予想を外すことは私にとって日常茶飯事であるが、自信をもって本命から外した馬に圧勝されるときはさすがにショックを受ける。特に、その馬が直線に入って早い段階で勝負を決めてしまったときほどこの衝撃は大きくなり、レース後立ち尽くすこともしばしばだ。
ほんの数秒前まで持っていた、自らの予想への絶大の自信は音を立てて崩れ去り、ゴール板を過ぎるまでの十数秒間、呆然としながら目の前の現実を受け止めなければならない。それと同時に、自らの馬を見る目の無さを嘆き、予想を的中させて大いに盛り上がる周りの雰囲気に置き去りにされていく。
レース内容からも、勝ち馬に対して文句のつけようが一切なく、自らの見る目の無さを最大限に痛感し嘆いたのが、2012年の牝馬クラシック第2戦オークスだった。

2012年のクラシック第1戦・桜花賞は、高いレベルで混戦となっていた。1番人気はジョワドヴィーヴル。父は英雄ディープインパクト、母はGⅠ馬ビワハイジ、そして半姉にGⅠ6勝の名牝ブエナビスタをもつ、これ以上は思いつかないくらいの超良血馬だ。前年末の阪神ジュベナイルフィリーズではグレード制導入後初となる、キャリア2戦目で勝利を収めた、まさに天才少女である。2番人気は、同じディープインパクト産駒で、年明けのシンザン記念を牡馬相手に快勝したジェンティルドンナ。3番人気は、阪神ジュベナイルフィリーズで2着に入り、トライアルのフィリーズレビューを快勝したアイムユアーズ。そして4番人気には、年末の出世レース・エリカ賞と2月のGⅢクイーンカップを連勝していたヴィルシーナが推された。
このハイレベルな混戦を制したのは、ジェンティルドンナ。先行して直線先に抜け出したヴィルシーナとアイムユアーズの2頭を外から差し切る荒々しい姿は、名前の由来となったイタリア語の『貴婦人』という言葉から連想される華麗さよりは、有り余るエネルギーで同期の乙女達を力ずくでねじ伏せた『おてんば娘』のようだった。

そうした過程を踏まえて迎えたオークスだったが、1番人気は桜花賞馬ジェンティルドンナでも、2・3着に惜敗したヴィルシーナでもアイムユアーズでもなかった。
1番人気に推されたのは、ミッドサマーフェア。
4戦目で未勝利を勝ち上がり、昇級3戦目となった1勝クラスの君子蘭賞とオークストライアルのフローラSをどちらも圧勝と、勢いに乗ってここに臨んできた馬だった。
桜花賞2着のヴィルシーナが2番人気で続き、桜花賞馬ジェンティルドンナはそれをも下回る3番人気であった。
改めて振り返ると、桜花賞馬がなぜこの時3番人気だったのか。それは、ジェンティルドンナにとって明らかにマイナスになり得る要素が、少なくとも3つ存在していたからだ。

1つめは乗り替わり。
前2走、チューリップ賞と桜花賞に騎乗していた岩田康誠騎手がオークスの前に騎乗停止処分を受けてしまい、替わりに川田騎手に白羽の矢が立っていた。川田騎手は当時既にクラシックを2勝していてトップジョッキーの仲間入りを果たしていたのだが、不可抗力とはいえクラシック本番での乗り替わりはマイナスと見る向きがあった。
2つめはコース実績と距離実績。
ミッドサマーフェアとヴィルシーナには、同じ東京コースで重賞勝ちの実績があり、なおかつ2000mで勝利経験があった。一方でジェンティルドンナはといえば、これが初の東京コースどころか関東遠征自体が初。距離経験にしても、母ドナブリーニが1200mを中心に走っていたことと、自身もここまでのキャリア5戦は全て1600mを使われていたことで、2000m前後の距離が未経験な中でいきなり4ハロン延長というのは、いかにも厳しいのではないかというのがおおよその見方だった。
そして3つめは当日の気配。
この日のパドックで、ジェンティルドンナは激しくイレこんでいた。初の関東遠征による環境の変化が、少なからず影響したのかもしれない。そこには『貴婦人』に漂うような落ち着いた雰囲気はなく、『おてんば娘』全開の、持っているエネルギーをレースとは別の方面にぶつけるのではないかという危うさがあった。

かくいう私も、前述した2つの一般的な見方に大いに同調し、予想の本命にはヴィルシーナを据えていた。
桜花賞から引き続き内田騎手が騎乗してくれることは心強く、クイーンカップの内容からも府中コース向きなのは明らかだった。さらに、牡馬に混じって2000mを勝利しているという経験も大きいと思ったのだ。
当時あまりパドックを見ることがなかった私は、よりによってこの時ばかりはパドックで激しくイレこむジェンティルドンナを見ていて、自らの予想にますます自信を深めていた。
「府中の2400mは大観衆のスタンド前からスタートが切られるが、きっとスタート前のゲート裏でジェンティルドンナは更にイレこむだろう。そんな状態で2400mを平常心で走ることなど到底難しい」と考えたのだ。

案の定、スタート前のゲート裏でさらにイレこみを増したジェンティルドンナ。しかし、いざゲートが開くと出遅れるようなことは全くなかった。
ダッシュがつかない馬が2頭いたものの、致命的な出遅れをした馬はいなかった。内から手綱を押して強引にハナを奪うマイネエポナと吉田隼人騎手。好枠1番を利してその後に続く桜花賞3着馬アイムユアーズを、外からオメガハートランドとエピセアローム、そしてトーセンベニザクラが外から交わし先行集団を形成する。
私の本命・ヴィルシーナはちょうど真ん中9番手、ミッドサマーフェアがこれをマークするように直後に付け、ジェンティルドンナは後方14番手の馬群の外にいた。向正面に入る頃には隊列はほぼ決まっており、速いペースでレースは進んでいく。

前半の1000mは59秒1で通過。
3歳春の牝馬の2400m戦でこのペースはかなり速く、折り合いを欠くような馬はいない。
とはいえ、ハイペースでも後方からの追い込みが決まるということは一般的に少なく、本命のヴィルシーナに肩入れしているのもあって、ちょうど中団あたりが勝つための最適なポジションのように見えた。まだこの時、予想への自信が揺らぐことはなかった。

残り1000mを切り3コーナーに入るあたりから、マイネエポナが差をじりじりと広げにかかり、後続も置いていかれまいと徐々に仕掛け始める。前半1000mはハイペースで推移したこのレースだが、ラップタイムの面で結論を言ってしまうと、ここからの後半1000mのペースも上がる一方で(最後の1ハロンのみ直前の1ハロンと同タイム)、どの馬にとってもかなり厳しいレース展開となる。
3、4コーナーの中間で、ヴィルシーナの内田騎手は懸命に手綱をしごくが、なかなかポジションを上げられず依然中団の馬群のまっただ中。逆にミッドサマーフェアは手応え十分にその外から進出を開始した。ジェンティルドンナも仕掛けている様子はあまりないが変わらず15番手あたりを追走。最後の直線に入ったときには2番手以降の馬群は一団となっていた。

まず、マイネエポナが早々に捕まりそこに先行していた4~5頭が殺到。その中でも、ハイペースで流れたレースで、我慢比べになったときにはめっぽう強いステイゴールド産駒のアイスフォーリスが内を突いて先頭に立ち、アイムユアーズがそれを追う。
その後ろのグループに目を移すと、馬場の真ん中から外にかけてヴィルシーナ、ミッドサマーフェア、ジェンティルドンナの人気馬3頭が横並びだ。
しかし、先頭集団に再度カメラが切り替わる秒数にしてたった3秒あるかないかの間に、その中の1頭だけが全く違う末脚で馬群の中を一気に抜け出したのだ。

それは、残念ながら私の本命のヴィルシーナではなく桜花賞馬ジェンティルドンナだった。

「あっ、まずい!」

そう思った私だったが、あまりにあっという間の出来事だった。牝馬とは思えないほどのフットワークで府中の直線のど真ん中を猛然と駆け抜けるその迫力に、声すらも出せない。
1頭まるで勢いが違い、ゴールまでまだ150mほども残っているのに一瞬で勝利を決定づけてしまった。そして残り100mからは独走となり、ジェンティルドンナの一人舞台が始まった。

ゴール板前で観戦していた私はこの独走が始まると、冒頭でも述べたような大きなショックを受け、これほどの強さを予想できなかった自身の情けなさを感じながら、ただただその光景を呆然と見守るしかなかった。
たった2分ちょっとで『おてんば娘』から『貴婦人』へと華麗に変身したジェンティルドンナは、そんな私の目の前を一瞬にして涼しい顔で駆け抜けていった。
そしてゴール板を過ぎた直後、そのあまりに強いジェンティルドンナの一人舞台に、場内からは自然と盛大な拍手が沸き起こった。

彼女がこの日記録した2分23秒6というタイムは、2007年にローブデコルテが記録したオークスレコードをなんと1秒7も更新し、父ディープインパクトとキングカメハメハが記録したダービーレコードにも0秒3迫るという破格の好タイムだった。かくして、ジェンティルドンナは牝馬2冠を達成し、このレース内容からも彼女の伝説はここから始まったと言えるのではないだろうか。

秋には、ヴィルシーナとのデッドヒートの末に史上4頭目となる牝馬三冠を達成。その1ヶ月後には3歳牝馬として初めてジャパンカップを制覇し翌年には連覇。5歳時にはドバイシーマクラシックで海外GⅠ初制覇も飾り、引退レースとなった年末の有馬記念を感動のラストランで締めくくって伝説は完結した。
国内外でGⅠ7勝、年度代表馬2回、総獲得賞金は当時の歴代2位。さらには2016年に顕彰馬へ選出される、まさに文句なしのスーパーホースだった。

今度のオークスの予想も、外れてしまうのだろうか。もちろん当たらなくていいとは思わないし、予想で導き出した結論を最終直線の早い段階から後悔なんてしたくはない。ゴール前で大接戦となり、ワクワクしながら写真判定を待った結果、予想が的中していたというのが一番の望みだ。
しかしながら、心の隅っこには怪物のように強い牝馬がぶっちぎって勝つことを願っている自分もいる。
府中2400mのオークスでそんな強い方勝ち方をした馬には、間違いなく明るい未来が待っていて、世界的な名馬になる資格だってあるのだから。

写真:Horse Memorys

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