黄金コンビのマイル王者~インディチャンプ~

名馬が語られるとき、そこには必ずといっていいほど相棒である鞍上の話がともにある。

たとえば──。

岡部幸雄騎手が絶対にその背を譲らなかったパートナー、シンボリルドルフ。
武豊騎手を「天才」にした、スーパークリーク。
松岡正海騎手が騎手生命をかけて引退レースを共にした香港王者、ウインブライト。

ざっと思いつくだけでも、様々な出会いがあげられる。勿論、彼らだけでなく、多くの名馬が数々の騎手との出会いと共にあった。

そして、2018年。6月の仁川。

この年ダービーを初制覇したばかりの名手が、のちの名マイラーと出会った。

その馬の名を、インディチャンプという。

◼︎ マイルの旅路

父ステイゴールドは、言うまでもなく名種牡馬。

ドリームジャーニーが朝日杯FSを制して産駒が初GⅠ制覇を成し遂げて以後、一時期は種牡馬継続すら危ぶまれたのがまるで嘘のように、多くの名馬を輩出していた。

母ウィルパワーは現役時代4勝。兄弟にリアルインパクトやネオリアリズム、アイルラヴァゲインなどの活躍馬がおり、彼女の父キングカメハメハも説明不要の名種牡馬。当代きっての良血と呼んでも遜色ない血統のもとに、インディチャンプは誕生した。

栗東・音無秀孝厩舎に所属することとなった彼は、デビュー直前の追い切りで同門の先輩OP馬であるダンビュライトに肉薄する走りで好時計を叩き出す。単勝1.5倍の断然人気でデビューを迎えると、好位追走から抜け出す横綱相撲での完勝劇をあげた。

続く2戦目直前、またもや追い切りの併せ馬で好時計をただき出すばかりか、後にGⅠ宝塚記念を勝つこととなるミッキーロケットに馬なりでの先着のおまけつき。

同馬の主戦であった和田竜二騎手が追い切り直後驚きながら「何?その馬?」と問いかけたという言葉ひとつに表れているように、その衝撃は並々ならぬものであったことは間違いないだろう。そしてレースは出遅れて最後方からの競馬となるも、直線でただ1頭次元の違う脚を繰り出して完勝。それもノーステッキで。

こんな勝ち方と活躍馬相手に調教で先着し続ける走りを続ければ、春の3歳GⅠ路線に夢を馳せるのは当然だろう。次走には、皐月の切符をかけた東上最終便である毎日杯が選ばれた。

だが、初の1800mに戸惑ったか、それとも先頭を行くウォーターパルフェが作り出した緩やかなペースに行きたがったか、道中は終始岩田康誠騎手が手綱を引っ張り、気づけば先団にいたインディチャンプは最後方まで位置取りを下げていた。

それでも最後は馬群を縫って怒涛の末脚で突っ込んできたが、同じ勝負服を纏うブラストワンピースの3着に終わった。

次走はNHKマイルCへの出走をかけ、アーリントンCに出走。今度はスムーズに先行するも直線でいつもの伸びがなく、優先出走権外の4着に。夢見た春のGⅠ戦線への切符は、ここで断たれた。

彼が脱落した春のクラシック戦線、皐月賞を制したのは父の息子オルフェーヴルの産駒、エポカドーロ。

NHKマイルCは藤岡佑介騎手が悲願のGⅠ制覇をケイアイノーテックで成し遂げ、3歳牡馬最高峰のダービーは、福永祐一騎手とワグネリアンが涙のダービー初制覇。府中を感動の渦に巻き込んだ。

その3週間後、インディチャンプと福永騎手は、出会う。

◼︎ 名手との邂逅

2018年6月16日、土曜阪神9R、小豆島特別。

ダービージョッキーとなった福永騎手を背に迎え、インディチャンプはターフに帰ってきた。

ここまでの実績を買われ、3歳馬ながら1.9倍の1番人気に推されたが、先手を取って粘りこみを図ったエイシンティンクルと和田竜騎手を交わせず、アタマ差の2着。

だが、手綱を取った福永騎手は、相棒に確かな手ごたえを感じたという。

後から振り返れば、負けたとはいえこのレースで4着までに入った馬達はエイシンティンクル、インディチャンプ、サウンドキアラ、ボンセルヴィーソと後に重賞戦線で活躍を遂げる馬達。そしてスローペースとなったこのレースで後方から強烈な末脚で追い込んできた馬は、インディチャンプただ1頭であった。

だからこそ、福永騎手はインディチャンプの可能性を感じ取ったのだろう。その言葉通り、次走の有松特別を1.5倍の断然人気で勝ち上がり、休養を挟んで臨んだ元町Sも余裕綽々の3馬身勝利。レース後、福永騎手は「この馬でGⅠに行けたら」と語っていたという。

重賞だけでなく、さらにその先のGⅠを見据えられる馬──。

大きな期待を抱えたインディチャンプは、明けて4歳初戦の照準を東京新聞杯に定めた。

■試金石すら通過点

府中のマイルは真の強さが試される一戦。

そんな言葉をどこかで聞くように、東京マイルを制する者は実力馬が多い。

そして例年、春の安田記念という大一番を見据えた短距離、中距離を問わない実力馬達がこの東京新聞杯から始動することも多く、GⅢながら距離が1600mに短縮されて以降の勝ち馬はギャロップダイナやトロットサンダー、ハットトリックなどの名マイラーからローレルゲレイロやスズカフェニックスなどのスプリンター、さらにはキングヘイローやホエールキャプチャ、リスグラシューなどの短距離から中距離を問わないオールラウンダーなど、活躍馬のカテゴリが幅広い。まさに「試金石」の1戦であると言えるだろう。

そんな1戦、インディチャンプはアーリントンC以来の重賞挑戦ながら1番人気に推されていた。

前走までの走りと目下連勝中の勢い、そして鞍上の福永騎手が「GⅠに行ける馬」と言ったこと…様々な要因があったことは確かだが、当時、この1番人気を過剰人気とみるファンも少なくなかっただろう。

なぜなら、この年の東京新聞杯には多くの重賞常連ホースがずらりと顔を連ねていたからだ。

2番人気の支持を受けた同世代のタワーオブロンドンはアーリントンCでインディチャンプに先着し、NHKマイルCでも1番人気に推されていた。長期休養明け2戦目だが、鞍上には主戦のC.ルメール騎手を配し万全の態勢。来る春の短距離マイル戦線に向けて実力を発揮する準備を進めていた。

3番人気のロジクライも前年の富士Sを制し、重賞でも好走を続ける充実期に差し掛かっていた。それ以外にも2歳王者サトノアレス、ダービー馬レイデオロの弟レイエンダ、同世代の快速少女テトラドラクマ、大穴ホースのストーミーシーなど、個性豊かで実力も申し分ない馬達は数多く、インディチャンプは人気こそ2.7倍で頭ひとつ抜け出していたものの、実績充分な古馬たち相手の重賞ではあっさり飛ぶ可能性も戦前では考えられていた。

だがそんな心配など杞憂であったことを、我々はレースの後に知ることとなる。

定刻通りゲートが開くと、各馬が綺麗なスタートを決める一方、インディチャンプはやや立ち上がるような恰好で出負けした。

ショウナンアンセム、ロジクライ、ヤングマンパワーの3頭が前へ出していったペースは34.5の緩みないペース。2番人気のタワーオブロンドンとルメール騎手は5番手につけ、先団を見守る。同じ舞台で9か月前、進路が無くなって不完全燃焼に終わったNHKマイルCの二轍は踏まないと、虎視眈々と抜け出す瞬間を窺っていた。

その後ろ、レッドオルガを挟んで中団前目に、いつの間にか出遅れたはずのインディチャンプはするすると取り付き、対抗支持のライバルを前目に置いてレースを進めていた。

大欅の向こう側、かなり縦長になった馬群は凝縮せず、前3頭が抜け出したまま長い直線に向かう。

400のハロン棒手前、マークし続けたタワーオブロンドンに併せる格好で、福永祐一騎手は相棒にGOサインを送る。前を行くロジクライとショウナンアンセムの間には、1頭が入れるかどうかの狭いスペース。

「詰まる」と予期した人も、少なくなかった。

だがそれも、インディチャンプにとっては余計な心配に過ぎなかった。

右に進路を切り替えつつ加速を続けるインディチャンプは、右で加速するタワーオブロンドンより一瞬速く、抜け出しにかかる。

そしてそれは、決定的な瞬間となった。

自分よりひと回り馬格のあるタワーオブロンドンをまるで跳ね飛ばすかのように抜け出すと、内で粘るロジクライをも一瞬で競り落とし、その差が1馬身から2馬身、3馬身と広がる。

マークし続けたタワーオブロンドンは伸びを欠き、3番手争いから抜け出せない。

勝利を確信したか、抜け出したインディチャンプは一瞬、気を抜いた。

だが、伸びあぐねる先行集団にかわって後方待機の2頭、レッドオルガとサトノアレスが100mを目前にして猛追。

豪脚を繰り出し猛然と追い込んでくる2頭に、セーフティリードに思われたインディチャンプの差は再び詰まり始めた。

それでも──気を持ち直したインディチャンプは粘り通し、最後は福永騎手も流す強さを見せ、ゴール板を1着で駆け抜けた。その勝ち方は、着差以上に強さがあった。

「期待が確信に変わりました」

レース後、福永騎手が「まだ伸びしろがある」と前付けしたうえで、戦前から思っていた「GⅠでも通用する」といった期待が確信に変わったということを語った。

東京新聞杯を1番人気が勝つのは、2005年、この年にマイルCSと香港マイルを制することとなるハットトリック以来12年ぶり。

戦国時代に突入したマイル戦線において、主役級の1頭となる予感を確かに見せたインディチャンプ。

そしてレース後の福永騎手の言葉は、ほどなくして真実に変わることとなった。

■ 確信と信頼の旅路の果てに

マイラーズCでは完全復活を遂げたダノンプレミアムの前に敗れたものの、次走に定めた安田記念ではドバイ帰りの現役最強馬アーモンドアイが参戦し、彼女とダノンプレミアムとの2強対決にファンが沸くなか、インディチャンプは4番人気。

スタート直後に不利を被った2強をよそに抜群のスタートを決めたインディチャンプは、まるで東京新聞杯を再現するかのように馬群を切り裂き、逃げたアエロリットをクビ差、鬼のような形相で突っ込んできたアーモンドアイもハナ差抑えて安田記念を制覇。これまで中長距離を中心に活躍馬を輩出していた父ステイゴールドにも、牝馬限定戦を除く短距離戦において初のGⅠタイトルをプレゼントした。

「馬の状態も良かったですし、自分がきちんと騎乗すればいい勝負ができると思っていましたが、期待以上に馬がよく応えてくれました」

彼を信じた福永騎手の信頼に、インディチャンプは最高の形で答えた。

秋は毎日王冠を挟んだ後、マイルCSにて春秋マイルGⅠ制覇をかけて出走。福永騎手が騎乗停止となったため池添謙一騎手が代打騎乗となったものの、外から抜け出しを図るダノンプレミアムに馬なりで併せ、池添騎手が合図を送ると弾けるように伸び始めた。

その脚はダノンプレミアムも、前で粘るマイスタイルも、突っ込んでくる一昨年の覇者ペルシアンナイトも一瞬で置き去りに、ただ1頭次元の違う末脚で秋の淀を切り裂く、まさに「マイル王者」の貫録を見せつける勝ち方だった。この勝利でインディチャンプはこの年の最優秀短距離馬に選出。威風堂々、マイル路線の王者として他馬を迎え撃つ玉座につく事となった。

その後は5歳のマイラーズCを制した後、1歳年下のグランアレグリアの登場や年齢的な衰えもあって再び勝利を挙げることはかなわず、2021年の香港マイルで香港王者のゴールデンシックスティの5着に敗れたのを最後に現役引退。23戦8勝。掲示板を外したのは4歳時の香港マイル僅か1回という抜群の安定感の名マイラーは、父の後継種牡馬として優駿スタリオンステーションで種牡馬入りすることが発表された。

3歳の夏、福永祐一騎手がほれ込み、その素質を信じたインディチャンプ。彼らは、乗り替わりも多い現代競馬において、小豆島特別以降、アクシデントがあった2レースと2019年の香港遠征以外、すべてのレースでタッグを組んだ。

名馬と名手は、どちらが欠けても語れない。

インディチャンプと福永騎手は、まさに「黄金コンビ」という言葉を、そしてその絆と信頼の強さを私たちに再確認させてくれるような──そんな存在だった。

写真:s1nihs、Horse Memorys、はねひろ(@hanehiro_deep)

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