グランアレグリアを2度退け、マイル王者に。世界でも活躍した名マイラー、アドマイヤマーズの走りを振り返る。

1.「16年生まれ世代のマイル王者」アドマイヤマーズ。

「2016年生まれのマイル王者と言えば?」という問いを競馬ファンに投げかけたとき、多く返ってくる答えは「グランアレグリア」という名前かもしれない。安田記念・マイルチャンピオンシップ・ヴィクトリアマイルと3つの古馬芝マイルG1を完全制覇するなどG1を6勝。2年連続で最優秀短距離馬に輝いた名馬であり、コントレイル・ジェンティルドンナの両三冠馬と並ぶ、大種牡馬ディープインパクトの最高傑作の一頭と言える。

──ところが、グランアレグリアは同世代のマイル王を決める戦いで敗北しているのだ。

現在のJRAのレース体系において、「世代のマイル王者」を決める戦いは2度行われる。「2歳マイル王者」決定戦の朝日杯フューチュリティステークスと、「3歳マイル王者」決定戦のNHKマイルカップである。グランアレグリアは両レースに出走して1番人気に支持されたものの、3着と5着に敗れている。そして、この2つのレースで勝利を収め、2度「世代のマイル王者」に輝いた馬がいる。その名はアドマイヤマーズ。日本馬史上初、海外古馬GⅠを3歳で制した馬でもある。

古馬になってからは勝利を掴めず引退したためにグランアレグリアの影に隠れた感もあるが、「マイル王者」の称号が相応しい名馬だった。アドマイヤマーズが「世代のマイル王者」として君臨し、世界にもその名を轟かせた2歳〜3歳シーズンを振り返りたい。

2.無敗で「2歳マイル王者」に。

2016年3月16日にノーザンファームで生まれたダイワメジャー産駒のアドマイヤマーズは、西の名伯楽・友道康夫調教師の元に預けられる。

デビュー前から期待を集め、新馬戦は単勝人気1.4倍で出走。後にマイラーズカップなどを勝つケイデンスコールを2着に退けてここを制すると、続く中京2歳ステークスを3馬身差で勝利。ミルコ・デムーロ騎手は手綱を持ったままであった。

休養を挟んで朝日杯の前哨戦として出走したデイリー杯2歳ステークスでも強さは変わらず。ハナを切ってレースを進め、上がり3ハロン33.9の末脚で快勝。2歳マイル王に向けて死角は無いように見えた。

ところが、この年の2歳マイル戦線には超新星と呼べる存在がいた。東の名伯楽・藤沢和雄調教師が手掛け、6月の新馬戦で1分33秒6という芝1600mの新馬戦レコードを叩き出したグランアレグリアである。

グランアレグリアは、デビュー2戦目となったサウジアラビアロイヤルカップでも2着に3馬身差をつける圧勝を見せ、世代トップの実力を示す。牝馬のため、セオリー通りなら2歳女王決定戦である阪神ジュベナイルフィリーズに向かうところであるが、主戦のクリストフ・ルメール騎手が同日に行われる香港国際競走においてモズアスコットやディアドラなどに騎乗するために不在ということも考慮され、翌週開催の朝日杯フューチュリティステークスへの出走が決まった。

迎えた朝日杯当日。グランアレグリアは唯一の牝馬ながら単勝オッズ1.5倍の圧倒的1番人気で、対抗馬一番手と目されていたアドマイヤマーズは4.6倍と離れた2番人気であった。無敗の重賞馬であり、例年なら絶対的な大本命と目されるであろうアドマイヤマーズがこのような評価に甘んじたのには理由がある。前週に開催された阪神ジュベナイルフィリーズで勝利したのが、グランアレグリアが新馬戦で2馬身差の2着に退けたダノンファンタジーだったのである。この結果を受けて、朝日杯は「グランアレグリアは牡馬勢を退けて2歳マイル王座を手にできるのか」が焦点となっていた。

しかし、レースはアドマイヤマーズの独擅場であった。2番手につけたグランアレグリアの後ろにつけたアドマイヤマーズは、直線で前の馬を交わして抜け出すと、後続を突き放してゴール。

2着のクリノガウディーに2馬身差、3着のグランアレグリアには2馬身半差をつける快勝を見せ、無敗でGⅠのタイトルを獲得した。そして、同じく無敗でGⅠを制したサートゥルナーリアを抑えて最優秀2歳牡馬に輝く。アドマイヤマーズは2018年の「2歳マイル王者」だけでなく「2歳王者」として、クラシックシーズンを迎えることとなった。

3.クラシック路線での挫折、そして3歳マイル王者へ。

年が明けて2019年。無敗の2歳王者ともなれば目指すはクラシックのタイトルだ。サートゥルナーリアの主戦もデムーロ騎手であったために鞍上が心配材料であったが、サートゥルナーリアはクリストフ・ルメール騎手に乗り替わり、アドマイヤマーズはデムーロ騎手とのコンビを継続。そして3歳初戦の共同通信杯に臨んだ。ところがここをダノンキングリーの2着と取りこぼすと、本番の皐月賞では上位争いに食い込めずに4着と敗退。大きな挫折を味わうことになる。

この結果を受けて次走に選ばれたのは、NHKマイルカップであった。

共同通信杯・皐月賞と200mずつの距離延長で着順を悪くしていたアドマイヤマーズにとって、マイルこそが本領を発揮できる戦場と考えられる。2歳マイル王者という実績からも、圧倒的1番人気に推されてもおかしくはなかった。

ところが、アドマイヤマーズの前にまたもあの馬が立ちはだかる。牝馬クラシック第一冠の桜花賞を圧勝していたグランアレグリアである。勝ちタイムの1分32秒7は、前年に絶対女王アーモンドアイが叩き出したレコードを0秒4塗り替えた。この馬が距離適性に鑑みて「二冠牝馬」の座ではなく「3歳マイル王者」の座を狙いに来たことで、この年のNHKマイルカップの焦点は「グランアレグリアは2歳王者を退けて3歳マイル王座を手にできるのか」と、朝日杯と似た構図に収まっていた。1番人気グランアレグリアが1.5倍、2番人気アドマイヤマーズが4.3倍と、単勝オッズも当時とほぼ変わらずであった。

レースでは、中団6〜7番手からレースを進めるとグランアレグリアが伸びを欠く中、直線で抜け出し、追い込んできた伏兵ケイデンスコールの追撃も封じてアドマイヤマーズが勝利。「3歳マイル王者」の座につき、「世代のマイル王者」としての地位を確固たるものにしたのであった。

4.世界で輝いた、3歳のアドマイヤマーズ。

世代のマイル戦線で頂点に立ったアドマイヤマーズ。陣営は、次なる目標として世界を見据えていた。

秋の大目標をマイルチャンピオンシップではなく香港マイルとすることを発表し、富士ステークスから始動。しかしその富士ステークスでは1番人気に推されながらも直線で反応を見せず9着に大敗。マイル戦で敗れるのはこれが初めてである。デムーロ騎手・友道調教師は共に久々のレースであることを敗因として指摘したが、世界デビューに向けて不安の残る敗戦となった。

そして迎えた香港マイル。クリストフ・スミヨン騎手との新コンビで臨んだアドマイヤマーズは単勝13.4倍の5番人気と、デビュー以来初の二桁オッズであった。もちろん前走の大敗も影響したであろうが、それ以上にこの年の香港マイルに強豪馬が多く出走していたことも大きい。

1番人気にはこのレース2連覇中の香港のマイル王・ビューティージェネレーション、2番人気には安田記念とマイルチャンピオンシップを制した日本のマイル王・インディチャンプがいて、前哨戦ジョッキークラブマイルの勝ち馬ワイクク、ヴィクトリアマイルの覇者ノームコアがこれに続いた。日本と香港のマイル巧者を相手に、古馬重賞勝ちの無いアドマイヤマーズは分が悪いと思われていたのである。

ところが、アドマイヤマーズは世界の舞台で輝きを見せた。

中団からレースを進めると、直線に入って逃げ粘りを図るビューティージェネレーションを競り落とし、ワイククの猛追を凌いで半馬身差で勝利。日本の3歳馬による海外GⅠ制覇は名牝シーザリオ以来2度目の快挙。しかも、シーザリオが勝ったのは3歳牝馬限定のアメリカンオークスであったから、史上初の古馬GⅠ制覇という偉業を成し遂げた瞬間でもあった。

5.世界に広がるか、「マイル王者」の血。

歴史的勝利によって、アドマイヤマーズの名は世界に轟いた。この時点で「2016年生まれのマイル王者と言えば?」という冒頭の問いを投げかければ、多くの競馬ファンがアドマイヤマーズの名を挙げただろう。しかし、この評価は翌2020年に大きく変わる。

海外GⅠ連勝を狙って駒を進めたドバイターフが新型コロナウイルス感染症の拡大によって中止になると、帰国後の安田記念・マイルチャンピオンシップで敗戦。現役ラストランとなった香港マイルでもスミヨン騎手が検疫においてウイルスの再検査を求められた影響で乗り替わりとなったことも影響したか、3着に終わった。一方でグランアレグリアは春秋マイルGⅠとスプリンターズステークスを勝利し、日本を代表する短距離馬として君臨。アドマイヤマーズとの評価は逆転した。

しかし、世界に轟いたあの輝きは間違いなく「マイル王者」の名に相応しいものであった。

アドマイヤマーズは種牡馬入りすると、シャトル種牡馬としてオーストラリアでも供用。ダイワメジャーの有力な後継者として今度はその血を世界に広げていくことが期待されている。

果たしてその産駒から、「マイル王者」の名を手にする優駿は登場するだろうか──。

写真:Horse Memorys

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