競馬とリンクする、人生の記憶。車中でひっそり応援した、ジュールポレールと幸騎手のヴィクトリアマイル

競馬の思い出とリンクしながら頭に残る、人生の記憶がある。

いつも中身すっからかんな話をしていた学生時代の友人と、感動を分かち合ったあのレース。
就職してすぐの頃、とにかく精一杯の日々を過ごしていた自分を勇気づけてくれたあの馬。
結婚式の当日、みんなに祝福された余韻に浸りながら追っかけ動画で結果を確認した、本当ならリアタイしたかったあの名勝負。

そのレースのことを思い出すと、当時の自分のことまでセットで蘇ってくる。
そんな経験が皆さんにもきっとあるはず。
残る記録は一つでも、残る記憶は人それぞれ。それも競馬のおもしろさだと思う。

2018年5月、ジュールポレールが勝ったヴィクトリアマイル。そのレースのことを思い出すと、ずっと応援している幸英明騎手のGⅠ勝利の喜びだけではなく、どうしようもない人生の停滞期にあった私にとって生涯を通じて忘れられない記憶も一緒に呼び起こさせる。

今回は個人的なエピソードも交えながら、人生に華を添えてくれる競馬の魅力について改めて触れてみたいと思う。


2018年、我が家に待望の第一子が誕生した。
守るべきものを授かり、たっぷりの愛情を注ぐ日々は幸せである一方、これまでとはまるで違う生活サイクルを刻むことへの戸惑いが絶えなかった。

当たり前のことだけど、全てが子ども中心の生活である。夫婦ふたりで過ごしていた頃はたっぷり確保できた「自分の時間」など完全に行方不明になり、競馬の楽しみ方もすっかり変わってしまった。週末も家事や育児に追われ、奥さんと子どもが寝静まった日曜の夜遅くになってようやくその日のレース動画を確認することもしばしば…。そんな充実しつつも窮屈な日々が続いた。

それだけならまだしも、子どもの夜泣きがひどくなると状況はさらに悪化。夫婦揃って深夜に泣きじゃくる子をあやす毎日は、想像以上に過酷なものだった。休日も、睡眠不足の奥さんに束の間の休息を取ってもらおうと、子どもを乗せてあてのないドライブに出かけるのが習慣に。何の楽しみもない空虚な時間を過ごしながら、「これなら仕事してた方がマシだよな」と思うほど精神状態は追い込まれていた。心身ともに余裕を失ったことで、夫婦間で不満をぶつけることも増えてしまい、幸せであるはずのできごとに人生の歯車を狂わされてしまう恐ろしさに直面した。

「その日」も同じように、疲れ果てた心と身体を引きずりながら、どんよりした曇り空のもと車を走らせていた。

ただ、どうにかヴィクトリアマイルだけはリアルタイムで観戦したい。ジュールポレールと幸さんのコンビを応援したい。人気はないけど絶対にチャンスはある。馬券も買った。

本当なら自宅のリビングでゆったりくつろぎながらレースを見届けたいけど、贅沢は言っていられない。パドックも、本馬場入場の映像も見ていない。せめてもの想いでコンビニの駐車場へピットイン。ホットコーヒーを飲み心を落ち着けながら、スマートフォンの小さな画面越しに戦いを見守ることに。府中も天気が悪かったことさえ、このタイミングになってようやく知ったほどだった。

伏兵カワキタエンカが馬群を引っ張る形でレースは流れた。有力馬の一角アエロリットも持ち前の先行力で好位に付けると、レッドアヴァンセも絶好のポジションを確保。ジュールポレールは中団馬群、雨で状態が悪くなったインコースを避けた進路取りでスパートのタイミングをうかがっている。そして1番人気のリスグラシューと武豊騎手は外枠からの発走もあってじっくりと構えるレース運び。馬群はひと固まりになったまま4コーナーを通過した。

最後の直線に入ると、早めに先頭に立ったアエロリットにレッドアヴァンセが並びかける。そしてその外から、幸騎手のムチに応えてジュールポレールが脚を伸ばし、さらに大外からはリスグラシューが猛追。ラスト100mは3頭の手に汗握る争い。いつもなら、自宅にいようが競馬場にいようが大声で「差せ! いけ!!!」と声援を送る状況だが、後部座席のチャイルドシートですやすやと眠っている娘を起こさぬよう、声を押し殺しながら、懸命に勝利を願う。するとゴール寸前で内のレッドアヴァンセを競り落とし、外から迫るリスグラシューを辛うじて抑えきったように見えた。

その瞬間の、何とも言えない感情が今も忘れられない。想いが届いたという嬉しさと、それをこの不自由な状況でしか享受できない切なさと…。

ただ、この不慣れな大変さと向き合う日々を過ごす中で、ずっと応援しているジョッキーがGⅠを勝ち、馬券も当てさせてもらうという最大限の喜びを与えてもらえたのは、競馬の神様からの激励を授かったようにも感じられた。

ジュールポレールにとっては結果的にこれが現役最後の勝利となった。秋には幸騎手の落馬負傷もあり、マイルCSやラストランとなった阪神Cでは別のジョッキーに手綱を託したこともあり、このコンビと喜びを分かち合う機会にも恵まれなかった。

アーモンドアイやグランアレグリアのように圧倒的なインパクトを残したわけではなく、近年のヴィクトリアマイルの勝ち馬においては少し地味な印象を与える存在かもしれない。しかし私にとっては、折れそうだったメンタルを支えてくれた名馬として、これからも心の中で輝き続けてくれる。


あれから年月も経ち、娘とは一緒に競馬場に足を運び、レースを楽しめるほどにまで大きくなった。ほんの数年前まで、慣れない状況で深刻に悩んでいたのがウソのように、平穏な毎日を過ごしている。だが、何かの拍子にジュールポレールの晴れ姿を見る度に、人生で初めての壁にぶち当たったことがフラッシュバックする。

鬱屈とした空のもと、ファミリーマートの駐車場でスマホ越しに見届けた光景とも重ね合わされながら、ずっと私の記憶に残ることだろう。

写真:s1nihs

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