「逃げろ、逃げろ、つかまるな」 - 人々を驚かせ続けた逃げ馬、メジロパーマー。

1.逃げ馬を応援するということ

「逃げたい」という言葉ほど、競馬ファンとそうではない人との間で解釈の相違が生まれる言葉はないような気がする。一般的に「逃げたい」はネガティブな言葉である。仕事から、家庭から、あるいは人生から「逃げたい」と表現する時、それは「いけないこと」というニュアンスを多分に含むだろう。しかし、競馬ファンにとってはどうだろうか。競馬の文脈で「逃げたい」と言えば、積極的にハナを切ってレースを作ろうとする意欲を意味する。2022年天皇賞(秋)におけるパンサラッサの逃亡劇は記憶に新しい。「逃げる」ことはむしろポジティブな印象で捉えられるのではないだろうか。

文筆家・寺山修司が面白い考察をしている。少し、引用してみよう。

 競馬は、人生の比喩だと思っているファンがいる。彼らは競馬場で、薄っぺらの馬券のかわりに「自分を買う」のである。たとえば、キーストンという馬の馬券を買う人たちには一つの傾向がある。

 キーストンは「逃げる馬」である。家庭生活から、社会生活から、ともかく何でもいいから逃げだしたいと考えている現代人の性癖に、この馬の走法はよく似合う。彼らはゲートがあいた瞬間に、パッと一頭だけ逃げ出すキーストンの中に、(そして、汗ばんだ手ににぎりしめられている自分とキーストンとの精神の連帯の証券の中に)自分自身を賭ける。

  逃げろ、逃げろ、つかまるな。

 という願いは、同時代人の合言葉である

──寺山修司「競馬場で逢おう」(『馬敗れて草原あり』角川書店、1979年 所収)より引用

日本ダービーを逃げ切った名馬キーストンを応援するファンの心理を、「自分を買う」という視点から考察した名文である。

自分が「逃げたい」と思っているからこそ、ハナを切ってレースを作り勝利を掴む逃げ馬に、夢を託すのだ。

つまるところ、ネガティブな「逃げたい」をポジティブな「逃げたい」に変換するプロセスが、逃げ馬の応援には含まれているのではないだろうか。

2.「波乱の逃げウマ娘」メジロパーマー

さて、本題であるメジロパーマーの話に移ろう。2022年5月20日、ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』に育成ウマ娘として実装されたメジロパーマーのストーリーには、この「逃げたい」の二面性が上手く反映されている。

名門「メジロ家」の重圧、同期のメジロマックイーンとメジロライアンへの劣等感から思うような走りが出来なかったメジロパーマーは、トレーナーや親友・ダイタクヘリオスとの出逢いによって、「爆逃げ」という自らのスタイルを見出す。

そして、

「逃げろ逃げろ、逃げまくれ!常識から、メジロ家から、ぐちゃぐちゃ考えちゃう自分から逃げて逃げて逃げて―思いっきり、楽しんで!!その先で―私は、私になるんだ!!」

──メジロパーマー ウマ娘ストーリー 第4話(ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』Cygames)より引用

と叫んで模擬レースに勝利する。

逃げることによって、道が開ける──。そのことを証明する走りをメジロパーマーは見せたのである。その後、様々な葛藤を抱えながらも自らのスタイルを貫くことを決意したパーマーは、集大成として暮れのグランプリ・有馬記念に挑む。 

「ずっとメジロから逃げて、逃げて、逃げまくった結果、私がなにを見つけて、どんなウマ娘になったのか・・・・・・?その答えを『有馬記念』にぶつけてみるよ!」

──メジロパーマー 育成ウマ娘イベント「天皇賞(秋)の後に」(ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』Cygames)より引用

「逃げたい」という気持ちを自らの支えとして、歴史に名を残すウマ娘に成長するメジロパーマーのストーリーは、ゲーム『ウマ娘』においても屈指の名シナリオである。

ゲーム『ウマ娘』においてメジロパーマーに与えられた二つ名は「波乱の逃げウマ娘」。モデルとなった競走馬・メジロパーマーは宝塚記念・有馬記念という二大グランプリを制覇した名馬だが、宝塚記念は9番人気、有馬記念に至っては15番人気での勝利だった。

続いては、そんな波乱を巻き起こしたメジロパーマーの5歳シーズンを振り返ってみたい。

3.運命の出逢いとグランプリ制覇

『ウマ娘』でも描かれている通り、メジロパーマーの同期にはメジロライアンとメジロマックイーンがいる。早くからクラシック戦線を沸かせ、宝塚記念に勝利したライアンや菊花賞・天皇賞(春)を制したマックイーンと対照的に、パーマーの3〜4歳シーズンは順風満帆とは言えなかった。

4歳夏に格上挑戦したGⅡ札幌記念を制してはいるものの、勝ちきれないレースが続いたため、障害レースへ転向。未勝利戦を6馬身差で勝利したが、飛越が不得手だったことなどから障害界での活躍も断念し、平地に再転向することとなった。

しかし、再転向2戦目として出走した天皇賞(春)において、パーマーは運命の出逢いを果たす。山田泰誠騎手が初めて騎乗したのである。鞍上が中々固定できないまま5歳を迎えたパーマーの主戦は、これ以降、引退まで山田騎手が務めることになる。

それまでは逃げたり控えたりと戦法が定まらなかったパーマーであるが、山田騎手とのコンビ結成によって「とにかくハイペースで逃げる」という戦法を確立。

──そう、「爆逃げ」の誕生である。

天皇賞(春)こそ後続に捕まり、勝ち馬メジロマックイーンから3秒近く離された7着に敗れたものの、続く新潟大賞典は54kgの斤量も活かし、2着タニノボレロに4馬身をつける快勝。GⅠ制覇を目指し、宝塚記念に出走したのであった。

1992年の宝塚記念は混戦模様となっていた。本命視されるはずのトウカイテイオー・メジロマックイーンの「二強」は骨折のため出走できず、GⅠ勝ち馬はダイユウサクとダイタクヘリオスの2頭のみ。しかし、ダイユウサクは前年の有馬記念を勝って以降は今ひとつのレースが続き、ダイタクヘリオスはマイルを主戦場とする馬であった。結果的に1番人気は天皇賞(春)で2着に好走したカミノクレッセとなったが、どの馬が主役になるのか読めないレースと言えた。その中でメジロパーマーは9番人気。GⅠでの好走歴が無いことも大きく影響しての評価だろう。

ところが、パーマーの走りは低評価を覆した。マイルチャンピオンシップを逃げて勝ったダイタクヘリオスを抑えてハナを奪う。関西テレビで実況を務めた杉本清アナウンサーは、パーマーの走りを「逃げ馬の夢を乗せて」と表現した。直線では後続を寄せつずに独走し、カミノクレッセに3馬身差をつけて逃げ切ってしまう。「逃げ馬の夢」は春のグランプリを制した。杉本アナウンサーは「何ということだ」とコメント。山田騎手はこれがGⅠ初勝利。波乱を起こして、メジロパーマーは春シーズンを終える。

4.大波乱の有馬記念

秋初戦に選ばれたのは京都大賞典。2番人気でレースを迎えたパーマ―であったが、流石に楽に逃げることは出来ず、4コーナー手前で捕まり9着に敗れる。続く天皇賞(秋)では再び顔を合わせることとなったダイタクヘリオスと今度は二人旅で逃げるものの、ブービーの17着と大敗。この時は1番人気のトウカイテイオーが着外に敗れ、11番人気のレッツゴーターキンが末脚を炸裂させて大金星を挙げるという波乱が起きているが、10番人気のパーマーは脇役に追いやられていた。

パーマーが再び主役となるのは、ジャパンカップを見送って出走した有馬記念である。宝塚記念の勝ち馬でありながら、パーマーの単勝オッズは何と15番人気。宝塚記念の時よりも低評価に甘んじた。トウカイテイオーやライスシャワー、レガシーワールドなど強豪馬が集ったレースであったとは言え、長期休養明けのレオダーバンや、GⅠ未勝利馬たちよりも評価されていなかったのである。

しかし、このレースでパーマーは、再び強さを見せつける。天皇賞(秋)と同様にダイタクヘリオスと二人旅。ハイペースで逃げて第4コーナーを迎えるも、脚色は衰えない。直線では失速するヘリオスを尻目に一人旅になり、内を突いたレガシーワールドの追撃をハナ差で振り切り勝利。「ヒシマサルも、トウカイテイオーも、そしてライスシャワーもどうしたんでしょうか。意外な展開であります」とは、フジテレビの実況を務めた堺正幸アナウンサーの言。宝塚記念を超える大波乱を演出して、暮れのグランプリを制した。

5.「逃げろ、逃げろ、つかまるな」

メジロパーマーのグランプリ連覇は、「期待されていない馬の逃げ切り」というパターンで成し遂げられた。「意外な展開」と言われてグランプリ連覇を達成する馬は、今後も現れないのではないだろうか。

ここにメジロパーマーの持つ、かえがたい魅力が存在するの気がする。「逃げたい」と願った馬が「逃げ切れないだろう」と予想される中で「逃げ切ってしまう」ことの痛快さ、印象深さのようなものが、この馬の存在を唯一無二のものにしている。

個人的な話で恐縮だが、私の人生を振り返ってみると、どちらかというと脚質は「逃げ」である気がする。

学校から「逃げ」たことも、仕事から「逃げ」たこともあった。病気のために将来の夢から「逃げ」ざるを得なくなったこともあった。

しかし、その割には「逃げ馬」にそれほど心惹かれることはなかった。どちらかと言えば、先行馬や差し馬を応援することの方が多い。それは、心のどこかで「逃げ」に対して後ろめたさや気まずさのようなものを感じていたからかも知れない。ネガティブな「逃げたい」をポジティブな「逃げたい」に変換するプロセスを躊躇う気持ちがあったのだと思う。

……しかし、ウマ娘・メジロパーマーと出会い、改めて競走馬・メジロパーマーのレースを見ることで、気持ちに変化が生じた。失敗しても、低評価に甘んじても、「とにかく逃げる」という自分のスタイルを貫き、偉業を成し遂げたメジロパーマーのように、「逃げたい」という気持ちを貫くことで新たな道が開けてくるのかも知れない。そのように感じたのである。作家・坂口安吾は、「堕落論」の中で、「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」と述べている。この言葉を借りるなら、「逃げる道を逃げ切ることによって、自分自身を発見し、救う」という道もあるのではないか。そして、そのよすがとなるのは「逃げ馬」の存在であろう。自分と逃げ馬との精神の連帯を感じ、逃げ馬を応援することの面白さを、メジロパーマーから教えてもらった気がする。

今では私も、ネガティブな「逃げたい」をポジティブな「逃げたい」に変換するプロセスを楽しめるようになった。

ミホノブルボンにダイタクヘリオス、そしてメジロパーマーなど、個性的な逃げ馬が割拠した90年代前半と同じように、令和の競馬界にはパンサラッサが、ジャックドールが、タイトルホルダーがいる。そして、新たな時代を創る逃げ馬がこれからも現れるだろう。

大いなる希望を持って、全ての逃げ馬に──そして逃げ馬との精神の連帯を感じる全ての人に──こう声をかけて筆を擱きたい。

「逃げろ、逃げろ、つかまるな」

※馬齢表記は現在基準のものを使用

写真:かず
画像:Cygames

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