「絵になる瞬間」を作る馬〜東京競馬場にエイシンフラッシュが凱旋した日〜

5週連続のGIレースが開催される第一弾、NHKマイルCデーの東京競馬場。

正門横のローズガーデンの先、展示用パドック前に多くの人が集まっていた。パドックの中を撮影しようと、高く掲げたスマホが同じ高さで綺麗に並んでいる。初夏の爽やかな風が通る抜ける今日の東京競馬場で、このエリアだけが熱気に満ち溢れている。

多くのファンたちに囲まれて、パドックの中で少々戸惑いながら周りを見渡している黒鹿毛の馬。19歳になったエイシンフラッシュが、府中・東京競馬場に帰ってきた。パドック中央に立つエイシンフラッシュの姿は、現役時代よりも少し丸みを帯びて見える。しかし彼の目の奥には、あの頃と同じ静かな闘志が宿ったような活力があった。

展示パドックに集まった人々は、歓声を上げるでもなく、ただ息を呑んだ。まるで、長い旅から帰ってきた友を迎えるように。あるいは、心の奥にしまっていた宝物をそっと取り出すように。10年以上も前に活躍した名馬エイシンフラッシュを記憶と記録に残そうと、スマホを掲げ、さらに肉眼で、心で、その姿を確かめようとしている。

エイシンフラッシュを撮影するため何重にも取り囲んでいる人々の何人が、現役時代の彼の姿を見たのだろうか。たとえリアルで見ていなくても、エイシンフラッシュの蹄跡を理解し、日本ダービー馬としての「気品」を、天皇賞馬としての「格」を感じ取ろうとしているように思える。

エイシンフラッシュは、半円状に取り囲みスマホを掲げている人々全てへ、その姿を納めてもらおうとしているかのように、ゆっくりと何回も周回している

■静かな日本ダービーの戴冠、そして秋の陽光を纏った天皇賞(秋)

エイシンフラッシュの現役時代を思い返すと、派手さとは無縁の「静かな馬」だったように思う。1番人気で勝ったのは2歳時のエリカ賞と3歳初戦の京成杯のみ。

しかし、人気は無くても勝つべきところで勝つ。
ここぞという場面で、必ず「絵になる瞬間」を作るのがエイシンフラッシュだった。

その象徴が、2010年の日本ダービー。

直線、内を目掛けて黒い影が音もなく伸びてきた。外から抜群の伸びを披露した、後藤浩輝騎手が御するローズキングダムが勝っているようにも見えた。しかし鞍上の内田博幸騎手は、ただ静かに、しかし確信を持ってローズキングダムの内に馬を導いた。

先頭ゴールした内田騎手は、派手なアクションも、雄叫びもない。ただ、ゴール板を過ぎた瞬間に、控えめなガッツポーズで勝利を喜んだ。

「勝つべき馬が、勝つべき日に勝った」

そんな言葉が似合う、静かなダービーだった。

エイシンフラッシュの物語は、ダービーだけでは終わらない。むしろ、彼の真骨頂は5歳秋の天皇賞(秋)だったのかもしれない。

2012年10月28日。

東京競馬場のターフビジョンに映ったのは、まるで絵画のような光景だった。

シルポートの大逃げは直線に入っても止まらない。外からフェノーメノが仕掛け、シルポートを捕まえにかかる。M.デムーロ騎手はタイミングを見計らい、エイシンフラッシュを最内へ誘導、瞬間移動のように先頭に立った。そこから一度も譲らず、最後は“王の歩み”でゴールへ向かう。

あの日のエイシンフラッシュは、黒鹿毛の馬体に秋の陽光をまとい、ダービー馬の戴冠が当然であるかのようなレースで天皇賞馬となった。

そしてレース後、エイシンフラッシュとM.デムーロ騎手は、天皇賞史に残る名シーンを演じて見せる。天覧競馬として行われた2012年の天皇賞(秋)。エイシンフラッシュがウイニングランを終えた直後、M.デムーロ騎手はメインスタンド前の馬場で下馬し、跪座の形で最敬礼を行った。

■そして2026年、再び府中へ

2026年5月。時は流れ、季節は巡り、人々の生活も、競馬の風景も変わった。それでも、府中に凱旋したエイシンフラッシュは変わらなかった。エイシンフラッシュがタイムマシーンに乗ってやって来た…というより、目の前に佇むエイシンフラッシュを見ていると、私たちが過去に遡って再会しているような気持ちにさえなってくる。

競馬は、勝ち負けだけの世界ではない。馬が走り、ファンが見守り、その積み重ねが「物語」を作り「歴史」になる。

エイシンフラッシュは、静かに人々の心に刻まれる物語を残した馬だった。

日本ダービーの静かな衝撃と天皇賞(秋)に演じた歴史に残るシーン。そして2026年、ファンの前に再び立った穏やかな姿。そのすべてが一本の線でつながり、府中の爽やかな風の中でそっと輝いていた。

                  

現役引退後、種牡馬生活を送っていたエイシンフラッシュは2025年を持って種牡馬を引退。現在は、功労馬として繋養される北海道・日高町のヴェルサイユリゾートファームで生活している。

府中で再びエイシンフラッシュに会えた日。今よりもっと熱く競馬を見ていた時代の友との再会は、時を遡ったような幸せな時間だった。「お互い、年を取ったね」と心でつぶやきながら、展示パドックを後にして、2026年の現在に戻った。

もう、私がエイシンフラッシュに会うことは無いかもしれない。

今は、エイシンフラッシュの、エイシンフラッシュの幸せな余生がいつまでも続くことを願うばかりである。

Photo by I.Natsume

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