消えかかっていた、偉大な血を携えて。ラストインパクトの挑戦を振り返る。

1994年──漆黒の馬体、シャドーロールの怪物に魅了されてから幾年もの時が流れた。
その間、競馬から多くのロマンと感動をもらったが、それと同じくらいJRA銀行に対価を納めているのも間違いない。

私を競馬の世界に導いてくれたナリタブライアンは、引退して僅か3年でこの世を去った。

残された産駒は2世代のみ。今では血も途絶えかけている。
また、最強兄貴だったビワハヤヒデの産駒も全く走らず、血統背景的にも非常に厳しい。
ナリタブライアンの全弟ビワタケヒデも100頭ほど産駒を残したが、兄貴たちと同様に血は継承されていない。

──これほどの最強兄弟を産んだ名牝パシフィカスの血は途絶えかけていた。

しかし、2010年にナリタブライアンの7つ下になる半妹スペリオルパールが、ディープインパクトとの間に1頭の牡馬を産んだ。

その仔馬はラストインパクトと名付けられた。

こうして、途絶えかけていたパシフィカスの血を継承する一類の光が射し込む。

その光は輝き続けるのか、それとも闇に消え去るのか。ラストインパクトは一族の血を背負いターフの荒波に立ち向かっていくのである。競馬界に究極的なインパクトを残せるように……。


ラストインパクトは、2010年1月21日に社台の白老ファームで産声を上げた。
馬名の由来は『最後の衝撃』と連想してしまいそうが、実は『究極的な衝撃』である。インパクトは偉大な父の一部から取っている。おそらく命名する際には、父以上の衝撃を競馬界に与える強い馬に育ってほしいと願いを込めていたのではないだろうか…。

無事に育成を終え、2歳になったラストインパクトは2012年11月25日に京都競馬場でデビュー戦を迎えた。
レースでは名牝トゥザビクトリーの娘トゥザレジェンドが福永祐一騎手を鞍上に迎え1番人気。ラストインパクトは川田将雅騎手を背に2番人気だった。しかし、早め抜け出しの先行策にて1着。見事、デビュー戦を勝利で飾る。

続く2戦目の条件戦エリカ賞では2着。

年が明けて3歳初戦となったGⅢきさらぎ賞では6着、すみれステークスでは2着とオープン戦を2走するも勝ち切れない日々が続く。

しかし、5戦目となった条件戦の大寒桜賞で2勝目を挙げ、一世一代の晴れ舞台に首の皮一枚繋がったのであった。

同期のダービー馬は、皮肉にも近親血統のキズナ。

日本ダービー出走を目標に東上したラストインパクト。

2着までにダービー優先出走権が与えられるGⅡ青葉賞に出走。しかし、上がり33秒台の末脚を披露するもヒラボクディープの前に3着と敗れ、同時にラストインパクトの日本ダービー出走も夢破れてしまう。

なお、この年の日本ダービーを制したのはキズナだった。

キズナは、ナリタブライアンの母パシフィカスの妹キャットクイルの息子であり、ラストインパクトとは近親にあたる。のちにキズナの種牡馬としての活躍はご承知の通り。

これも競馬のロマンであるが、ラストインパクトにとって皮肉にも祖母の妹の息子──キズナが牝系ラインを繋ぎ、一方の牝系ラインは消滅が近い。ファンとしては、何とも言い難くもどかしい気持ちでいっぱいである。

青葉賞の後、短期放牧を経て夏場に入るとラストインパクトは、秋の大一番に向けて早くも始動する。

7月には、再び川田将雅騎手を背に迎えて1000万下条件(現2勝クラス)の有松特別に1番人気で出走するもゴール前5頭の大混戦で4着。それでも次走の同条件レースでは断トツの1番人気で勝ちを収め、ここでも秋の大一番に首の皮一枚が繋がる形となった。

キズナに負けじとクラシック最後の一冠を手にするため、ラストインパクトは着々と力を付け始めていたのである。

──ところが不運にも同期には、あのエピファネイアがいたのだ。そのためGⅡ神戸新聞杯、GⅠ菊花賞ともにエピファネイアの前に7着、4着と敗北。 

結局、ラストインパクトはクラシックに参戦するも重賞勝利はなく、10戦3勝という結果で3歳シーズンの幕を閉じた。

輝きを見せた4歳シーズン。

古馬4歳となった2014年シーズンでの初戦、松籟ステークス(現3勝クラス)を勝つと続くGⅢ小倉大賞典では向こう正面から一気に先頭に立ち、そのまま押し切り重賞初制覇。冬の小倉で良血が開花した瞬間だった。

しかし、続く日経賞ではダービー・菊花賞ともオルフェーヴルの2着だったウインバリアシオンの前で3着に敗れ、天皇賞(春)では勝ったフェノーメノから遅れること0.6秒差の9着に終わる。春先の休養を挟み、復帰戦となったGⅢ小倉記念では6着、同じくGⅢ新潟記念でも3着と、またしても勝ち切れない日々が続いた。

それでもトップジョッキーの川田騎手が乗り続けたのは、ラストインパクトに能力があったからだと言えるだろう。そんな川田騎手の期待に応えるかの如く、ラストインパクトは次走のGⅡ京都大賞典ではタマモベストプレイとの接戦をクビ差で制し重賞2勝目を挙げた。

そして、12月初旬に行われたGⅡ金鯱賞に出走。
先に抜け出したサトノノブレスを差し切り1分58秒8のコースレコードで重賞3勝目を挙げる。これが川田騎手にとっても金鯱賞初制覇となった。

重賞3勝、紛れもなく本格化し充実期を迎えたラストインパクト。

残すはGⅠ勝利の勲章だけである。

しかし、次走の有馬記念では主戦の川田騎手がライバルのエピファネイアに騎乗するため乗り替わりが発生する。鞍上にはデビュー3年目の菱田裕二騎手。結果的にはジェンティルドンナの花を持たせる形で7着となった。

競馬にタラレバは禁物であり鞍上を否定するわけではないが、もし川田騎手が乗っていたら違った結果だったのかも知れないと思ってしまう。

それでも4歳時は9戦して4勝うち重賞を3勝したラストインパクトは、悲願のGⅠ奪取に向け、そして偉大な血を残すために現役を続行。翌年もターフを駆け抜けるのだった。

運命を左右した、致命的なクビ差。

しかし、5歳になって充実期を迎えてもラストインパクトの勝ち切れない状況は続く。
春の長距離王決定戦の前哨戦として出走したGⅡ阪神大賞典では3着、本番の天皇賞・春でも4着と何れも芦毛の暴れん坊ゴールドシップに敗れてしまう。

季節は秋に入り、天皇賞・秋ではラブリーデイの前に12着と惨敗。ラストインパクトの光は闇へと葬り去ったのかと思われたが、次走のGⅠジャパンカップでは世界の名手ライアン・ムーアを鞍上に迎え背水の陣で臨んだ。

何とかラストインパクトに光を──。

もしかすると、あの世で伯父たちが東京の直線で後押ししてくれたのかも知れない。内ラチ沿いを果敢に駆け抜けるラストインパクトの末脚は勝利を確信するほどの脚だった。

ゴールドシップやラブリーデイといった強豪GⅠ馬が迫りくる中、先頭をキープするラストインパクト。しかし、ゴール前まさかのショウナンパンドラに交わされクビ差の2着となってしまう。

種牡馬入りのことを考えると、今でも悔いが残るクビ差である。

そして、ジャパンカップで魅せた末脚に夢を託された現役続行となった6歳初戦のGⅡ中山記念では6着。次走、世界に挑んだGⅠドバイシーマクラシックでは、あのハイランドリールに先着。結果は3着と大健闘を見せたが、ここでも勝てなかった。

翌年7歳となり明らかに衰えが見えていたにも関わらず、引退せずダートに挑戦するなど、何とかもう一花咲かせようと陣営も必死だったことが競走戦績から伺えた。

1つでもいいから何かタイトルを取らなければならない……そんな焦りすら感じた。

しかし、2017年のジャパンカップでシュヴァルグランの14着を最後にラストインパクトはターフに別れを告げることになるのである。そして、種牡馬入りは叶わず、ノーザンホースパークの乗馬に転じたのだった。

7年越で叶ったパートナーの夢。

ラストインパクトが2着に入った2015年のジャパンカップから7年後の2022年ジャパンカップでは、ヴェラアズールが勝利した。

この勝利で攻め馬を担当している元ジョッキーの野元昭嘉調教助手は感慨深い表情をみせた。
実は、7年前に松田博資厩舎でラストインパクトを担当していたのが野元助手。ジョッキーを引退し始めて担当となった競走馬がラストインパクトだった。

2015年ジャパンカップ同様にヴェラアズールはラストインパクトと同じ3枠6番に入った。
そして、鞍上も当時と同じライアン・ムーア騎手だった。 

信じていたヴェラアズールの末脚。最後は大興奮だったことであろう。
僅かクビ差で逃した勝利の味を、7年後に違うパートナーと噛みしめた野元助手。

これを知ったらラストインパクトは何を思い、何を感じるだろうか──。

競馬は人馬ともにロマンがあり感動を与えてくれる。

だから、JRA銀行に預金し続けても競馬はやめられないのである。

写真:Horse Memorys、かぼす

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