ノームコア - 「普通」を極めし女王

常日頃、私たちは「普通」という言葉を使う。「普通はこうだろう」「普通ならこうなるに違いないだろう」と。

ところが、いざそれを極めようとすると、必ずと言って良いほどどこかで頓挫する。当たり前のことを当たり前にこなすということがいかに難しいか、痛感するものである。

では、競走馬にとっての「普通」とはなんであろう。様々な考えはあると思うが、突き詰めればそれは「レースで活躍しながら」「無事に競走を終える」ということではないだろうか。

そんな競走馬の宿命を表すかのような「究極の普通」。

それが、ある一頭の芦毛の牝馬につけられた馬名だった。

■もどかしく、歯がゆい3歳時

2016年のセレクトセールに上場された彼女は、過去にプリサイズマシーン等を所有した池谷誠一氏によって2,376万円(税込)で落札。後に妹であるクロノジェネシスがグランプリ連覇などの偉業を成すとはいえ、この当時の評価はそれほど高くなかった。

だからこそ池谷氏は「値段も高くなく、普通の馬だ」という印象から、芦毛の彼女に「馬主としては、競走馬としての『普通』(無事に出走し戻ってくること)を極めた先に大きな栄光をつかんでほしい」という希望を重ね、「ノームコア」という馬名をつけたのかもしれない。

時を経て夏の福島でデビューした彼女は、その名を表すかのように危なげなく先団から抜け出しデビュー勝ちを飾り、続くアスター賞も抜け出す快勝。「普通に強い馬の勝ち方」を連続していたノームコアだったが、この後剥離骨折を発症し、戦線を離脱するアクシデントに見舞われてしまう。

なんとかクラシック路線には間に合ったものの、復帰したフラワーC、オークス出走をかけて臨んだフローラSと続けて3着。大舞台に駒を進めることは叶わなかった。

しかし再度の休養へと入ったあと、最後の一冠、秋華賞への出走権利を掴むために復帰した紫苑Sでは逃げ粘るランドネを捉えて重賞初制覇。このレースで初コンビを組んだC.ルメール騎手の手腕が光る走りに、最後の一冠である秋華賞への期待は否が応でも高まった。

だが、レース後再び体質の弱さが出てしまい、予定した秋華賞への出走は回避。最大目標をエリザベス女王杯へ切り替えた。その馬上には再びルメール騎手。

秋華賞(アーモンドアイ)から菊花賞(フィエールマン)、天皇賞(秋)(レイデオロ)、京都開催のJBCスプリント(グレイスフルリープ)と4週連続のGⅠ級競走を制覇と絶好調の鞍上を迎えたこともあって2番人気という上位評価で臨んだレースだったが、再び先団から伸びきれずに5着。

外から一瞬で各馬を飲み込んで行ったリスグラシューのキレ味や、2年連続で先頭で粘り続けるクロコスミア…どこかでファンの心を虜にする、そんな彼女たちの走りに比べると、どこか強みのない「普通さ」を抱えたまま、ノームコアはこの年を終えた。

そして翌年、1月の愛知杯で帰ってきたノームコアは、スタートで躓いて後手を踏み、デビュー以来初となる後方からの競馬を余儀なくされる。

しかし直線、外に持ち出されると今まで先団から伸びきれなかった姿が嘘のように伸び始め、内の各馬を捉えてゆく。抜け出したワンブレスアウェイこそ捉えきれなかったものの、スタートで出遅れながら2着まで突っ込んだ。続く中山牝馬Sも、後方から直線窮屈になり、ほとんど進路が無くなりながらも懸命に伸びて7着まで巻き返す。

禍を転じて福と為すとはよく言ったものか、愛知杯の出遅れがノームコアの「普通」を破るようなきっかけとなったのかもしれない。明らかに前年とはガラリ一変していた馬の様子からも、成長が垣間見える2戦だった。

■覚醒の4歳、豪脚披露

そして迎えた本番のヴィクトリアマイルは、前週のNHKマイルCでグランアレグリアの斜行により騎乗停止となっていたルメール騎手に変わって、日本初来日の若き豪州の名手、D.レーン騎手を配して臨む。

前走までと同様に中団から先団を見る競馬で道中を進めると、逃げるアエロリットが作り出した10.6-10.8-11.1という緩みないペースに惑わされることなく、好走した前2走の型を貫く。

そして直線、脚の止まった先団を捉えに出た同世代の2歳女王、ラッキーライラックが一気に加速し、先頭に立とうとする中、その外から更に切れたノームコアが、内の各馬をひとのみにしていった。

残り100mで頭一つ抜け出すと、それ以上の勢いにも見えたプリモシーンの追撃もしぶとく粘って抑え通し、新緑の府中を先頭で駆け抜け、GⅠ戴冠。「普通」だと思われていた彼女が、「豪脚」の淑女にその姿を変えた瞬間だった。

ところがこのレースの3日後、再び骨折が判明し休養へ。それでも復帰初戦の富士Sでは、再び大外から豪脚を披露し勝利を飾る。このレースもまた、ヴィクトリアマイルの再現のような脚色だった。

ここから再びの上昇を見せるかと思われたが、遠征した香港マイルは4着。それでも時の香港マイル王者ビューティージェネレーションとの熾烈な叩き合いを見せる十分な結果だった。

しかし翌年、初のスプリント戦となる高松宮記念は忙しかったか15着。

続くヴィクトリアマイル、安田記念と後方から追い込む姿は見せるものの、アーモンドアイとグランアレグリアの前に大きな見せ場は作れず3着、4着と敗戦が続く。陣営はこの結果に心機一転、これまで走らせ続けたマイル戦から、北の大地の大一番、札幌記念への出走を決める。

鞍上にこの年から手綱を取っている横山典弘騎手をそのまま配して、「スーパーGⅡ」へと、芦毛の淑女は飛んでいった。

■8月、北の大地にて

実力馬が続々と始動する季節、札幌記念。2020年も例外なく、12頭立ての小頭数ながらGⅠ馬3頭が参戦するという豪華な1戦だった。その中で断然の1番人気に推されていたのがラッキーライラックだ。

かつてノームコアがヴィクトリアマイルで下した後も勝ち切れず、長らくスランプと見られていた彼女だったが、前年のエリザベス女王杯で父にも跨ったC.スミヨン騎手が乗り替わると、これまでの鬱憤を晴らすかのようなイン突きで復活劇。その後も大阪杯でダノンキングリー、クロノジェネシスらを下し、既にGⅠを3勝。クラブ規定により、5歳の秋が最終シーズンになる彼女にとって結果を残しておきたいという思いは強く、前走、宝塚記念の敗戦からの立て直しを図る1戦として仕上げてきた。

3番人気に札幌日経OPを快勝、前年に怒涛の4連勝を成し遂げたポンデザール、続く4番人気にゴールドシップ産駒で前年の札幌2歳Sの覇者、春のクラシックを戦ってきたブラックホールと続き、3頭目のGⅠ馬、ペルシアンナイトは近走全くいい所がない不振も手伝っての6番人気。

そしてノームコアは、久々の2000mでも近走の成績とレースぶりに期待されたか、はたまた「横山マジック」に夢を見たか、ラッキーライラックに続く2番人気に推されていた。

新型コロナウイルスの影響下での無観客競馬なのが勿体無いと感じるほど、8月の札幌の澄み切った青空の下、スタートが切られる。

戦前の予想通り、ここまで逃げて結果を残し、6月のエプソムCで大波乱を演出したトーラスジェミニが先手を主張。マイペースに持ち込もうとする木幡育也騎手だが、その直後にM.デムーロ騎手とラッキーライラックが追走していく。けしてマイペースなどで行かせないと言わんばかりの2番手先行に、ペースは淀む事なく進む。

そしてドレッドノータス、カウディーリョ、トーセンスーリヤと続く馬群の後ろ、ひときわ目を引く芦毛の馬体は、インコースでじっと自身の末脚を解き放つ瞬間を待っていた。

その後ろに新進気鋭のブラックホール、古豪ペルシアンナイト、同年の函館記念で大波乱を巻き起こしたアドマイヤジャスタらが続き、特に隊列が大きく変わることも、しかしペースが緩む事もないままレースは進んでいった。

3,4コーナーの中間地点、直線の短い札幌のコース形態を見越してラッキーライラックが動く。

先頭のトーラスジェミニにここまでマイペースに進めさせてこなかったことも功を奏してか、先団につけていたドレッドノータス、トーセンスーリヤは早々と脱落。早めに気合をつけ、先頭のトーラスジェミニに一気に並びかけたその脚色は際立っていた。

が、それはあくまで先行集団での話。後退したドレッドノータスの外にスッと愛馬をエスコートし、いつの間にか外、真っすぐに開けた道を走っていた馬がいた。

ノームコアだ。

未だに手綱が動かぬまま、断然の本命馬すら上回る抜群の手応えで4コーナーを回ってきた彼女は、抜け出して粘りこみを図るラッキーライラックに、1完歩ずつ、確かにその差を詰めてゆく。

内で粘るカウディーリョを捉え、横山典弘騎手の左鞭がビシリ、と入る。

その瞬間、彼女のエンジンのギアが一気に最大まで引きあがった。

粘るラッキーライラックを、並ぶ間もなく外から交わし去ると、更に後ろから強襲するペルシアンナイトにも、追い付かせることなくその脚を伸ばす。

まるでこの1年間、惜敗続きの自らの戦績の鬱憤を晴らすかのように。

そして最後は、流されるようにゴール板を駆け抜け、馬上で鞍上が渾身のガッツポーズ。およそ1年ぶりの勝利の美酒に再度のGⅠ制覇を夢見た人も数多くいるだろう。

そのくらい、この彼女の走りは強烈。もどかしく、歯がゆい思いをした以前の姿は、もはやどこにもなかった。

■失意の仁川、復活の沙田、そして…

そして札幌記念から、この年は阪神での開催となったエリザベス女王杯に直行した彼女は2番人気。

下したラッキーライラックを筆頭に、1歳下のオークス馬ラヴズオンリーユー、牝馬クラシックで奮闘を見せたウインマリリンなど、相手にとって不足なし。それでもまた、彼女の豪脚が阪神の直線で火を噴くのだろうと、多くのファンが思っていただろう。

その期待は、いろいろな意味で裏切られた。

スタートしてすぐ、誰が先手を主張するかと注目して見たスタンド前。これまでずっと控えて差しての競馬を見せてきたノームコアが、まさかの先頭に立っていた。そして彼女は、まるで弾けてしまったかのように後続を1000m59秒3という超ハイペースで話していく。

そして仁川の直線、札幌の直線とは真逆の構図で、ラッキーライラックが外から既に余力を失くしたノームコアを捉え、連覇のゴールへ駆けて行った。その裏でノームコアは16着。全く予想のできなかったレース展開に多くのファンが嘆き、落胆し、悲しんだ。

しかし彼女は転戦した香港Cで手綱を取ったZ.パートン騎手は日本同様に中団から進めると、最後の直線で抜け出したダノンプレミアムとウインブライトの外から急襲。ノームコアの豪脚が、帰ってきた。

1度はウインブライトに屈するかのように脚色が一緒になったが、並んでから急変。そのまま抜け出し、香港女王としてGⅠ2勝目を飾り、このレースを最後に引退した。

「究極の普通」という馬名、そして何度も歯がゆい思いをしたこともあったノームコア。

しかし競走生活の晩年は、決して「普通」という言葉一つで語ることはできない輝かしい競走成績、そしてレースのパフォーマンスを通して多くのファンを惹きつけ、また熱狂させたことは間違いない。

多くの研鑽、試行錯誤があったからこそ、彼女は最後に花開いたのだろう。

「競走馬にとっての普通」を完遂した彼女は、間違いなく名牝となって輝いた。

写真:@pfmpspsm、Horse Memorys、s1nihs

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