの?

A.
障害競馬に出走する競走馬は、気性を穏やかにして事故を防止する意味あり、牡馬は基本的に去勢されます。そのため、牝馬は繁殖入りしますが、牡馬は極めて稀なケースを除いて種牡馬入りすることはありません。

では、障害競馬向けに生産された競走馬はどんな血統なのでしょうか。
実は、父馬は平地で実績を挙げて、障害用種牡馬として繁殖入りした平地競走馬が、その多くを占めています。平地のステイヤーが障害用種牡馬としての需要が高い他、平地用種牡馬として結果を残せなかった種牡馬、平地では血統的に需要がなかった種牡馬が障害用に回ってくることも多いです。

そのため、障害競馬では、懐かしの血統やマイナーな血統が今でも多く走っています。
ぜひ、注目してみてください!

Q.障害競馬は、 どんな経緯でデビューする馬が多いの?

A.
多くは障害競馬に出走させるためにイギリス・アイルランドで生産された競走馬で、先述のようにバンパーやポイントトゥポイントなどでデビューしています。
しかし、近年猛威を振るっているのがフランスの障害競馬から移籍してきた、フランス産の競走馬です。地元で活躍した後、イギリス・アイルランドに移籍してくるパターンです。

そのフランス産競走馬で特徴的なのが、サラブレッドではなく"AQPS"と呼ばれる"サラブレッドとセルフランセやアングロアラブの混血"が一定数いることです。
馬術の障害競技で活躍するセルフランセの良いところを受け継いだのか、障害競馬でも好成績を収める馬が現れています。

また、日本と同様に平地競馬から転向する馬も一定数存在します。
中には良血馬や有名競走馬の産駒もおり、G1・16勝のハリケーンフライは平地でデビューしたモンジュー産駒です。ハードルの歴史的名馬として知られるイスタブラクも、兄に英ダービー馬のセクレトがいる血統です。

Q.オジュウチョウサンみたいに二刀流の競走馬はいるの?

A.
います!
一流の障害競走馬が平地の長距離レースに参戦することは珍しくなく、ロイヤルアスコットのような有名開催でも毎年見かけます。

また、2023年のメルボルンカップでハードルG1馬のヴォーバンが1番人気に推されたように、平地G1で有力馬に推される猛者も度々出現します。

16/17シーズンには、ウィックローブレーブというアイルランドの馬が平地・障害G1制覇を達成しました。

Q.何歳くらいで引退するのが一般的?

A.
一概には言い切れない部分もありますが、トップホースは10歳くらいまで走ることも珍しくはありません。
ただ、3・4歳くらいでデビューし、9歳くらいまで走るケースが殆どと言えるでしょう。11歳や12歳になってもまだまだ元気に走っているベテランも、それなりにいます。
平地と違い、騙馬が大半で繁殖入りの予定がないことも、長く走っている理由の一つでしょう。

一度好きになった馬を数シーズン応援できる、これも障害競馬の魅力だと思います。


大変長くなりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
平地競馬がオフシーズンに入る冬、障害競馬を知ると一年間ずっと海外競馬を楽しめます。
近年、急速に注目度が高まっている海外競馬。ぜひ障害競馬にも足を踏み入れてみてはいかがでしょうか?

この記事を見て、英愛の障害競馬に興味を持っていただけたら幸いです。

写真:Y.Noda

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