[種牡馬・血統紹介]スピードの頂点、ビッグアーサー。

燃え盛るような激しい気性と、類まれなるスピードを持った快速馬ナスルーラ。
彼はそのスピードとアメリカ血統との相性の良さを武器に、アメリカ競馬の歴史を作る偉大な開拓者となった──。

そのナスルーラのスピードの部分を最も子孫たちに受け継いでいると言えるプリンスリーギフトの系統。
高松宮記念で驚異的なレコードタイムを叩き出し、スプリンターとして速さの頂点に立ったビッグアーサーには、プリンスリーギフト系統の未来が託されている。

今回は、彼の現役時代の活躍の様子を振り返りながら、種牡馬としての可能性について考察していきたい。

ビッグアーサー
- 2011年 日本生まれ

血統的な背景

父は頑なにそのスピードを産駒に伝え、多くの名スプリンターを産み出してきたスピードスターであるサクラバクシンオー。そのバクシンオーの父は、内国産馬である天皇賞・秋の覇者サクラユタカオーである。

ビッグアーサーの母シヤボナ自身は未出走のアメリカ産馬だが、シヤボナの祖母であるReloyはアメリカの芝G1を2勝し、フランスG1のヴェルメイユ賞でも2着の実績を持った名牝であった。

現役時代

浦河町のバンブー牧場で誕生したビッグアーサーは、3歳4月の未勝利戦(福島芝1200m)にて、遅めの競走馬デビューを果たす。単勝8.4倍の4番人気と評価はそこそこであったが、レースでは先行して2着馬に0.4秒の差を付けて押し切り勝ち。初戦で早速、スプリンターとしての豊かな才能を見せつける事となった。

そして、そこから10ヶ月強の長い休養を経て、ビッグアーサーの快進撃が始まった。
500万下の八代特別(小倉芝1200m)を、同じく0.4秒差で快勝。1000万下の岡崎特別(中京芝1200m)では、後にビッグタイトルを獲得する舞台で0.3秒差を付けて勝利。1600万下の2戦(当時は降級制度があった)では、阪神芝1200mの舞台で1倍台前半の人気に推されるも、どちらもしっかり勝ちきって、破竹の5連勝でOP入りとなった。

夏には、初めての重賞挑戦として、北九州記念(G3 小倉芝1200m)に出走。
G1出走経験が3度あり、前走のアイビスサマーダッシュを制して勢いのあるベルカント、スプリント戦で経験豊富なサドンストームなど、強豪が揃ったこの一戦でも、ビッグアーサーは1番人気に支持された。

中段でレースを進め、直線は馬群を縫う様にして前に迫る。
しかし小倉の直線は短い。この舞台では、先に抜け出したベルカントのスピードと経験が勝っていた。
ビッグアーサーは、初めての黒星となる2着でレースを終えることとなった。

その後も重賞制覇に向けた戦いが続く。
続くOP戦のオパールS(京都芝1200m)を0.5秒差というスプリント戦では決定的な着差で快勝し、改めてその実力の確かさを示す。

そして同じ京都芝1200mの舞台で臨んだ京阪杯(G3)。
ここでもやはり一番人気と支持を集めたが、良血馬サトノルパンの激走にアタマ差及ばずまたも2着と涙を呑み、重賞制覇は持ち越しとなってしまった。

ここで少しリズムを崩してしまったためか、続く重賞の2戦では阪神カップ(G2 阪神芝1400m)で3着。
シルクロードS(G3 京都芝1200m)で初の馬券外になる5着と、本来の実力から乖離した結果となる。

そして迎えるG1高松宮記念。
ファンはここでもビッグアーサーの実力を信頼し、重賞初制覇がこのビッグタイトルの舞台で有ることを信じて、彼を一番人気に支持した──。

この日の中京の芝は、かなり高速化していた。
同じ舞台で行われた7Rでは500万下のレースながら、勝ちタイムが1:07.3という凄まじいものであり、これは例年の高松宮記念の勝ちタイムを凌ぐほどの速さだった。

10Rの1600万下、名古屋城S(芝1200m)でも2:09.9という驚異的な勝ちタイム。
もはやこの直後に行われる高松宮記念が、「極限のスピードを求められるレースになる」ということは、疑いようのない状況となっていた。

4番枠に入ったビッグアーサーは、好スタートを切って4番手を進む。
前走で先着された快速馬ローレルベローチェがスピードを活かして逃げる。
強豪ハクサンムーンが2番手、ミッキーアイルが少し頭を上げながらそれを追う。

ビッグアーサーは他馬よりも少し発汗が目立っていたが、スムーズな感じで4番手で虎視眈々。

前半600m通過タイムは32.6。
──やはり凄まじいタイムのレースになろうとしている。

直線を向いてミッキーアイルの外に出されたビッグアーサーは、このレースで初コンビとなった名手福永の指示に応えてラストスパートをかける。同じ単勝オッズで人気を分け合ったミッキーアイルを3/4馬身交わしたところが、極限のスピードレースのゴールだった。

この勝利で一気にスプリント界の頂点に立ったビッグアーサーは、返す刀で秋のセントウルS(G2 阪神芝1200m)にも勝利。しかし春秋のスプリントG1連覇を狙ったスプリンターズS(中山芝1200m)では前が壁になって抜け出せず、まさかの12着敗退……。

スプリンターには特に勢いが重要と言われている。
このレースを境に失速してしまった極限のスピードは戻ることなく、ビッグアーサーは種牡馬入りすることとなった。

種牡馬としてのビッグアーサー

頑ななまでに産駒にスピードとスプリント適性を伝え続けた、父サクラバクシンオー。その父からバトンを受け継いだビッグアーサーには、種牡馬として大きな期待が寄せられている。

先に種牡馬入りしているサクラバクシンオー産駒のショウナンカンプは、父と同じくスプリンターを中心に輩出する種牡馬となり、CBC賞を勝ちスプリンターズSでも2着の実績があるラブカンプーや、ニュージーランドトロフィーの覇者で朝日杯でも2着入線したショウナンアチーヴなどを輩出。
しかし未だ「後継種牡馬」には恵まれていない。

またサクラバクシンオーの産駒として最も優れた競走実績を持つ1頭、グランプリボスも、2018年から産駒が出走しているが2勝クラスの勝利が産駒の最高実績(モズナガレボシ)となっていて、未だ父の後継種牡馬として満足のいく成績を上げられていない。

そしてサクラバクシンオーは、日本競馬における「プリンスリーギフト系」の最後の砦と言える種牡馬であった。

つまりビッグアーサーの種牡馬としての成否には、父サクラバクシンオーという類まれなスプリンターの血を繋げると同時に、プリンスリーギフト系の種牡馬としての残り僅かなバトンを未来に託す役割も担っている、とも言えるのである。

先に種牡馬入りした2頭と比べ、ビッグアーサには血統的な利点が2つある。
続いては、その2点を紹介していこう。

サンデーサイレンスの血を持っていないこと

グランプリボスがマイル戦線でG1を勝利したように、サクラバクシンオーにとってサンデーサイレンスの血は直線でのキレや、走りの柔らかさ(=距離適正の幅)を付加する役割を果たしていると考えられる。

これから種牡馬として活躍していくにあたって、サンデーサイレンスやその後継種牡馬たちの血を持つ繁殖牝馬に積極的に配合ができるという点は、かなりのアドバンテージになるはずである。おおよそ1200〜1600mの範囲が中心にはなると考えられるが、多彩な距離適性を持つ産駒が誕生してくる可能性も期待できる。

母父キングマンボ、母母父サドラーズウェルズという世界的な繁栄血統の血を持っている事

先に種牡馬入りしたショウナンカンプやグランプリボスは、所謂トレンドの血(=現代競馬で主要とされている血)を保持していなかったり、近い世代にサンデーサイレンスが入ってしまったりしている事が、種牡馬として苦戦傾向である一因だろうと考えられる。

その点、ビッグアーサーは世界的な繁栄血統であり日本でも後継たちが大活躍しているキングマンボを母の父に持ち、ヨーロッパの偉大なチャンピオンサイアーであるサドラーズウェルズを母母の父に持つ。

一介のスプリントの能力だけでなく、こうした世界の芝の一線級で活躍している種牡馬の能力や底力を産駒に伝える事ができれば、父以上に幅のある種牡馬成績を上げることも可能であるはずだ。


父から受け継いだスピードを極限まで追求し、頂上決戦で破格のレコードタイムを叩き出したビッグアーサー。
その舞台で退けたミッキーアイルは1年先に種牡馬入りして、すでに産駒が重賞を勝利しクラシック戦線で活躍を納めている。
再びスピードの頂上決戦で、今度はビッグアーサーの産駒とミッキーアイルの産駒が激突する──そんな日が来ることを夢見つつ、産駒たちの活躍を見届けて行きたい。

写真:s.taka

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