アドマイヤリード - 唸る豪脚、迸る根性

2022年……すでにこの世を去ってから7年が経ったというのに、現役最年少が7歳世代だというのに、ステイゴールドの直仔が国内外で躍動。現役時代からステイゴールド一筋四半世紀になんなんとする(多くのステイゴールドファンの皆様の末席を汚させていただいている)私にとって、これは夢かと頬をつねり上げる日々である。

4月の中山グランドジャンプで7年(!)連続JGⅠ制覇、障害レースの歴史をほぼ何もかも塗り替えた11歳オジュウチョウサンを筆頭に、2月のGⅡ京都記念で後続を完封し、7歳にして重賞初制覇を遂げたアフリカンゴールド、そしてサウジアラビアの地で実に1393日ぶりの勝鬨を上げると、返す刀でドバイでも渾身の差し返しを見せ、7歳にしてステイヤーの資質が開花、「世界の」の二つ名がついたステイフーリッシュ。先日の天皇賞(春)にもマイネルファンロン、クレッシェンドラヴと2頭の産駒を送り込んだ。

「父ステイゴールドに似て、大器晩成」

現役の産駒を表す表現としては確かに正しい。

しかしステイゴールド産駒の平地GⅠ馬には「大器晩成」という表現があたらない馬もいる。むしろ「ダービー前に重賞を勝てないステイゴールド産駒は、平地のGⅠ馬にはなれない」という、ステイゴールド産駒がデビューした2005年から実に12年近くにわたって生き続けた、ジンクスもあった。

2歳GⅠを勝ち取ったドリームジャーニー、レッドリヴェール。そして皐月賞が初のGⅠだったオルフェーヴル、ゴールドシップはもちろん、古馬になって初めてGⅠを勝ち取ったナカヤマフェスタ、フェノーメノもそれぞれ東京スポーツ杯2歳S、そして青葉賞で重賞初制覇を挙げ、その高い能力を早い時期から結果に現している。如何に成長力を有するといわれるステイゴールド産駒とはいっても、その実力を早期に結実させているようでなければ、平地の頂を極めるのは難しいのだ。

この「ジンクス」を初めて破ったのが、2017年のヴィクトリアマイル、重賞初制覇を古馬GⅠで飾った本稿の主役、アドマイヤリードである。

片鱗

2006年マーメイドS、父ステイゴールドに重賞初制覇をもたらしたソリッドプラチナム、416キロ。

2007年福島記念、馬群を縫い上げ突き抜けたアルコセニョーラ、432キロ。

2008年フィリーズレビュー、最後の1完歩でハナ差届いたマイネレーツェル、396キロ。

2009年マーメイドS、後続に影をも踏ませぬ逃げ切りを見せたコスモプラチナ、424キロ。

2011年フローラS、ゴール前3頭の接戦を根性で制したバウンシーチューン、412キロ。

そしてアドマイヤリードがノーザンファームで生を受けた2013年の暮れ、ハープスターとのミリ差の接戦を制してステイゴールド産駒牝馬初のGⅠホースとなったレッドリヴェールが、418キロ。

ステイゴールド産駒前半世代の重賞を勝った牝馬は、もれなく小さかった。

そして2015年、GⅠ6勝ブエナビスタやハープスターといった名牝を育て、また「アドマイヤ」の冠号でも芝砂GⅠホースのアドマイヤドン、「世界が見上げた月」の名コピーをJRA「ヒーロー列伝」ポスターに刻むアドマイヤムーンといった名馬を送り出した栗東・松田博資厩舎所属となり、7月11日に中京競馬場芝1600mの新馬戦でデビューしたアドマイヤリードの馬体重は、なんと398キロであった。

デビュー戦4コーナーで前の馬群に突っ込んでいったアドマイヤリードは、直線、外に進路を見出した鞍上川田将雅騎手に導かれて末脚を爆発。いっぱいに伸ばした四肢をフル回転させてゴール直前で前をとらえきって見せた。

小さな体でデビュー勝ちを収めたアドマイヤリード。彼女が2着に下した1番人気馬は、その後超長期休養を挟んで4連勝。未完の大器と惜しまれながら引退、種牡馬入りし、初年度産駒から2022年の桜花賞2着ウォーターナビレラを輩出し、セイウンハーデスでダービーの出走権も勝ち取った。

──そう、シルバーステートだ。

5戦4勝2着1回で引退した彼に唯一先着した馬こそ、アドマイヤリードなのである。


初勝利から一息ついた後、2歳11月のファンタジーSから翌3歳春のオークスまで、アドマイヤリードはGⅠ3戦を含む6戦を戦い抜き、常に第一線を駆け続けた。

京都マイルの白菊賞では馬群を割って内から突き抜け2勝目。そして松田博資調教師の勇退に伴い、ゴールドシップが引退して間もない須貝尚介厩舎に転厩した明け3歳、休養明け14㌔増やした体重を維持して412キロで臨んだ桜花賞では(完全に勝負がついた後ではあったが)勝ったジュエラーに次ぐ上がり3F33秒2の豪脚を見せて4コーナーシンガリから5着にまで押し上げてきた。

しかしそれ以外の4戦では掲示板確保もかなわず、桜花賞から8キロ減の404キロで参戦したオークスでは15着に大敗。アドマイヤリードは半ば息切れするように牝馬クラシックシーズンを終えた。

──そして、秋。

秋華賞トライアル、ローズステークスのパドックに姿を現したアドマイヤリード。

その馬体重は、424キロ。オークスから実にプラス20キロとなっていた。

一回り大きくなった馬体から繰り出される末脚に安定感が加わり、さらに磨きがかかった父ステイゴールド譲りの根性。ここから彼女の快進撃が、始まったのである。

覚醒

復帰戦のローズステークスこそ伸びあぐねて7着に終わったアドマイヤリードだが、自己条件に戻った10月の堀川特別から4戦続けて走った京都1800mでのパフォーマンスは、鳥肌が立つほどのものだった。

堀川特別ハナ差2着。上がり最速32秒9、上がり2位の同父ウインミレーユ(33秒4)に0秒5差。

中4週で11月の衣笠特別クビ差2着。上がり最速33秒1、上がり2位のアンドリエッテ(33秒7)に0秒6差。

明け4歳1月の北大路特別1着。上がり最速34秒2、上がり2位のアプリコットベリー(34秒9)に0秒7差。

そして中3週で準オープン初戦、2月の飛鳥ステークスでは2着に3馬身をつけるワンサイドゲームで完勝する。これまでの3戦と異なる重馬場でも冴えわたる末脚で、上がり34秒2はもちろん最速。上がり2位のストーンウェア(34秒6)に0秒4の差(ちなみにこのレースでは鞍上の武幸四郎騎手に、結果として現役最後の勝ち星を捧げた)。

4戦ともに、直線1頭だけまるで脚色が違った。桜花賞で見せたあの幻にも似た豪脚を、アドマイヤリードは毎レース必ず繰り出すことができるようになっていたのだ。

特に北大路特別と飛鳥ステークスの勝ちっぷり、遮るもののない大外から真一文字に前をのみ込んでいく様は、何度見ても本当に気分がスカッとするほどのもの。どのくらいスカッとするかというと、世間の風が冷たくて、儘ならぬことが多すぎて、募る悔しさに枕を濡らす夜も、この2レースのVTRを見てから眠りにつくと、実によく眠れ、明日を乗り切る糧になる──そのくらいの効果を、1人のファンにもたらしている。

──閑話休題。

飛鳥ステークスで連勝を飾ったアドマイヤリードは晴れてオープン入り。陣営は次のレースを、4月の阪神牝馬ステークスに定めた。そして前年秋の復帰戦以来、鞍上にクリストフ・ルメール騎手を配してきたのである。

重賞の舞台におよそ半年ぶりに「上がり馬」として戻ってきたアドマイヤリードは、2年前の牝馬二冠ミッキークイーン、前年のエリザベス女王杯を制したクイーンズリングと、2頭の「女王」に続く3番人気に推された。

そしてこの舞台でルメール騎手はアドマイヤリードの「根性」を引き出して見せた。

仁川の3.4コーナーを内で息をひそめたアドマイヤリード。

終盤、その進路は先行馬群の真っただ中に向けられた。

最後の直線、ルメール騎手の手綱さばきに応え、2歳時の白菊賞の如く前を次々と縫い上げていったアドマイヤリードは、外をロスなく突き抜けたミッキークイーンには及ばなかったものの2着を確保。上がり3f34秒0は勝ち馬と肩を並べる最速であった。

これで直近5戦2勝2着3回、すべて上がり最速。速さに強さが加わり、一線級とのガチンコ勝負にもめどが立った。馬体も20キロ増えた3歳秋の休養明けの水準を維持している。

アドマイヤリード陣営は春の古牝馬頂上決戦、ヴィクトリアマイルへとその進路を取った。

突破

前日降り続いた雨の影響で馬場渋る府中。ターフはようやく昼過ぎに稍重にまで回復していた。

2017年5月14日、第12回ヴィクトリアマイルにはマイル女王を目指す17頭の才媛が集結した。

1番人気は前哨戦、阪神牝馬S完勝のミッキークイーン。最終的に単勝は2倍を切った。

2番人気は牡馬に伍して重賞3勝。2年前に3連勝で迎えた桜花賞で圧倒的1番人気に推されたルージュバック。

3番人気はその桜花賞、幻惑の逃げで後続を完封したレッツゴードンキ。

さらに7歳にして衰えを全く見せないスマートレイアー、前哨戦完敗の雪辱を期すクイーンズリングと続き、アドマイヤリードは6番人気だった。

「ダービー前に重賞を勝てないステイゴールド産駒は、平地のGⅠ馬にはなれない」。ここまで重賞未勝利のアドマイヤリードが、このステイゴールド産駒のジンクスを破り、牝馬として産駒2頭目のGⅠホースになってくれることを祈りながら、私は家庭の一員になっていたため儘ならぬ懐からささやかな応援馬券を買い、レースを見つめた。

午前中から芝のレースは馬場の悪い内から4,5頭分開けて各馬が進路をとるが、かといって直線は外々一辺倒ではなく、馬場のいいギリギリのところを立ち回った馬も上位に食い込んでくる。見えない内ラチの限界を攻める器用さが求められる馬場のようだった。

ゲートが開いた。

外枠の各馬出たなりに真っ直ぐ走り、内枠から出た各馬が外に寄って行った。

ハナを切ったのはスプリント戦線が主戦場のソルヴェイグ。リーサルウェポン、アスカビレンが続き、この時期は先行脚質だったスマートレイアー、そして外からレッツゴードンキが続く。

中団前目にオートクレール、その内に翌年にこのレースを制するジュールポレール、その外にミッキークイーン、そして内クイーンズリングが追走。こちらも息の長い活躍を見せたデンコウアンジュ、そして中団後方の内をアドマイヤリードは進んでいた。

ウキヨノカゼがアドマイヤリードの外への進路を塞ぐかのように追走し、その後方にルージュバックを挟んで内アットザシーサイド、外フロンテアクイーンと続き、シンガリをヒルノマテーラが務める形でレースは3,4コーナーに差し掛かっていった。

最終コーナー、アドマイヤリード、そしてその前をゆくクイーンズリングと後ろのアットザシーサイドが、その部分だけは馬場が回復していると読んだのか、内に切れ込むように進路を取った。このコース取りが奏功したか、3コーナーを5列目、12番手で通過したアドマイヤリードは4コーナー出口では一気に2列目、7番手までその位置を上げた。

最後の直線、再び馬群が馬場の真ん中に殺到する。

アドマイヤリードとルメール騎手の前には、前をゆく3頭雁行が壁の如く走っていた。

内、クイーンズリング。中、スマートレイアー。外、ソルヴェイグ。

ルメール騎手はスマートレイアーとソルヴェイグの間に狙いを定めた。

その間に外からはデンコウアンジュが猛然と追い込み、さらにはジュールポレールも抜け出しを図る。

アドマイヤリードの眼前右手に川田騎手とソルヴェイグ、左手に武豊騎手とスマートレイアー。

その隙間は1頭半ほどか。

川田騎手が右ムチでソルヴェイグを鼓舞する。ソルヴェイグは僅かに進路を左に取る。

武豊騎手は左鞭でスマートレイアーを叱咤する。スマートレイアーの進路は若干右に向く。

2頭の間の隙間は見る見るうちに狭まっていく。もう1頭分もないように見えた。

進路を内に切り替えても、外に切り替えても、たぶん間に合わない。アドマイヤリードが勝つには、この壁に突っ込むしかない。

「開け、開け、開け!」

心の中でそう念じながら私は、レースを見ていられなくなって、刹那、目を閉じた。

間を突いている、5番のアドマイヤリードも追い込んできた!、200を通過!!

ラジオNIKKEI実況より

ハッ、と、目を開いた。

そこにはともに470キロのソルヴェイグとスマートレイアーの間をこじ開けて、ぶち破って、突き抜けてくる、50キロ近くも馬体重の軽いアドマイヤリードの姿があった。

ふるえた。

あとは離す一方だった。

大外デンコウアンジュの追い込みとその内ジュールポレールの差し脚に明確な着差をつけて、アドマイヤリードは府中のゴール板を真っ先に通過した。

一息おいて、鞍上のルメール騎手がグッと右こぶしを握り、アドマイヤリードの首筋をポンポーン、と、2度叩いた。

磨き上げた末脚と、培った根性が、ヴィクトリアマイルという大舞台でがっちりと嚙み合い、アドマイヤリードはGⅠホースとなった。

ヴィクトリアマイル優勝時のアドマイヤリードの馬体重422キロは、ヴィクトリアマイル優勝馬で史上最も軽く(次に軽いブエナビスタで448キロ)、古馬解放後のエリザベス女王杯を含めた「古馬牝馬GⅠ」という範疇でも、2015年エリザベス女王杯勝ち馬マリアライトの430キロを下回る「最も小さな女王」の誕生であった。

中山競馬場。2018年12月16日。

小さな女王、アドマイヤリードは戴冠以来実に1年7か月ぶりの勝利を挙げた。

そのレースに「G」の冠はなかった。

オープン特別、ディセンバーステークス。

横山典弘騎手を背に外から前をねじ伏せる、強い競馬だった。

GⅠ馬となってのちの彼女のレースぶりは、脚をためては届かず、前に出すと末が甘くなる、見ていて奥歯が削れるほどの歯がゆいものに、素人目には見えた。

牝馬として次の仕事も視野に入り、現役生活も終わりに近づく5歳の暮れ、どんな舞台でもう一度彼女の勝利を見ることができたことが、本当にうれしかったことを覚えている。

古馬混合(3歳上及び4歳上)の平地GⅠを制した馬が、その後JRAで重賞以外の平地レースを勝利したのは、1986年以降、牡馬では2016年フェブラリーSを制したモーニンが2018年コーラルステークスを制した1例のみ、そして牝馬ではアドマイヤリード、ただ1頭である。

写真:かぼす

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