満開の桜のもとで開催された2004年・桜花賞。名門が送り出した良血牝馬ダンスインザムードの走りを振り返る。

新ステージのはじまりを告げる、桜の開花宣言。

桜が咲く頃になると、早くも2歳馬の話題が聞こえてくる。ホッカイドウ競馬の2歳の能力試験がスタートしたと思えば、中央競馬でもゲート試験が始まる。日本ダービー翌週から始まる新馬戦を皮切りに、2024年の頂点を目指す戦いの火蓋が切って落とされる。2歳馬を見る側としても、次年度“POG”に向けた情報収集合戦がスタート。クラッシック戦線の行方を横目で見つつ、次年度のダービー馬を探して気持ちが昂ぶる頃でもある。

同時に一口馬主を楽しんでいる者としては、1歳馬に関心を高め始めるのがこのタイミング。某クラブの1歳馬募集ツアーのスケジュールが発表され、募集されそうなクラブ所属の活躍牝馬の初仔の話題や、新種牡馬の話で盛り上がる。同じクラブに所属する仲間内で「希望的観測たっぷりの募集馬予想大会」が活発に開催されるのもこの時期だ。

桜の開花が進むにつれ、競馬情報サイトのデータベース検索で1歳馬や2歳馬を検索する回数が増えて行くのは、私だけでは無いだろう。

「馬えらび」の難しさと醍醐味。

一口馬主の出資馬やPOGの指名馬を選ぶとき、一番悩ましいのは「活躍馬の弟妹の扱い」だと思う。名牝の初仔は人気が集中する。確かにその期待に応えて活躍する子供が登場し、大争奪戦覚悟でPOG指名することも多い。一方、現役時代の成績はそこそこだった牝馬から生まれてくる活躍馬を指名するのは至難の業と言える。特に思い入れのある牝馬ならまだしも、出資馬選びで1歳の立ち姿の写真を見て取捨選択できるほどの相馬眼は持ち合わせていない。候補に挙っていた馬が走り始めてから「あの時見ていたのに……」と、悔しい思いを何回した事か──。

結局、オープンで活躍している馬の弟妹に目が行ってしまい、一口馬主の出資馬においても高倍率の抽選に委ねる場面を数々経験してきた。しかしながら兄がG1制覇した馬の弟妹がG1馬になるケースはそう多くない。直近で思い当たるのは、アルアイン・シャフリヤール兄弟、遡ればドリームジャーニー・オルフェーブル兄弟、ダイワメジャー・ダイワスカーレット兄妹あたりが有名だが、G1馬の弟妹が期待外れに終わったケースの方が圧倒的に多いだろう。そのため、高倍率の狭き門を仮に突破できたとしても、権利を得た馬が必ずしも活躍するとは限らない。しかもクラブの一口馬主の出資馬となると出資額が兄姉と比べて高額になるリスクも抱えてしまう。

しかし、この選択に頭を悩ませることが馬選びの醍醐味で、何年も繰り返しながら、仲間たちと楽しんでいる。桜花賞の頃には、そうした「活躍馬の弟妹」の取り扱いに悩む時期が、目前まで迫ってくる。

POG指名馬、ダンスインザダークの日本ダービー惜敗。

私が競馬の好きな仲間と集まってPOGを始めた90年代半ば。指名馬が初めて春のクラッシック戦線で主役になったのが、96年のダンスインザダークだった。

指名馬を決める直前に姉ダンスパートナーがオークスを制覇した上に、父は人気のサンデーサイレンス。参加メンバーの大半が指名した中で、抽選をクリアして権利を得た。

新馬勝ち後、ダンスインザダークはラジオたんぱ杯3着、きさらぎ賞2着、弥生賞優勝と順調にローテーションを歩み、クラッシック戦線の主役となる。期待していた皐月賞は直前の熱発で回避を余儀なくされたものの、プリンシパルステークスを楽勝し、日本ダービーでは1番人気に支持されて登場した。

武豊騎手のダービー初制覇はダンスインザダークだ──多くのファンが確信したゴール直前、外からフサイチコンコルドが飛んできて、武豊騎手の夢を吹っ飛ばしてしまった。その時の私は、ゴール直後に1コーナーの芝生エリアで座り込み、着順掲示板のクビ差の文字を睨みながら、武さんと悔しさを共有したような気分になっていたのを思い出す。たかがPOG指名馬、されどPOG指名馬……。

私が、ダービー制覇の「重さ」を初めて実感したのがこの時だろう。

G1馬の全妹、「ダンシングキイの01」との出会い。

21世紀になってPOGに加え、某サラブレッドクラブの会員となり「一口馬主を楽しむ民」の仲間入りを果たした。初めて手にした募集馬カタログのページを捲っていくと、「ダンシングキイの01 メス・青鹿毛 2001年4月10日生」のページにたどり着く。

「ダンスインザダークの全妹か!」

ページを見た瞬間心躍り全身の血が騒いだが、馬名の下に記された1口出資額を確認して、一気にトーンダウンしてしまった。もちろん出資実績制のクラブで、過去の出資額ゼロの会員がいきなり良血馬に出資できるとは思わないが、どんなに金策に走り回っても自分の趣味に充当できる金額では無い。

 結局、私が出資したのは「出資額が下から数えて何番目かの募集馬」だったが、「ダンシングキイの01」を諦めきれず、翌年のPOG大会のほとんど全てで1番目に「ダンスインザムード」の名を記すこととなる。

 ダンスインザムードは、名門藤沢和雄厩舎所属。G1兄姉の妹でもあり注目度は高く、1歳募集時のカタログで見た美しいシルエットとトモのボリューム感はそのままに、育成期間を経て更に筋肉質に仕上がっていた。雑誌で紹介されるごとに見惚れてしまう美しい青鹿毛の馬体に、期待はどんどん高まる。桜満開の下でダンスインザムードの姿を撮影している自分の姿が、現実の事となるような気がしてならなかった。

 膨らんだ夢を抱えてデビューを待つこと半年、満を持して暮れの中山に、ダンスインザムードが登場してきた。

2003年12月20日。翌週に有馬記念を控え、冬のG1シリーズの谷間となる週の土曜日。冬晴れの昼下がりに、ペリエ騎手を背にしたダンスインザムードが姿を現す。単勝は1倍台前半で、2番人気以下を大きく離している。レースはスタート直後からダンスインザムードがジョリーダンス、プリンセスカメリアを従えて先頭。ペリエ騎手は終始手綱を持ったまま、後続に影も踏ませない快走で6馬身差の勝利をあげた。

年が明けて1月25日、岡部騎手に乗り替わり若竹賞に出走。ここでもダンスインザムードは逃げるツィンクルヴェールの2番手で折り合いを付け、直線で抜け出しての快勝を見せる。着差3/4馬身以上の大人びたレースぶりは早くも桜の有力候補に名前が挙がるようになった。

ペリエ、岡部という2人の名手から教育を受けたダンスインザムードは、万全の態勢でフラワーカップに向かう。このレースから武豊騎手への騎乗スイッチが行われ、藤沢・武の最強コンビで桜花賞のトライアル戦に臨むこととなった。

 フラワーカップ当日は雨。春の雨が降り続く中山の重馬場に出走各馬が登場する。ブルーグレイの場内からは何となく波乱ムードも漂うが、それでもダンスインザムードの単勝は1.2倍から動かない。

レースはスタート直後からメイショウオスカルが誘導して流れていく。1周目のゴール板通過時、ダンスインザムードは2番手グループの一角にいた。武豊騎手が外目の馬場の良いコースを選んでいるようにも見える。メイショウオスカルが快調に飛ばしてバックストレッチに入ると、今度はダンスインザムードが単独の2番手まで位置を上げた。隊列が変わらず4コーナー手前まで来ると、後方にいた江田照男騎乗のヤマニンアラバスタが、芦毛の馬体をドロドロにしながら外より追い上げる。直線に入ってメイショウオスカルをダンスインザムードが楽にとらえ、鞭を入れることなく先頭に立つ。最後はヤマニンアラバスタが迫って来るも1馬身1/4の差は縮まることなく、楽勝でゴール板を通過した。

初の重馬場も、距離が伸びた1800mも全く関係なく無傷の3連勝としたダンスインザムードは、桜花賞の本命馬として本番を迎えることとなった。

桜花賞圧勝と「夢叶」の瞬間!

満開の桜には、春霞がかかったパステル調の青空が似合う。

4月6日に満開を迎えた阪神競馬場のソメイヨシノは、桜花賞に出走する18頭を迎えるまで散るまいと踏ん張っているようだった。

快晴、良馬場の本馬場に、桜の女王を目指す18頭が登場する。

1番人気は、当然のように武豊騎乗の5枠9番ダンスインザムード。ただ、出走メンバーのレベルは過去3戦と比較して格段にレベルが上がっている。2番人気は2歳時にファンタジーステークス制覇、3歳になって紅梅ステークス・チューリップ賞連勝で駒を進めてきたスイープトウショウ。トライアルのフィリーズレビューを勝って3連勝のムーヴオブサンデー、阪神ジュベナイルフィリーズ制覇のG1馬ヤマニンシェクルがこれに続く。

返し馬に入ったダンスインザムードは、落ち着いていた。武豊騎手に促されてゆっくりと満開の桜に向かって駆けていく。特によく見えたのがクイーンC勝ちのダイワルシェーロ、逆にスイープトウショウは入れ込み気味で1コーナーに向かう。

関西G1のファンファーレが鳴り、各馬がゲートに入る。このシーンが、桜花賞の中で一番好きだ。ターフビジョンに映される満開の桜をバックにしたゲートへ入る各馬の表情、観ている者全てに緊張感が伝わるからだ。そして全馬がゲートに入った瞬間、場内が一瞬静まり、スタンドでスタートを待つ全員がターフビジョンに集中する。

ゲートが開く音、花びらを散らすように飛び出す馬たちを見て、一斉に歓声が上がり、沈黙を飲み込む。

 少しばらけたスタートからホシノピアス、ヤマニンアルシオンが飛び出す。ムーヴオブサンデーも、ダンスインザムードより前に位置つけ、3番手に位置する。ダンスインザムードは先頭集団のすぐ後ろで、好位を伺う構えを見せる中、ヤマニンシェクル、スイープトウショウは後方追走。ペースが速く、行けないのか、行かないのか。逆に福永騎乗のダイワルシェーロはダンスインザムードをマークするようにすぐ後ろに付けている。

 各馬が4コーナーを回り始めたところで、ダンスインザムードが動いた。スルスルと先頭のすぐ後ろまで上がってきた。チューリップ賞2着のアズマサンダースもポジションを上げて直線勝負の準備が出来ているようだ。

 先頭集団が直線を向いたところで、武豊騎手の鞭の合図とともにダンスインザムードが先頭に立つ。内から2頭目あたりのポジションで先頭のダンスインザムードが周りの様子を伺う。内からはムーヴオブサンデー、外からはアズマサンダースと、さらにその後方から脚を伸ばすヤマニンシェクル。2番人気のスイープトウショウは、直線半ばに入っても伸びを欠いている。

 残り100mの時点で武豊騎手の鞭が入ると、ダンスインザムードは応えるように尻尾を振り、ラストスパートに入る。追走するアズマサンダースとの差が少しずつ広がり2馬身の差を保ったまま、ゴール板を通過。スタートからゴールまで、完璧ともいえるレース運びで、終わってみれば余裕の勝利となった。武豊騎手が、ダンスインザムードの首筋をポンとたたいてねぎらう姿がターフビジョンに映される。自身の桜花賞通算5勝目の勝利は、ダンスインザムードで達成された。

 同時に、私のPOG歴で最初のクラッシック制覇となった瞬間でもあった。

桜花賞の優勝レイを掛けたダンスインザムードが、本馬場に再登場する。向正面の満開の桜をバックに、2004年度の桜花賞馬が歩いていた。初めて募集馬カタログで見た衝撃、デビュー前に桜花賞馬になって桜をバックに写真を撮っている夢が、現実のものとなった。

 私は夢中で、ダンスインザムードの晴れ姿をカメラに収めていた。

オークスでの敗戦と“POG 2004”のフィナーレ。

桜花賞馬となったダンスインザムードは、オークスに駒を進める。

スイトピーステークス優勝のウイングレットが先導して始まったオークスは、向正面に入っても、大きな動きはなく淡々とレースが進む。ウイングレットをぴったりマークのダイワルシェーロ、アズマサンダースとギミーシェルターがそれに続き、1番人気のダンスインザムードは前の動きを測れる絶好のポジションをキープ。

残り1200mの半分を過ぎたところで、ダイワルシェーロが先頭に立ち、後続を引き離しにかかる。ダンスインザムードは5番手から前を伺う気配を見せるが、レース前の焦れ込みが影響したのかいつものスムーズさが見られない。残り200m、内一杯を逃げるダイワルシェーロに対し、ようやくエンジンのかかったダンスインザムードが2番手に上がってきたものの脚色が鈍り始めた。今度はダンスインザムードの外から一頭、スイープトウショウが急襲。

ダンスインザムードを一気に交わし、先頭のダイワルシェーロを3/4馬身まで追い詰めたところがゴール。早め先頭で逃げ込みを図った福永騎手の右手が高々と上がった。ダンスインザムードは、最後ヤマニンアラバスタにもハナ差交わされ4着に敗れた。

ダンスインザムードと歩んだ私の“POG 2004”は、オークス4着がフィナーレとなった。

それでも2004年シーズンは、初のクラッシック制覇も成し遂げ、「G1兄姉の妹」でのポイントUPにより、満足行く成績で終えることができた。私のPOG史上で、ダンスインザムードが「殿堂入り馬第1号」になったのは、言うまでもないことだ。


──毎年、桜の季節がやってくるとダンスインザムードを思い出す。名門・藤沢和雄厩舎で育てられ、名手・武豊騎手が騎乗した桜花賞優勝馬。スタート前から負けるわけがないと見る事ができた数少ないレースのひとつが、ダンスインザムードの桜花賞だ。

 1歳時の募集馬カタログでダンスインザムードの存在を知り、POG指名を通じて追い続けた馬。オークス以降古馬になってもG1戦線で堂々の活躍を見せ、さまざまな名場面を演出し、楽しませてくれた。

 あれから20年近く経っても色褪せることなく、ダンスインザムードは満開の桜を背景に、今でも私の中で輝いている。

photo by I.Natsume

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