「村山厩舎・赤一本輪」への復讐。"敵地"の浦和にて~ブルドッグボス~

立ちはだかった「白」

「クラスター」と言えば、競馬ファンにとっては「クラスターカップ(JpnIII)」だった2016年。
1.9倍の1番人気の支持を受けて出走するJRAのエリートがいた。ブルドッグボスである。

2歳秋の500万円以下から1年以上、10戦連続1番人気を記録するなど、5勝を挙げてオープン競走も2勝するなど人気者。ダートグレードでもすでに4着、2着となっていた。
ダートグレードは通過点と言わんばかりの勢い。そのままタイトルを積み重ね、いずれは中央のダートGIを──そんな風に思って不思議ではないような順風満帆な競走生活だった。


いざクラスターカップ、クリストフ・ルメール騎手が騎乗し、1.9倍の1番人気。
しかしこの期待を大きく裏切ることになってしまう。
2番人気の村山明厩舎「白・赤一本輪」のダノンレジェンドに、2馬身の逃げ切りを許してしまったのだ。
ブルドックボスは最終コーナーを3番手で進み、そこから逃げるラブバレット、ダノンレジェンドを捕らえようと脚を伸ばした。垂れたラブバレットこそ楽にかわせたが、ダノンレジェンドとの差は縮まらなかった。

ダノンレジェンドは、それまでJBCスプリント2着、東京盃など7勝。課された斤量は60kg、なかなかお目にかかれない重荷を背負いながらも制し、クラスターカップ連覇を果たした。
後にダノンレジェンドは、JBCスプリントを制して引退。ダートの一流馬として、種牡馬となった。

対して、ブルドッグボスは斤量54kg。一般に言われている「1kg=1馬身」に則れば、ダノンレジェンドとの差は明らかだった。

この日を境に、ブルドッグボスの歯車が狂い始める。以降、ダートグレードの1番人気は、オープン競走で5着、1着、9着、5着──。「一流」とは言い難い戦績を重ねる。
そうして、JRAから退き、浦和競馬場の小久保智厩舎に移籍した。

断ち切った「岩手の悲願」

2017年8月
浦和転厩2戦目は、再びクラスターカップであった。

前年と所属が違えば、立場も違う。7.2倍の4番人気という評価は、地方勢の1番手でもなかった。
中央所属のサイタスリーレッドが1番人気、地元盛岡のラブバレットが3番人気。ラブバレットには、史上初となる地元所属馬による勝利が期待されていた。

スタート直後に、ブルドッグボスは先行し3番手、前にはラブバレットとサイタスリーレッドがいる前年と同じ展開に。違ったのは、ラブバレットが垂れないことと、サイタスリーレッドが垂れたことである。
サイタスリーレッドを楽々かわしたのち、ラブバレットとの差を詰める。

一完歩ずつ迫り、ゴール板手前でまるで「図ったように」差し切る。
地元の悲願も何のその。クビ差だけ先着して、ようやくブルドッグボスは前年ありつけなかったダートグレードを獲得した。

及ばなかった「黄」

その調子でダートグレードに出走し上位であり続け、臨んだ大井のJBCスプリント。3番人気に支持を集めた。
既にGI級を10勝、JpnI2連勝中の、村山厩舎「黄・赤一本輪」のコパノリッキーが1番人気に支持され、新記録のGI級11勝目が期待されていた。

まくりを見せるコパノリッキーに対して、ブルドッグボスは中団待機から外に進路を取る。
騎乗する内田博幸騎手もコパノリッキー1頭見据えて追ったが、コパノリッキーはしぶとい。
結局、アタマ差捕らえることはできなかった。
ブルドッグボスは、己の力でコパノリッキーの記録達成を阻むことはできなかった。
しかし、前走の東京盃でブルドッグボスが先着したニシケンモノノフが内を掬って勝利。記録達成は持ち越しとなる。その後、コパノリッキーは引退レースの東京大賞典で11勝目を挙げた。

翌2018年秋のブルドッグボスは全休、史上初めてJRAの京都競馬場で行われたJBCに参加することはできなかった。JBCスプリントは8歳馬のグレイスフルリープが優勝。

大一番こそ古豪が制したが、世代交代の波は近づいていた。
ブルドッグボスの長期離脱中に、連勝で出世する3歳騸馬がいた。
その馬は、ブルドッグボスのように壁に阻まれることなく、JRAの重賞2連勝。
ダート短距離界に台頭するホープは、またも村山厩舎「黄・赤一本輪」コパノキッキングであった。

敵地と化した本拠地

不自由なく競馬場で「密」な観戦ができた2019年11月、JBC3競走がブルドッグボスの本拠地である浦和競馬場がやってきた。この日のために、コースを拡げてフルゲートを増やし、スタンドを新設するなど準備に投じられた額は30億円という。

浦和所属の野口調教師が「浦和開催はJBCが企画されていた20年以上前からの悲願(産経新聞)」とコメントするなど、浦和の競馬関係者にとって待望の開催であった。

当日、約3万人が浦和に集結。入場制限や開門時間を早めるなどの措置が取られ、観客は通常の10倍と伝えられた。膨れ上がった人混みには、浦和を初めて訪れたファン、地方競馬と縁のなかったファンもいたことだろう。

地元浦和開催に大観衆、舞台は整った。前年秋の怪我を克服したブルドッグボスが、いざ前々年の忘れ物を取りに行く。しかし、観衆の視線の多くは、ブルドッグボスには向いていなかったはずだ。


この年、JBC全体を通じて、最も注目を集めたのはJBCスプリント、コパノキッキング×藤田菜七子騎手の参戦だった。直前の東京盃(JpnII)では、ブルドッグボスの猛追に4馬身差をつけ逃げ切り勝利、女性として初めてダートグレード競走を制する快挙を達成した。

藤田騎手は、中央競馬で前年の勝利数を9月14日時点で上回る活躍を見せていた。一方のコパノキッキングもカペラステークス、根岸ステークスと重賞を連勝するなど充実期に。
春の大一番、フェブラリーステークスでコンビを結成して以降、半年強で積み上げた人馬の実績は、ダートグレード競走優勝という形で揺るぎないものとなった。

通常、地方競馬の競馬場で開催されるJBCは、それまでに18回44競走(8+18+18)行われ、地方所属馬の優勝はフジノウェーブ、ララベルの2頭のみだった。地方所属の2勝42敗、勝率にして5パーセント、"借金"にして40。勝率95パーセントを誇るJRA所属馬の独壇場であるのは言うまでもない。
JRA勢が圧倒するを見せつけられる──地の利で上回るはずの大井でも盛岡でも名古屋でも。当然、敵地とも言える京都でも、同様であった。

この年も例外なく、JRAにはないダートのスプリントGI級競走を求めて、浦和へと中央馬が集まった。
コパノキッキングを始め、春に高松宮記念を制し、ダートで条件戦を勝ち上がった実績も兼ね備えるミスターメロディ。ダートグレード競走を複数制したサクセスエナジー。3歳ながら、スプリント能力に長けるファンタジストなど5頭のJRA勢が火花を散らした。

浦和代表ノブワイルド

浦和でも同様に、JRA勢の下風に立つことになるのか、それに抗おうとする浦和の男がいた。ブルドッグボスを管理する小久保師である。
小久保師は、JBC3競走に8頭の管理馬を送り込み、中でもスプリントには最多の4頭、地方勢の出走枠7頭の半分以上を占めた。
勝率5パーセントのJBCに挑む小久保師は、こう語っている。

「ここでちゃんと結果を出さないと、2回目、3回目のJBCが浦和に来ないと思うので、浦和でやってよかったと思われるように、ちゃんと結果を出さなくてはいけないと感じています。地元の利というのはあると思いますし、地方競馬全体が、自分の地元なら中央馬とやり合えるというのがあれば、JBCももっと盛り上がっていくでしょうし、そういう意味でもちゃんと結果を残せるように頑張りたいです」

──高橋華代子氏のブログおよび、JBC2020特設サイト同氏執筆のコラムより引用

4頭の小久保勢、すなわち浦和勢の筆頭は、ノブワイルドであった。
ブルドッグボスと同じ2012年生まれである。ノブワイルドは、TUBE前田亘輝氏の依頼を受けた小久保調教師がサマーセールで落札した馬であった。小久保自身で競り落としたにも関わらず、ノブワイルドの秘めたる能力から、中央でのデビューを薦めたのである。

初ダートとなった2戦目、札幌の未勝利戦では1000mながら大差で制し、4戦目のオキザリス賞では逃げ粘るも、ブルドッグボスに差し切られて2着。
小久保師の見立て通り中央でも通用したが、その直後にひざを骨折。
長期休養を経て復帰に選んだのは、浦和の小久保厩舎であった。

転入初戦を制したが、以後勝ち星が遠ざかり、今度球節を骨折。それでも復帰後の1年間は、ダートグレードのオーバルスプリントを含む4勝。そして、翌2019年にはオーバルスプリント連覇を含む3連勝。
中でもオーバルスプリントの2勝は、どちらもJRA勢相手にまんまと逃げ切ったものだった。
連覇を果たした2勝目には、かつて中央の舞台で差し切られたブルドッグボスに、5馬身以上の差がついた。
ノブワイルドに敗れ、ブルドッグボスに勝った4頭のJRA勢は、その間を埋めていた。

ノブワイルドのほとんどの手綱を取ったのは、左海誠二騎手。
ブルドッグボスにとってかつての主戦騎手、クラスターカップをともに勝った戦友だった。

JRAvsノブワイルド

2019年のJBCは、満員の観客の目の前で戸崎圭太騎手が落馬するというアクシデントで始まる。
JBCレディスクラシックを制したのは、オーバルスプリントでノブワイルドとブルドッグボスの間にいたヤマニンアンプリメだった。中央競馬のスター、武豊騎手の騎乗によって導かれた。
上位人気JRA勢のワンツースリーフィニッシュとなり、地方勢の最先着は、ヤマニンアンプリメから9馬身半離された4着、小久保勢の2頭は、9.5馬身離された5着、19馬身離された10着敗退。
やはりJBCは、JRA勢のためにあるのか、いつものようにレディスクラシックはJRA勢に制圧された。

迎えたJBCスプリント、ミスターメロディが2.3倍の1番人気、コパノキッキングが3.0倍の2番人気。そして僅差の3.3倍、3番人気には地元のノブワイルド。浦和勢ただ1頭、食らいついた。
続いて、10倍台のJRA勢2頭を挟み、そこからオッズは千切れる。
71.0倍、6番人気がブルドッグボスの評価であった。


場内は、先出ししたコパノキッキングに視線が集まる。スタンド前のゲートにも真っ先に入った。
大外枠にもかかわらず、先入れのノボバカラがゲートに苦労、その間にとりあえずファンファーレだけ済ます。
ノボバカラ以降は、スムーズに入り、スタートが切られた。

満員のスタンドを前に、駆けていく。
スタート直後に、コパノキッキングが躓いたが立て直した。
内からノブワイルド、武豊騎手騎乗のファンタジスト、そしてコパノキッキングがハナを争う。
左海騎手の白い手綱が騒がしかった。
ノブワイルドがハナを奪い、第1コーナーを通過。ただ背後には2頭が密着して一団になった。
先行3頭に千切れた中団には、ミスターメロディとサクセスエナジー、大井のショコラブラン。ここまででJRA勢のほとんどを消化した。
さらに千切れて後方集団の先頭はブルドッグボス、以下、地方勢4頭、最後方にJRAのノボバカラを率いていた。

小回り、直線の短い浦和。通常なら逃げ先行が有利の競馬場だ。
この時点でノブワイルドが逃げ切るか、沈むか。JRA勢のワンツースリーを再び見ることになるのか。
結末はこの二つに絞られたかに思われた。


ただ先行勢は、少し頑張りすぎた。
地元の期待を背負った40代の男性、JBC連勝を狙う50代の男性、史上初に挑む20代の女性らが作り出したペースが、速くなりすぎたのだ。前を行く2番人気、3番人気を野放しにしておくわけにもいかず、ミスターメロディ、ショコラブランが争いに加わる。第3コーナー前にはすでに、JRA勢のサクセスエナジーとファンタジストが後退し、先行4頭の運命共同体が形成された。

第3コーナーで、コパノキッキングがノブワイルドに並ぶ。

そうはさせまいと、ミスターメロディやショコラブランの鞍上は、騒がしい。
もちろん、ノブワイルドももがいていた。

しかし、直線に入った途端、コパノキッキングが1頭抜け出し、同じペースを歩んだ3頭と決別。
藤田菜七子騎手が直線を独走する姿に、歓声はひときわ大きくなる。
ミスターメロディ、ノブワイルド、サクセスエナジー、ファンタジストと1番人気から5番人気まで冷静に下したコパノキッキングと藤田騎手。このまま力で押し切るのか──。

vs「黄」浦和の番犬ブルドッグ

「前崩れ」ならば本来後方勢の出番である。ミスターメロディの後ろから窺う馬がいた。
後方集団から1頭追い上げてきた6番人気、ブルドッグボスである。
御神本騎手の左ムチに応えるように、まずミスターメロディをかわす。
そしてオキザリス賞よろしく、ノブワイルドを置き去りにする。
この時点で浦和の希望は、ブルドッグボスに代わった。

あとは1頭のみ、先行したにもかかわらず、その馬はなかなか粘り強い。
村山厩舎であるが、ダノンではなく、コパ。リッキーではなく、キッキング。
胴の模様「赤一本輪」はまたしてもブルドッグボスに立ちはだかった。

一完歩ずつ脚を伸ばし、図ったかのように寸前でかわす。持ち味を発揮した瞬間である。
ゴール板が近づくにつれて、歓声はため息に変わった。
わずかにクビ差、地元浦和でのJBC制覇は一概に大喝采とは言えない。
勝者を称える「大人」な拍手だった。御神本騎手はこうインタビューに応えている。

「菜七子ちゃんのG1初勝利を見届けに来たファンも多かったと思いますが、勝ってしまってすいません。菜七子ちゃんのG1はいずれ見られると思うので、今日は素直にブルドッグボスと小久保厩舎をほめてあげてください」

──御神本訓史(日刊スポーツより)
2019JBCLクラシックスプリントクラシック
従来記録 8億5170万9200円10億7904万 900円18億1236万8300円
浦和開催11億3114万6900円16億2614万4900円17億9831万3800円
JBC3レースの売得金(太字強調がJBC地方開催レコード)

売上を見ても、スプリントに集まる注目は大きかった。最終的に制したのはブルドッグボスだが、人気を集めたコパノキッキングを始め、芝GIホースミスターメロディ、地元最有力のノブワイルドがしのぎを削った結果である。このレコードは3競走すべて翌年に更新され、スプリントは20億超え、クラシックは約30億を売り上げている。

ブルドッグボスの走りは地方競馬、JBCを確かに盛り上げている。翌年のスプリントは3番人気3着に敗れたものの、大井のサブノジュニアが優勝、地方馬の2連覇。
また新設の2歳優駿も道営馬が制し、2勝2敗。ついにフジノウェーブが制して1勝1敗とした2007年から続く負け越しを止めたのである。潮目が変わったのだろうか。

静かな別れ

ブルドッグボスがJBCスプリントを制してから、浦和では4戦3勝2着1回という強い競馬を見せた。
中でも引退レースのゴールドカップでは4馬身差の圧勝。適切な間隔に広がったファンの前で有終の美を飾った。

年が明けた1月8日、引退式を敢行。
中央時代から、浦和時代から、JBC勝利から……応援するきっかけ、期間、熱量は、人それぞれ違うだろう。
それらが一つに集まり、直接声を掛けられる引退式のはずだった。
しかし、ブルドッグボスのためだけの引退式、ブルドッグボスのためだけの浦和競馬場のスタンドには、誰一人としていなかった。コロナ禍が、悔やまれる。


ただこれは、真に最後の別れではない。死んでしまった馬にはもう会えないかもしれない。
しかし、彼の名前は、これから父という形で、向こう10年は出馬表に載り続けるはずだ。

引用文献

黄金崎元(産経新聞社)「JBC競走成功に向け準備入念 さいたま市の浦和競馬場 重賞初勝利の藤田騎手も参戦予定」2019年、https://www.sankei.com/article/20191007-FL6T2JZAUNK6VHXV5ELLTJU524/2/、最終閲覧:2021年7月22日。

高橋華代子「地方馬として3頭目のJBC 勝利菜七子騎手キッキングは2着」2020年、https://www.keiba.go.jp/jbc2020/anniversary/nenshi04.html、最終閲覧:2021年7月21日。

高橋華代子「小久保智厩舎、地元・浦和のJBCに8頭出走。」2019年、http://nankandamasii.jugem.jp/?eid=13971、最終閲覧:2021年7月21日。

長谷川雄啓「TUBE前田オーナーが語る愛馬ノブワイルドへの想いー『シービスケット』が手繰り寄せた運命の巡りあい」2021年、https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=48393、最終閲覧:2021年7月21日。

日刊スポーツ新聞社「御神本は菜七子ファンに謝罪?/JBCスプリント」https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=201911040000893&year=2019&month=11&day=05、最終閲覧:2021年7月21日。

参考文献、出典

朝日新聞社「藤田菜七子騎手が女性年間最多勝 前年の自己記録を更新」2019年、https://www.asahi.com/articles/ASM9G3HGKM9GUTQP00Q.html、最終閲覧:2021年7月22日。

サンケイスポーツ新聞社「浦和競馬場、入場は通常の10倍&売り上げレコード」2019年、https://race.sanspo.com/nationalracing/news/20191105/nranws19110505000012-n1.html、最終閲覧:2021年7月21日。

写真:s.taka

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