[インタビュー]浦和名物「コスプレメンコ」のこだわりと想い〜浦和・工藤伸輔調教師〜

昭和の香り漂うレトロスポットとしても知られる、浦和競馬場。
広がる青空の下颯爽と駆け抜けるサラブレッドの1頭に、観衆の視線が集まる。

彼女の名は、フラワーオアシス。

その日、デビューから53戦目を迎えた6歳牝馬だ。
パドックからゴール板を過ぎるまで、彼女は注目の的だった。
それは決して、圧倒的な実力があったからではない。
目を見張るような超良血でもなければ、個性的な馬体というわけでもない。

8頭立ての、5番人気。

どちらかと言えば人気はあまりない方で、特別注目されるような戦績を残していたわけでもなかった。
注目を集める理由は、彼女の「見た目」にあった。

その日、フラワーオアシスが着けていたのは、野球の阪神ファンも驚くほどのド派手なトラ柄メンコ。
しかもその頭には、2019年の干支であるイノシシの子、ウリ坊のフェルトマスコットがちょこんと乗っていた。

馬なのか、トラなのか、ウリ坊なのか──。
思わず笑みがこぼれてしまうか、呆気にとられて口を開くか。

そんな可笑しみのある装飾に気を取られていると、あっという間にフラワーオアシスはゴール板を先頭で駆け抜けていった。

トラ柄のメンコを被り、ウリ坊を頭に乗せた馬が勝つ。
それは、なんとも不思議な夢を見ているような、楽しいレースだった。

この一風変わったメンコ。
コスプレメンコ・キャラクターメンコとも呼ばれるメンコで浦和競馬を盛り上げているのは、工藤伸輔調教師だ。

工藤調教師は1975年生まれで、元は浦和所属の騎手だった。
そして2006年には調教師免許を取得。騎手を引退し、同じく浦和で調教師としての道を歩み始めた。
その「浦和一筋」の調教師が、現在では、様々な凝ったメンコで私たちファンを楽しませてくれている。

今でこそ浦和競馬の楽しみのひとつとなっている工藤厩舎のメンコだが、はじめから一風変わったメンコを使用していたわけではない。

何がきっかけで変わったメンコを採用しているのか?
メンコはどのように作っているのか?

今回は、工藤厩舎の「メンコの秘密」を探ってきた。


はじまりは、ピカチュウメンコだった。

「最初に(調教で)ピカチュウメンコを見た時に、面白いなって思ったんですよね。こういうメンコだったら、お客さんも喜ぶかな、と」

穏やかに、けれども声を弾ませながら、工藤調教師は当時のことを振り返る。

今からかれこれ10年ほど昔の話になるが、その当時の状況はよく覚えているのだそうだ。

──そもそも、メンコとは何か。

メンコとは、競走馬の顔や耳を覆う馬具の一種のことである。

防音のため、馬を落ち着かせるため、砂が顔にかかるのを防ぐためといった理由でつけられることも多いが、単純に見分けやすくするため、ファッションのためという場合も多い。

工藤厩舎のコスプレメンコのそもそものはじまりは、調教での一コマだった。

浦和の長谷川忍調教師が、まだ厩務員だったときのこと。

長谷川厩務員(当時)は、馬具屋さんに頼んでピカチュウメンコを作成し、調教の際に、担当馬に着けていたのだという。

「発想がいいですよね。着けてレースに出れば、パドックにも張り合いが出ますし。お子さんやカップルも楽しめるかなと、注目しました」

長谷川厩務員から、工藤調教師へ。

こうして工藤厩舎は、後に『コスプレ厩舎』と人気を集めることになる、その最初の一歩を踏み出したのだった。

「コスプレメンコ」ができるまで

布地の柄のみならず、頭の上にフェルトマスコットを乗せるなど、とても賑やかな工藤厩舎のメンコ。

そのメンコ作りはどのように行われているのだろうか?
その工程は、まず工藤調教師自身が、自ら手芸屋に足を運んでで生地を探すところからはじまる。

「こういうメンコを作りたいな、とイメージがあって手芸屋に行くことも、あるにはあります。でも大抵は違いますね。手芸屋の中を色々と探して見て、パッと目についた良さげな生地を購入する感じです」

そうして手に入れた、個性的な生地の数々。
その生地たちは、馬具屋へと運ばれ、約1週間ほどでメンコになり、工藤厩舎へと戻ってくる。

また、頭に乗せるウリ坊などのフェルトマスコットは、SNSのフォロワーでもあるトム子さんという方に作成をお願いしているそうだ。

工藤厩舎の所属馬は、基本的にはみんなメンコを着けている。

よほどズブい馬ならばメンコを外すこともあるが、音に敏感な馬であれば逆に二重に着けることも多い。
では、メンコに対して工藤厩舎のような装飾は、どこまで可能なのだろうか?

「実は、メンコにはこうでなければならない、という規定はないんですよね。どんな生地を使おうと、頭に何を乗せようと、問題にはなりません。そういう規定がないからこそ、私自身は『周りに迷惑をかけない』ということを念頭に置いてメンコや装飾を取り扱っています」

他の厩舎ではレース直前にメンコを外す馬もいるが、工藤厩舎の場合は基本的にはそのまま走らせる。
そのため、装飾が落ちないようにしっかりと縫い付けることには特に気を配っているという。
このように、多くの人の努力で、目で楽しむ工藤厩舎の競馬は出来上がっている。

個性も様々!工藤厩舎のメンコ写真たち

実際に、SNSで工藤厩舎所属馬のメンコが話題になることは多い。

過去にどんなものがあったのか、その一部をご紹介していこう。


黒地に桜のピンクと、ゴールドが映える、美しいメンコ。

耳元にある可愛らしい桜のワンポイントが効いている。

競馬場で夜桜鑑賞というのも、粋ではないだろうか。

ワンピース

散りばめられた、国民的人気漫画「ワンピース」のミニキャラクターたち。

今から、レースという航海に旅立つ。

ルフィたちの冒険を重ね合わせて、わくわくしてくるメンコだ。

花火

花火柄の浴衣生地に、頭にはスイカ、右耳にはヒマワリ。

「夏といえば」がギュッと詰まったメンコとなっている。

季節感を大事にしているのも、工藤厩舎のメンコの特徴だ。


こうして作り上げられた「コスプレメンコ」たち。

そのメンコには、工藤調教師のファンへの想いが込められている。

「競馬を楽しんでもらいたい!」工藤調教師の、ファンへの想い

実は工藤調教師は、藤田菜七子騎手のデビュー戦にも一役買っていた。

ピンクの生地に黄色い文字で、額に「菜七子」と刺繍されたメンコを覚えている方も多いのではないだろうか?

16年ぶりのJRA女性騎手・藤田菜七子騎手の初騎乗は、川崎競馬に遠征に行っていた、工藤厩舎の馬だったのだ。

メンコに騎手の名前を入れるというのは、なかなかお目にかかれない光景だろう。

藤田菜七子騎手を主役にすべく、工藤調教師は彼女のデビュー戦を彩った。

「競馬を盛り上げるために、何が出来るのか」

常にそのことを考え、そして実際に行動に移されている工藤調教師。

どうしたら競馬をもっと身近に、もっと楽しく感じてもらえるか。

そのひとつの答えとして、コスプレメンコ、キャラクターメンコに辿り着いた。

メンコはどんどん増えていき、管理するのも大変になってきたという。現在では100個にものぼるメンコが、工藤調教師のもとに保存されている。

雨の日などには、レース後に泥がついたりと汚れることも多い。しかし生地によっては落ちにくいこともあり、手入れにも気を遣う。フェルト素材のマスコットが縫い付けられていれば、尚更だ。どれほどの注意を払って取り扱っているかは、洗濯をしたことがある人であれば想像に難くないだろう。

それでもどんどん新しいメンコを考え、作り出しているのは、やはり喜んでくれるファンがいるからこそだ。

「パドックから楽しめる競馬を目指しています。ただ馬が回っているだけでなく、みんなが注目して楽しめるパドックになれば、ファンの満足度もあがるのではないでしょうか。騎手が乗る前からファンがカメラを構えてくれるようであれば、とても嬉しいですね。季節感やイベント感も大切にしたいので、かしわ記念のときは柏餅を乗せて見たり、夏にはヒマワリを乗せてみたり、色々と工夫しています」

インターネットの発達した現代社会では、テレビだけでなくネットの中継でも競馬を楽しむことが出来る。

そんなときでも「あれ、何がついているんだろう?」と、パドック中継で気がついてもらえたら。

そしてそこから「今度は現地に行って、じっくり見てみよう」と思ってもらえたら──。

その時、その場所でしか見られない、現地ならではの楽しみを提供したい。

エンターテイメントとしての競馬をファンに届けるため、工藤調教師は今日も手芸屋へと足を運ぶ。

そして、これからの「コスプレメンコ」

このように様々なメンコでわたしたちを魅了する工藤調教師には、今後の目標があるという。

「開業して2、3年には府中、中山、新潟は使いに行ったんですが、デザインメンコを使うようになってからは中央競馬に行っていないので、久しぶりに行ってみたいですね!」

中央の競馬場を駆け抜ける、工藤厩舎のコスプレメンコ。中央でもニンジャやナゾといった個性派メンコは登場したことがある。しかしそうした中央馬たちのなかでも、工藤厩舎のコスプレメンコは注目を集めてくれるはずだ。

想像しただけで、わくわくと期待が膨らんでくる。

「きっと、楽しいに違いない」

そう思わせてくれる工藤厩舎のメンコは、工藤調教師の信念とたゆまぬ努力、試行錯誤の上にあるということを忘れないでいたい。

ファンへの想い、そして厩舎の努力によって、今日もまた浦和から、全国のファンを楽しませるサラブレッドが駆け抜けていく。

写真:s.taka、工藤厩舎公式ブログ

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