ユーセイトップラン〜磨き上げた、ダイヤモンド級の伸び脚〜

毎年、2月になると、東は根岸ステークスや共同通信杯、西はきさらぎ賞や京都記念、さらには裏街道でも小倉大賞典など、その年の大レースに向けた準備が本格的に始まる。

長距離路線も、クラシックの有力どころだった馬が来る事は少ないものの「準備レース」のようなレースが施行されている。

それが、ダイヤモンドステークスだ。

G1開催週で世間の注目が逸れている上、天皇賞春の優先出走権ももらえない。
しかし過去の優勝馬たちを見ると、この「準備レース」という表現はあながち間違っていない気もしてくる。

  • エアダブリン
  • ユウセンショウ(2回)
  • トウカイトリック
  • イングランディーレ
  • フェイムゲーム(3回)
  • アドマイヤモナーク
  • モンテクリスエス
  • フォゲッタブル
  • アルバート

さらに遡ると、

  • スルーオダイナ(2回)
  • プリティキャスト
  • マチカネタンホイザ
  • キョウエイプロミス
  • スピードシンボリ
  • ダイシンボルガード

といった名馬たちが名を連ねる。

これだけ列挙をしたが、複数回勝っているのはこの中だとたった3頭だけ。
そして、今回話したい馬はこの3頭同様、このレースを複数勝利している。

その馬の名は、ユーセイトップラン。

父はミルジョージ。
ミルジョージといえばスタミナ豊富な産駒を多く残した種牡馬で、代表産駒はイナリワン、ロジータ、ヤシマソブリンなどがいる。
また、母父のネヴァービートはリーディングサイアーで、芝ダートも距離の長短も問わない万能種牡馬だった。

ステイゴールド、グラスワンダー……。
数々の名馬を撃破した、鋭い末脚。

ユーセイトップランは、ゆっくりとした成長曲線を描いた馬だった。
デビュー戦は10着、その次走は12着。初勝利をあげるまで8ヶ月を要した。
オープンに定着したのは6歳(現5歳)になってから。格上挑戦で万葉ステークスに出走し、9番人気ながら勝利した。そのときの2着は、ステイゴールドである。
その次走、1度目のダイヤモンドステークスでは6番人気まで10倍を切る団子オッズの中2番人気で出走し、後ろからステイゴールドを交わして勝利。またも、2着はステイゴールドだった。
その後挑んだ阪神大賞典は3着ながら、上位2頭はメジロブライト・シルクジャスティスという強豪馬だったので、能力は見せた上での結果といえる。

しかしその後、春の天皇賞・目黒記念・宝塚記念と振るわないレースが続く。
次にユーセイトップランが輝いたのはこの年8戦目となったアルゼンチン共和国杯だった。手綱は1年半ぶりに佐藤哲三騎手が握ることに。

秋の重要な一戦であるアルゼンチン共和国杯。
その1番人気に推されたのは、グラスワンダーだった。
骨折明け初戦の前走ではサイレンススズカの前に5着と敗れたものの、参考外とされていた。
対するユーセイトップランは、12番人気。
宝塚記念12着から大幅に着順を伸ばすのは厳しいという見方をされていたのだろう。

──しかし、競馬の神はこの馬に微笑んだ。

道中3、4番手の好位につけたグラスワンダーが直線で抜け出してきた。
しかし、脚色は良くない。あっという間に後続との距離が縮まり、変わって前に出たのは4枠エーピーランド。上がり34秒3の脚で前を交わしてゴールへ向かったが、その外にもう一頭いた。
その一頭が繰り出したのは、メンバー最速の鋭い末脚。先に抜けたエーピーランドをとらえ、ハナ差で勝利した。
ユーセイトップランである。
見事に上がり3ハロン33秒8の末脚で差し切り、8ヶ月ぶりの勝利をあげた。

だが、その後の年内2戦はまたも振るわず、ジャパンCで6着、有馬記念では宝塚記念と同じく12着。
その有馬記念では、グラスワンダーが復活勝利をあげ、きっちりグラスワンダーに逆襲される形となった。

しかも、ユーセイトップランの連敗はそこで止まらなかった。
少し長いトンネルに入る事になってしまったのである。

雌伏の時。
そして大胆不敵な奇策へ。

ユーセイトップランは、翌年も現役を続行。
連覇を目指したダイヤモンドステークスも見せ場なく13着に大敗。
この年は5戦して、1度も掲示板に乗る事はなく、全て二桁着順に終わった。

しかし陣営は、翌年も現役続行を決断。
年明け初戦となった日経新春杯は、やはり13着と惨敗した。

──もう、終わってしまったのか
──いや、まだやれるはずだ。

そして迎えた、3度目のダイヤモンドステークス。

1番人気はサンデーサイレンス産駒のタヤスメドウ。
昨年の3着馬あり、2連勝中と勢いも十分。鞍上には名手M.デムーロ騎手を迎えている。
2番人気メジロロンザンは昨年の菊花賞で5着し、京都新聞杯も3着。
条件戦1→3着からの格上挑戦だった。鞍上は、吉田豊騎手。
3番人気のスエヒロコマンダーは重賞2勝で阪神大賞典も3着と実績十分である。さらにはその後、2年連続でステイヤーズステークスの馬券に絡む事になる名ステイヤーでもある。鞍上は、レジェンド・岡部幸雄騎手。

さらにはホットシークレットやゴーイングスズカ、ポートブライアンズなど、G3としては骨太なメンバーが揃っていた。

そんな中、後藤浩輝騎手を背に7番人気に推されたユーセイトップラン。
この舞台、どう出るのか。どう、仕掛けるのか。

レースが始まると、道中は向正面までほぼシンガリ。
定位置となったポジションから追走していた。

──ここからまた伸び切れず負けるのか。
──もう、復活はないのか。

そうしたファンの想いに反発するかのように、後藤浩輝騎手が信じられない手を打った。
スルスルと前へ向かい、4コーナーに入る頃には単騎で先頭に立っていたのだ。

──捲りか!

いつもと違う手でないと、復活勝利は難しい……そう考えた末の、苦肉の策だったのだろうか。
それにしても、仕掛けが早い。それでも後藤浩輝騎手は懸命に、最後の直線で、また追った。

その追いに、ユーセイトップランは、末脚で応えた。
骨太なライバルたちは、届かない。

ユーセイトップラン、1年半ぶりに勝利。
終わってみれば上がり2番手の末脚だった。捲った馬にその脚で粘られたら、勝ち目はない。

7→11番人気の決着で、単勝は16倍、馬連は375倍。
波乱の決着だった。後藤浩輝騎手とユーセイトップランの、驚くべき勝利で、2000年のダイヤモンドステークスは幕を閉じた。

その後、ユーセイトップランは勝ち星をあげる事はなかった。
しかしアルゼンチン共和国杯・京都大賞典と掲示板には2度食い込み、天皇賞秋でも6着に善戦。
しかも着順が人気を下回ったのは、翌年のダイヤモンドステークス1度だけ(5番人気7着)と力走を続けていた。

引退後は馬事公苑で乗馬になり、2015年9月16日、功労馬繋養展示事業先の牧場で死亡した。
イベントなどにも出演するような、賑やかな余生だったように感じる。

下積みからの出世、そして挫折と復活──。

世間の多くは、煌びやかなGIに目を取られがちだ。無敗馬や連勝馬が目立つのは、仕方のないことおだ。
しかし一方で、着実に実力をつけていき、驚くべき勝利をあげる馬もいる。
重賞でも、OP競走でも、未勝利戦でも、走る馬たちの真剣さは変わりない。

彼の磨き上げられたダイヤモンド級の末脚を見返す度に、サラブレッドの可能性について、考えさせられるのだ。

写真:かず

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