
競馬には、なぜか応援したくなる馬の一族が現れるものだ。種牡馬、馬主、生産牧場などなど、一族を結びつける共通項は様々だ。その中でも母から同じ血を分けた母系血統には、とりわけ惹かれる魅力がある。
この母系血統の中でも有名な潮流の一つは、牝馬ハルーワスウィートから花開いた、いわば「Vの血統」であろう。元メジャーリーガー佐々木主浩氏が所有する名馬の多くは、血脈のルーツを彼女に持つ。その理由は、佐々木氏がハルーワスウィートの大ファンであったからだという。このVの血統はしばしば逆境の中で、その血を熱く輝かせ観衆の心に深く印象付けられる。ヴィルシーナ然り、シュヴァルグラン然り、ヴィブロス然り。
2023年。鮮烈な青き勝負服を纏う騎手がVの血統を駆る姿を、私は競馬場にて初めてこの眼で見た。

神がかった小柄なお嬢様
府中牝馬Sの条件はこれまで様々に変わってきたが、中央競馬で最も古い歴史を持つ、3歳以上の牝馬限定重賞である事には変わらない。なお、今現在の条件は、旧マーメイドSのグレードであるGⅢと季節を引き継いだうえで東京開催となっており、ややこしい。今回取り上げた2023年の府中牝馬Sは10月開催のGⅡであったことを記しておく。
2023年の出走馬はどれも、一芸に秀でた馬ばかりで優劣をつけにくかった。オッズにもその特徴が反映されて、1番人気はプレサージュリフトとディヴィーナの同率4.7倍と、混戦模様であった。こうなってくると予想も困難を極め、単に好きな馬を選び始めるのが私である。なので、推し馬シンリョクカの応援馬券の他にも、どこか気になるディヴィーナの応援馬券も買ったのだった。
ディヴィーナの名前はなんとなく憶えていたのだ。未勝利戦でデビュー勝ちを果たしていた事と、名前の由来が印象的であったからだ。由来はというと、スペイン語で「神懸っている」という壮大な形容詞である。

ちなみに、佐々木氏の所有するハールワスウィート産駒は、「ヴ」(V)の文字を馬名に必ず組み込んでいる。なんでも佐々木氏の妻である榎本加奈子氏の助言で、冠名の代わりに「ヴ」を使うようになったのだとか。ヴの字が含まれる馬は速いからだそうで。ちなみに母のヴィルシーナの由来は「頂点」である。ディープインパクトの最高傑作・ジェンティルドンナに阻まれ続けたヴィルシーナの戦歴を思うと、頂点とは意味深く思える語源である。そんなヴィルシーナを母に持つディヴィーナだが、その馬体は母よりも一回り小さいお嬢さんであった。けれどもパドックで見た馬体は、小さな体に見合わないがっしりした身のこなしをしていて、父モーリスの特徴を色濃く受け継いでいたように思う。これならば、上位入着もあるかな程度の軽い気分で彼女を単勝想定とした。
目の覚めるような熱き煌めき
レースが始まると、全馬揃った綺麗なゲートスタートから、序盤の隊列が形成されてゆく。星柄の勝負服が不思議と揃った出走メンバーの中で、ディヴィーナの小さな馬体と青い山鋸柄の勝負服はより目立って見えた。さて、明確な逃げ馬が居ない中で、どの馬が先頭に立つか。
口を割り、我先と先頭へ向けて突進する彼女に当惑した。彼女は先行策と競馬新聞には書いてあったが、なぜだ。ディヴィーナの前進気勢があまりにも強く、M.デムーロ騎手は逃げを打ったのだろうか。ただ、その一生懸命な逃げに母ヴィルシーナの面影を思い出して、私は拳をぐっと握りしめた。
7馬身のリードを保ったディヴィーナの1000m通過は、1分ジャストのスローペース。 期待に胸が焦がれ心臓が高鳴る。体力を温存してこれだけのセーフティーリードを築いたなら…彼女は逃げ切れるはずだ!行けッ!声を枯らして応援を飛ばす。しかし後方勢は、その楽勝を許さない。
最後の直線に入る段階でリードは3馬身と、4コーナーで早めに仕掛けた各馬がリードを一気に縮めに掛かる。
敢然と襲い掛かる後続馬であったが、その差はなかなか縮まらない。勢い付けて坂を駆け上がったディヴィーナは、スローペースで温存した二の脚を使い、必死に抗っている。
自分の先頭を譲らない闘志に私は驚いた。同じだ。あの母と同じ二の脚を引き出して、彼女は懸命に走っている。
その闘志は、偉大な母から受け継いだ宝物に他ならない。
鮮やかな青き勝負服と共に、彼女は波打つターフを突き進む。迷いも限界も振り切って、強く蹄跡を叩きつける。ただ一つの頂点を目指して。
圧倒された。これが、Vの血統が魅せる煌めき。
ディヴィーナがゴール板を駆け抜けた時、驚きの喚声が場内から湧き上がった。とうとう逃げおおせたディヴィーナの奇跡に、皆が魅了されたのだ。

鞍上のM.デムーロ騎手はインタビューにて「メチャメチャ嬉しい」と流ちょうな日本語で勝利の感想を語った。8度目の重賞挑戦にして、ようやくディヴィーナが手にした頂点のタイトルであったからだ。
私の予想はというと、単勝とワイド馬券は当たったものの、肝心の三連複は伏兵ライラックを読み違えて外れた。ライラックを三連複に入れていれば妙味を得られたのだが、今でも悔しい。なお、この後も3着ライラックにもう一度歯噛みすることになるのだが、それは別の話である。
なお敢えて記すが、このレースに参戦した6番人気ストーリア号は、最後の直線で馬体に故障を発生させ、競走中止の後に予後不良となった。ストーリア号の敢闘を忘れることなく記すとともに、改めて彼女のご冥福をお祈りする。
府中の頂点を獲る牝馬は誰か
府中牝馬Sの勝利馬は、名馬の祖先となる例が多い。それは勿論、この重賞が長い歴史を持つから必然的にそうなるのだが、高いポテンシャルを要求される重賞故にでもあるだろう。それは条件が変わっても不変であると思う。
産駒テンメイと天皇賞母子制覇を成し遂げたトウメイ。2008年エリザベス女王杯覇者リトルアマポーラの祖母ルイジアナピット。そして、無敗三冠牝馬デアリングタクトの祖母、デアリングハート。
願わくば、ディヴィーナの仔も、この錚々たる列に加わって欲しいと願う。いつかまた、Vの血統が歴史ある重賞で勝利する日を、もう一度見たいものだ。
季節が変われども、府中牝馬Sが伝統と栄光に彩られた重賞であることは間違いないだろう。
このレースを振り返ると最初に、あの鮮やかな青い山鋸柄の勝負服が思い浮かんだ。
思えば、私がVの血統を意識するようになったのは、あの娘の神がかった走りを直に見てからだ。
小さな馬体に大きな闘志を秘めて、頂点を目指し戦ったもうひとりの女王。
その煌めきは、神がかりと言ってよかった。
2023年府中牝馬Sの覇者、その名はディヴィーナ。
同じ勝負服を纏ったVの血統が、再び栄誉の頂きを占める日を願って。

写真:突撃砲、みき、Horse Memorys
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