[追悼]さらば愛しきダービー馬ワグネリアン。その全17戦の激闘を振り返る

その名の由来は「ワーグナーのファン」。2018年日本ダービーを制したワグネリアンが、2022年1月5日午後6時頃、栗東トレセン内診療所の入院馬房で多臓器不全により急逝した。明けて7歳になったばかり、早すぎる別れだった。

父ディープインパクト、母ミスアンコール、母父キングカメハメハ、母母ブロードアピール、4頭すべてが金子真人オーナー所有馬。まさに「金子ブランドの結晶」と言うべき馬かもしれない。

そして父ディープインパクト、母父キングカメハメハは共に日本ダービーの勝馬、同じ勝負服、同じ父・母父のマカヒキが2016年に激戦の末ダービー馬になったが、ワグネリアンもまた「ダービー馬」になることを期待された優駿だった。

主戦の福永祐一騎手の運命を変え、そして自らもダービー馬の宿命と戦い続けた名馬の思い出を語りたい。

「ものすごい新馬戦」と、クラシックへの期待(2017年)

ワグネリアンがデビューした当時、私は新卒1年目の社会人として仕事を始めたばかりであった。
学生の頃は1レースから見ることが出来た競馬も、現在はメインレースの時間に合わせて昼食をとるのが精一杯。そんな生活が始まったころ、ワグネリアンの新馬戦が話題になった。

2017年7月16日、中京競馬場5レースで行われた新馬戦で、福永祐一騎手を背にデビュー。
このレースで対決した相手は、今も「幻のG1馬」と語り草になり、こちらも全てのレースで福永騎手が鞍上を務めたシルバーステートの全弟、ヘンリーバローズ。血統背景からこちらが1番人気、ワグネリアンは2番人気での出走だった。

ヘンリーバローズが逃げ馬を見る3番手、ワグネリアンは折り合いに気を付けながら5番手でレースを進め、最後の直線に入ると、この2頭の強烈な末脚が炸裂した。
先行馬たちをまとめて交わすため、外へと進路を取ったヘンリーバローズが川田騎手のリードで一足早く先頭に立つが、その後ろからただ1頭追ってくる馬がいる。その馬こそワグネリアンだった。

残り100m付近で前で粘っていたスヴァルナ、キタサンタイドーを置き去りにすると、わずか6秒で5馬身の差をつけた。前半1000mの通過タイムが1:07:0の超スローペースであったとはいえ、ヘンリーバローズの上り3ハロンは32.8秒、ワグネリアンはその上をゆく32.6秒で駆け抜けて見せた。

次走はオープンクラスの野地菊ステークスへ。快晴の新馬戦とは打って変わって、秋雨降りしきる中での一戦。
内枠から五分に出たワグネリアンは末脚を温存するべく後方3番手に控えるが、闘志あふれる若馬は前に行きたそうな仕草を見せていた。福永騎手はそんなワグネリアンをなだめながらゴーサインを出すタイミングを伺った。

最後の直線、選んだ進路は再びの「大外一気」、末脚に捕まるものかと終始逃げていたシンデレラメイクが懸命に粘ったが、その外から悠々と差し切り、2着以下を2馬身半差突き放した。重馬場にも関わらず上り3ハロンは33.0秒、レース後には「まるで祖母ブロードアピールのような末脚」と評された。

2戦2勝でクラシックの登竜門、東京スポーツ杯2歳ステークスへ参戦。
次なる敵はG1を6勝した名馬モーリスの全弟ルーカス、兄の背も知るライアンムーア騎手が鞍上を務めたが、ワグネリアンは2勝の走りが評価され単勝1.4倍の1番人気に推された。

7頭立ての少頭数のレースで、ワグネリアンとルーカスは共に最後方で直線へ、残り400mから加速し始めると残り200m地点で既に先頭に立ち、追ってくるルーカス以下を相手にしない楽勝。上り3ハロンこそ33秒台は出なかったが、着差が3馬身あったことを鑑みれば、鬼脚は繰り出すまでもなかったのかもしれない。

しかし2歳シーズンを3戦全勝で終えて、クラシックの主役としてダービー馬を目指して休養に入ったワグネリアンの前に、更なる強敵たちが立ちはだかるのだった。

3歳クラシックシーズン到来、そしてダービーへ(2018年)

年が明けて2018年、ワグネリアンは報知杯弥生賞からクラシックロードを歩み始める。
このレースにはワグネリアンと同じく3戦無敗、そして朝日杯を制してG1馬になったダノンプレミアムが参戦し、クラシックの主役の座をかけた勝負になった。

逃げるサンリヴァルから2馬身後方でダノンプレミアムが先行、ワグネリアンは中段5番手でレースを進めた。
ダノンプレミアムが馬なりのまま直線先頭に立つと、ワグネリアンも鞭が入り坂を苦にせず加速するも、ダノンプレミアムに1馬身半届かず、2着に惜敗する。

余裕綽々で皐月賞に進むかと思われたダノンプレミアムだが、右前脚の挫跖により皐月賞を回避、ワグネリアンはダノンプレミアムに次ぐ2着の成績とこれまでの実績から1番人気で皐月賞へ駒を進めた。

迎えた初G1の皐月賞でワグネリアンは、2番枠から後方待機を選択する。
大逃げを打ったアイトーンを、京成杯勝馬ジェネラーレウーノとジュンヴァルロが追いかけ、後続とは10馬身ほど離れた隊列の後方から勝機を伺うワグネリアンだが、前が止まらない。

これはまずいと思ったか、残り800mから福永騎手が促して追い上げを開始、しかし、馬群の大外を回ったワグネリアンはロングスパートが堪えたか、中段馬群の先頭から押し切ったエポカドーロを捉え切れなかっただけでなく、最後方から一気の脚で勝負したステルヴィオらにも届かず7着に敗れてしまった。

しかし、この敗戦が人馬、そして友道厩舎に「ダービーでの勝利」をより意識づける結果となったのだろうか。そしてワグネリアンは、運命の日を迎える。

──2018年5月27日、第10レース。

日本ダービー当日のワグネリアンの人気は、5番人気まで下がっていた。
弥生賞からケガが治ったダノンプレミアムがぶっつけで参戦し、皐月賞を勝ったエポカドーロ、皐月賞でワグネリアンに先着したキタノコマンド―ル、毎日杯まで無敗でダービーに挑んだブラストワンピースが上位人気を集めていた。

しかし、府中の直線で鮮やかに差し切った東京スポーツ杯2歳ステークスまでの3連勝を見た私には「広い府中の直線なら、中山競馬場よりもいいレースが出来るはずだ」という期待感があったのを、今でも覚えている。
携帯電話の電波が混線し、インターネットがつながらないほどの観衆が見守る中、ワグネリアンの"がんばれ馬券"を握りしめてレースを見届けた。

6847頭のサラブレッドから選ばれし18頭が飛び出すと、これまでの戦術からは一変し、ワグネリアンは福永騎手と共に17番枠から先行ポジションにつけて1コーナーに入った。

向こう正面、ワグネリアンの前には皐月賞を勝って強気に逃げるエポカドーロ、1枠1番から先行押切を狙うダノンプレミアム、皐月賞で逃げ馬を追いかけながら3着に粘ったタフネスのあるジェネラーレウーノ、プリンシパルステークスを勝ってダービーの権利を掴んだコズミックフォース、毎日杯まで別路線を進んできたブラストワンピース、ダート路線から日本ダービー制覇を狙うテーオーエナジーの6頭がいた。ワグネリアンは折り合いを崩さずにコーナーを回り切り、直線に入ったところで仕掛け始めた。

福永騎手が仕掛け始めたところで、前にはコズミックフォースが粘っていて、巨体のブラストワンピースは抜け出すところを見失う。ダノンプレミアムもまた最内から抜け出しを図るが、久々の分かいつもの伸びが無く、前のエポカドーロとコズミックフォースが粘って進路が塞がれた。

残り100m付近でついに抜け出したエポカドーロを最後まで伸びたワグネリアンが半馬身差し切ったところがゴール。弥生賞、皐月賞で敗れた馬たちも、別路線から来た馬たちも退けて、ダービー馬の称号を手にした瞬間を目の当たりにすることができた。

福永騎手は19回目の挑戦でダービー初制覇。人馬共に「ダービーを勝つこと」を宿命づけられたコンビは、最高の結果で春のクラシックを終えた。

秋は神戸新聞杯から始動したが、主戦の福永騎手が前週に落馬負傷したため、調教をつけていた藤岡康太騎手が代打で騎乗することになった。
レースはエポカドーロが出遅れ、ラジオNIKKEI賞を逃げ切ったメイショウテッコンがハナに立つと、縦長の馬群でいつもの末脚勝負を狙い後方待機。残り800mから仕掛けてコーナーを回り、メイショウテッコンを捉えて残り200mで先頭に立つと、最後方から唸る末脚で追ってきた同厩舎のエタリオウを凌いで連勝。

藤岡康太騎手はこれが通算500勝のメモリアル達成。また、ワグネリアンにとっては9月6日に発生した北海道胆振東部地震で被災し亡くなった母ミスアンコールへの弔い勝利となった。

ワグネリアンの次走は距離やコースの適性から天皇賞(秋)が予定されていたが、激戦の疲れが抜けず放牧へ。
古馬シーズンに向けて英気を養う休養へ入った。

古馬勢との激闘(2019年)

年が明けて4歳になったワグネリアンは、適距離のG1大阪杯から始動する。
その背には福永騎手が戻り、自身を含めG1馬8頭が集うハイレベルな一戦で、久々ながら4番人気に支持される。
出遅れずに逃げを打ったエポカドーロがハナ、キセキが2番手で続き、ワグネリアンはインの4列目で折り合いを気にしながら直線へ。

馬群がばらけたことで最内から楽に抜け出したものの、前にいたアルアインの余力が勝り、一度はインから差したキセキにも外から差し返されて3着に敗れる。

その後、夏のグランプリ宝塚記念には向かわず、札幌記念で復帰、馬体の艶も良くコンディションはよかったが道中で落鉄してしまい、インをすくったブラストワンピースや大外を捲ってきたフィエールマンに差されて4着まで。

前年は疲れから参戦できなかった天皇賞(秋)に向かうこととなった。

このレースには同世代の女王アーモンドアイ、クラシックで鎬を削ったダノンプレミアム、NHKマイルカップを逃げ切ったスピード自慢のアエロリット、3歳勢の代表としてサートゥルナーリアらG1勝馬10頭が参戦。

ワグネリアンは同厩舎、同オーナーで同じ4歳の僚馬ユーキャンスマイルとともに後方からのレースを選択するが、先行5番手から上り33.8秒の末脚を繰り出すアーモンドアイには届かず、アエロリット、ダノンプレミアムにも前で粘られて5着に終わる。ただし3歳の新星・サートゥルナーリアには先着と、古馬としての意地を見せ、ジャパンカップへ向かう。

ジャパンカップでは福永騎手が騎乗停止のため、川田騎手が鞍上を務めた。前走ではライバルのダノンプレミアムに乗っていたのだから「昨日の敵は今日の友」と言うべきか──。
このレースには同期のユーキャンスマイル、先輩ダービー馬マカヒキに加えて「アパパネの次男」ジナンボーも参戦し、金子オーナー所有馬(名義は金子真人HD)の4頭出走でも話題になった。

川田騎手はワグネリアンをダービーの福永騎手に近い先行ポジションに誘導し、折り合いをつけてレースを進めた。芝がめくれる重馬場でのレースで、ワグネリアンは直線で比較的きれいな馬場の外目から最後の脚を繰り出したが、最内を強襲したスワーヴリチャードが抜け出して勝利。

軽斤量と最内枠が味方につけたカレンブーケドールをとられず3着、4着に最後方ポツンから大外一気でパワフルに進んできたマカヒキ、5着も後方からユーキャンスマイルが突っ込んできたが、マーフィー騎手の好騎乗が光った。

喉鳴りとの戦い(2020年〜2021年)

神戸新聞杯を勝利して以降、4歳時はハイレベルな相手関係や落鉄などの不運に見舞われて未勝利に終わったワグネリアン。5歳初戦も大阪杯で始動し、福永騎手とのコンビで挑むが、最内をロスなく進んで直線に向いてからの「もうひと伸び」が出ず、伸びあぐねている間に最後方で待機していたカデナに内をすくわれて5着に敗れた。

続く宝塚記念では稍重の発表ながら荒れていたインコースの2番手を進んだものの、直線で力尽きて13着、ついに掲示板を外す大敗を喫してしまう。

勿論、道悪巧者のクロノジェネシス、キセキ、モズベッロ、メイショウテンゲンが掲示板に入り、サートゥルナーリアですら地力を示すも4着に敗れたレースゆえに、馬場の巧拙も結果を左右しただろう。とは言え、ここまでの大敗である。ワグネリアンがダービーのころから抱えていた喉鳴りが悪化していたのも、無関係とはいえないはずだ。

そしてそれを解消すべく、2020年の秋に喉鳴りの手術を行ったワグネリアン。2021年は、京都記念から始動する。
京都競馬場が改修工事に入ったので、舞台は宝塚記念と同じ阪神2200m、鞍上は福永騎手が東京競馬場で共同通信杯に挑むため、武豊騎手とのコンビで復帰初戦を迎えた。

4コーナーまで後方に控え、直線で外から末脚を繰り出すも、今度は後輩オークス馬ラヴズオンリーユーの5着。前半1000mが59.3秒で比較的流れたものの、ラヴズオンリーユー以下は60~61秒で通過し、最後の末脚比べになった。3歳時のキレは失いつつも、最後までじりじりと伸びての5着は、復活のきっかけをつかんだかに見えた。

しかし、続く大阪杯では大雨の中でのレースになり、3コーナーでコントレイルとグランアレグリアの捲りあいを見届けると力尽きてしまい13頭中12着に終わってしまう。

再びの休養に入ったワグネリアンは喉鳴りを考慮してか、10月にマイル戦の富士ステークスで復帰した。久々のレースで後方からの末脚勝負を狙ったが、直線で前が壁になってしまい追い出しが遅れてしまう。

それでも残り100m付近でスイッチが入るとインから先に伸びていた馬たちを相手に6着に上がってきたので、復活の兆しが今度こそ見えた……少なくとも私は、そう感じていた。

──しかし次走、その期待は打ち砕かれてしまう。

結果的にはワグネリアンの生涯最後のレースになったジャパンカップ。福永騎手は3冠馬コントレイルとのラストランに臨むため、鞍上は戸崎騎手に乗り替わっていた。
また、ワグネリアンが走った京都記念の裏で共同通信杯に参戦し、後に福永騎手とダービー馬の栄冠をつかみ取ったシャフリヤールが川田騎手と、秋初戦の京都大賞典で復活勝利を挙げたマカヒキも藤岡康太騎手とのコンビで参戦。「4世代ダービー馬」の共演という、豪華な顔ぶれの一戦となったのである。ワグネリアンは17番枠から先行したものの、キセキの最後の大捲り勝負についていけず、最後は戸崎騎手も無理に追わずに最下位でレースを終えて休養に入っていた。

追悼・ワグネリアン。(2022年1月6日)

2022年1月6日の朝、訃報を目にして一瞬目を疑った。

──目の前でダービーを勝った馬が、明け7歳で亡くなった?

マカヒキが復活して、次はワグネリアンだと思っていたのに?

こんなに早く天国へ旅立たなくてもいいじゃないか……

思うことは沢山ある、でも。

現時点で唯一、現地で観戦したダービー馬がワグネリアンであったことを、誇りに思う。
同世代にも上の世代にも強豪ひしめき合う2010年代後半の競馬で、ダービーを勝った馬が現役を続けることがどんなに大変か……。

16年のダービー馬マカヒキは復活を果たし2022年も頑張る予定だが、17年のレイデオロがダービー後に天皇賞(秋)を勝つまでは1年かかったし、19年のロジャーバローズはダービーを最後に脚部故障で引退、20年のコントレイルは菊花賞を勝った後、翌年のジャパンカップまで勝てずに、やはり苦労した。

21年、福永騎手3度目のダービー制覇を共にしたシャフリヤールは今年、古馬を相手に活躍できるだろうか。

「ダービーは1番運の良い馬が勝つ」という格言があるが、ワグネリアンは金子ブランドの、そして福永家の「血統の宿命」を背負ってダービーを制した。その後は勝ち運に見放されながらも、ワグネリアン自身はレースを諦めなかった。富士ステークスの直線で伸びて来た時には、もしこれが毎日王冠の1800m戦なら、とタラレバを語りたくなった。

レースでの前向きな姿勢に、心から感謝の言葉を伝えたかった。引退レースを現地で見たかった。

推しは推せるうちに推せ、という言葉を近頃ネットでも見かけるようになったが、最後までレースを見て、応援出来たことを、心より感謝申し上げたい。

ワグネリアン、17戦の激闘お疲れさまでした。

ご冥福をお祈り申し上げます。

写真:shin 1

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