岩手競馬、お盆の名物重賞といえばクラスターCだ。東京盃やJBCに繋がるダートグレード競走。毎年、地方や中央の快速馬が一堂に会し、競馬場も大変多くのファンで賑わいを見せる。過去の勝ち馬を見れば、サウスヴィグラス、サマーウインド、ラブミーチャン、マテラスカイ……。ダート競馬を知っているファンならば「おお!」と声が出るような名前がズラりと並んでいる。
本編に入る前に斤量のことについて触れておきたい。今回取り上げるレース&馬にとって“斤量”はひとつ、“鍵”となっている。「負担重量60kg」。2023年から斤量のルールが見直されたことでしばしば背負う例はあるが、重賞競走において60kgとは如何にも厳しいハンデだろう。2016年のクラスターC。その“酷量”を跳ね除け、馬なりのまま2馬身差で圧勝し、ファンや関係者に衝撃を与えたスピード馬──ダノンレジェンドのことを掘り下げたい。
同馬は父Macho Uno、母マイグッドネス、母の父Storm Catという血統。父は2歳時にBCジュベナイルを制してアメリカの最優秀2歳牡馬に選出されている。2019年のBCクラシック覇者Awesome Againが半兄にあたり、紛うことなき米ダート路線の超良血馬。一方、母だって負けていない。現役時代は6戦1勝と目立った成績を残せなかったが、繁殖牝馬として本馬のほか、ダノングッド(地方重賞9勝)、ダノンキングリー(安田記念覇者)を輩出。もちろん、本馬が活躍していた頃、キングリーはデビュー前なのだが、芝とダート双方でGI格の馬を産んだのは流石、凄いとしかいいようがない。父、母ともにバツグンの良血だ。
ダノンレジェンドは生涯で重賞9勝を挙げ、名前の通り“レジェンド級”の活躍をするが、キッカケを掴むまでには少々時間を要した。デビュー戦は2012年7月の東京ダート1400m。2、3番手から軽々抜けて7馬身差で圧勝し、素質の片鱗を見せつけた。しかし、その後はなかなか2勝目を挙げられず、初白星から1年近く経って笠松の条件交流戦でよくやく2つ目の勝利。以降もコンスタントに勝ち星を重ねていったが、決して連戦連勝とはいかず、オープンでも入着止まりであった。
その後も降級を挟みながらキャリアを重ね、2014年のカペラステークスで重賞に初挑戦。キャリア18戦目のことだ。直前のオータムリーフSが5着では12番人気という評価も致し方なかったが、終わってみれば5馬身差で圧勝し初タイトルを獲得。この勝利がターニングポイントとなり、以降も次々にタイトルを積み重ねていく。時折、ゲートで後手を踏み敗れることはあったが、スムーズに先手を取れば圧倒的なスピードで他馬を寄せ付けず圧勝の連続。あっという間にダート界の主役に上り詰めた。
当時、重賞7勝。阻むものはいないと思われたが、次なる敵は斤量という壁だった。短距離のダートグレード競走はGI級、GII級のレースが非常に少なく、GIII級を中心にローテを組まざる得ない。だが当然、タイトルが増えれば増えるだけ斤量は厳しくなっていく。ダノンレジェンドもGI/JpnIタイトルこそなかったが、2016年のクラスターCでついに60kgの大台に到達。他馬との斤量差は6kg〜7kgとなり、「流石に今回は厳しいのではないか……」という声もチラホラ聞かれた。実際、圧倒的な実績を誇りながら1番人気は他馬に譲っている。
かわって支持を集めたブルドッグボスは、重賞制覇へ千載一遇のチャンスと考えたことだろう。同馬は後にJBCスプリンを制すが、当時はまだ重賞未勝利の身。オープン特別2勝と能力に不足はなく、54kgは如何にも恵まれた……はずだった。
ゲートが開くと外からラブバレットが好スタートからハナをうかがうが、二の脚を使ってダノンレジェンドが一気に先手を奪う。ブルドッグボスは2頭のうしろ絶好位に付け、以下、ワイドエクセレント、クリーンエコロジー、マキャヴィティなど地方、中央の有力どころが固まって追走。レースはダノンレジェンドが刻む淀みないペースで進み、4コーナーまで動きなく進む。
直線に入ると地元の雄・ラブバレットが勢いよく先頭を狙い、ブルドッグボスも追い出しにかかる。ダノンレジェンドは止まるか――いや、持ったままだ。M.デムーロ騎手は手綱を動かしていない。残り200m。鞍上がようやくゴーサインを出すと、軽い仕掛けで一気に引き離していった。気合を付けたのは100m……いや、50mほどではないだろうか。にもかかわらず、ゴール前では流すほどの余裕。2馬身という決定的な着差を付けて勝利したのだ。実況アナウンサーも「強い、強い。これが強い馬です」とただただ驚き、手放しで褒めるほか無かった。ダノンレジェンドはその後、同年11月のJBCスプリントで待望のGI級タイトルを獲得。No.1スプリンターに相応しい、納得の強さだった。