[新潟2歳S]ロサード、クリールサイクロン、キタウイング。小柄な馬体をものともせず新潟2歳Sを制した馬たち

夏競馬の風物詩ともいえるのが、各ローカル場でおこなわれる2歳重賞。そのひとつ、新潟2歳Sがおこなわれる新潟競馬場は大きなアップダウンこそないものの左回りで、外回りコースは直線が長く、GⅠが数多く開催される東京競馬場と似ている。そのため、この条件を狙って出走する素質馬は少なくない。中でも、2013年の新潟2歳Sは1着ハープスターが後に桜花賞を、2着イスラボニータも皐月賞を制するなど、メンバーレベルは非常に高かった。

そんな新潟2歳Sの馬体重別成績をみると、中型馬と大型馬が優勢だった。データが残っている過去40年、馬体重460キロ以上480キロ未満と、500キロ以上520キロ未満だった馬の3着内率はともに30%を超え、440キロ未満の12.9%を大きく上回っている(520キロ以上の超大型馬も苦戦傾向)。ただ、小柄な馬がまったく通用しないかといえば、もちろんそんなことはない。正々堂々と中・大型馬に立ち向かい、これらを撃破した小型馬もいた。

今回は、小柄な馬体をものともせず、新潟2歳Sを制した馬たちを振り返りたい。

■1998年 ロサード 408キロ

大種牡馬サンデーサイレンス産駒のロサードは、半姉にデイリー杯3歳Sを制し、翌96年の秋華賞でも3着に好走したロゼカラーがいる良血馬。そのロゼカラーと同じ栗東の名門、橋口弘次郎厩舎からデビューを果たした。

馬体重は400キロそこそこと牡馬にしてはかなり小柄で、それだけに仕上がりは早く、7月阪神・芝1400mの新馬戦を好位から抜け出し快勝。その1ヶ月半後に臨んだのが、当時まだ右回りの芝1400mでおこなわれていた新潟3歳Sで、馬体重は前走比2キロ増の408キロだった。

函館3歳S覇者リザーブユアハートらが参戦したこともあり、このレースで5番人気に留まっていたロサードは、五分以上のスタートを切ると、逃げるコバノキャンティから3馬身離れた6番手を追走。600m通過は34.1秒と速かったものの、3コーナー過ぎから馬なりで進出すると、4コーナーでは3番手までポジションをあげ直線を迎えた。

直線に入ると5頭が横一線となり、そのなかで最も外に進路をとってジワジワと末脚を伸ばしたロサードが残り100mで先頭に躍り出た。追ってきたのは、内ラチ沿いギリギリを抜け出したノーザンカピタンと、大外から勢いよく伸びてきたリザーブユアハートで、前との差を懸命に詰めようとするも、見た目以上に余裕があったロサードはノーザンカピタンに3/4馬身差をつけ先頭ゴールイン。姉ロゼカラーと同じデビュー2連勝での重賞制覇は、道中ハイペースを追いかけながらも勝ち切る強い内容だった。

データが残っている86年以降、これより小さな馬が当レースを勝利した例は86年の牝馬クールハートだけ。2025年現在も、牡馬としてはレース史上最小馬体重の勝利記録である。また、橋口調教師はこの直後におこなわれた小倉3歳Sも管理馬コウエイロマンで勝利し、3歳(旧馬齢表記)重賞同日制覇の偉業を成し遂げた。

ロサードはその後、GⅠタイトルにこそ届かなかったものの中距離重賞には欠かせない名脇役となり、さらに4つのタイトルを積み重ねた。410キロに満たなかった馬体重は最高448キロまで増え、立派に成長。新潟3歳Sの翌春からは強烈な末脚を武器とする追い込み馬に変貌して7歳(現馬齢表記)まで現役を続け、その年の夏には2年ぶりに小倉記念を制するなど、全46戦を立派に戦い抜いた。さらに、種牡馬としても数少ない産駒の中からクラウンロゼが13年のフェアリーSを制し、重賞ウイナーの父にもなった。

また、母ローザネイから枝葉を伸ばした一族は、ロサードやロゼカラーらの活躍をきっかけに『薔薇一族』と呼ばれるようになった。その中で、ロゼカラーの孫にあたるローズキングダムが一族初のGⅠ制覇。同馬の姪にあたるスタニングローズも秋華賞などGⅠを2勝し、他にも数多くの重賞ウイナーが誕生した。現役では4代母にロゼカラーがいるラフターラインズが26年のフローラSを制しオークスでも3着に好走するなど、一族3頭目のGⅠ馬になることが期待されている。

■1997年 クリールサイクロン 436キロ

デビューわずか2ヶ月半で英・愛ダービーを制した名馬コマンダーインチーフ。その初年度産駒の1頭クリールサイクロンは、美浦・稲葉隆一厩舎からデビューを果たした。

初戦は7月新潟・芝1200mの新馬戦でここを快勝すると、2戦目の新潟3歳Sには前走比12キロ増となる436キロで出走した。

初戦の追い込み勝ちが鮮烈だったが、このレースで1番人気に推されたクリールサイクロンはスタートでわずかに立ち後れると、序盤は最後方を追走。鞍上の蛯名正義騎手が手綱を押して促してもなかなか進んでいかず、直前の9番手に位置するキタノジェントからも3馬身ほど離されていた。

一方、先行争いは激しく、600mを34.7秒のハイペースで通過。短距離戦ながら度々先頭が入れ替わり、後方待機組に向く展開となった。そんな中、クリールサイクロンはいきっぷりが悪かった序盤から一転、まるで勝負所を理解しているかのように3、4コーナー中間でグイグイ加速すると、前との差を5馬身まで詰め直線を迎えた。

直線に入ると、4コーナーを先頭で回っていた地方・高崎のタマルファイターがそのまま逃げ込みを図り、後続を引き離しにかかった。先行各馬が伸びあぐねる中、クリールサイクロンは直線半ばでもう一段加速。すると、その差はみるみる詰まり、最後はタマルファイターをきっちり捕らえ先頭でゴール板を駆け抜けた。デビュー2連勝で成し遂げた重賞制覇は、種牡馬コマンダーインチーフにとっても産駒初の重賞制覇だった。

その後、京成杯3歳S(現・京王杯2歳S)と、当時オープン特別だったホープフルSで連続3着としたクリールサイクロンは、年明け初戦のジュニアCで7着に敗れた。それでも、皐月賞トライアルのスプリングSでは一転して好位2番手につけ直線坂下で先頭に立つと、そのまま押し切り快勝。見事な巻き返しで7ヶ月ぶり2度目の重賞制覇を成し遂げてみせた。

ところが、続く皐月賞で7着に敗れると、それ以降は不振に陥り、6歳時に障害へ転向、7歳時には地方競馬へ移籍したものの勝利を挙げることができず引退。乗馬となった。ただ、ハープスターが衝撃的な追い込みを決めた13年まで、新潟2歳S(新潟3歳S)の追い込みといえばクリールサイクロンを思い浮かべるファンは少なくなく、30年近く経った今なお、あの鮮烈な末脚はオールドファンの脳裏に深く刻み込まれている。

■2022年 キタウイング 436キロ

新潟2歳Sが現在と同じ左回りの芝1600mでおこなわれるようになったのは02年のこと。以降、440キロ未満の小柄な馬はそれまで以上に苦戦を強いられ、20年近く勝利することができなかった。そのジンクスを打ち破ったのがキタウイングである。

ディープインパクトの初年度産駒で通算成績26戦5勝、うち重賞2勝と活躍したダノンバラード。引退後は種牡馬として日本で2年間繋養され、その後イタリアと英国に渡り、19年から再び日本で繋養されることになった『逆輸入種牡馬』である。その5世代目産駒(逆輸入されてからは初年度産駒)で牝馬のキタウイングは、美浦・小島茂之厩舎からデビューを果たした。

初戦は7月福島・芝1200mの新馬戦で4着に敗れるも、その1ヶ月半後、新潟・芝1600mでおこなわれた未勝利戦を勝利。そこから馬体重増減なしの436キロ、なおかつ連闘で臨んだのが新潟2歳Sだった。

人気はアイスグリーン、シーウィザード、ウインオーディンに集まり、三つ巴の様相を呈する中、4番人気に支持されたキタウイングはスタートで1馬身ほど出遅れた。それでも、鞍上の戸崎圭太騎手は遅れを挽回することなく後方を追走。600m通過は36.6秒と遅かったものの、先頭から最後方までは10馬身ほどの差で、道中この差はほとんど変わらないまま直線を迎えた。

直線に入ると全11頭が横いっぱいにドッと広がり、外から4頭目に進路をとったシーウィザードが先頭に立った。その外へ持ち出されたウインオーディンがこれを追い、残り200m地点では2頭の争いになると思われたものの、最内からスルスルと末脚を伸ばしたキタウイングがこれらをまとめて差し切り先頭ゴールイン。2歳牝馬の連闘は一見、厳しい条件に思えるものの、この英断を下した陣営と、それに応えたキタウイングの素晴らしい末脚が重賞タイトルを手繰り寄せ、父ダノンバラードに産駒初のJRA重賞制覇もプレゼントしたのである。

その後、3ヶ月半の休養をはさんで阪神ジュベナイルフィリーズに出走したキタウイングは14着と敗れたものの、年明け初戦のフェアリーSでまたしても内から追い込みを決め優勝。2つ目のタイトルを手にした。

ところがそれ以降は不振に陥り、およそ3年間で21走したものの再び勝ち星を手にすることはできず、25年のターコイズS(16着)を最後に引退。故郷のミルファームで繁殖入りを果たした。

前述した21戦、キタウイングにとっては苦戦の連続となってしまった。それでも、唯一3着内に好走したのが、重賞初制覇を成し遂げたときと同じ新潟でおこなわれた信越Sである。このとき、大外18番枠からスタートしたキタウイングは、直線でもそのまま大外を追い込み、勝ち馬から0.3秒差の3着に惜敗。新潟2歳SやフェアリーSとは対照的なレースであったものの、「もしや……」を予感させるような素晴らしい末脚を久々に繰り出し、重賞ウイナーの意地を見せてくれた。

写真:かず、かずーみ

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