静寂に包まれた阪神競馬場で見せた、絶対王者オジュウチョウサン衝撃の走り。 - 2020年・阪神スプリングジャンプ

2020年3月14日。
スタンドにひとっこ一人いない、静寂に包まれた阪神競馬場。
どこか物寂しいその空間に、レコードの赤い文字を刻みつけた馬がいた。
彼の名前はオジュウチョウサン。
絶対王者が帰還を告げた、2020年阪神スプリングジャンプについて今回は語らせて頂きたい。

阪神スプリングジャンプは、1999年から施行されている障害重賞だ。
施行から今年で24年と歴史は比較的浅いものの、レース名にある「Spring」が示す通り、春の阪神開催のレースとして、いくつもの名勝負を生み出してきた。

歴代の優勝馬には「シゲル」の冠名で親しまれた、故森中蕃氏に約17年ぶりに重賞勝ちをプレゼントしたシゲルジュウヤクや、12年のダイヤモンドステークスの勝ち馬で平地・障害両方の重賞に勝利したケイアイドウソジンなど、障害レースを彩った名馬たちが名を連ねている。

──2020年の障害界は、群雄割拠の時代になるのではないかと目されていた。
2019年中山グランドジャンプの勝利後、オジュウチョウサンは平地レースに挑戦するため、障害界を去った。
これを機と見たのが、新時代のジャンパーたちである。

東京ジャンプSで古豪たちを相手に重賞初勝利後、東京ハイジャンプを勝ち抜け、中山大障害で新障害王者に名乗りを上げたシングンマイケルと彼との中山大障害が初のJ・G1制覇となった金子光希騎手。

障害重賞初挑戦となった東京ハイジャンプで3着に入り、〇地三頭によるゴール前接戦となった前走牛若丸ジャンプSを制したトラストとベテランジョッキー熊沢重文騎手。

勝ち上がり後の重賞・OPレースで順調に掲示板に入り、6番人気ながら中山大障害で2着と大健闘。これからを期待されていたシルクの雄ブライトクォーツ。

彼ら以外にも、障害重賞で堅実な成績を残していたシンキングダンサーやオジュウチョウサンと同じく平地挑戦を行ったスズカプレストらの古豪も参戦することが確定しており、頭数は多くないものの、春の中山グランドジャンプのステップとしてに楽しみなレースであると思われていた。
 
春の障害G1に向けて昨年王者VS気鋭の馬達という構図となり、ある物は新王者の貫禄を、またある者は新時代の訪れを予感していた障害界に、ある一報が舞い込んだ。

「絶対王者オジュウチョウサン、阪神スプリングジャンプにて障害競走に復帰」

──正直、このニュースを聞いた際に、競馬初心者だった私はかなり驚いた。
前走のステイヤーズSでは、M.デムーロ騎手を鞍上に迎え、6着という結果だった。掲示板こそ逃したものの、4着のメイショウテンゲンや5着のサンシロウとはそこまで離れていない内容だと感じたからだ。

だが、その驚きと同時に、非常に楽しみな気持ちも沸いていた。
当時競馬を見始めたばかりの私にとって、障害レースといえば2017年の中山大障害の印象が強く、あの場所で名レースを作り上げたオジュウチョウサンがどのような走りをするのか興味が尽きなかった。

今までの『昨年王者VS気鋭の馬達』という構図に、絶対王者が加わったことで、三つ巴の争いへと変化した。
この三つの陣営から、ファンが一番人気に選んだのは、2枠2番 オジュウチョウサンだった。
平地帰りでブランクはあるものの、今までの障害重賞での実績を買われてのものであったのだろう。

2番人気には、昨年の中山大障害王者シングンマイケル。3番人気にはトラストが入り、着々とレースの雰囲気が醸成されつつあった。

願わくば、このレースを生で見てみたいと考えたファンの方も多いだろう。事実、私もそうだった。

 だから、スタート前に私は画面の前で願うことしかできなかった。
「どうか、全人馬無事に……」と。 


係員が離れ、ゲートが開いた。
まず好スタートを切ったのは、トラストとオジュウチョウサン。外からブライトクォーツとシンキングダンサーが並びかけながら障害を飛越していく。

ブライトクォーツとトラスト、互いにハナを譲らなかったものの、一周目の3・4コーナーの中間でついにブライトクォーツがハナを取った。トラストも負けずに食らいついたため、離れた三番手にいたオジュウチョウサンとシンキングダンサーとは5,6馬身の差がついていた。

オジュウチョウサンの後続にはハルキストンやシングンマイケルが控えていて、コーナーでオジュウが前に迫ったのも相まってかなり縦長の隊列でレース序盤は進行した。

その隊列に変化が見られたのは、向こう正面から襷コースへと各馬が雪崩れ込んでいった時。
後続で様子をうかがっていたシングンマイケルやオジュウチョウサンらが、一気に2番手のトラストと差を詰めた。2番手船団が4頭に増え、右回りコースへとカーブを駆けていく。向こう正面に配置されている障害をひとつ、またひとつと越えていくたびに、先頭との差が縮まっていくのがはっきりと分かった。

先頭のブライトクォーツに先団が追いついたところで動き出したのは、シングンマイケル。それに合わせるようにしてシンキングダンサーも上がっていき、オジュウチョウサンは5番手となった。

ここで、「あれ?」と思った人もいるのではないだろうか。
オジュウは前に行かなくて大丈夫なのかと。実際に私もそう思った。
だが、石神騎手とオジュウチョウサンは冷静に仕掛け時を待っていたのだ。

石神騎手が促すと、オジュウチョウサンはスッと差を詰め、シングンマイケルと合わせながらダートコースを通り、直線に差し掛かった。トラストとシングンマイケルの間でコーナーを曲がったオジュウチョウサンは、直線で再加速。先頭に立ったトラストとほぼ同時に最終障害を飛越した。

その後は、オジュウチョウサンの独壇場だった。
飛越後、後続達が追いすがろうと試みるも、足の回転の速さが違った。
2馬身、3馬身、4馬身と彼らを突き放していく。
そのままオジュウチョウサンは先頭でゴールイン。2着のシングンマイケルとは9馬身の差がついていた。

オジュウチョウサンの圧勝劇に、ただただ息をのんだ。
そんな私の目に飛び込んできたのは、「レコード」の赤い文字。

走破タイム、4:19,1。

2001年にダンシングターナーと熊沢騎手が打ち立てた、4:19,8というレコードタイムを、0.7秒も縮める素晴らしい記録だった。

その後、オジュウチョウサンは中山グランドジャンプを2回、中山大障害を1回制し、昨年の中山大障害を最後に引退。ヴェルサイユリゾートファームに繫養され、種牡馬になるとの発表があった。

今後のオジュウチョウサンの活躍にも、大いに期待したい。

写真:かぼす

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