無観客開催の中、ダノンザキッドに雪辱を果たしたタイトルホルダー/2021年・弥生賞

ステイヤーの逃げ馬

私は、長距離の逃げ・先行馬が好きだ。

最近は「先行力」を武器に勝ち星を積み上げ、G1レースでもハナを主張するオープン馬が少なくなったように思う。キタサンブラック、エイシンヒカリ、タップダンスシチー…。

遡っていけば、何年かに一度は強烈なキャラクターの逃げ・先行馬が登場している。しかし、90年代には個性派の逃げ・先行馬がもっとたくさんいて、中長距離の重賞レースを賑わせてくれていたように思う。メジロパーマーやミホノブルボンに痺れた90年代前半から、ツインターボ、サニーブライアン、セイウンスカイなどなど。そして、あのサイレンススズカの登場──。

競馬場で夢を託した応援馬券、勝負馬券を握りしめ、直線に入っても声を枯らして叫ぶことのできる逃げ・先行馬たち。スタートしてから長い時間ターフビジョンに映り続ける彼らは、"一周目のシャッターチャンス"を確実に提供してくれる。ゴール前でカメラを構えていた私にとっては、落ち着いてカメラに収めることのできる被写体でもあった。

しかし、長距離重賞の価値が次第に下がってきているのは確かだ。
天皇賞(春)にトウカイテイオーやナリタブライアンが出走馬として名を刻んでいた時代に比べれば、最近の天皇賞(春)の出走メンバーにはやや物足りなさを感じることがある。連動して、長距離専門の逃げ・先行馬の個性派は減った。

しかし20年代に入ってからの数年間、私は『"久々"に登場した、長距離の逃げ馬』のレースに酔いしれていた。彼が登場した大半のレースは、応援馬券を手に競馬場で観戦している。そしてラストランとなった2023年の有馬記念。底冷えの中、その姿を目に焼き付けようと、久々にコースの最前列で彼の最後の姿を見届けた。

その名はタイトルホルダー。

どことなく平成初期の香りを漂わせる、『令和の名馬』である。

             

デビューは無観客開催の中山競馬場

2歳時のタイトルホルダーは、決して目立った存在ではなかった。

コロナ禍という未曽有の災難に見舞われた2020年。春のクラッシック戦線だけでなく秋になっても競馬の無観客開催が続いた、9月の中山開催。最終日のスプリンターズステークスの日に彼はデビューした。

タイトルホルダーは、誰もいないスタンドを左手に見ながら、戸崎騎手を背にスタートからゴールまで先頭で走り切った。とは言え、1800m1分51秒4の走破タイムは、特筆すべきタイムでもなく、当時は『ドゥラメンテ産駒の牡馬が新馬勝ちした』程度のニュースで片付けられていた気がする。

タイトルホルダーに最初のスポットがあたったのは、2戦目に選んだ東京スポーツ杯2歳ステークスでのこと。このレースで1.7倍の断トツの1番人気に支持されたのは、ダノンザキッド。6月の阪神で、1800mを1分48秒3のタイムで勝ち上がり、川田騎手を擁して秋初戦を迎えようとしていた。対するタイトルホルダーは16.6倍の5番人気。

ゲートが開くと、タイトルホルダーは先頭に躍り出る。しかし重賞ともなると簡単にはハナに立たせてもらえない。同じドゥラメンテ産駒のレインフロムヘヴンがスピードの違いを見せるように先頭に立ち、差を広げていく。二番手をキープしたタイトルホルダーのすぐ後ろにはダノンザキッド。快調に追走するタイトルホルダーは、直線に入って脚色の鈍ったレインフロムヘヴンを交わして先頭に立つ。間髪入れず外からダノンザキッドが外から並びかけ、2頭の一騎打ちがゴール前まで続く。結局、100m手前で先頭に立ったダノンザキッドの勝利となったが、タイトルホルダーも0秒2差まで食い下がった。この2着は来春に向けて収得賞金を積み上げるとともに、タイトルホルダーの名を知らしめることができた、価値ある2着となる。

タイトルホルダーの3戦目は、G1ホープフルステークス。ここには東スポ杯で競り負けたライバル・ダノンザキッドも出走し、マリアライトの仔オーソクレース、ディープインパクト産駒ランドオブリバティ、ヨーホーレイクなど、新馬→特別2連勝組も2歳頂点の座を狙って集まってきた。タイトルホルダーは7番人気の評価も、パドックでは好気配を見せる。

中山2000mのスタート地点から各馬が一斉に飛び出す。ホームストレッチの先行争いはタイトルホルダーが名乗りを上げるも、内からランドオブリバティが先頭に立つ。タイトルホルダーは各馬の出方を伺いながら二番手を進む。その直後に再びダノンザキッドが追走。人気のオーソクレースもダノンザキッドと並走するようにタイトルホルダーをマークしている。

4コーナーから直線に向かうところで、アクシデントが発生する。快調に逃げていたランドオブリバティが、コーナーを曲がり切ることが出来ずスタンドに向かって逸走した。ランドオブリバティは三浦騎手を振り落として競争中止、押し出されるように先頭に立ったのが二番手をキープしていたタイトルホルダー。

直線はタイトルホルダーを挟んで、外からダノンザキッド、内からオーソクレースが並走し最後の坂を上る。一旦は内から先頭に立ったオーソクレースを、ダノンザキッドが交わしてゴール板を通過。2頭から遅れを取ったタイトルホルダーは、最後に伸びてきたヨーホーレイクにも差されて4着に終わった。

再びダノンザキッドに差し切られた、タイトルホルダー。その差3馬身1/4の0秒5差。タイトルホルダーにとって、ダノンザキッドとの「この差」を逆転することが2021年の目標となった。

優勝したダノンザキッドは、前年のコントレイルに続いて"無傷の3連勝での戴冠"を成し遂げる。更に2020年度JRA賞(最優秀二歳牡馬)にも選出された。

ダノンザキッドに雪辱を果たした弥生賞

2020年10月から競馬場への入場が緩和され、抽選で選ばれた数千人が現地観戦できるようになる。制限された入場人員も開催が変わる毎に少しずつ増員され、無観客開催という悪夢は消し去られたと誰もが思っていた。

──ところが、12月に入ると減少傾向にあったコロナ感染者数が再び拡大する。お盆に続き、年末年始も「帰省自粛」が叫ばれ、ビッグイベントの中止や延期が相次ぐ。

競馬開催も2021年初日の中山金杯・京都金杯は入場制限下での開催となったものの、2日目以降は、再び無観客開催が発表された。急増するコロナ感染者数と、先の見えない絶望感。コロナ禍への怖さと腹立たしさが交錯する中、淡々と2021年のレースプログラムは進んでいく。

3歳のクラッシック戦線は、コントレイルの再来かと期待されるダノンザキッドを頂点に、朝日杯FS勝ちのグレナディアガーズが続く。別路線からは、札幌での新馬→11月の百日草特別と、2000mのレースを2連勝したエフフォーリアが不気味な存在。連勝した2つのレースは古馬のような安定感のあるレースをしてみせた。

エフフォーリアは、2021年の始動戦として共同通信杯を選択し、シャフリヤール、ステラヴェローチェらを相手に2馬身1/2の差をつけて優勝する。

年が明けて休養を取っていたタイトルホルダーは、再始動戦を弥生賞に定める。弥生賞は、皐月賞に向けて「格」も「ローテーション」も備えた絶好のトライアルレース。過去の優勝馬を振り返っても、アグネスタキオン、ディープインパクトヴィクトワールピサなどの皐月賞馬の名前が連なる。

ここをしっかり勝利して、皐月賞に向かいたかったタイトルホルダー。ところが2歳王者のダノンザキッドも、皐月賞直行ではなく弥生賞を皐月賞のステップレースに選んできた。

ダノンザキッドと三度目の対決となった、弥生賞。ここは負けたくない一戦、重なる借りを返さなければならない一戦である。調教過程からも成長が伺え、横山武騎手を背に抜群の追い切りで本番に臨むこととなる。

2021年3月4日。無観客のスタンドを見ながら、弥生賞に出走する10頭が本馬場に登場する。

1番枠のゴールデンシロップに続いて、1.3倍の人気を背負ったダノンザキッドが登場。続いて4番人気のタイトルホルダー、最後にキングマン産駒シュネルマイスターが、美しい馬体をテレビに映し出す。鞍上のルメール騎手の気迫が、画面からも伝わってくる。前走ひいらぎ賞の強い勝ち方がシュネルマイスターを2番人気まで押し上げ、ダノンザキッドとの一騎打ちムードになってきた。

ゲートが開いて、飛び出したのはタイトルホルダー。良馬場に回復したホームストレッチを、快調に飛ばす。外からシュネルマイスターが二番手に上がって追走するもののタイトルホルダーは先頭を譲らない。ダノンザキッドは2頭を後ろから測るように、5番手の外を追走する。

隊列は向正面に入っても崩れることなく、タイトルホルダーは気持ち良さそうに逃げている。二番手に付けたシュネルマイスターは、ルメール騎手が「いつでも交わせる」と言わんばかりにピッタリとマーク。3コーナーを回ると少しずつその差を詰めていった。ダノンザキッドは向正面で頭を上げる素振りをみせたものの、依然、外を回って2頭を追走する。

4コーナーを回っても、依然タイトルホルダーが先頭。シュネルマイスターが追い出しにかかり、直線の坂を登る。三番手タイムトゥヘヴンの外にいたダノンザキッドも、ラストスパートに入るがタイトルホルダーとの差は縮まらない。残り100m、2馬身のリードを保ったままタイトルホルダーは先頭を守る。ダノンザキッドが矢のように伸びてくるが、シュネルマイスターにクビ差まで迫ったところがゴール板。

2分2秒0のタイムでタイトルホルダーは逃げ切り、重賞初制覇とともにダノンザキッドに三度目にしてついに先着。2歳時の雪辱を果たすこととなった。

レーススタイルの確立とステイヤーへの道

逃げてダノンザキッドを完封したことで、皐月賞有力馬の一角を担うと思われたタイトルホルダー。ところが蓋を開けると8番人気、1番人気は依然ダノンザキッド。僅差でエフフォーリアが2番人気となっている。毎日杯優勝のシャフリヤールは皐月賞をパスしてダービー直行、弥生賞2着のシュネルマイスターは外国産馬のためNHKマイルCを選択していた。

コロナ感染者数は3月後半より横ばいからやや減少に入り、4月3日より中山競馬場は入場制限付きの有観客開催となった。2年ぶりの有観客となる皐月賞に喜びつつも、2542席の入場指定券を巡り大抽選会が繰り広げられる。

マスク着用で歓声を上げない、隣同士の距離を保つなど、さまざまな制限の中での皐月賞。本馬場に入場する各馬を拍手で迎え、咳払いすれば遠くまで響きそうな中で、スタートを待つ。エフフォーリアが抜群の返し馬で通り過ぎる。ダノンザキッドも相変わらずの好馬体をキープ。横山武騎手から田辺騎手に乗り替わったタイトルホルダーも、ひと回り大きくなった感のある馬体。

レースはワールドリバイバルが先手を奪い、タイトルホルダーは落ち着いて二番手で追走。人気のダノンザキッドが外から、エフフォーリアが内からタイトルホルダーをマークするように好位につける。

3コーナーのカーブでタイトルホルダーが先頭を奪い、人気馬2頭を従えるように直線に入る。逃げるタイトルホルダーを坂の手前でエフフォーリアが内から抜き去る。ダノンザキッドはズルズルと後退。代わってステラヴェローチェ、アドマイヤハダルが迫って来るも、タイトルホルダーは抜かせない。3馬身先にゴールしたエフフォーリアに続いて、タイトルホルダーは2着に入線し、逃げ馬としてのレーススタイルを確立させた。

 

先行力に磨きをかけたタイトルホルダーは東京優駿8着を経て、ひと夏越した菊花賞で大輪の花を咲かす。再び横山武騎手を背に5馬身差の逃げ切り勝ち。そして、4歳になり日経賞、天皇賞(春)、宝塚記念の逃げ切り3連勝。令和の時代に「ステイヤーの逃げる名馬」が誕生した。

デビュー時に騒がれた馬では決してない。当初は2歳王者ダノンザキッドの影に隠れ、引き立て役だったタイトルホルダー。自分のレーススタイルを貫き、距離を伸ばしながら、力でレースを支配する"私の好きな中長距離の逃げ馬"に成長していった。

タイトルホルダーのレースは、思い出に残るレースばかりだ。でも、その中でひとつあげるとすれば、ダノンザキッドを逃げて封じ込めた弥生賞をあげたい。

タイトルホルダーの原点こそ、無観客の中山競馬場で見せた弥生賞の逃げ切りだと私は思う。

Photo by I.Natsume

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