馬の"はなむけ"~ダイアナヘイロー~

「はなむけ」(餞、贐)の意味は、以下の通りである。

旅立ちや門出を祝って、別れて行く人に金品・詩歌などを贈ること。また、その贈り物。餞別 (せんべつ) 。

デジタル大辞泉(goo辞典)

競馬界の別れの季節、2月最終週の土日。調教師や騎手が、定年や、勇退により、競馬場を去る「門出」の日である。
厩舎の解散は、その厩舎に所属する騎手やスタッフ、馬も漏れなくバラバラに散ってしまう。
我々競馬ファンにとっては、とても寂しい気持ちになる時期である。


2018年2月25日。1947年生まれ、70歳で定年となった福島信晴調教師が「その日」を迎えた。1969年に騎手デビューし、84年に引退。その後は調教助手を経て、1989年に自身の厩舎を開業した。

そこから、約30年。その間にミスタートウジン、イクノディクタス、テイエムイナズマなどの重賞馬を管理。中央GIでは、マイネピクシー(1992年阪神3歳牝馬S)、イクノディクタス(1993年安田記念、宝塚記念)、ナムラビクター(2014年チャンピオンズカップ)がどれも2着まで。GI制覇には、もう一歩だった。

2016年にデビューしたダイアナヘイローもまた、GI制覇を目指した一頭だった。
2017年6月、4歳初夏から4連勝で、夏の北九州記念で重賞初勝利。
上がり馬という立場で臨んだスプリンターズステークスは、4番人気と上位に推されたが、15着に敗退。
福島調教師にGIタイトルを届けることはできなかった。


そして2月最終週、定年前最後の週末がやってきた。
24日土曜日、福島厩舎は小倉1頭・阪神4頭を送り出した。
そのうち、阪神で2頭出しを行った第6競走では、12番人気ながらナムラシンウチが勝利。
名前の通り、厩舎最終週に「真打」が登場したように思われた。

そして最終日の日曜日、25日。
福島厩舎からは小倉に1頭・阪神に5頭が出走。第8競走に、ナムラヘラクレスで勝利をあげる。

そしてダイアナヘイローが出走するメインレース、阪急杯を迎えた。
当初は、京都牝馬ステークスに出走する予定であったが、馬場を考慮してこちらを選択。鞍上には、武豊騎手。新馬戦以外の6勝は、彼が導いたものであった。
武騎手は本来、中山記念でエアスピネルに騎乗する予定であった。しかし、エアスピネルの回避により、このコンビ継続が実現した。
馬体重は470kg、マイナス8kg、福島調教師最後となる渾身の仕上げだった。

スプリンターズステークス15着敗退の後、再始動戦となったシルクロードステークスは、1番人気の支持を裏切って16着に惨敗。人気も落ちて単勝オッズ16.8倍の7番人気。
モズアスコットやレッドファルクス、カラクレナイら上位人気とは、オッズに大きな差が生まれた。

外枠13番ゲートからの出走。素早く飛び出し先手を主張する。内からニシノラッシュとムーンクレストを制して、ハナを奪った。戦前はアポロノシンザンが逃げると想定されていたが、後手を踏んだ。
そのまま先頭を保ち、前半の600メートルを34.1秒で通過。人気どころのモズアスコット、レッドファルクスは後方だった。

内回りコースを経て、短い直線コースに入る。ペースアップし、各馬鞍上の手が盛んに動く。
しかし、アポロノシンザンやマイネルバールマン、ニシノラッシュなど先行勢が総じて伸びてこない。さらに、外から差し切りを狙う、人気サイドの追い上げもない。いまだ先頭のままだった。
この違和感は、「開幕週の馬場」によるものか、はたまた「豊マジック」か。
残り200メートル、内からニシノラッシュがかわす気配を見せるも、譲らない。

中継のカメラが切り替わる。阪神はマクロな視点に切り替わったら、すぐゴールだ。ようやく、外のモズアスコット、レッドファルクスが豪快な脚で伸びる。

内のダイアナヘイロー、外のモズアスコット、レッドファルクスが横一列に並んだところが決勝線。そんな中、ダイアナヘイローがクビ差退けて最先着。重賞勝利となった。
着差は8着まで「クビ、ハナ、クビ、クビ、クビ、ハナ、ハナ」の大激戦だった。

福島調教師は最終週で3勝を挙げた。

それまで阪神では、阪神大賞典、毎日杯、アンタレスステークス、プロキオンステークスを勝利。その阪神競馬場での最後の出走を勝利で飾り、新たに阪急杯を獲得タイトルに加え、有終の美を飾ったのだった。

調教師が最終週に重賞を勝利するのは、1986年以降2人目。エイシンドーバーが制した2007年の阪急杯、湯浅三郎調教師以来の記録であった。

その後、ダイアナヘイローは、大根田裕之調教師の下に移った。転厩初戦となる高松宮記念では最下位。連覇を狙った北九州記念でも7着に敗れて大きく人気を落としてしまう。

しかし、それだけでは終わらなかった。
もうじき「6歳牝馬」となる2018年末、阪神カップに菱田裕二を背に出走、38.3倍の11番人気だった。ところが、人気のGI馬ミスターメロディ、ジュールポレール相手にまんまと逃げ切り、重賞3勝目。大根田厩舎にも重賞タイトルをもたらしたのだった。


「はなむけ」とは、もともとの語源を辿ると「馬の鼻向け」が略されたものである。

古代、旅に出る人の安全を祈って、出発時にその人の乗馬の鼻を行き先の方に向けた習慣から。

学研全訳古語辞典(Weblio古語辞典)

引退期限の最終週に行われる、中山、阪神、小倉の3場開催。
福島調教師とダイアナヘイローのように勝利で終える騎手や調教師は稀である。
たとえ4着でも16着でも、騎手・調教師たちの「鼻向け」を最後まで目に焼き付けたい。

餞/贐(はなむけ)の意味 - goo国語辞書
うまのはなむけの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典

写真:ゆーすけ

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