[インタビュー]金銭よりも夢を目指して。兵庫・クリノメガミエース&石橋調教師のジャパンC挑戦

イクイノックスvsリバティアイランドで盛り上がる2023年ジャパンC。
その登録馬を見て、競馬ファンから驚きの声があがった。兵庫競馬所属のチェスナットコート・クリノメガミエースが出走を表明したのだ。
普段とは異なる条件・場所、輸送、そして世界トップクラスのメンバーとの激突…。そうした高いハードルを乗り越えて至った今回の挑戦には、陣営の胸に秘められた並々ならぬ決意がある。
クリノメガミエースを管理する、兵庫・石橋調教師にお話を伺った。

賞金よりも夢、クリノメガミエースと目指すジャパンCの舞台

「(地元の)園田金盃とジャパンC、両睨みで調整を続けてきました。園田金盃も賞金は3000万と高額です。出走していたら、好走の可能性は高かったでしょう。実績があるのはダートですし、今回の遠征は金銭的なメリットはありません。ですが、僕の夢と、オーナーの希望が同時に叶う挑戦だと思っています」

クリノメガミエースの出走が確定するまで、決してスムーズな道のりではなかった。
出走表明した当初はフルゲートを大幅に下回る少頭数だったため出走は確実視されていたが、翌週になって中央馬が大量に登録。賞金順で一時期は出走圏外となっていた。しかし前の週に回避馬が出たことで、再び出走可能ラインに食い込んだ。

「まさかこんなに直前までドキドキすることになるとは…。(出走表明後の中央馬登録について)いきなり増えすぎだろ、と苦笑してしまいました。一時期は出走を諦めかけていましたね。水曜の朝に他馬が回避すると電話があり『やっぱり出られるんだ!』と、興奮が舞い戻ってきた感じです」

石橋調教師とクリノメガミエースとの出会いは、2022年3月。
中央で6戦したクリノメガミエースが石橋厩舎に移籍し、移籍初戦こそ5着に敗れたものの、そこから3連勝で笠松重賞・ぎふ清流Cを制した。

「元々は中央の新馬戦で強い勝ち方をした素質馬。そこからは気性難もあって順調さを欠いて地方に移籍となりましたが、オーナーのご家族によって大切にされてきました。こちらに来て重賞を制していたので、いつかは兵庫所属のまま中央レースに再挑戦させたいとは言われていました」

2023年に入っても姫路で2勝をあげたほか、佐賀重賞・佐賀ヴィーナスや園田重賞・兵庫サマークイーン賞で3着に食い込む活躍を見せてきたクリノメガミエース。地方のため主戦場はダートで、芝のレースは2021年の札幌2歳S(9着)以来となる。

「オーナーの希望でもある中央挑戦を模索するなかで、最初はダート戦を探していました。馬体も血統もダート向きで、結果が出ているのもダートです。地方の牝馬重賞シリーズに出ながら、どこか良いレースはないかな、と…」

ただし、芝適性がないと考えていたわけではない。
陣営は札幌2歳Sの大敗を「気性の荒さも災いしてレースになっていないため度外視」と分析。むしろ普段の調教でのタイムや走りを見て「芝へのポテンシャルはありそう」と判断した。

「リバティアイランドの秋華賞、イクイノックスの天皇賞・秋を見て『これはジャパンCの出走馬が減るだろうな』と。どうせ中央挑戦をするなら、大きな舞台を経験させたいと考えました。勝ち負けというのも大事ですが、同時に、地方馬があの雰囲気のなかで乗れること、走れることに意義があると感じています」

養老牧場でのアルバイトがきっかけで入った競馬界

石橋調教師と競馬の出会いは、学生時代にまで遡る。

「高校生の頃、家の近くにあった引退馬の養老牧場でアルバイトしたんです。そこで馬主さんと面識ができて、競馬界に興味を持つようになりました。それまで競馬場に行ったことはなかったんですが、その馬主さんにダンスインザダークの菊花賞に連れて行ってもらった時に感銘を受けまして…。その後、橋口先生のところに見学に行かせてもらったりもして『こんな世界で働けたらな』と考えるようになりました」

開業前にはJRA・大竹調教師のもとで技術調教師をやっていたという石橋調教師。
ブラストワンピースの大阪杯の挑戦も間近で見ていたことで「いつかはこんな中央の舞台で…」という気持ちが芽生えた。そして開業を迎えて経験を積む中で、数々の縁への恩返しも含めて、JRAの大舞台で勝負したい気持ちが強まっていった。

「今回の出走表明が賛否両論ということは理解しています。SNSやインターネット掲示板はあまり見ないようにしていますが、僕らも1人の競馬ファンとして、JRAのG1に出られるということは光栄に思っていることはご理解いただけると嬉しいです」

ジャパンC出走を狙うにあたり、最初、オーナーにはやや冗談のような口調で打診したという。
すると二つ返事で「あぁ、ええよ。好きにしたらええ。使えるなら行ってみよう!」と頷かれた。それならば──と夢の実現に向けて、クリノメガミエースのジャパンC挑戦への動きが本格化した。

「息子に背中が見せられるというのが、何よりの誇り」

今回、クリノメガミエースの鞍上を務めるのは、兵庫のトップジョッキーである吉村騎手。
打診前には「正直、強力すぎるメンバーが相手で、難しい戦いになるのは明らか。金銭的なメリットはほぼないと言える。そんな条件で、東京まで乗りにきてくれるものなのだろうか」と考えていたが、予想外にも「良いんですか、僕で! ぜひ!」と即答された。

「吉村騎手は、来年JRAデビューを予定している息子さんがいます。ですから『息子に(ジャパンCで騎乗する)背中を見せられるというのが、何よりの誇りになる』と言っていただけました。陣営の中で、むしろ1番強い意気込みを感じるほどです。出走が決定した際も、本当に嬉しがってくれましたね」

クリノメガミエースの枠順は、7枠13番。
隣は同じく兵庫のチェスナットコートで、反対隣は凱旋門賞への挑戦もあるディープボンドとなった。

「枠順を見ても、そもそも未知数な部分がほとんどなのでコメントはしにくいですが、後ろから脚をためてどれくらいいけるかな、という競馬になるかと思います。あとは吉村騎手の手腕に任せます」

土曜の朝に兵庫を出発して、夕方には東京競馬場に到着する予定だ。
当日の調整は馬の機嫌と相談しつつになるが、火曜の最終追い切りは過去最高のデキと自負する。

地元では『ジャパンCに挑戦するんだって? 頑張ってな!』『普通は行きたくても行けないレースにあえて行くんだね』と、温かい声をかけられることも多い。園田意外の地方競馬関係者も注目する走りとなるだろう。

「今回は兵庫県から2頭出走と、これから先もあまり見られないような挑戦になるかと思います。なんとか、ファンの皆さんの記憶に残れる走りが出来たらな、と思います。兵庫競馬を代表して頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!」

兵庫から中央に挑戦する人馬。
そこには金銭的な利益を超越した、関係者の熱い想いがある。
イクイノックスvsリバティアイランドの激突とともに、地方馬たちの挑戦を見守りたい。

写真:マ木原、石橋 満(兵庫県競馬調教師)公式X(旧Twitter)

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