夏の終わりに開いた「早咲き」のお嬢さま - ダイワルージュ

ゴンドラ席と新潟3歳ステークス

近頃の私は、スタンド上層階の指定席に座ってレースを観戦することが多くなった。

しかし90年代の競馬観戦は、開門と同時にダッシュして目当ての場所にレジャーシートを敷くことからスタート。ゴール板手前のフェンスの最前列に陣取って、通過する馬たちの蹄音を耳へ流し込むことが「競馬観戦の証」だった。

私が初めて天空のような場所から競馬観戦したのは2000年の夏のことである。新潟競馬場の改修で夏の開催が中山競馬場への振替開催となった、その最終日。取引先の方に招待していただき、ゴンドラ席という未知のエリアに足を踏み入れることとなった。

スタンドの席に着くと視界が半端なく広い。視界の半分以上を馬体が占めるいつもの定位置がはるか下に小さく見える。普段目にしない馬の背中、騎手のヘルメットの頂点を不思議な感じで観ながら、馬券検討する余裕などほとんど無い状態だった。

その日のメインレースはG3重賞の新潟3歳ステークス(現新潟2歳ステークス)。今でこそ夏の新潟開催のフィナーレは新潟記念に定着しているが、当時は1週前に実施されていて、最終週は新潟3歳ステークスで来年のクラッシック戦線を目指す若駒たちが激突するスケジュールになっていた。私は正直なところ、秋のG1を目指す古馬たちの始動と夏の昇り馬がぶつかる新潟記念が夏の開催で一番盛り上がる──デビューして間もない馴染みの薄い若駒の馬柱を見ても盛り上がりという点ではどうしても劣ってしまう、と考えていた。当時は夏の終わりと秋の始まりの舞台変換の間で、最終週の新潟3歳ステークスを迎えていたような気がする。

エアコンが涼しいゴンドラ席で食事をして、アイスコーヒーの氷が溶け始めたころ、ようやく上から眺める馬の姿にも慣れ、まともな馬券を買えるようになってきた。

メインの新潟3歳ステークスは7頭立て。人気の上位3頭はいずれも新馬戦勝利からの2戦目チャレンジで、7頭中6頭が牝馬というメンバー構成。頭数こそ少ないものの、来春の桜花賞につながる先々のレースのためにもじっくり見ておきたいメンバーでもある。新聞の戦績欄に空白が多い馬柱を見ていたら、目に留まったのが3枠3番ダイワルージュだった。

父サンデーサイレンス、母スカーレットブーケ。

母はオグリキャップの引退式の日のメインレース、クイーンカップを武豊騎乗で優勝した馬だ。綺麗な栗毛の母を思い出しながら更に読み込むと、ダイワルージュが鹿毛の牝馬だということを知りちょっとがっかりする。でも、ダイワルージュに何となく親近感が湧いてくる。

パドック周回の時間になっても、下に降りてパドックへ行きましょうとも言えぬまま。ひとりでパドックに行ったら戻れないような気もして、仕方なくゴンドラルームのモニターで周回する各馬をチェックする。

後藤浩輝騎乗のリワードアンセルが1番人気。400キロそこそこの小さな馬体でも均整の取れたシルエット。北村宏騎乗のダイワルージュは2番人気、500キロ近い馬体で堂々とした周回を見せていた。人気は無いものの真っ黒なビワハヤヒデ産駒、マイフェアレディにも目が行ってしまう。騎乗合図がかかり、騎手を乗せた各馬の周回がモニターに映し出されるころ、ルームから出て屋外の席に着き、馬たちが本馬場に登場するのを待った。

「小さいなぁ~」

天空から楽しむ返し馬では、各馬が想像以上に小さく見える。近づいてくる馬たちに「視界をどんどん占領されていく返し馬」を間近で見るのが、レース前の楽しみとしているだけに物足りない。馬場の内側が荒れているのを避けるように、目の前をダイワルージュが通り過ぎる。しっかりとした足取りで4コーナーへゆっくりと向かう。リワードアンセルはいかにも走りそうな雰囲気を醸し出して駆けていった。

 新潟3歳ステークスのスタート地点、中山の1200mは向正面の奥からのスタート。場内全体が真夏の日差しが溢れ、ゲート裏に各馬が集まり始めている。

夏競馬ラストのメインファンファーレ、スムーズなゲート入りからポンと飛び出したのは、マイフェアレディ。ダイワルージュと人気のリワードアンセルは2番手集団の中へ。3コーナーカーブでゲイリーブロッサムが2番手に上がりややペースアップ。更に4コーナー手前で、北村騎手が外から仕掛けてダイワルージュが3番手、2番手、そして先頭に並ぶ。抜群の手ごたえで直線に入ったダイワルージュはそのまま押し切りにかかる。しかし坂を上ったところでリワードアンセムが追い上げ、更に外から後方にいたチョウカツヤクが差してくる。

それでもダイワルージュは、余裕の脚色で先頭ゴールイン。デビュー2連勝を飾った。タイムは1分11秒1、人気のリワードアンセルが2着。内容的には完勝といえるダイワルージュの新潟3歳ステークスとなった。

馬券的には人気馬同士の決着、しかも当時は3連単、3連複の無い時代。大トリガミでメインレースは終了した。

 最終レースが終わり、指定席エリアからいつもの空間に戻ると夢から覚めたように我に返る。それでもダイワルージュの新潟3歳ステークス制覇を特別な環境下で観戦できたこと、母スカーレットブーケが4着だった桜花賞に向かえることをうれしく思いながら、蒸し風呂状態の船橋法典駅への地下道を歩いた。

ダイワルージュの蹄跡

 新潟3歳ステークス制覇の時、ダイワルージュが「競走生活という観覧車」の頂上にいたことを実感するのは、彼女の競走生活が終わってからのこと。この時は観覧車が上昇していく位置のステップレースで、未来への景色がどんどん広がっていくポジションだろうと思っていた。

3か月の休養後、ダイワルージュはG1阪神3歳牝馬ステークス(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)に駒を進める。

成長を期待したものの当日の馬体重はマイナス12キロの478キロ、3枠6番からのスタート。1番人気は新馬から2連勝のあと札幌3歳ステークスでジャングルポケットの3着(1番人気)から転戦してきたテイエムオーシャンだった。ネームバリュー、タカラサイレンスと人気は続き、ダイワルージュは6番人気。

ほぼ揃った奇麗なスタートから飛び出したのはトウカイロゼット。マイフェアレディ、リワードアンセルの新潟3歳ステークス組がそれに続く。ダイワルージュはテイエムオーシャンを見るように好位につけるも、口を割って行きたがるのを北村宏騎手がなだめている。3コーナーのカーブに入ってテイエムオーシャンがトウカイロゼットに並びかけ、4コーナーから直線に差し掛かったところで早くも先頭に立つ。そしてそのままテイエムオーシャンの独壇場となった。外から人気のタカラサイレンスがローレルプリンセスと共に伸びて2着争いと思ったら、内からダイワルージュが末脚を繰り出して2着に上がる。更に内からリワードアンセルがダイワルージュに食らいつき、2番手争いは新潟3歳ステークスのゴール前を再現した。

1着テイエムオーシャン、2着ダイワルージュ、3着リワードアンセル。ダイワルージュは賞金を積み上げ、春のクラッシック戦線への出走権を確定した。


年が明けてアネモネステークスに登場したダイワルージュは、圧倒的な1番人気で優勝。クビ差に迫った2着馬はリワードアンセルで、2頭の連続着順は3度目になった。

そして、牝馬クラッシック第1弾桜花賞。不動の1番人気は、単勝1.3倍の支持を得たテイエムオーシャン。ダイワルージュはアネモネステークスの勝利もあり堂々の2番人気となり、以下ハッピーパス、ムーンライトタンゴが続く。

各馬一斉のスタートからテンザンデザートが飛び出し、タシロスプリングが追う。第2コーナーカーブでテイエムオーシャンが掛ったように2番手にあがっていく。ダイワルージュはやや後方で脚を溜め、前が固まった状態で第4コーナーに進む。テイエムオーシャンは早めに動いて、直線入り口で早くも先頭に立つ。直線に入りどんどん差を開いて勝利は確定的。2番手はゴール前4頭の大混戦、一旦2番手に上がったダイワルージュを外からムーンライトタンゴがクビ差押さえて2着、ダイワルージュは3着でゴール板を通過した。

結局、阪神3歳牝馬ステークス、桜花賞とも、直線先頭を行くテイエムオーシャンを捕まえきれず終わった悔しさ。打倒テイエムオーシャンの場は「距離伸びての逆転」に期待して、次走のオークスを待った。

ダイワルージュの6戦目はオークス。

快晴の府中競馬場にその姿を現した。テイエムオーシャン1番人気に対して、距離延長での逆転に期待してダイワルージュは3番人気。

スタートと同時に北村宏騎手はテイエムオーシャンをマークする作戦に出た。好位にポジションを取るテイエムオーシャンの内に入ったダイワルージュが目の前を通過する。北村騎手のマークは向正面に入っても続く。外4番手のテイエムオーシャンに対して内5番手のダイワルージュ。4コーナー手前で脚色が悪くなったように見えたテイエムオーシャンを内からダイワルージュが抜き去るように直線に入る。

直線半ばで先頭のアデレートシチーに並びかけるダイワルージュ。

「良し、来た!」と叫んだ瞬間、外からローズバドが被せるように内へ切れ込んでくる。テイエムオーシャンが進路を失い、その内にいたダイワルージュが煽りを食ったところで勝負は終わったのだった。

最後に追い込んで来たレディパステルが、抜け出したローズバトを差し切って優勝、テイエムオーシャンは2馬身遅れての3着に。ダイワルージュは脚色をなくして後退、13着に敗れた。

夏を越して、ダイワルージュの影が次第に薄くなっていく。

テイエムオーシャンが秋華賞を制し3つ目のG1タイトルを獲得したレースで、ダイワルージュは好位集団につけるも良いところなく9着に敗退。

続くジャパンカップ当日の準メインレース、キャピタルステークスで2着と健闘したものの、ダイワルージュの輝きはここで終止符を打つことになる。

古馬になったダイワルージュは、3~4歳時の「彼女らしさ」を失い、オープン特別に出走しては凡走の繰り返し。

以降、11戦を消化した6歳(現5歳)春、ひっそりと北の大地に帰って行った。

After story of ダイワルージュ

しかし「ダイワルージュ」の名前は、現役引退の後も決して忘れられることはなかった。

彼女が引退したのは2003年春。その年の暮れに「ダイワルージュの弟」ダイワメジャーがデビュー。彼は翌年春に皐月賞を制覇、一族悲願のG1制覇を成し遂げた。その後も4つのG1タイトルを獲る名馬となり、「ダイワルージュの弟」にふさわしい活躍を見せた。

また、2006年には「ダイワルージュの妹」が登場。妹ダイワスカーレットは、姉が3着だった桜花賞を制覇。2007年~2008年、「ダイワルージュの妹」はG1レースの主役として合計4つのG1タイトルを獲得した。

弟妹の活躍だけでは無かった。ダイワルージュの息子、2番仔のダイワファルコンは2012年2013年の福島記念を連覇。更に秋の天皇賞、有馬記念の出走欄にもその名を刻み、母ダイワルージュが記された競馬新聞の馬柱を、懐かしさと誇らしさで眺めることができた。

母としてのダイワルージュは、2010年にこの世を去った。

しかし、彼女が残した2頭の牝馬、ダイワバーガンディ、ダイワエタニティは産駒を競馬場へ送り出し「ダイワルージュの孫たち」が今も現役で走り続け、その枝葉を広げている。

 


 夏の終わりの中山競馬場ゴンドラ席で出会ったダイワルージュ。20年以上経った今でも、その名を忘れることなく、その血を引く孫たちが競馬場に登場している。

 ダイワルージュにとって新潟3歳ステークスの時が「競走生活の観覧車」の頂点であったとしても、彼女が残していった記憶は、観覧車から降りることなく延々と続いていくに違いない。

今年の新潟2歳ステークスの日には、ダイワルージュのレース動画をリプレイしてみよう……。

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