![[紫苑S]クリスマスパレード、コスモマーベラス、サンドリオン。前走ダート戦から紫苑Sを勝利した馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/09/2026090201-scaled.jpg)
関東でおこなわれる秋華賞トライアル紫苑Sは、2000年に創設された当初はオープン特別だった。その後、16年にGⅢの重賞へ昇格し、7年後にはGⅡへと格上げ。異例の早さで出世を果たした。
それもそのはずで、重賞に昇格して以降、出走馬のレベルは大きく向上し、16年2着ヴィブロスは本番の秋華賞を制覇。翌17年の勝ち馬ディアドラも秋華賞を制し、これら2頭と18年の勝ち馬ノームコア(秋華賞は回避)は、古馬になってから海外GⅠも勝利するなど、紫苑Sをステップに数多くの名牝が誕生した。
出走馬の前走レースを見ると、出走数、勝利数とも多いのはやはりオークス組で、さすがの強さだった。一方、数こそ少ないものの、オープン特別としておこなわれていた時代も含めれば、前走ダート戦出走馬が4頭勝利している。00年以降、牝馬限定かつ芝の重賞もしくはオープン特別で、前走ダート戦出走馬がのべ4頭勝利したのは紫苑Sだけ。マニアックではあるものの、興味深いデータといえるのではないだろうか。
今回は、前走ダート戦から紫苑Sを制した馬たちを振り返りたい。
■2024年 クリスマスパレード
キタサンブラック産駒のクリスマスパレードは、美浦・加藤士津八厩舎からデビューを果たした。初戦は12月中山・芝2000mの2歳新馬戦でここを快勝すると、2ヶ月半後の水仙賞は紅一点ながら再び快勝。牡馬相手に2000m以上のレースを連勝したことで、オークスのダークホース的存在となった。
しかし、出走権獲得がかかったフローラSで落ち着きを欠いたクリスマスパレードは、直線で伸びきれず4着に敗戦。オークス出走は叶わなかった。さらに、ダートへ活路を見出した関東オークスでは、勝ち馬に6.0秒も離された9着と大敗を喫し、そこから3ヶ月の休養をはさんで出走したのが紫苑Sだった。
中山コースで2戦2勝の実績があるにもかかわらず、13頭立ての5番人気に甘んじていたクリスマスパレードは、五分のスタートからあっさりと2番手を確保。逃げるイゾラフェリーチェの1馬身後方につけた。
前半1000m通過は58.8秒で、絶好ともいえるこの日の馬場コンディションを考えればやや遅い流れ。しかも、先頭から最後方サロニコスまではおよそ15馬身と隊列は縦長で、2番手は理想的なポジションといえた。
ペースが上がったのは中間点を過ぎてからで、中団待機組も差を詰めはじめ隊列は凝縮。4コーナーでは全馬が8馬身ほどの圏内に固まる中、直線を迎えた。
直線に入るとすぐイゾラフェリーチェを交わして単独先頭に立ったクリスマスパレードは、坂の手前で本格的にスパート。追ってきたレイククレセントを坂上で振り切った。すると、今度は2番手に浮上したミアネーロが素晴らしい末脚で追い込み迫られはしたものの、最後はこの猛追を首差しのぎ先頭ゴールイン。大敗からの巻き返しで摑んだ初タイトルは、従来の記録を0.5秒更新するコースレコードでの快勝だった。また内容面でも、道中の流れが遅かったとはいえ、後半4ハロンのタイムが一度も落ちない「加速ラップ」を刻んだ末の価値ある勝利で、春に叶わなかった大舞台への出走権をついに手にしたのである。

この後、秋華賞に出走したクリスマスパレードは、勝ったチェルヴィニアから0.5秒差の5着と健闘。4歳シーズン前半も、中山金杯4着、中山牝馬S3着と、勝ち切れないながらも堅実な走りをみせていた。
ところが、9着に敗れたヴィクトリアマイル以降は掲示板に載ることができず、現在は休養中(26年8月末時点)。紫苑Sでみせた走りは間違いなく素晴らしかっただけに、戦線復帰と復調が待たれる。
■2005年 コスモマーベラス
フジキセキ産駒のコスモマーベラスは、栗東・中村均厩舎からデビューを果たした。初戦は10月におこなわれた福島・芝1200mの2歳新馬戦で、ここを快勝すると、500万クラス(現1勝クラス)の平場2着から臨んだ阪神ジュベナイルフィリーズは10着。GⅠ初挑戦はほろ苦い結果に終わったものの、3歳初戦の萌黄賞で2勝目をあげた。
その後フィリーズレビューで8着と敗れ、桜花賞の出走権を獲得できなかったコスモマーベラスは、忘れな草賞3着から臨んだスイートピーSで2着に好走。オークス行きのチケットを手にした(当時は2着までに優先出走権が与えられていた)。
ところが、2400mはさすがに長かったか、本番で10着に敗れると、ダート戦に活路を見出した関東オークスでも10着に大敗。そこから3ヶ月の間隔を開けて臨んだのが、当時、芝1800mのオープン特別としておこなわれていた紫苑Sだった。
前年の阪神ジュベナイルフィリーズを制したショウナンパントルが人気を集める中、4番人気でこの一戦に臨んだコスモマーベラスは、五分以上のスタートを切ると先行。内枠3頭を前に見ながら、好位4番手を確保した。
1000m通過は63.0秒と非常に遅く、離れた最後方を追走するフレンチムード以外の8頭はおよそ6馬身ほどの一団。4コーナーを回ってもこの隊列にほとんど変化はないまま、レースは直線を迎えた。
直線に入るとすぐ、楽な手応えのまま先頭に並びかけたコスモマーベラスは坂の途中で先頭に躍り出た。追ってきたのは、パーフェクトマッチと、馬と馬の間をかき分けるように抜け出してきたショウナンパントルで、とりわけショウナンパントルの末脚は鋭く、勢いよく前に迫ったものの、この追撃を余裕たっぷりに凌いだコスモマーベラスが3/4馬身という着差以上の強さで先頭ゴールイン。2歳女王の追撃を封じた末に摑んだオープン初勝利は、同時に秋華賞への出走切符にもなったのである。
その後、秋華賞で10着に敗れたコスモマーベラスは4歳夏、1000万クラス(現2勝クラス)に降級したものの、そこから条件戦を勝ち上がり、さらに当時オープン特別だったターコイズSを2連覇するなど活躍。JRA全10場のうち8場を走破し、それ以外にも地方・大井と川崎のレースにも出走するなど、全国を飛び回った。また、中山コースは9戦3勝2着3回3着1回と得意で、6歳時に出走した中山牝馬S(6着)を最後に現役引退、繁殖入りを果たした。
コスモマーベラス自身は2022年にこの世を去ったものの仔出しは非常に良く、初仔コスモアメイジングから最後の産駒ウインアチーヴまで、12年間で11頭もの産駒を送り出した。そのうち、10番仔のウインマーベルは重賞4勝。母が叶えられなかった重賞制覇を成し遂げただけでなく、スプリンターズS2着やマイルCS3着などGⅠでも好走した。25年のマイルCS以降は休養に入っているものの7歳になった今シーズンも現役で、もう一花咲かせるか復活が期待される。

■2006年 サンドリオン
コマンダーインチーフ産駒のサンドリオンは、後にダート界の頂点を極めるトランセンドの半姉。そのトランセンドや母シネマスコープをはじめ、二代母ブルーハワイの産駒や孫たちの多くは栗東・安田隆行厩舎からデビューし、サンドリオンもまた安田隆調教師の管理馬となった。
ただ、デビューは年明けとなり、初戦には3月阪神・ダート1400mの3歳未勝利戦が選ばれたものの、結果は勝ち馬から1.2秒差の6着。続く2戦目も3着に敗れた。それでも、中1週で臨んだ未勝利戦を5馬身差で圧勝して波に乗ると、4ヶ月の休養をはさんだ500万クラスも再び5馬身差で圧勝。そこから中3週で臨んだのが、自身初の芝レースとなる紫苑Sだった。
史上初めて南関東牝馬三冠を達成した地方・船橋所属チャームアスリープが出走したものの、芝のレースでは抜けた実績を残した馬がいないメンバー構成の中、2番人気に支持されたサンドリオンは、五分のスタートから一度は先行争いに加わろうとした。しかし、ユーロペとコスモプラチナの逃げ争いは激しく、自身も外枠からスタートしたため、最終的には中団8番手に落ち着いた。
一方、前は逃げ争いを制したユーロペが1000mを57.8秒で通過。最後方チャームアスリープまでは30馬身近い差があり、かなり縦長の隊列となった。それでも、3コーナー過ぎから2番手以下の各馬が追い上げを開始すると、4コーナーでユーロペは失速、替わって、前は5頭が一団となる中、レースは直線を迎えた。
直線に入ると、1番人気オリオンオンサイトと15番人気ケンブリッジマイアが抜け出して叩き合いが長く続き、この2頭で決着するかと思われた。ところが、ゴール寸前で様相一変。馬場の中央を勢いよく伸びたサンドリオンとキープユアスマイルが並ぶ間もなく前を交わし去ると、先に抜け出したサンドリオンがクビ差前に出て1着ゴールイン。初めての芝も全く問題にしない怒涛の3連勝で、見事、秋華賞への切符を手にしたのだった。
その後、秋華賞に出走したサンドリオンは、勝ったカワカミプリンセスから0.6秒差の7着に敗れ、連勝は3で止まった。ただ、重賞初挑戦がGⅠ。しかも芝は2戦目という条件を考えれば悲観するような結果ではなく、むしろ未来は明るいかに思われた。
ところが、このあと脚部不安を発症したサンドリオンは、復帰を目指すも2年後に引退。結果的に、秋華賞が最後のレースとなってしまった。
ところで、この秋華賞でサンドリオンに騎乗したのは秋山真一郎騎手(現調教師)だったが、全6戦中3戦で手綱をとったのが川田将雅騎手である。当時、デビュー3年目の川田騎手はこの年、安田隆厩舎所属からフリーへ転向していた。それでも、師匠にサンドリオンの鞍上を託され紫苑Sでも手綱をとっていた。
当時、学生だった私は、この紫苑Sをアルバイト先のテレビで、同じ建物にある別店舗のマネージャーと一緒に休憩中に見ていた。そのマネージャーは、サンドリオンが勝利した直後「あと何年かしたら、川田はトップを獲るよ」と予言していたことを、今も明確に記憶している。
しかし、川田騎手はこの3週間後に落馬負傷。長期の休養を余儀なくされ、残念ながら秋華賞でのコンビ継続は実現しなかった。
引退後、サンドリオンは生まれ故郷のノースヒルズで繁殖入りした。自身は4頭の産駒を送り出したあと2015年にこの世を去り、その血は初仔シャスターデイジーを通じて繋がれたものの、いまだサンドリオンを超える馬は誕生していない。それでも、同馬の実績をみれば大物が誕生してもなんら不思議ではなく、その大物が、マネージャーの予言どおりトップジョッキーとなった川田騎手とのコンビでGⅠを制したら、これほどドラマチックなことはないだろう。
写真:ぼん(@Jordan_Jorvon)
