歯車が狂い始めてからも、惨敗を目の当たりにしても…。稀代の個性派、ゴールドシップを想い続けるということ。

淀駅の大阪方面ゆきホームからは、ほんの少しだけ京都競馬場の芝コースを望むことができる。たった今まで激闘が繰り広げられていたターフからは、まだ熱気がゆらゆらと立ち込めているように映った。

2013年4月28日、15時50分。天皇賞の決着を見届けた瞬間、私はその場から逃げ出すように席を立つと、数分後にはもう帰りの電車に飛び乗っていた。落胆、悔しさ、怒り……油断していると、人間が抱えるありとあらゆる負の感情に飲み込まれそうになる。必死に気持ちを切り替えようとしても、頭の中に浮かぶのは、力尽き馬群の中に消えた芦毛の馬体だけ。

今思えば、それがゴールドシップの歯車が狂い始めた瞬間だったように思う。そして、彼に魅了された私にとっても、イバラの道に足を踏み入れた日だった。

ここまでは何もかもが順調だった。皐月賞・菊花賞のクラシック二冠を獲得し、有馬記念では古馬も撃破。信頼できるパートナー・内田博幸騎手にも出会った。荒れたインコースの馬場に突っ込んでいったり、超ロングスパートで他馬をねじ伏せたりと、レース運びはむちゃくちゃだったけれど、不器用なりに工夫を凝らし、いつもひたむきに走っていた。だから私も「どんな状況でも、アイツなら絶対に何とかしてくれる」という確信を持って、最後方を悠然と進む姿を見守ってきた。

だが、世の中には工夫や努力だけではどうしようもない「向き、不向き」というものがある。この敗戦で改めて、ゴールドシップが完全無欠の存在ではないことに気付かされた。ひょっとすると彼自身もそれを悟ってしまったのだろうか。いつもなら唸るような豪脚で真っ先に飛び込んでいたゴールに、よろよろと苦しそうにたどり着く姿が、何かを訴えていたようにも思えた。

そこから先は、はっきり言って苦い思い出が続く。宝塚記念で復権の勝利を挙げた喜びも束の間、京都大賞典では再び5着と凡走。パワーの要る馬場では鬼のように強い一方、高速馬場との相性は絶望的であることが決定的になると、ジャパンCでも全く力を出せず15着と大敗。各馬が33秒台前半の上がりをマークする中「あ、こういうのはちょっとムリです」とでも言わんばかりに、後方をのんびり走ったままあっさりと馬群へ消えていった。

それは、あまりにも無気力な敗戦に見えた。気落ちしているところで飛び込んできたのは、須貝尚介調教師が「なぜ前に行けなかったのか」と鞍上に苦言を呈するニュース記事。もうムードは最悪だ。人馬一体となって駆け抜けた栄光の日々はどこへ消えてしまったのか……。

リベンジを目指した翌春の天皇賞では、「ゲートで係員におしりを触られ激怒」というとんでもない理由で出遅れたこともあり7着。しかも、入線後にはクレイグ・ウィリアムズ騎手が下馬する場面も目の当たりにし、さすがに生きた心地がしなかった。
得意な条件でしか結果が出せず、阪神大賞典と宝塚記念のコレクションだけが増えていく状況に対し、個人的には、なかなか喜びを感じることはできなかった。5歳の暮れに「来年も現役続行」と聞いたときは「まだ種牡馬になれないのか」と少し複雑な心境になったし、6歳初戦のAJCCでは相性がいいはずの中山競馬場でも凡走してしまうと辛い気持ちがさらに積み重なった。その気まぐれっぷりがいかにもゴールドシップらしいといえばそれまでだが、いよいよ我慢の限界というか虚無感のようなものが、私の心の中を漂い始めた。

そんなゴールドシップが、久しぶりに「ひたむきさ」を見せてくれた。舞台は、三度目の挑戦となった15年春の天皇賞。過去2年の敗戦を踏まえ、一時は回避も考えられたようだが、前年の宝塚記念でも勝利に導いた横山典弘騎手が「秘策がありますから」と陣営を熱心に口説いたこともあって参戦が決まったという。

得意の超ロングスパートが発動した。まだゴールまで1200mもあるというのに、もう鞍上が気合いのムチをひと振りすると、それにしっかりと反応。大歓声とどよめきに背中を押されながら、ぐんぐんポジションを押し上げていく。そうだ、これがゴールドシップのスタイルだ。道中は後方に構えていた芦毛の馬体が、4角では先頭集団に並びかけていた。

そこからの姿もまた、胸を打つものがあった。最後の直線では内で粘るカレンミロティックを振り切り、あとはそのまま押し切るだけというところで、大外からフェイムゲームが一気の追い込み。わずかなリードを懸命に守ろうと歯を食いしばり、死にものぐるいでゴールにたどり着いた瞬間、2着馬にクビ差だけ先着を果たしていた。

勝つ時はいつも、他馬を完全にねじ伏せてきた。それまでに制した5つのG1レースは全て2着馬に1馬身以上の差をつける「完勝」で、直線半ばで勝利を確信させるものばかりだった。ゴール寸前までどちらに転ぶかわからないほどの厳しい戦いの末に「鬼門」を乗り越えた勝利は、ゴールドシップにとっても格別なものとなったに違いない。私にとっても、ちょうど2年前から抱え続けてきたモヤモヤ感が吹き飛んだと同時に、改めてゴールドシップの存在が誇らしく感じられる一戦だった。

「信じる」とは難しいものだ。競走馬に限らず、応援している対象が必ずしも想いに応えてくれるわけではない。むしろ、裏切られることの方が多いくらいだ。それでも、報われるためには想い続けるしかない。もし途中で気持ちを途切れさせてしまっていたら、この充実感を味わうことはできなかったし、今こうして当時の思い出を楽しく振り返ることだってできない。

よりによって稀代の個性派に魅せられてしまったのは我ながら厳しい運命を辿ったと思うが、今となってはいい思い出だ。

こうして再び威信を取り戻したゴールドシップ。次は宝塚記念で史上初の3連覇を果たし、歴代最多記録(当時)のG1・7勝を成し遂げてもらおう──そんな気持ちでいた。この舞台では過去2年も圧倒的に強かったし、負けるなんて考えられない。そうか、ついにシンボリルドルフやディープインパクトと肩を並べるまでの存在になったか……などと勝利を確信しながらレース当日まで感慨に浸っていたら、ゲートが開く瞬間に、野獣のように立ち上がる白い馬体が──。

稀代の個性派・ゴールドシップを想い続けるのは、やはり簡単ではなかったと改めて思い知らされたのであった。

写真:Horse Memorys


ゴールドシップの魅力や強さの秘密、ライバルたちにスポットをあてた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』が2023年5月23日に発売。

製品名ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2023年05月23日
価格定価:1,250円(税別)
ISBN978-4-06-531925-3
通巻番号236
判型新書
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

気分が乗れば敵なし! 「芦毛伝説の継承者」

常識はずれの位置からのロングスパートで途轍もなく強い勝ち方をするかと思えば、まったく走る気を見せずに大惨敗。気性の激しさからくる好凡走を繰り返す。かつてこんな名馬がいただろうか。「今日はゲートを出るのか、出ないのか」「来るのか、来ないのか」「愛せるのか、愛せないのか」...。気がつけば稀代のクセ馬から目を逸らせられなくなったわれわれがいる。度肝を抜く豪脚を見せた大一番から、歓声が悲鳴に変わった迷勝負、同時代のライバルや一族の名馬、当時を知る関係者・専門家が語る伝説のパフォーマンスの背景まで。気分が乗ればもはや敵なし! 芦毛伝説を継承する超個性派が見せた夢の航路をたどる。

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