人にも馬にも恵まれたホースマン。安田隆行調教師、定年引退に際して

うるう年の悪戯

例年、2回中山、1回阪神開幕週、つまり2月最後の開催は別れを告げる日だ。秋山真一郎騎手や川島信二騎手が最後の騎乗を終えた。3月1週目から新人騎手が競馬場で躍動し、出会いの季節へ移っていく。ところが、調教師の引退は一週遅く、3月最初の開催は新人騎手のデビューと引退する調教師が交錯する。実は2020年から引退に関する規定が変更になり、出馬投票を行う木曜日が2月で、週末が3月という場合に限り、3月1週目まで現役でいることができるようになった。出馬投票と出走時の所属厩舎が異なる自体を避けるためだという。

2024年2月は29日まであり、その日が木曜日にあたる。そう、うるう年の悪戯が引退する調教師たちに例年よりちょっと長く調教師でいられるようプレゼントしてくれたことになる。別れを一週先延ばしにした「うるう年」。平日が1日増えるのは憂鬱だが、これなら悪くない。柔軟に規定を変えたJRAの粋な計らいでもある。きっと、定年を迎える調教師も奮闘するのではないか。

近ごろ、別れが増えてきた。熊沢重文、田中勝春、藤井勘一郎、秋山真一郎、川島信二、北沢伸也(以上、騎手)、そして、飯田雄三、加用正、小桧山悟、高橋裕、中野栄治、松永昌博、安田隆行(以上、調教師)。みなさん、お世話になりました。自分が競馬を始めた頃に調教師や騎手だった人、いわゆる先輩の数も少なくなった。年をとった。みなさん、それぞれ自分なりの思い入れもあったりするが、ここでは安田隆行調教師(以下、敬称略)について書こう。

トランセンドのスピードと心肺機能

安田隆行といえば、トウカイテイオーを連想するのは年季の入った競馬ファンだが、小倉の安田までたどり着ける猛者はどれほどいるだろうか。騎手時代はローカル中心の地味な存在だったが、トウカイテイオーがそれを一変させた。皐月賞、ダービー二冠は安田のキャリアに燦然と輝く勲章だ。

全国区になる以前から、調教師を目指していた安田はトウカイテイオーの二冠から3年後、調教師免許を取得し、1995年3月に安田隆行厩舎を開業する。最初に重賞タイトルを獲得したのはシルヴァコクピット。クラシックの登竜門きさらぎ賞だった。つづく毎日杯も勝ったが、ケガでクラシックにたどり着かなかった。調教師としての安田を上のステージに導いた馬といえば、トランセンドだろう。第1回レパードSを勝ち、翌年にはジャパンCダートを制覇し、GⅠ勝利をプレゼントした。安田は500キロを超える雄大な馬体にスピードと心肺機能を宿らせた。たとえ並ばれても、ファイトバックし、差しかえす粘り腰は周回コースと坂路を併用して仕上げる安田流によって鍛えられた。ドバイワールドCはヴィクトワールピサの2着、ジャパンCダート連覇。トランセンドやダッシャーゴーゴーは高い心肺機能を武器とする短距離王国の礎となった。

カレンチャンが勝った2011年スプリンターズSでは、ハイペースのなか、前半、押っつけ気味の追走から、最後に伸びた。これも鍛えられた心臓の強さがなせる業だ。序盤から目一杯走って、最後に脚を使える馬はそうはいまい。このとき、カレンチャンははじめて中山競馬場を経験した。前半から中盤まで坂を一気に駆け下りるこのコースは決まってハイペースになる。直前のキーンランドCでハイペースを押し切ったのも大きいが、最大の勝因は中山のハイペースに耐えられる鍛錬にある。ここに安田流は結実する。この年、JRA重賞11勝と、安田のキャリアハイとなった。その10勝目がロードカナロアの京阪杯だ。3歳4月から5連勝。世界的スプリンターが目を覚ました年でもあった。トランセンド、カレンチャンと進化していった安田の流儀はロードカナロアという怪物を誕生させた。

ロードカナロアの安田記念

京阪杯、シルクロードSを連勝し、挑んだ高松宮記念は3着。同厩の先輩カレンチャンに粘り腰で及ばなかったが、その年のスプリンターズSで逆転した。道中はカレンチャンの真後ろにつけ、勝負所で先に仕掛けた女王に呼応、最後の直線で競り落とした。前後半600m32.7-34.0、1.06.7のレコード決着で発揮したスピードと持久力はロードカナロアが完成された証でもあった。

日本馬が勝てなかった香港スプリントを制し、高松宮記念と王者の座を譲らなったロードカナロアは安田記念に挑戦した。スプリントという階級には敵はない。ならば、マイルとの二階級制覇を。これまで培ったスピードと心肺機能、そして大人になった心と、安田記念を勝てる武器はそろっていた。スプリント戦でしのぎを削ってきたシルポートが飛ばし、前後半800m45.3-46.2というハイレベルな持久力勝負になったのもよかった。中団の外から先行勢に襲いかかる。脚が上がってしまった好位勢に抵抗する力はなく、残り200mで抜け出した。スプリント戦を歩んできただけに、最後は脚にきた。だが、そこから粘った。苦しそうに見えても止まらない。もっとも辛い場面こそ、心臓の強さと精神力が試される。よく、ロードカナロアは所属厩舎によってスプリンターになった。安田記念が本来の距離適性だという指摘があるが、いや、あの安田記念はスプリンターが鍛錬によってマイルを克服したレースとしか見えない。最後は内にモタれており、普通なら崩れていたはずだ。それが崩れない。ここに安田流を感じる。超一流スプリンターであっても、日ごろの積み重ねによってマイルをクリアできる。高い壁を乗り越える力をつけさせる。調教師が問われる資質はそこにある。配合、生産、育成の過程で蓄えられた能力を解き放てるか。それを妨げる障害を取り除けるか。安田記念のロードカナロアは安田が歴代の名伯楽たちに肩を並べた瞬間といえよう。

だが、一方ではそこまでじゃないという見方もある。そのひとつの基準がクラシック制覇だ。ダートのトランセンド、ファッショニスタを除けば、芝のGⅠ勝ちはすべて1600m以下ばかり。短距離王国の裏にはクラシックと無縁な厩舎という言葉が隠されていた。それは事実ではあるが、世界に名だたるロードカナロアを育て、その産駒ダノンスマッシュで香港スプリントを制した功績とその歩みはなんら劣るものではない。競馬は多様な世界だ。もちろん、理想はどんなカテゴリーでもナンバー1を出せるオールラウンダーだが、そうそう存在しない。誰だってそうだ。得意分野があれば、そうでない部分がある。人間、足し引きしてプラスになれば御の字だ。プラスばかりを積み上げられるわけではない。みんな、そうやって生きている。競馬となると、急にオールラウンダーを求めるのは止そうではないか。なんでもできるのではなく、なにかができる。できることを探そう。

ダノンザキッドと歩んだクラシック

さて、そうは言うが、安田本人も調教師としてクラシック制覇を目標に掲げていたのは確かだ。騎手として制したダービーを調教師として獲りたい。短距離王国を築いたからこそ、その想いは強くなったにちがいない。そんな安田がはじめて重賞を勝ったシルヴァコクピット以来となる芝1800m重賞を奪取したのがダノンザキッドだ。2020年11月、キャリア2戦で東京スポーツ杯2歳Sを勝ち、GⅠホープフルSまで駆け抜けた。安田のキャリアで初の芝中距離GⅠ制覇。川田将雅騎手の涙は記憶に新しい。ついにクラシックを意識できる大器があらわれた。

心肺機能を鍛えられる反面、一気に走ってしまう坂路ではなく、ウッド主体の調教で折り合いと瞬発力の強化を目指した。一週前に併せ馬で負荷をかけ、最終追い切りではリラックスを主眼に置くなど、安田はアプローチを工夫し、中距離特有の緩急に対応できる走りを身につけさせようと試みた。だが、競馬場に到着すると、テンションが上がってしまい、レースでも折り合いを欠き、力を出し切れなかった。それでも安田は古馬になったダノンザキッドとチャレンジを続けた。香港C2着、マイルCSは3、2着。それでも勝利は遠かった。

あともう2、3年あれば。安田の定年に際し、私はそう思わざるを得ない。トランセンドをカレンチャンにつなげ、ロードカナロアへたどり着き、ダノンスマッシュを開花させた。安田は自身の調教師としての経験を必ず次に活かしてきた。ダノンザキッドとの奮闘を活かせる次があれば。絶えず良血馬の管理を任される信頼と人柄を備える安田なら、必ずそのチャンスは訪れるはずだ。そんな想いに駆られることこそが、安田隆行というホースマンの魅力なのだ。人はなにもかも手に入れることはできない。それでも真摯に向き合えれば、必ず幸せをつかめる。人にも馬にも恵まれたホースマンがまたひとり、競馬場を去る日がやってきた。時の移ろいは必ずその日に到達してしまう。でも、大丈夫だ。安田隆行の功績は血統表のなかで生きていく。

写真:et-coquine、ほこなこ、かぼす

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