大衆も立ち向かいたくなる風格の予感。 - 2000年阪神大賞典・テイエムオペラオー

通算GⅠ7勝。4歳シーズン8戦8勝。

こんなプロフィールの馬は今後もう現れないかもしれない。これこそ伝説というもの。テイエムオペラオーを語る言葉は尽きることはない。そして、オペラオーを語る上でライバルの存在も忘れてはいけない。後半生のライバルがメイショウドトウならば、前半生のライバルはナリタトップロードだ。

天皇賞(春)を連覇したオペラオーが阪神大賞典を走ったのは無敗の4歳シーズン1度だけだった。この時点で、トップロードとの対戦成績は3勝2敗。現年齢表記でいう3歳時は初対決の皐月賞を制してから、日本ダービー、菊花賞とクラシックで2連敗を喫し、最後の有馬記念で一矢報いた形で、2勝2敗の五分で終わった。

有馬記念ではグラスワンダーとスペシャルウィークという1歳上のヒーローたちを相手に3着と善戦したわけだが、勝負の世界に善戦ほど虚しいものはない。「またか」関係者の胸にはそんな思いがあったにちがいない。オペラオーは皐月賞以降、異なる舞台で5戦してすべて3着以内に入る健闘を見せたが、それは言いかえれば、5連敗でしかない。私なんぞ80点でも取れば、上々だと口笛のひとつも吹きたくなるものだが、競馬で目指すべきは1着、満点でないといけない。頂点に用意された椅子はひとつ。その座につけなければ、目標に到達できない。残酷すぎる、優しさや思いやりが足りないわけではない。そういったことではなく、競馬とはそれほど険しき道を探しながら進むものだ。

オペラオーの馬主・竹園正継氏が有馬記念のあと、「来年は全勝する」と陣営に語ったのは、おそらく激励以上のニュアンスだったのではないか。それだけ5連敗は耐え難いものがあったのかもしれない。その向こうにはオペラオーにはもっともっとGⅠを勝つ力があるはずだという確信もあったにちがいない。ただ1着を目指すのみであっても、どの馬にも全勝宣言などしない。競馬は勝利より敗北が多いもの。勝ち越しはほとんどない。

全勝する力があるからこそ、全勝を目指す。オペラオーはそれを一つずつ達成していった。4歳初戦は京都記念。いきなりトップロードとの再戦が待っていた。オペラオーはこのレースを勝ち、対トップロードでひとつ勝ち越したことになる。

ここからオペラオーは阪神大賞典へ向かい、本番前にトップロードと再戦することになる。前哨戦を勝ち、GⅠではなく、再度GⅡ出走はいまなら考えられないローテーションだが、2月京都記念から天皇賞(春)まで2カ月以上あることを考えると、当時はそこまで不思議な臨戦過程ではなかった。あえて3000mの阪神大賞典に出走させたのは、オペラオーが長距離できっちり結果を残すための予行演習でもあった。なにせ菊花賞ではトップロードを捕まえられず、ステイヤーズSはペインテドブラックに内をすくわれて負けており、長距離戦での勝利がなかった。春の盾を前にここを勝って、その不安を拭い去っておきたかった。

トップロードからみれば、京都記念でオペラオーに一つ負け越した形になったとはいえ、たったひとつ。日本ダービーでも先を行くオペラオーはきっちり捕まえ、菊花賞では自身の武器であるスタミナを活かし、積極策からオペラオーを封じている。3000mの阪神大賞典なら逆転できる。わずかひとつ負け越したにすぎず、勝負づけなど一切済んでいない。

オペラオー1番人気、トップロードは3番人気。ライバル2騎の間に入ったのがラスカルスズカだ。異次元の逃亡者サイレンススズカの弟で、日本ダービーが終わって1カ月後の6月終わりデビューのいわゆる「夏の上がり馬」として菊花賞に参戦、トップロード、オペラオーに次ぐ3着に入った。ジャパンCでは4番人気に支持され、スペシャルウィークの5着と掲示板に載る健闘ぶりだった。年明け初戦は京都3000m万葉Sを快勝し、満を持しての阪神大賞典出走でもあった。

単勝オッズはオペラオー2.0倍、ラスカルスズカ2.6倍、トップロード2.9倍。4番人気メジロロンザンは65.5倍で、完全に三強の競馬。馬券の種類が多く、情報量が飛躍的に増えた現在ではこんなオッズ構成は滅多にお目にかかれない。

この日の阪神競馬場は春先らしい花の雨。雨に煙る向正面から正面スタンド前にかけてホットシークレットが大逃げに出る。三強にひと泡吹かせるには、これしかない。オペラオーの和田竜二騎手と同期で、トップロードの渡辺薫彦騎手のひとつ年下の福永祐一騎手が幻惑戦法に出て意地を見せる。当時、セン馬は天皇賞(春)に出走資格がなく、スタミナ自慢のホットシークレットにとってはここが本番のようなもの。勝負に出るしかない。2番手タマモイナズマから10馬身以上離れて3番手にメジロロンザンが続き、馬群はバラバラ。特異な流れになった。

最初の1000m通過は1.00.3と突っ込んで入るなか、三強は先頭にオペラオー、その背後にトップロード、さらに内にラスカルスズカとお互いが強烈に意識するつかず離れずの接近戦を展開する。中盤でホットシークレットが一気にペースを落とし、息を整える。2コーナーから2周目向正面は13.7-14.0-13.3といった遅いラップが刻まれ、中盤1000mは1.06.6と6秒3も遅い。緩急自在のまさに幻惑。後ろも折り合ったとしても、シフトダウンせざるを得ない流れに走りのリズムを乱される。

だが、それに動じないのはさすが三強だ。もっとも仕掛けるタイミングが難しかったオペラオーは重い馬場を屁とも思わず抜群の手応え。和田騎手もこれまで以上の手応えのよさを信じて先に動く。対照的に大きなストライドで華麗に走るトップロードは道悪を苦にし、オペラオーの仕掛けに上手く対応できない。ラスカルスズカは自身が挑戦者であることを自覚し、道中からインを通り、距離ロスを減らし、脚を溜めるだけ溜め、勝負所もインを攻めてくる。

オペラオーはライバルたちをどこまで意識していただろうか。ただ前を行くタマモイナズマを捕まえに行っただけにも見えるが、ラスカルスズカが一瞬、オペラオーを凌ぐかのような末脚を繰り出し、内から顔を覗かせた瞬間、わずか約100mでオペラオーはラスカルスズカを突き放す脚を見せた。オペラオーは勝負所を分かっている。そして、相手がどれほどの力量で、どの程度、加速すればいいか知っているかのようだった。まさに王者の立ち振る舞いだ。最後は2着ラスカルスズカに2馬身半差。対トップロードの戦績では勝ち越しを2に広げた。これで2000年シーズン2連勝。阪神大賞典のゴール前で繰り広げられた攻防はオペラオーが王者になる才を持った馬であることを示し、年間8戦8勝を暗示していた。

チャンピオンも横綱も真の資格を持つものは、相手の力を引き出し、それを受け止めた上で打ち砕き、決して負けることはない。つまり、凡戦が存在しない。大衆は、もしかしたら今日は負かせるかもしれないと、挑戦者側に心を動かされながらも、最後に脱力感を味わわされ、そして王者の途方もない力に拍手を送る。オペラオーには大衆が挑戦者と一緒に立ち向かうにふさわしい底力とスキのなさがあった。

写真:かず


テイエムオペラオーの世代にスポットライトをあてた新書『テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち』が2022年10月26日に発売。

製品名テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2022年10月26日
価格定価:1,199円(本体1,090円)
ISBN978-4-06-529721-6
通巻番号236
判型新書
ページ数240ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

君はあの完璧なハナ差圧勝を見たか!

90年代後半に始まるサンデーサイレンス旋風。「サンデー産駒にあらずんば馬にあらず」と言っても過言ではない時代にサンデー産駒の強豪馬たちと堂々と戦いあった一頭の馬がいた。クラシック勝利は追加登録料を払って出走した皐月賞(1999年)のみだったが、古馬となった2000年に年間不敗8戦8勝、うちG15勝という空前絶後の記録を達成する。勝ち鞍には、いまだ史上2頭しか存在しない秋古馬三冠(天皇賞、ジャパンC、有馬記念)という快挙を含む。競馬ファンのあいだで「ハナ差圧勝」と賞賛された完璧な勝利を積み重ね、歴史が認める超一流の名馬となった。そのただ1頭の馬の名をテイエムオペラオーという。

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