仁川の桜に"龍"が昇る。ショウリュウムーン・木村健騎手がアパパネを倒した日 - 2010年・チューリップ賞

2010年の牝馬クラシック。
今になって振り返れば、アパパネがスティルインラブ以来となる牝馬三冠を達成した年だったと言える。

──ところが、彼女がトライアルレースも圧倒的な実力で制したかと問われると、実はそうではない。

前年に阪神JFを制し仁川に帰ってきたチューリップ賞も、牝馬三冠に王手をかけて臨んだ秋初戦のローズSも、アパパネは敗れている。アパパネが敗れたチューリップ賞は、同時に、ある人馬にとって初の重賞制覇もあった。

冠名"ショウリュウ"が表す昇り龍の如く、牝馬クラシック路線に彗星のように現れた新星──。

木村健騎手と、ショウリュウムーンである。

それは2010年牝馬クラシックの盛り上がりを予感させる走りだった。

機を待つ、龍

父キングカメハメハの2世代目の産駒として生を受けたショウリュウムーン。母のムーンザドリーム同様、上田瓦氏によって所有された彼女だったが、デビュー前の評判は特筆して取り上げられるようなものではなく、その評価を裏付けるようにデビュー戦の人気は18頭立て7番人気というものだった。

母のムーンザドリームが中央未勝利で繁殖入りということに加え、彼女はショウリュウムーンが初仔。ダンスインザダークの血統が入っていて、父は新進気鋭のキングカメハメハとはいえ、血統的に未知な部分が大きかったのだろう。さらにデビュー前の調教でも目立った時計はなく、何より同レースでは評判馬エアラフォンが1.5倍という断然の人気を集めていた。決して不可解な評価ではなかったと思う。

しかし、いざレースとなると、ショウリュウムーンは好位追走からしぶとく伸び、直線では前を行く各馬をしっかりととらえにかかる。最後に猛追してきたエアラフォンにこそ交わされたが、そのエアラフォンにも一瞬内から抵抗するような伸び脚を見せ、2着で入線。

「乗り込みが足りない」と言われていた中、素質の片鱗を垣間見せるような走りだった。

中1週で臨んだ未勝利戦こそ好位から伸びきれず3着に終わるが、年明け初戦の未勝利戦では初マイルを思わせない差し切り初勝利をあげる。いよいよ才能の片鱗を見せ始めたのであった。

……とはいえ、この初勝利を挙げたのは2月中旬。通常であれば3歳牝馬の既定路線である桜花賞への道のりがかなり厳しいものであることは間違いない。

それでも陣営は彼女の素質を見込んでか、条件戦を挟むことなくトライアル──それも素質馬が多く出走してくるチューリップ賞への挑戦を決めた。

開花前線、急変の月

桜の舞台を夢見る多くの少女たちが集うステップレース、チューリップ賞。

近年こそステップレースを使わず本番へ直行する馬達も多数見られるが、当時はまだまだこのレースを始動戦に選ぶ2歳女王も数多く、この年も前年の2歳女王が参戦を決めていた。

その馬の名は、アパパネ。蛯名正義騎手を背に赤松賞からの転戦で2歳女王に輝いた彼女は、牝馬3冠戦線の主役を担うべく、始動戦として桜花賞トライアル・チューリップ賞を選択する。

メンバー中唯一のG1馬、そして2歳女王として多くの期待を背負う彼女が、当然のように2.2倍と抜けた1番人気となる。始動戦とは言え、簡単には負けられない一戦であることは間違いなく、その走りに注目が集まっていた。

やや離れた2番人気に、デビュー戦でショウリュウムーンを下したエアラフォンを退けるなど2連勝でここに駒を進めてきたオウケンサクラが続く。そこからまた少し離れた3番人気にはデビュー後3戦すべて連対を外していないワイルドラズベリー、ファンタジーSの2着や阪神JFの3着という実績がある4番人気ベストクルーズまでが単勝オッズひとケタ台の人気に推され、後はふたケタ以上のオッズとなった。

未勝利戦を勝ちあがったばかりのショウリュウムーンも16頭中9番人気39.0倍という伏兵評価。鞍上には、初勝利で手綱を取った小牧太騎手ではなく、兵庫の木村健騎手が手配されていた。中央のファンからの関心はそれほど高くなく、そのほとんどが2歳女王の快進撃がどこまで続くのか、はたまた上位人気の馬達がどうアパパネに立ち向かっていくのか……という点に集まっていたことであろう。

開花を待つ桜並木の下ゲートが開かれると、内から好スタートを切ったエーシンリターンズが勢いそのままにハナを取るが、やや間隔を置いて様相が一変。外からストレンジラブ、ワイルドラズベリーが一気にハナを叩きにいったのである。エーシンリターンズ・岩田騎手は無理に先頭を主張することなく、4,5番手の先行集団に控えた。

その外からは、2歳女王がレースを進めていた。
8枠16番と大外ながら、それを不利に感じさせることもなくあっさりと先団の絶好位に取り付いた。

……が、そう見えたのは一瞬だけだった。鞍上の蛯名騎手は相棒の手綱をしきりに引っ張るが、抑えきれないような感じで外から前へ行きたがっているような仕草を見せる。3か月ぶりの実戦で彼女のテンションが上がっていたのか、明らかに折り合いを欠いていた。

さらにその後ろに位置していたベストクルーズは、急減速した他馬のあおりを3コーナーでもろに受け大きく後退。スタートから3コーナーまで先団各馬の位置取りはめまぐるしく動くなか、ショウリュウムーンと木村騎手はスタートも五分、折り合いを欠くこともなくスムーズに中団に位置し、不利を受けることもなくしっかりと先団を見つめながら大本命の背中を追いかけていた。

外回りの直線コース、逃げるストレンジラブの差は既になく、かわって内からヴィクトリーマーチ、外からワイルドラズベリー、間からエーシンリターンズが追いすがる中、前半の折り合い不利などまるでなかったかのように外からアパパネが楽に並びかける。

これが2歳女王のプライドだと言わんばかりのレースぶり。
その脚色は他の各馬と全く違っているように見えた。

──だが、そのさらに外から追い込んでくる1頭がいた。

鹿毛の馬体が、翌月の開花を見据えて伸びる大本命をそれ以上の勢いでとらえにかかる。

並んだのは、ほんの一瞬。そのまま木村健騎手の派手なアクションに応えるかのように、ショウリュウムーンはアパパネを外から一気に飲み込んだ。

内からエーシンリターンズもアパパネに迫り、2着争いは激戦となったが、その3/4馬身先、きっちり抜け出したショウリュウムーンが重賞初制覇。見事に連勝で、桜花賞への切符を掴んでみせた。

鞍上の木村健騎手にとっても、これがうれしいJRA重賞初制覇。

まさに"昇り龍"。一気に牝馬クラシック戦線の主役級に、その名を連ねることとなった。

何度も登り、諦めなかった龍

勇躍、本番の桜花賞、そして牝馬クラシック戦線に臨んだショウリュウムーンだったが、牝馬三冠はいずれも4,17,16着と奮わず。

チューリップ賞では先着したアパパネが、そのすべてを1着で駆け抜ける姿を見送った。

古馬になり、京都牝馬Sを4歳で制したものの、5歳時にはOP特別の米子Sで1番人気に推されながら15着と大敗。しかし「もはやここまでか…」と思っていた矢先、年末の朝日チャレンジCで、かつてチューリップ賞で見せた比類なき勝負根性が復活する。横いっぱいに広がる大混戦の馬群から、最後間を割るように伸びると、内外で粘る各馬を競り落とし重賞3勝目をあげた。

結局、この勝利がショウリュウムーンにとって最後の勝利となった。

そして繁殖入りした後、初子のショウリュウイクゾを輩出。
5歳時の日経新春杯で、鞍上の団野大成騎手にデビュー3年目にして初の重賞制覇を届けるなど大いに活躍した。

同期のアパパネがアカイトリノムスメやジナンボー、アニメイトバイオもビッグクインバイオなどを輩出し、10年以上たった今出馬表の母馬の欄に彼女たちの世代の馬を見ることも数多い。

そして今年も、チューリップ賞はやってくる。
うら若き乙女たちの"登竜門"として──。

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