
ローズSは、3歳牝馬三冠の最終戦・秋華賞のトライアルレースとして行われている。三冠目が京都の芝2400mで開催されているエリザベス女王杯だった時代は、このローズSも京都外回りの芝2000mという珍しい条件での実施だった。だが三冠目が京都の内回り芝2000mで開かれる秋華賞になると、ローズSは阪神競馬場の芝2000mに条件が変更され、2006年のコースの改修工事以降、外回りの芝1800mで行われている。
例年の見所としては、春のクラシック好走馬に対して夏の上がり馬がどこまで迫り、本番への優先出走権を獲得できるのか、という点ではないかと思うが、1997年のローズSは、異なる路線を歩んできたGⅠ馬2頭の初対決と、その2頭の一騎打ちへの大きな期待が見所だった。
この年、単勝オッズ1.4倍の圧倒的1番人気に推されたのは外国産馬のシーキングザパールだった。前年のデイリー杯3歳S(現:デイリー杯2歳S)では、2歳芝1400mのJRAレコードで、後の天皇賞馬となるメジロブライトを5馬身差で破り、早くから圧倒的なパフォーマンスと素質の高さを見せつけていた。この年も、年明けのシンザン記念を皮切りに重賞を3連勝すると、当時クラシックに出走権のなかった外国産馬にとっては春の大目標であり、前年に創設されたばかりの通称「マル外ダービー」と呼ばれるNHKマイルCを快勝してGⅠ初制覇を達成。

クラシックとは無縁の別路線を歩んで牡馬をも撃破した彼女の姿は、同じ外国産馬で3年前に大活躍したヒシアマゾンのそれと重なり、世代トップクラスの実力を持っていることは疑いようのない事実だった。
片や、オッズ3.9倍の2番人気に推されたのがキョウエイマーチだった。前年11月の阪神ダート1200mの新馬戦で、のちに菊花賞馬となるマチカネフクキタルに大差をつけて圧勝しド派手なデビューを飾ると、次走の千両賞は3着に敗れたものの、年明けの寒梅賞を10馬身差で圧勝。続くエルフィンSこそ半馬身差の辛勝だったものの、桜花賞トライアルの報知杯4歳牝馬特別(現:報知杯フィリーズレビュー)では、前年の阪神3歳牝馬S(現:阪神ジュベナイルフィリーズ)2着のシーズプリンセスに7馬身差をつける大楽勝で、堂々とクラシックの最有力候補に躍り出た。
そして、1番人気で迎えた桜花賞。コース改修前は大変不利とされた芝1600mの大外枠、大雨による不良馬場といった不安要素を、苦にするどころかむしろ味方につけるような走りで、ライバルと目されていた2歳牝馬チャンピオンのメジロドーベルを持ち前のスピードで圧倒。直線の急坂で、前走に続き得意の二枚腰を発揮して一気に後続を突き放し、4馬身差の圧勝で見事に桜の女王の座を射止めたのである。

しかし、二冠を目指したオークスでは、スピードを生かす競馬が得意なキョウエイマーチにとって距離が長すぎたのか、初の長距離輸送が堪えたのか、直線で早々と脱落すると11着という生涯初の大敗を喫してしまい、メジロドーベルにリベンジを許してしまう。
今回のローズSも、オークスからの距離短縮とはいえ2000mでも長いだろうというファンの心理がオッズに反映されたのか、シーキングザパールからはやや離された評価に甘んじることとなった。ただ、この前の週、オークス馬メジロドーベルが古馬相手にオールカマーを勝って秋初戦を順調にクリアしていたこともあり、別路線からきた今季無敗の超強豪が相手でも、桜の女王としては負けられない一戦となっていた。
以下、人気順では、4月に同じ阪神2000mの忘れな草賞を勝利したナイトクルーズ、前走小倉の西部日刊スポーツ杯を勝利し3連勝を達成した夏の上がり馬メイプルシロップ、オークス2着馬のナナヨーウイングが続いたが、レース前に多くのファンが抱いていたのは、最後の直線でGⅠ馬2頭による一騎打ちが見られるのではないかというワクワクした気持ちだった。
秋晴れの空、絶好の馬場コンディションの下スタートが切られると、まずキョウエイマーチが好スタートを決めた。しかし、一完歩目で少し内に切れ込むように飛び出したため、隣にいたシーキングザパールに少しぶつかってしまう。しかし、シーキングザパールが即座に引いたため大事には至らなかった。そのまま先頭に立ったキョウエイマーチを、ヤエノビューティ、ナイトクルーズが追い、ここまでの3連勝は全て逃げ切っていたメイプルシロップは枠なりに4番手のインぴったりを追走。シーキングザパールは、中団やや後方の8番手に控え、1コーナーから2コーナーを回り向正面に入った。
少し口を割って追走していたメイプルシロップ以外は特に折り合いを欠く馬はおらず、大きく馬順が変わることもないまま、キョウエイマーチは淡々とではあるが淀みないペースで逃げているように見えた。しかし、実際の1000mの通過タイムは62秒7で、前走重馬場で行われたオークスよりもさらに2秒遅いスローペースだった。デビュー以降、常に軽快なスピードで先行してきたキョウエイマーチの姿が、このスローペースをあたかもカモフラージュしているかのようだった。
それを悟ってか、残り1000mを切ってから武豊騎手とシーキングザパールが後方から徐々にポジションを上げ始め、残り600mを切った時点では4番手集団にまでとりついてきた。道中インを追走していたメイプルシロップが、いつの間にかその外に並びかけ、シーキングザパールと共に前3頭を追う。4コーナーを回り直線の入口にさしかかるところで、手応えが最も楽に見えたのは、やはりキョウエイマーチとシーキングザパールの2頭だった。
迎えた最後の直線。多くのファンがレース前に抱いていた期待を絵に描いたかのごとく、逃げるキョウエイマーチの外からシーキングザパールが並びかける。
「やっぱり、2頭の一騎打ちだ!!」
本番を1ヶ月先に控えたトライアルにも関わらず、これから繰り広げられそうなGⅠ馬2頭による名勝負を前に、見ている者の胸は高鳴り、場内の興奮とボルテージは最高潮に高まった。
しかし──
次の瞬間、そんな期待をどこ吹く風とばかりに、桜の女王が伝家の宝刀を振り抜いた。桜花賞でも繰り出した驚異の二枚腰だ。すると、一瞬にしてライバルとの差が一気に2馬身広がったのである。それは、二枚腰という少し無骨な表現よりは、むしろ華麗な舞いと表現した方がしっくりくるかもしれない。

その舞いは、戦前ささやかれていた距離不安を懸念する声に対する、松永幹夫騎手とキョウエイマーチのコンビが見せつけた「どうだ」と言わんばかりの無言の反論だったのだろうか。無抵抗のまま突き放されてしまったシーキングザパールとの勝負は、多くのファンの期待とは裏腹に拍子抜けするほどあっさりと決まってしまい、差してきたメイプルシロップの追撃も軽やかに封じ込め、樫の女王に続き桜の女王も秋初戦を順調にクリアしたのだった。
こうして、秋華賞で三度目となるメジロドーベルとの対決に臨んだキョウエイマーチだったが、2馬身半差の2着に惜敗し直接対決での勝ち越しは叶わなかった。続くマイルCSでも持ち前のスピードを遺憾なく発揮して十分すぎる見せ場を作ったが、歴代最強マイラーへの階段をこのレースから上り始めたタイキシャトルの前に屈し、惜しくも2着。

その後、5歳時には1200mの阪急杯を勝利し、阪神競馬場の1200m、1600m、2000mの3つのカテゴリーで重賞制覇という離れ業を成し遂げるなど、6歳まで息の長い活躍を果たしたものの、ついに2つ目のGⅠを手にすることはできなかった。
一方のシーキングザパールは、ノドの病気のため以後の秋シーズンは休養したものの、翌年の夏、フランスのGⅠモーリス・ド・ゲスト賞を制し、日本調教馬としては初の海外GⅠ制覇という大偉業を成し遂げることになる。また、オークスと秋華賞の二冠馬となったメジロドーベルも、この翌年からエリザベス女王杯を二連覇し、最終的にはGⅠを計5勝するなど、この世代はとにかく牡馬も牝馬も超のつく強豪がたくさん登場した世代だった。

写真:Horse Memorys、かず
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