[トウカイテイオー伝説]カネヒキリ、オフサイドトラップ、そしてテイオー。怪我から見事に復活、ファンの感動を呼んだ名馬たち

トウカイテイオーは中363日ぶりに出走した有馬記念を勝利したあと、翌春にも骨折してしまい、夏に引退が決まった。競走生活を通し、計四度も骨折を体験する馬はそう多くない。1年ぶりに有馬記念を勝ったというだけではない。三度の骨折を乗り越え、不死鳥のごとく復活してきた不屈の闘志にファンは心を打たれたのだ。点ではなく、線で見るからこそ感じる深みが有馬記念の復活劇の向こうにあり、だからこそ、テイオーは伝説として語りつがれる。そして、テイオーは競走馬の脚元がいかにもろく、繊細なつくりなのかを伝える。競走馬の脚元の故障は大きく分類すれば、骨折と腱の故障、そしてツメに分けられる。骨折以上に治りが悪く、厄介なのが腱。屈腱炎は競走馬の不治の病とされ、ウイニングチケット、ナリタブライアン、タニノギムレット、ネオユニヴァース、キングカメハメハ、ディープスカイ、キズナ、ロジャーバローズと多くのダービー馬の競走生活を断った。

写真:Horse Memorys

その屈腱炎から復活したのがカネヒキリだ。3歳時に端午Sからダービーグランプリまで4連勝を決め、秋は古馬相手にジャパンCダートで中央GⅠ初制覇。翌年フェブラリーSも圧勝し、ダート界の頂点へ一気にのぼりつめた。だが、4歳秋に屈腱炎を発症した。その克服にかかった時間は約1年あまり。ようやく復活へというタイミングで悪夢の再発。そう、屈腱炎には再発のリスクがある。しかし、ノーザンファーム関係者は再生医療など最先端の技術で立ち向かった。復活までかかった時間は約2年4ヶ月に及んだ。復帰戦の武蔵野Sこそ9着だったが、続くジャパンCダートでは、休養中に台頭してきたサクセスブロッケンやカジノドライヴを相手に王者の魂は失われていなかったことを証明してみせた。

写真:Horse Memorys

カネヒキリよりもさらに多い三度の屈腱炎から蘇り、8歳(現7歳)でGⅠを勝ったのがオフサイドトラップだ。4歳夏、5歳春、7歳春と屈腱炎を繰り返したのち、8歳春から2、3着と惜敗を続け、約3年5ヶ月ぶりの勝利が重賞初制覇。3連勝で天皇賞(秋)を制した。このレースはサイレンススズカの悲劇が記憶を埋め尽くしてしまったが、勝者は三度のケガを乗り越えたオフサイドトラップだった。8歳(現7歳)以上の天皇賞制覇はオフサイドトラップとカンパニーしか達成していない。

写真:かず

トウカイテイオーと同じく骨折を克服し、グランプリを勝ったのがグラスワンダー。個人的に最強世代と考える1995年生まれの牡馬で最初にGⅠ馬になったグラスワンダーだったが、翌春に右後肢の骨折が判明し、戦線離脱。さらにその骨折の影響から走りのバランスを乱したことで左前脚に骨膜炎を発症する。休養後のグラスワンダーはかつての走りを失ったかのように報じられ、早熟馬のレッテルを貼られてしまう。そういった外野の声を見事に吹き飛ばしたのが有馬記念だった。約1年ぶりの勝利が有馬記念という4歳(現3歳)馬はそうはいない。その後、「栗毛の怪物」は度重なる故障と戦いながら、同期のダービー馬スペシャルウィークを圧倒した宝塚記念、そのリベンジをハナ差しのいだ有馬記念とグランプリ3連勝を飾り、スクリーンヒーロー、モーリス、ピクシーナイトに血をつないだ。

3歳(現2歳)王者の復活といえばアドマイヤコジーンも忘れがたい。4歳冬の骨折はボルト2本で固定しなければならないほどの重症で、復帰を目指す過程で反対側にも剥離骨折が見つかり、競馬場に戻ってきたのは約1年7ヶ月後、5歳夏のことだった。その後も骨膜炎や骨瘤に悩まされながらも現役を続ける。3歳GⅠ以来の勝利は7歳東京新聞杯なので、約3年2ヶ月もかかった。その約半年後、安田記念で後藤浩輝騎手が青空に拳を突きあげた場面はぜひとも競馬史に残したい。

これら数々の復活劇よりもテイオーのインパクトが大きいのはなぜか。そこには骨折休養明け、大敗した有馬記念から有馬記念へとぶっつけでGⅠを勝ったことも大きい。そういった意味で忘れてはいけないのがサクラスターオーだ。87年皐月賞は弥生賞を勝ったサクラスターオーと寒梅賞で同馬を破り、スプリングSで強烈な末脚を披露したマティリアルとの一騎打ちムードだった。人気こそマティリアルに譲ったが、サクラスターオーは終始、外を通って先に抜け出し、内から外へ切りかえるマティリアルを完封した。再戦はダービーで。そんなマティリアル陣営の願いはサクラスターオーが繋靭帯炎を発症してしまい、潰えた。夏から秋にかけて温泉やプール調教によって回復したサクラスターオーは主戦の東信二騎手が追い切りに騎乗し、状態を確認して菊花賞参戦を決めた。皐月賞以来、中202日ぶりの菊花賞勝利は当時では極めて異例のこと。菊花賞が秋初戦であり、かつ勝利したのはサクラスターオーが初めてだった。「菊の季節に桜が満開」との杉本清氏の名フレーズは今も語られることが多い。

だが、ファン投票1位に選出された有馬記念の3、4コーナーで故障発生。懸命な治療が施されるも、137日後、安楽死処分がとられた。

歓喜と悲劇に彩られたサクラスターオーの一生もまた、我々にとって忘れえぬ記憶だ。そのサクラスターオーを超える中363日ぶりのGⅠで一発勝負を制したテイオーの精神力はやはり我々の心の琴線に触れる。ケガからの復活はサクラスターオーを除き、段階を踏むのが定石だ。一度痛めた競走馬の脚はその繊細さが数段上がる。一気に仕上げるリスクはファンの想像を超えるものがあるにちがいない。テイオーと陣営はそのリスクを背負い、ファンが待つ有馬記念に向かった。人知を超える物語はそうして紡がれたのだ。(文・勝木淳)

写真:フォトチェスナット

Photo by I.Natsume


製品名トウカイテイオー伝説 日本競馬の常識を覆した不屈の帝王
著者名著:小川 隆行 著・その他:ウマフリ
発売日2023年06月21日
価格定価:1,375円(本体1,250円)
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

その道は奇跡へと続いていた!「不屈の帝王」

父シンボリルドルフの初年度産駒として生まれ、新馬戦デビュー以降、追ったところなしに手応えよく抜け出して4連勝。そのまま無敗で皐月賞、日本ダービーを制覇。他にも初の国際G1となったジャパンカップで当時史上最強と言われた外国招待馬をまとめて蹴散らして勝利。ラストランとなった1993年の有馬記念では前年の有馬記念より1年(364日)ぶりの出走で奇跡の優勝を果たした。通算成績12戦9勝。成績だけを見ると父の七冠には及ばずも、3度の骨折を経験しながら復活を遂げた姿は、見るものに大きな感動を与えた。美しい流星と静かな瞳を持つ、この不屈の名馬が駆けぬけた栄光と挫折のドラマを振り返る。

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