2019年12月21日、中山大障害。難関・大竹柵や大生垣を飛越していく人馬に歓声が上がる。そしてレース後には、全人馬の無事完走を労う拍手が湧き起こった。その激戦を制し、祝福を一身に浴びる優勝馬はシングンマイケル。鞍上は金子光希騎手であった。
「障害競走って、いいな」人馬を前にそんな事を思う、いつもの暖かい光景。障害競走で全馬が無事完走すると、それを称える拍手が送られる。しかしその光景を見られるという事は決して当たり前ではなく、人馬への敬意、そして社会情勢の上に成り立っている──そう再認識する出来事がその数ヶ月後に襲うとは、その時誰も予期していなかっただろう。
平地から新たな可能性を求め、障害転向を果たしたシングンマイケルは、障害3戦目にして初勝利を遂げ、OP馬となった馬だった。そして2018年11月3日福島・障害OP戦の勝利を皮切りに、シングンマイケルはOP戦やペガサスジャンプS(OP特別)で安定した好走を見せる事となる。
「この馬は、重賞にも手が届くのではないか」という予感がした。しかし現実は、そうした予感を遥かに超えていった。
2019年・東京ジャンプS(J-G3)。シングンマイケルは2周目、向こう正面の連続障害で3番手・2番手と、飛越のたびにポジションを上げて先頭に立つ。そして直線、マイネルプロンプトの追撃を半馬身、振り切った所がゴールであった。
重賞初挑戦を勝利で飾ったシングンマイケルの勢いは、止まらない。スピードで他馬に差をつけ、尚且つ安定した飛越は見るものを魅了した。続く東京ハイジャンプ(J-G2)そして中山大障害(J-G1)。そうそうたるメンバー相手に重賞3連勝を収めたシングンマイケルに、2019年・最優秀障害馬のタイトルが与えられた。
しかし、シングンマイケルは更なる高みを目指していた。障害レース界には、オジュウチョウサン……絶対王者と呼ばれる存在がいる。彼がどこまで連勝記録を伸ばすのか。そして、彼から王座を奪取できる障害馬は誰なのか──快進撃を遂げるシングンマイケルも、そうした期待をかけられる1頭であった。
2020年・阪神スプリングジャンプ。ついに彼の前に、王者オジュウチョウサンが立ちはだかった。最終障害飛越後、トラストとブライトクォーツを捕らえたシングンマイケルは、懸命にオジュウチョウサンの背を追う。しかし結果は9馬身差の2着。新旧最優秀障害馬の対決は、完敗に終わった。
それでも絶対王者に勝てる可能性は捨てきれない。シングンマイケルは、それこそ1戦ごとに強くなっているのだから。まだ成長の余地があり、もしかすると大願にも手が届くのではないかという素質を持っている。これから何度も戦い、そして少しずつ差をつめていこう──その矢先の出来事であった。
降り続く雨に、不良馬場。今年はひときわ過酷だと思わずにはいられない、2020年4月18日中山グランドジャンプ。2番人気に推されたシングンマイケルと、オジュウチョウサンが再び対決する注目のJ-G1だ。
4番手から先頭を伺い、最終障害へと向かうシングンマイケル。その時だった。彼は最終障害で崩れ落ちるように転倒。ターフにその身を横たえたまま、立ち上がろうとする様子が見られない。
頚椎関節脱臼。シングンマイケルは溢れんばかりの期待をかけられている最中、空へと旅立った。
あまりにも印象に残ってしまう壮絶な最期から、彼を「可哀想な馬だった」の一言で片付けてしまいそうになるが、それは違う。彼は障害競走という舞台でその才を開花させ観客を沸かせた名馬であり、2019年の最優秀障害馬なのだから。
競馬に「もしも」は存在しない。しかし「もしも」あの事故がなければ、彼にはどんな明日が、未来が待っていたのだろうか……そう思わずにはいられなかった。同時に、シングンマイケルの鮮烈な輝きが脳裏を過る。
2019年・中山大障害。東京ジャンプS・東京ハイジャンプと重賞を連勝した期待の新星が、初めてJ-G1の大舞台に立った。彼は中団にポジションをとり、大竹柵をいつもの美しい飛越でクリアする。そして大生垣も器用にこなし、先行集団を射程圏にとらえる。最後の向こう正面、残す障害はあと2つ。そこでシングンマイケルが勝負に出る。竹柵障害で2番手になり、さらにはブライトクォーツと並ぶ形で最後の生垣障害を飛越。堂々と先頭に立った。スピードに乗ってポジションを上げてゆく彼の飛越は、初めての大障害コースでも健在だ。新星が繰り広げている横綱競馬に、歓声があがる。直線に入ってもその脚色は衰えない。
「シングンマイケル!金子光希!ゴールイン!」障害競走に携わる人馬の憧れ、華の中山大障害。暮れの大一番を制したのはシングンマイケルであった。18度目の挑戦にしてJ-G1を制したパートナー・金子騎手のガッツポーズに、場内が沸く──。
私たちが「いつもの光景」と思っているものは「当たり前」ではない。だからこそ今、出来る限りの応援をしたい。全人馬の無事完走、そして彼ら・彼女らを目の前で祝福できる日が再び訪れる事を、願わずにはいられなかった。
J-G1馬として歴史に刻まれた、人馬の名。2019年の障害競走を盛り上げ、オジュウチョウサンを抑え最優秀障害馬に選出された彼の名は、シングンマイケル。
彗星のごとく現れた名馬は、鮮烈な輝きを放つ星となった。大輪の華を咲かせた大障害コースに、まだ見ぬ明日への希望を残して。
写真:win、ミッド