
誰かを応援するのに、大きな理由や実績はいらない。
それは、人だけでなく、競走馬を応援するときも同じなのだと思う。
私たちは、競走馬が走る姿に惹かれ、勝てば勝利に喜び、敗れれば「次こそは」と願わずにはいられない。そうした経験の積み重ねによって、一頭の競走馬は私たちの中でいつしか特別な存在になっていく。
自分にとって、ケイデンスコールはそんな一頭だった。
競馬を見始めたころ、ケイデンスコールは既に新潟2歳Sを勝利し、重賞馬という肩書を手にしていた。しかし、寄せられた期待とは裏腹に、2歳マイル王者決定戦・朝日杯フューチュリティSでは出脚が付かず、後方13着で入線。3歳夏からは古馬との対決を選ぶも、思う様な結果を残せずに試行錯誤の日々を続けていた。
私は、新潟2歳Sを制し、新星として期待されていたケイデンスコールを知らない。私が見たものは、自身に乗る期待にひとつでも応えようともがき続ける一頭の競走馬の姿だった。だからこそ、彼が再び輝いたあの瞬間は、今でも私の中で鮮明に残っている。

■ あの夏から始まった物語
ケイデンスコールの物語は、2018年夏、中京競馬場から始まった。彼が出走したメイクデビューにはのちのGI3勝馬、アドマイヤマーズも出走していた。ケイデンスコールは道中、ぴったりとアドマイヤマーズをマークしながら進む。最後の直線に入ると、互いに譲らぬ競り合いを見せ、2頭はほぼ同時にゴール板を駆け抜けた。ケイデンスコールはあと一歩勝利に届かなかったものの、直線で見せた走りは素質の高さを感じさせるものであった。
それを裏付けるかのように、2戦目となった2歳未勝利戦を快勝。次なる舞台には、新潟歳Sが選ばれた。真夏の新潟競馬場に集っていたのは、将来を嘱望されている若駒たち。そのなかでも、ケイデンスコールに向けられていた視線には、ひときわ熱いものがあった。
道中後方で脚を溜めたケイデンスコールは、大外に活路を見出した。鋭い差し脚で先頭に立つとそのまま後続を完封し、ゴールイン。デビューから3戦目にして、ケイデンスコールは初の重賞タイトルを手にした。
陣営が次に見据えたのは、2歳GIの朝日杯フューチュリティSだった。スタート直後に他馬がヨレる場面もあり、後方からレースを進めたケイデンスコールは13着に終わった。
一方で、上位を占めたのは比較的前目につけていた馬たち。ケイデンスコールのはじめてのGI挑戦はほろ苦いものとなった。
■ あと一歩と、長い時間
3歳を迎えたケイデンスコールは、かつて「東上最終便」と呼ばれた毎日杯から始動する。しかし、目指すのは皐月賞ではない。選んだ道は、NHKマイルCであった。
再びたどり着いた大舞台。新潟2歳S以来、ケイデンスコールは勝利から遠ざかっていたこともあり、伏兵の1頭としてゲートに収まった。
与えられた枠は、18番。ケイデンスコールは後方で待機し、勝負所を見極める得意のスタイルを選択した。直線では各馬が激しく入り乱れる中、大外に進路を取った。前に行く馬たちを次々ととらえた同馬の前に、みたびアドマイヤマーズが立ちふさがる。デビュー戦ではハナ差、朝日杯フューチュリティSでははるか前にいたライバルの姿がそこに見えた。懸命に追いすがる。差は少しずつ縮まるも、軍配が上がったのはアドマイヤマーズだった。後続は凌いだものの、その背には届かなかった。

だとしても、ケイデンスコールが見せた末脚は、立派なものだった。14番人気からの2着。世代マイル王を決める場で、「ケイデンスコール」という馬の存在を強く印象付けた。
夏からは、古馬との戦いへと歩みを進め、様々な舞台への挑戦を続けていく。だが、なかなか結果には結びつかなかった。最後に勝利を挙げたあの日から、およそ2年4ヵ月が経過していた。
■ 再び輝いた、5歳の春
季節は巡り、新春の中京競馬場に5歳となったケイデンスコールの姿があった。同馬が次なる戦いの場に選んだのは、年始の名物レースである京都金杯。出脚がついたケイデンスコールは、先団の内にポジションを取る。この時点で、私はある違和感を覚えていた。中団から後方でレースを進めることが多かった馬が、あっという間にインを確保し、前目の位置につけている。
だが、その違和感は直線で熱狂へと変わった。坂の途中、先行馬の動きによって開いた進路から外へ持ち出す。鞍上の鞭に応え、ひと伸び、さらにもうひと伸び。気づくとケイデンスコールは、先頭に立っていた。大外からの猛追を凌ぎ切り、ゴール板を駆け抜けた。
12番人気の5歳牡馬が、およそ2年4ヵ月ぶりの勝利を掴んだ瞬間だった。
次走に選ばれたのは中山記念。逃げ馬が後続を引き離し、馬群は縦長となった。ケイデンスコールは3コーナーから徐々に位置を押し上げる。傍らには同じ日に中山金杯を制したヒシイグアスの姿があった。東西の金杯馬が、並ぶようにして先団を捕まえにかかる。直線では各馬が横に広がるなか、ケイデンスコールも内からじわじわと差を詰めていく。その外からは、ヒシイグアスも伸びてきた。粘る先行馬を捉えると、勝負は2頭の争いになった。ケイデンスコールは最後まで食らいつくが、わずかクビ差だけヒシイグアスが前にいた。
春が深まるころ、ケイデンスコールはマイルの舞台へと戻ってきた。次なる戦いは、GⅡ読売マイラーズC。京都金杯とは異なり、この日は中団からレースを進めた。直線に入ると単騎で逃げる古豪・ベステンダンクを捉えようと、後続も一斉に動き出した。残り200mを切り、前目につけていたダイワキャグニーやカイザーミノルも抜け出しを図る。そんななか、外から脚を伸ばし、鮮やかな差しきりを見せたのがケイデンスコールだった。京都金杯に続く、この年2つ目の重賞制覇。5歳の春、ケイデンスコールは重賞戦線の中心に返り咲いた。

■ 走りの先にあったもの
華やかな春を終えても、ケイデンスコールの競走生活は続いていく。だが、マイラーズCで手にした勝利が、結果として最後のものとなった。6歳となった2022年、ケイデンスコールは競走生活に幕を下ろした。
引退後は馬術競技の道へと進み、2025年には引退競走馬による馬術大会RRC(Retired Racehorse Cup)の馬場馬術部門でファイナルにも進出した。
ケイデンスコールの現役生活を表す馬柱は、決して完璧と言えるものではなかっただろう。それでも、逆風の中で掴んだ輝きは、一度きりでは終わらなかった。彼は、まだやれることを示してくれた。その姿を見て、私もまた、簡単に諦めずにいようと思えた。2年4ヵ月の先にあった、あの灯火のように。

写真:Horse Memorys、s1nihs、ほこなこ

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